019体目 おい! お前!
名無しクンは、ムギじろうになりました。
新しい名前をもらい、嬉しそうに笑っています。
一方、その頃――。
成田金造宅。
帰ってこない「お前」に、とうとう金造の苛立ちが限界を迎えます。
どうやら、こちらも動き出すようです。
成田金造宅。
「チッ……」
金造は苛立っていた。
朝から何をやってもうまくいかない。
こういう日は、何もかもが気に障る。
テーブルに置いた書類を乱暴に放り出す。
「おい! お前!」
声を張り上げた。
返事がない。
「……」
金造は眉をひそめる。
「おい!」
やはり返事はない。
そこでようやく思い出した。
いない。
いつもなら呼べばやって来るはずのロボットが、いない。
「チッ!」
舌打ちをする。
あの日から帰ってきていない。
最初は、そのうち戻ってくると思っていた。
ロボットなのだ。
自分の家くらい分かるだろう。
わざわざ探しに行く必要などない。
「まったく……」
金造は再び書類に目を落とした。
だが、苛立ちは収まらない。
しばらくして、手元のペンが転がった。
床に落ちる。
「おい! 拾え!」
言ってから、また気づく。
誰も来ない。
金造は床に落ちたペンを睨んだ。
自分で拾う。
「使えねえな……」
いつもなら、こんなことを自分でする必要はなかった。
何かを持ってこさせる。
片づけさせる。
気に入らなければ怒鳴る。
腹が立てば呼びつける。
そこにいるのが当たり前だった。
それが、いない。
「どこ行きやがった……」
金造は苛立たしげに呟いた。
数日もすれば帰ってくる。
そう思っていた。
ところが、帰ってこない。
「ロボットなら自力で帰ってこい!」
誰もいない部屋に怒鳴る。
当然、返事はなかった。
それがまた腹立たしい。
金造は立ち上がった。
部屋の中を歩く。
座る。
また立つ。
落ち着かない。
「おい!」
返事はない。
「……ったく!」
何度呼んでも同じだった。
そのたびに、苛立ちだけが積み重なっていく。
やがて金造は時計を見た。
そして、大きく息を吐いた。
「仕方ねえな」
自分が探しに行くなど馬鹿らしい。
勝手にいなくなったロボットだ。
本来なら、自分で帰ってくるべきなのだ。
だが、このままではいつまで経っても戻ってこない。
金造は声を張り上げた。
「高橋!」
少しして、高橋が姿を現した。
「はい」
「車を出せ!」
高橋は金造を見る。
「どちらへ?」
「決まってんだろ!」
金造は苛立った声で答えた。
「あいつを探しに行くんだよ!」
「……あいつ、と申しますと」
「ロボットだよ!」
「ああ」
高橋は納得したように頷いた。
そして、静かに尋ねた。
「どちらへ向かえばよろしいでしょうか」
「……」
金造が黙った。
高橋は待っている。
「……最後にいたところだ」
「最後にいた場所は、どちらでしょう」
「……」
再び沈黙。
金造は顔をしかめた。
どこへ行ったのか分からないから、帰ってこないのだ。
分かっていれば、とっくに連れ戻している。
「とにかく車を出せ!」
「かしこまりました」
高橋は、それ以上何も言わなかった。
金造は苛立ったまま玄関へ向かう。
「まったく……俺に探させやがって」
吐き捨てるように言った。
金造は知らない。
自分が「お前」と呼んでいたロボットが。
今はもう、「お前」ではないことを。
ムギじろう。
その名前をもらって、笑っていることを。
ここは短く、金造が動き出した不穏さだけ残すのがいいな。
「ロボットなら自力で帰ってこい!」
そう思っていた金造も、ついに痺れを切らしました。
「高橋! 車を出せ!」
探しているのは、金造にとってはまだ「お前」。
でも、その「お前」にはもう名前があります。
ムギじろう。
金造が動き出しました。
さて――。
見つかるのが先か。
ムギじろうの居場所に、辿り着くのが先か。




