014体目 捨てた
名無しクンの身体を修理する。
そのための計画を立て始めた旦那ちゃんが、ふと気付きました。
名無しクンには、以前の持ち主がいるはずです。
でも、名無しクンはその人の名前も、家の住所も知りません。
そもそも私たちは、持ち主の許可なく名無しクンを修理してもいいのでしょうか。
まずは、それを調べることになりました。
朝食が終わると、浦姐ぇとうららさんは会社へ出掛けた。
「行ってきまーす」
「行ってまいります」
「行ってらっしゃい」
私が答えると、名無しクンも少し遅れて続いた。
「……行ってらっしゃい」
「行ってきます、名無しクン」
玄関のドアが閉まった。
今日は旦那ちゃんが休みなので、家にいるのは旦那ちゃんと私、それから名無しクンの三人だ。
私はいつもの家事を始めた。
しばらくすると、名無しクンが私の後ろをついてきた。
「コメたろうさん」
「はい」
「何か、私に出来ることはありますか?」
「ありません」
「……そうですか」
左腕、右脚、背中の外装。
名無しクンの身体には、まだ修理が必要な場所がいくつもある。
今は無理をさせるべきではない。
そう思っていた。
だが、しばらくするとまた、
「コメたろうさん」
「はい」
「何か、私に出来ることはありませんか?」
「先ほども言いましたが――」
「コメくん」
旦那ちゃんだった。
テーブルには端末と、何枚かの資料が広げられている。
「軽い作業なら、お願いしてもいいのではないでしょうか」
「ですが、まだ身体が――」
「何もしないというのも、つらいものですよ」
名無しクンが旦那ちゃんを見る。
「家事をしてもいいのですか?」
「身体に負担の掛からない範囲なら」
「……はい」
声が少し明るくなったように聞こえた。
私は考えた。
「では、洗濯物を畳むのをお願いできますか?」
「はい」
名無しクンは、すぐに洗濯物のところへ向かった。
私は旦那ちゃんの前にある資料を見る。
「何をしているのですか?」
「名無しクンの修理計画を作っています」
左腕。
右脚。
背中の外装。
内部の点検。
交換が必要になりそうな部品。
旦那ちゃんは一つずつ書き出していた。
だが、しばらくすると手が止まった。
「……コメくん」
「はい」
「少し問題がありますね」
「何でしょう」
旦那ちゃんは、名無しクンを見た。
「この子の所有権は、どうなっているのでしょう」
私は答えられなかった。
名無しクンには、以前いた家がある。
そして、そこには持ち主がいたはずだ。
「所有者の許可なく、部品を交換していいのでしょうか」
「……分かりません」
「私もです」
旦那ちゃんは少し考えた。
「名無しクン」
「はい」
「以前いた家について、分かることを教えていただけますか?」
名無しクンは洗濯物を畳む手を止めた。
「……分かること?」
「住所や、所有者のお名前などです」
「……分かりません」
「住所も?」
「はい」
「所有者のお名前は?」
「知りません」
私は、名無しクンを見る。
半年近くいた家なのに、その住所も、所有者の名前も知らない。
「では、あの場所へはどうやって?」
旦那ちゃんが訊いた。
「車に乗せられました」
「車に?」
「はい」
「どのくらい乗っていましたか?」
「30分程度です」
「そして?」
「あの場所で、降ろされました」
「迎えには?」
「来ていません」
旦那ちゃんは黙った。
私も何も言えなかった。
夕方。
浦姐ぇとうららさんが、いつもより早く帰ってきた。
夕食の席で、旦那ちゃんが昼間の話をした。
浦姐ぇはしばらく考えていたが、やがて箸を止めた。
「……待てよ」
「どうしました?」
「場合によっては、私ら拾得物の横領になるよな……」
「その可能性については、確認した方がいいでしょうね」
「もしくは営利誘拐」
「営利目的ではありません」
「じゃあ誘拐」
「人であれば、ですね」
浦姐ぇが、名無しクンを見る。
「物なら横領で、人なら誘拐かよ。どっちなんだ名無しクンwww」
「……私に聞かれても分かりません」
「だよなwww」
うららさんが言った。
「笑っている場合ではないと思います(´・ω・`)」
「分かってるよwww」
浦姐ぇは少し考えてから言った。
「うらら、弁護士の南村先生に連絡して」
「承知しました」
数日後。
私たちは南村先生に、これまでの経緯を説明した。
名無しクンが傷だらけでいたこと。
本人が以前の家へ帰りたくないと言っていること。
住所も所有者の名前も知らないこと。
車に乗せられ、30分ほど走った後、あの場所で降ろされたこと。
話を聞き終えた南村先生は、しばらく考えていた。
「所有者を特定する必要がありますね」
浦姐ぇが言った。
「メーカーに訊いたところで、個人情報は教えてくれまい……はて、どうしたものか……」
「興信所に依頼してみてはどうですか?」
「興信所?」
「はい。メーカーから顧客情報を聞き出すのではありません。本人が覚えていることや、発見場所などから調べてもらうんです」
南村先生の紹介で、興信所の調査員がやって来た。
若い男性だった。
「まず、覚えていることを教えてください」
名無しクンへの聞き取りが始まった。
「以前いた家の外観は覚えていますか?」
「はい」
「よく覚えている?」
「はい。私は、家の中に入れてもらえることが、ほとんどありませんでしたから」
調査員の手が一瞬止まった。
だが、何も言わずに質問を続けた。
家の形。
門。
塀。
庭。
道路。
周囲の建物。
名無しクンは、住所こそ知らなかったが、外から見えるものについてはよく覚えていた。
製造年月日と、その型が販売された時期も分かっている。
発見された場所から車で約30分。
それらの情報を合わせて、調査が始まった。
そして数日後。
調査員が何枚かの写真を持ってきた。
「お話しいただいた内容から、条件に合う家を何軒かまで絞りました」
一枚目。
「……違います」
二枚目。
「これも違います」
三枚目。
名無しクンの動きが止まった。
「名無しクン?」
手が震えていた。
小さな震えは、少しずつ大きくなっていった。
私は、名無しクンのそばへ行った。
「もう見なくても大丈夫です」
名無しクンは写真から目を離さなかった。
「……ここです」
調査員が訊いた。
「この家ですか?」
「……はい」
「間違いありませんか?」
「はい」
浦姐ぇが言った。
「それで十分。もう見なくていい」
調査員は写真を伏せた。
その家について調べた結果、成田金造という人物が住んでいることが分かった。
しかし、それだけでは成田氏が名無しクンの所有者だったとは断定出来ない。
ところが、次にやって来た調査員は、報告書を手にして、にやっと笑った。
浦姐ぇが訊いた。
「……何だよ、その顔(笑)」
「少し面白い方法で確認を取りまして」
「何した?」
調査員は、ロボット製作のベンチャー企業を装い、成田氏へ営業を掛けたのだという。
新型の家庭用ロボットを販売している。
今なら古いロボットを下取りに出せる。
そんな話を持ち掛けた。
成田氏は、ロボットを所有していると答えた。
メーカー。
機種。
購入した時期。
すべて、名無しクンと一致していた。
「それだけじゃ、まだ分からなくね?」
浦姐ぇが言った。
「ええ。ですから、もう少し訊きました」
調査員は笑った。
「出来ましたら状態を見せていただければ、高く見積もれるかもしれない、と」
「ほう」
「すると、成田氏は現物を見せることは出来ないと言いました」
「何で?」
「もう持っていないからだそうです」
浦姐ぇの表情が変わった。
「……何て言った?」
調査員は端末を取り出した。
「成田氏との会話は録音してあります。実際に聞いていただいた方が――」
そこで、調査員の手が止まった。
名無しクンを見た。
私たちも、名無しクンを見る。
先ほど、家の写真を見ただけで身体を震わせていた。
浦姐ぇが言った。
「……ちょっと待って」
「はい」
「その録音、名無しクンに聞かせても大丈夫なやつ?」
調査員は少し考えた。
「……内容としては、あまり」
「じゃあ、先に私らだけで聞こう」
名無しクンが浦姐ぇを見る。
「私は、聞かなくてもいいのですか?」
「うん」
「ですが、私についての話なのでは?」
「そうだけどさ」
浦姐ぇは少し考えた。
「今すぐキミが聞かなきゃいけない話かどうか、先に私らで確認させて」
「……分かりました」
浦姐ぇが私を見る。
「コメちゃん、名無しクンと一緒にいて」
「はい」
浦姐ぇと旦那ちゃん、うららさん、南村先生、そして調査員が別の部屋へ移った。
私は名無しクンと二人で残った。
「コメたろうさん」
「はい」
「私は、何を言われていたのでしょうか」
「分かりません」
私は本当に知らなかった。
「浦姐ぇたちが戻ってくるまで待ちましょう」
「……はい」
別の部屋では、録音が再生されていた。
調査員の声が聞こえる。
『出来ましたら、現在の状態を見せていただければ、高く見積もれるかもしれません』
少し間があった。
『無理だよ。もういないから』
『修理に出されているんですか?』
『いや、捨てた』
誰も何も言わなかった。
『処分されたということですか?』
『そう。壊れて使い物にならなかったから、車で運んで捨てたよ』
録音が止まった。
しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは、浦姐ぇだった。
「……聞かせなくて良かった」
誰も、その言葉を否定しなかった。
名無しクンを修理するために始めた調査でした。
以前いた家の住所も、持ち主の名前も知らなかった名無しクン。
それでも、覚えていた家の外観から、ようやく以前いた場所を見つけることが出来ました。
そして、調査の末に分かったこと。
「捨てた」
それが、以前の持ち主の言葉でした。
名無しクンには、まだ聞かせていません。
この事実をどう伝えるのか。
そして、名無しクンの身体を修理することは出来るのか。
まずは一つずつ、考えていくことになりそうです。




