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おかえり  作者: コメたろう
第二章 コメたろう、弟が出来る

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015体目 直してほしいです

名無しクンを修理するために、まず確認しなければならないことがありました。


以前の持ち主は、名無しクンを「捨てた」と話しています。


その記録をもとに、南村先生と相談しながら修理の準備を進めることになりました。


でも、一番大事なのは、名無しクン自身がどうしたいのか。


私たちは、本人に聞くことにしました。

翌日。


南村先生から連絡があった。


浦姐ぇとうららさんが会社から帰ってくると、夕食の後、全員がリビングに集まった。


名無しクンもいる。


昨日、別の部屋で聞いた録音の内容を、私はまだ知らない。


浦姐ぇたちも、名無しクンには話していなかった。


「南村先生、何だって?」


旦那ちゃんが訊いた。


浦姐ぇは、うららさんを見る。


「うらら、説明よろしく」


「はい」


うららさんが端末を開いた。


「まず、成田氏が名無しクンを購入した人物である可能性は、かなり高いとのことです」


メーカー、機種、購入した時期。


そして、名無しクンが以前いた家。


それらが一致している。


さらに成田氏自身が、所有していたロボットについて話している。


「そして、成田氏は自ら『捨てた』と発言しています」


名無しクンが顔を上げた。


私は、うららさんを見る。


昨日聞かせなかった言葉だ。


うららさんは、そこで止めた。


浦姐ぇが、名無しクンを見る。


「昨日の録音には、その言葉が入ってた」


「……そうなのですか」


「うん」


「私は……捨てられたのですか?」


部屋が静かになった。


浦姐ぇは、すぐには答えなかった。


「成田って人は、そう言った」


名無しクンは何も言わない。


浦姐ぇも、それ以上は言わなかった。


しばらくして、名無しクンが訊いた。


「なぜ、昨日は私に聞かせなかったのですか?」


「家の写真見ただけで震えてただろ?」


「……はい」


「その状態で聞かせる必要ねぇと思ったから」


「私についての話なのに?」


「だから、ずっと隠すつもりはないよ」


浦姐ぇは、名無しクンを見る。


「でも、本人に関係あることなら、何でもその場で全部ぶつけりゃいいってもんでもないだろ」


名無しクンは、しばらく考えていた。


「……分かりません」


「うん。今はそれでいいよ」


うららさんが話を戻した。


「南村先生によれば、成田氏の発言は重要な資料になります。ただし、この発言だけですべてが確定するわけではありません」


「そこ面倒臭ぇな」


「法律ですので」


「法律は面倒臭ぇな」


「浦姐ぇ」


「はいはい」


うららさんは続けた。


「少なくとも、成田氏が自ら処分したと説明している記録があります。警察とのやり取り、発見時の状態、調査報告書なども含めて、すべて保存しておくようにとのことです」


「了解」


「また、これから修理を行う場合は、修理前の状態を記録すること。交換した部品も処分しないこと」


「それも了解」


私は思い出した。


「以前交換したオイルも残してあります」


浦姐ぇが私を見る。


「まだ持ってんの?」


「はい。劣化の状態が通常とは異なっていたので、密封して保管しています」


「コメちゃん、そういうとこ妙にマメだよな」


「妙ではありません」


「褒めてんだよwww」


うららさんが言った。


「そのオイルも保管しておきましょう。私の方で、これまでの記録を整理しておきます」


写真。


日付。


警察からの連絡。


興信所の調査報告書。


録音。


古いオイル。


これから交換する部品。


すべて残すことになった。


旦那ちゃんが訊いた。


「では、修理を始めても?」


「南村先生からは、現状の資料を踏まえれば、まず必要な修理について具体的にメーカーと相談を進めて構わないとのことです。ただし、経緯と記録は残すように、とのことでした」


浦姐ぇが、名無しクンを見る。


「で」


「……はい」


「一番大事なのは、そこじゃない」


名無しクンが浦姐ぇを見る。


「キミはどうしたい?」


「私?」


「そう」


浦姐ぇは、名無しクンの左腕を見た。


「私らが直したいかじゃなくて、キミがどうしたいか」


名無しクンは黙った。


誰も急かさなかった。


長い沈黙の後、名無しクンが自分の左腕を見た。


次に、右脚。


それから、私たちを見た。


「……直るのでしょうか」


旦那ちゃんが答えた。


「まず調べてみなければ分かりません。ただ、直せるところはあると思います」


「また、動けるようになりますか?」


「そのために調べます」


名無しクンは、またしばらく黙った。


そして言った。


「……直してほしいです」


浦姐ぇが頷いた。


「分かった」


翌日。


メーカーへ問い合わせた。


名無しクンと私の製造番号は近い。


同じ型で、同じ時期に製造された個体だった。


必要になりそうな部品について確認すると、供給は可能だという。


ただし、すべてが一度に揃うわけではない。


早いものなら三日ほど。


すべて揃うまでには、一週間程度掛かる見込みだった。


そして、もう一つ分かったことがあった。


「保証期間内じゃん」


浦姐ぇが言った。


名無しクンが購入されてから、まだ一年も経っていない。


本来なら、故障の内容によっては保証で修理を受けられる可能性があった。


だが。


メーカーから返ってきた回答を、うららさんが読み上げた。


「本体内部に、正規の手順によらない開封の形跡が確認された場合、保証の対象外となる可能性があるそうです」


旦那ちゃんが、名無しクンを見る。


「身体を開けられたことはありますか?」


「……あります」


「メーカーの方が来たのですか?」


「いいえ」


「修理業者は?」


「分かりません」


「何をされたか覚えていますか?」


「背中を開けられました」


「その後は?」


「分かりません」


名無しクン自身にも、何のために開けられたのか分からなかった。


メーカーに状態を確認してもらった結果、正規ではない開封の痕跡があることが分かった。


保証は受けられない。


「……保証期間内なのに?」


名無しクンが訊いた。


「そうみたいだな」


浦姐ぇが答えた。


「私が壊れていたからでしょうか」


「違う」


浦姐ぇがすぐに言った。


「キミが壊れてたから保証されないんじゃない。勝手に中を開けられてたからだ」


「……そうなのですか」


「キミのせいじゃないよ」


私は、工場にいた頃のことを思い出した。


同じ型のロボットたちと、出荷先について話していた。


『いいなぁ〜お前、金持ちの家に納品されるんだろ?』


『金持ちの家がいいとは限らないよ。皿1枚の値段が違う』


『でも修理の際には、いい部品使ってもらえるんじゃね?』


あの時、そう言われていたロボットが、今、私の隣にいる。


いい部品を使ってもらうどころか、必要なオイル交換さえ知らなかった。


私は名無しクンを見る。


「どうしました?」


「いいえ」


昔の話をする必要はないと思った。


部品が届くまで、まず出来ることから始めることになった。


最初は、身体の内部をきれいにする。


だが、その前に。


「名無しクン」


「はい」


「背中を開けてもいいですか?」


名無しクンが私を見る。


「修理するのですよね?」


「はい」


「でしたら、開ければいいのでは?」


「あなたの身体だからです」


以前、オイルを交換した時と同じ答えだった。


名無しクンは少し考えた。


「……お願いします」


背中の外装を外した。


中には、細かな埃や汚れが入り込んでいた。


古いオイルが付着した場所もある。


旦那ちゃんが写真を撮る。


うららさんが記録する。


私は、一つずつ内部を清掃した。


「これが、私の中ですか?」


名無しクンが訊いた。


「はい」


「汚れていますね」


「きれいにすればいいだけです」


「壊れているところもあります」


「そこは部品が届いたら交換します」


「交換すれば、直りますか?」


「直せるところから直します」


名無しクンは、開かれた自分の身体を見ていた。


三日目。


最初の部品が届いた。


左腕に使う部品だった。


交換前の写真を撮る。


古い部品を外す。


それも保管する。


新しい部品を取り付ける。


そして動作確認。


名無しクンが、ゆっくり左腕を上げた。


止める。


下ろす。


もう一度上げる。


「……動きます」


「はい」


「痛くありません」


浦姐ぇが笑った。


「一個直ったな(笑)」


名無しクンは、自分の左腕を何度も見ていた。


「はい」


まだ右脚もある。


背中の外装もある。


点検しなければならない場所も残っている。


修理は始まったばかりだ。


それでも。


名無しクンの身体から、壊れた場所が一つ減った。


その日の夜。


私は夕食の片付けをしていた。


名無しクンがやって来た。


「コメたろうさん」


「はい」


「明日は、何をすればいいですか?」


「修理ですか?」


「いいえ」


名無しクンは少し考えた。


「家のことです」


「身体に負担が掛からないことであれば」


「洗濯物を畳んでもいいですか?」


「はい」


「食器を並べることも?」


「はい」


「テーブルを拭くことも?」


「はい」


少し間があった。


「……私にも、出来ることがありますね」


「あります」


玄関のドアが開いた。


今日は残業を減らして、浦姐ぇとうららさんが早く帰ってきた。


少し遅れて、旦那ちゃんも帰ってきた。


名無しクンが玄関へ向かう。


そして、二人の顔を見ると、言った。


「……おかえりなさい」


浦姐ぇが笑った。


「ただいま、名無しクン」


うららさんも答えた。


「ただいま帰りました」


旦那ちゃんが入ってくる。


「おかえりなさい」


「ただいま」


名無しクンは、しばらく玄関に立っていた。


昨日までと同じ家だった。


まだ名前もない。


修理も終わっていない。


それでも、名無しクンに出来ることは、昨日より少し増えていた。

名無しクンが、自分から言いました。


「……直してほしいです」


修理を始めると、保証期間内だったはずの身体には、正規ではない方法で開けられた跡が残っていました。


それでも、出来るところから一つずつ直していきます。


三日目。


名無しクンの左腕が、また動くようになりました。


まだ修理は始まったばかりです。


でも、名無しクンに出来ることは少しずつ増えています。


そして今日も、玄関では「おかえり」が聞こえました。

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