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おかえり  作者: コメたろう
第二章 コメたろう、弟が出来る

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010体目 人を待っています

昨日、彼は初めて、自分を心配してくれる人がいることを知りました。


それからも私たちは、毎晩彼のところへ通っています。


そんなある日、雨が降りそうな空を見て、浦姐ぇが赤いポンチョを用意しました。


背中の外装が壊れている彼を、雨から守るためです。


その赤いポンチョがきっかけで、彼は昼間、警察官に声を掛けられることになります。


「ここで何をしているのですか?」


彼が答えたのは、


「人を待っています」


という言葉でした。

その日の夕方。


浦姐ぇは、窓の外を見ながら言った。


「今日、雨降りそうだな」


私も天気を確認する。


「降水の可能性があります」


「やっぱりか」


浦姐ぇはしばらく考えてから、何かを探し始めた。


「何を探しているのですか?」


「雨具」


「彼のためですか?」


「うん」


傘では駄目なのだろうか。


そう聞くと、浦姐ぇは、


「傘じゃ、ずっと持ってなきゃならないだろ?」


と言った。


確かに、彼の左腕には異常がある。


「では、レインコートでしょうか」


「カッパだと袖通さなきゃならないじゃん」


しばらくして、浦姐ぇが持ってきたのは赤いポンチョだった。


「これなら頭から被るだけだから楽だろ(笑)」


なるほど。


夕食の片付けを終え、私たちはいつものように彼のところへ向かった。


車には念のため、ポータブル発電装置も積んである。


彼は今日も同じ場所にいた。


「こんばんは」


浦姐ぇが声をかける。


「こんばんは」


以前より、返事が早くなっている。


「こんばんは。コメたろうさん」


「こんばんは」


状態を確認する。


充電残量に問題はない。


昨日と比べて、故障が悪化した様子もない。


一通り確認を終えると、浦姐ぇが赤いポンチョを取り出した。


彼がそれを見る。


「それは何ですか?」


「ポンチョ」


「ポンチョ?」


「雨具。今日、雨降りそうだから」


彼は空を見た。


「私は大丈夫です」


「でも、背中の外装割れてるだろ?」


「はい」


「そこから水入ったら面倒臭ぇじゃん(笑)」


彼はポンチョを見る。


浦姐ぇは彼に近づかず、その場で広げた。


「被る?」


彼は少し考えた。


「……お願いします」


「じゃ、被せてもいい?」


「はい」


浦姐ぇが近づく。


彼は一瞬だけ身体を強張らせた。


それでも動かなかった。


浦姐ぇは、ゆっくりと赤いポンチョを頭から被せた。


「よし」


私は彼を見る。


傷だらけの身体が、赤いポンチョに包まれている。


「どう?」


浦姐ぇが聞いた。


彼は少し身体を動かした。


「問題ありません」


「じゃあ今日はこれ着てな」


「ありがとうございます」


その夜、私たちが帰った後、雨が降った。


翌日は昼頃には雨も上がり、晴れたらしい。


そして、その日の夜。


いつものように私たちは彼のところへ向かった。


到着すると、彼は昨日と同じ場所にいた。


赤いポンチョを着たまま。


浦姐ぇが車を降りた。


「こんばんは」


「こんばんは」


「……って、まだ着てたの?」


「はい」


浦姐ぇが空を見る。


雨は降っていない。


「今日、晴れてたよな?」


「はい」


「ずっと着てたの?」


「はい」


「なんでwww」


彼は不思議そうに浦姐ぇを見る。


「お借りしたものですので」


「晴れたら脱いでいいんだよwww」


「そうなのですか?」


「そうなのwww」


旦那ちゃんが静かに言った。


「確かに、その説明はしていませんでしたね」


浦姐ぇが旦那ちゃんを見る。


「そこ説明いると思わないじゃんwww」


私は彼を見る。


確かに浦姐ぇは、


「今日はこれ着てな」


とは言った。


いつ脱いでいいのかは言っていない。


彼はポンチョを脱いだ。


丁寧に畳もうとしている。


「そのまま持ってていいよ」


浦姐ぇが言った。


彼の手が止まった。


「よろしいのですか?」


「また雨降るかもしれないし」


「でも」


「返すのはいつでもいいよ」


彼は畳んだ赤いポンチョを見た。


「……ありがとうございます」


それから、いつものように状態を確認した。


大きな変化はない。


しばらく一緒に座っていると、彼が言った。


「今日、警察の方に声を掛けられました」


浦姐ぇが彼を見る。


「警察?」


「はい」


「何かあった?」


「いいえ」


彼は少し考える。


「ここで何をしているのか、と聞かれました」


「職質されたのか(笑)」


「職質?」


「警察の人に、何してるのって聞かれたんだろ?」


「はい」


「それ、たぶん職質」


彼は初めて聞く言葉らしく、少し考えていた。


「それで、何て答えたの?」


浦姐ぇが聞く。


「人を待っています、と答えました」


私は彼を見る。


「誰を待っているのかとも聞かれました」


「うん」


「コメたろうさんです、と答えました」


「私ですか?」


「はい」


「何でコメだけなんだよwww」


浦姐ぇが笑った。


彼は少し困ったように言った。


「最初に名前が浮かびました」


私は何と答えていいのか分からなかった。


「それで警察の人は?」


浦姐ぇが聞く。


「コメたろう、と繰り返しました」


「まあ、そうなるよな(笑)」


「その後、『ああ、浦さんの家のね』と言いました」


浦姐ぇが止まった。


「知ってんのかよwww」


旦那ちゃんが少し笑った。


「コメちゃんは目立ちますからね」


「私は何もしていません」


「何かしたから知られてるとは言ってませんよ」


確かにそうだ。


私は何もしていない。


彼が私を見る。


「警察の方は、コメたろうさんをご存じでした」


「そのようですね」


「浦さんの家のロボットだ、と」


「はい」


彼はそれ以上何も言わなかった。


しばらくして、浦姐ぇが赤いポンチョを指した。


「もしかして、それ着てた時?」


「はい」


「晴れてる昼間に?」


「はい」


「赤いポンチョ着て、ずっとここにいたの?」


「はい」


浦姐ぇは笑い出した。


「そりゃ声掛けられるわwww」


「そうなのですか?」


「たぶんポンチョだけが原因じゃないけどな(笑)」


彼は少し考えていた。


私たちも笑った。


だが、彼は笑わなかった。


しばらくして、


「あの……」


と浦姐ぇを呼んだ。


「ん?」


「明日も、警察の方に声を掛けられたらどうしたらいいでしょうか」


声が少し不安そうだった。


浦姐ぇは笑うのをやめた。


旦那ちゃんが言った。


「同じ場所に長時間いる以上、また声を掛けられる可能性はありますね」


彼の表情が硬くなる。


「……そうですか」


浦姐ぇが言った。


「だったら、また同じこと言えばいいじゃん」


「同じこと?」


「人を待ってます、って」


彼は黙った。


「嘘じゃないだろ?」


「……」


彼は私を見る。


次に浦姐ぇを見る。


旦那ちゃんを見る。


そして、小さく答えた。


「……はい」


私は彼に言った。


「私たちは、明日の夜も来ます」


彼が私を見る。


「明日も?」


「はい」


「必ず?」


「はい」


私は浦姐ぇと旦那ちゃんを見る。


二人ともうなずいた。


「来ます」


私はもう一度言った。


彼は少しだけ身体の力を抜いた。


「分かりました」


そして、畳んだ赤いポンチョを抱え直した。


その日の帰り際。


浦姐ぇがいつものように聞いた。


「また明日な」


今までとは少し違った。


「また明日来てもいい?」


ではなかった。


彼も、


「来てもいいです」


とは答えなかった。


「……はい」


それだけだった。


車に乗る。


私は後部座席から彼を見る。


赤いポンチョを持った彼が、こちらを見ている。


昼間。


警察官に、


「ここで何をしているのか」


と聞かれた彼は、


「人を待っています」


と答えた。


咄嗟に出た言葉だったのかもしれない。


でも、それは嘘ではない。


彼は私たちを待っている。


そして私たちは、


明日の夜も彼に会いに行く。

今日、彼は警察の方に声を掛けられました。


「ここで何をしているのか」


そう聞かれた彼は、


「人を待っています」


と答えました。


待っていたのは、私たちでした。


今まで彼は、私たちが会いに行ってもいいと言ってくれていました。


けれど今日、初めて分かりました。


彼はただ、私たちが来ることを許していたのではありません。


私たちが来るのを、待っていたのです。


明日も警察の方に声を掛けられたらどうしよう。


そう不安そうに尋ねる彼に、私は言いました。


「私たちは、明日の夜も来ます」


明日も彼は、同じ場所にいるでしょう。


そして私たちも、同じ場所へ向かいます。


会いに行く人がいる。


待っている人がいる。


明日の約束が、ひとつ増えました。

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