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空夢  作者: くわとろ
第二章:五つの獣と天を仰ぐ空
8/11

昇華

 『黒曜』という謎の組織に襲撃され、片目を失ったヴァルフォン。

 彼はかつての因縁を精算するため、強引にでも討伐へ参加する事に──。

「──もう動いて大丈夫なの?」


 そう言ったのはサティー。

 彼女は白く淡い日光が照らしているテラスのベンチに座り、そこから外を眺めていた。そよ風で紫苑色の髪が靡いていた。

 壁にもたれながら歩く僕を、とても心配そうに見つめる。


「うん、もう大丈夫。」


「本当に?」


「本当に。」


 昨日付けられた大量の傷の、その中でも軽めの傷は殆ど治りかけだ。

 だけど、ナイフが突き刺さった右目は失明してしまった。それにより、顔に包帯を巻いて片目を隠してどうにかしてる。

 不幸中の幸いか、刺さったナイフが脳にまで影響を与える事は無かったようで、一命を取り留めた。

 でも、まだ深い傷は残ってる。今でも少し動くだけでズキズキと痛み、壁に寄りかかりながらじゃないと歩く事は難しい。


「肩、貸そうか?」


「いや、大丈夫。」


「そう。…ここ座る?」


 サティーはテラスに置いてあるベンチを小さく指差した。


「じゃあ……うん。」


 そう言うと、彼女はまるで老人を介護するかの様な手つきで、その小さな身体で僕の身体を支えながら歩く。

 僕より40cmも身長が小さいのに…。無理させて申し訳なくなった。


「あたしは大丈夫だよ。こういうのには慣れてるし。」


 その気持ちは彼女にはお見通しだった。顔に出てたのかも。

 僕はそのままベンチに座る。サティーはその向かい側に座った。

 テラス席には冷たい空気が漂っていた。冬はまだだというのに。


「はぁ…これからどうしようね。」


 サティーはため息をこぼしながら呟く。

 彼女は続けて、


「サリヴェルトの街は崩壊寸前。民家は燃えて、住む場所が無くなり、殆どの人は他の主要都市の方へ移住したね。」


 背を向け、荒廃した街を見下ろしながら彼女はそう言った。

 今までは僕らが今住んでいるサリヴェルトの中央都市テルミヌスにサリヴェルトの人口の半数以上は住んでいたけど、この件でほぼ全員が他の主要都市や外国に逃げた。

 その街は以前の活気ついた街とは違い、建物は崩れ、人はほぼ居ない。それにまだ大きな血痕が残っている。それは昨日の惨劇の悲惨さを物語っていた。


「僕らも外国とかに逃げた方が良いのかな。」


「それは良い考えだとは思うよ。この都に残る理由は、神獣討伐と強すぎる地元愛以外もう無いもんね。」


 彼女は少し物悲しそうに言っていた。


「──ヴァルフォン君はどうするの?」


「…僕もここに残るよ。」


 多分神獣討伐に参加している人の多くは此処に残る選択をしたと思う。討伐メンバーの大半は復讐や恩返しを目的に参加しているし、それを成せないまま此処を去るなんて、皆にはできないと思う。僕もそう。

 それと、サティーは珍しい、地元愛で此処に残るタイプの人だ。理由はよく分かんないけど、都どころか、この国全体をこよなく愛してる。彼女も神獣討伐に参加はしているけど、他の皆とは違って、それに明確な目的は無いみたい。


「おや、子猫さんと子兎ちゃんじゃないか。」


 そう言いながら、屋内からメイエナが出てきた。

 良かった。彼女もちゃんと逃げれたんだ。

 内心、逃げることより店番を優先してしまうかと思ってたけど、そんな事は無かったみたい。


「どしたの?おばさん。」


 サティーはそちら側へ振り向き、メイエナに言った。


「いや、二人の様子を見に来ただけさ。あと私はおばさんじゃない。お姉さんだ。」


 ちなみにメイエナは今年で27になる。まだまだおばさんじゃないよ。


「それで子猫さん。怪我は大丈夫なのかい?」


 彼女は僕の顔を見ながら言った。


「まぁ、そこそこ」


「それなら良かったよ。」


 そう言いながら彼女は、僕の隣に座り、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「そんなに暗くなるなよ。元気出しな。」


 そう言いながら、彼女は少しニヤつきながら僕の尻尾にも触れた。

 反射的にびくっと尻尾が揺れた。

 すると彼女は手をそっと離した。彼女は続け


「あ、そういえばあの女狐が君たちの事を探してたぞ。行ってやったらどうだい。」


 あの女狐というのは、ベルファイアの事だ。

 彼女が呼んでいるということは、今後の神獣討伐について、何か話があるのかな。

 早めに行った方が良いかも。


「うへぇ」


 そして背中を包み込むかのような感触と共に、背後から声がした。頭らへんも微かに吸われている感触がする。

 この感触はよく知ってる。


「コロン、頭は吸わないでね。」


 そう言うも、コロンは吸うことを止めない。それどころか、僕の頭を毛繕いし始めた。

 もうこれには慣れてしまった。もう止めようとも思わなくなってた。


「…そうだね、後で行ってみるよ。」


「…。」


 二人は黙ってこちらをじっと見つめている。一体どうしたんだろう。

 その沈黙を破るように、サティーは口を開いた。


「暇なら早めに行こっか。」


 二人はそれに頷いた。

 僕らは席を立ち、ベルファイアが居る所に向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 軋む音を発しながら、古臭い扉は開いた。

 中には神獣討伐のメンバーがほぼ全員揃っていた。

 コロンとか橙雀は不在だった。橙雀はともかく、コロンはさっきまで一緒にいたよね…?

 

「おい、もう傷は大丈夫なのか?」


 開口一番に、リンクスは言った。彼も先日の神獣討伐にて大怪我を負い、上半身は包帯でぐるぐる巻きにされていた。ちょっと処置が雑すぎるような気がする。

 僕は頷いた。壁にもたれていないと立てないが、傷はきっと大丈夫なはず。


「本当か?」


 それにまた頷いた。


「本当にか?」


 またうん、うん、と頷く。

 そんな何回も聞かれると僕も不安になってきた。本当に傷は大丈夫なのか。このまま討伐を続けられるのか、と。

 丁度近くにあった全身鏡で自分の姿を眺めてみる。よく見れば、まだ身体中は傷だらけであった。確かに、リンクスがこんなに入念に聞くのも無理はないね。


「とにかく、大丈夫だから。」


「そうか…」


 そこで、ベルファイアが口を開いた。


「それじゃあ、今後の予定を話し合おうか。」


 質素な部屋の中央に置かれている机と、いくつかの椅子に、僕達は座った。

 

「──まず、神獣討伐は続ける。次の討伐予定の神獣は、猫の神獣『アンプタリム』。ラッサンぜルク程では無いが、かなりの強敵だろう。」


 猫神、アンプタリム。過去を改変する力を有しており、今までに4回ほど歴史を変えている。神話に載っていないだけで、実はもっと変えている可能性もある。それは彼女にしか分からないだろう。あと、このサリヴェルトという文明を築き上げたのも彼女だ。

 2年ほど前に一度討伐に向かったが、その時の戦力では猫神には対抗できず、やむを得ず撤退した。


「──それで、討伐メンバーなんだが……」


 彼女は困ったように言う。


「どうかしたの?」


「いや、今はまともに闘える人が少ないのだ。リンクスやヴァルフォンは負傷してるし…」


「それなら、僕が行きましょうか?」


 とフエルヴィが口を挟む。


「いや、君とサティーにはまた別で仕事があるんだ…。」


 つまり、今の所討伐にいける討伐メンバーは、コロンとベルファイアさんと僕だけって事だ。あと橙雀。

 ベルファイアさんは昨日の戦いでまだ疲弊しているし、実力を発揮しきれないかもしれない。

 コロンは戦えはするだろうけど……どうなんだろ。分からないや。

 こんな時にアンタルヤさんが居ればなぁ…。彼女はテラリライムの方に行っちゃったし…。


「因みに、あたしたちに頼まれる仕事って?」


 サティーはベルファイアにそう聞いた。


「あぁ、二人には黒曜に関する調査をして欲しいんだ。神獣討伐をする以上、かならず彼らの妨害に遭うだろう。」


「そう、結局、その黒曜ってやつらの目的は何なの?」


「おそらくだが、彼らの目的は、神獣討伐の阻止だ。クラリアを殺したのも、この討伐のリーダーを殺害することで一時的にこの組織の統制を乱す事だろう。」


「──だから今後は、私がこの神獣討伐のリーダーを務める。これはクラリアの遺言によるものだ。」


 生前、クラリアは念の為に、僕らひとりひとりに宛てた遺言状を書いていた。ベルファイアさんの所にはもう届いているみたいだ。

 僕の所にはまだ届いていないけど、これからなのかな。

 僕はベルファイアさんがリーダーになる事に異論は無い。皆もそうだと思う。あるとするなら、応急処置が雑すぎる所。


「それでなんだけど、猫神討伐は誰が行こうか。最低でも3人は欲しい。とりあえずコロンは連れてく。それから私も行く。」


 彼女の目は、何時になく真剣で鋭い目をしていた。その目から彼女の神獣討伐への覚悟を感じる。


「──それで、問題は最後の一人なんだが……」


「僕が行く。」


 まだ言いかけている途中だったかもしれないけど、僕はそれに口を挟んだ。

 ベルファイアさん達がこちらを瞬時にぎょっと見つめる。


「駄目だ。お前は駄目だ。」


 リンクスは僕を鋭く睨みながら言った。

 ただ単に睨みつけている訳じゃなく、瞳は獣の様に鋭い瞳をしていた。


「いや、行く。」


「駄目だ。その身体でどうやって戦う?死ぬぞ。」


 彼は僕のボロボロの身体を指差し、低い声でそう言い放った。


「だけど──」


 バンッッ!!

 机が思いっきり叩かれた。


「俺はな、こう言ったんだ。討伐に参加するなと。聞こえなかったか?」


「聞こえてたよ…。でも、神獣討伐が成し遂げられれば──」


 そう言いかけていたとき、突然リンクスが立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

 僕の真正面に来たかと思えば、ぐいっと僕の胸倉を掴み、持ち上げ、叫ぶ。


「いいか?お前みたいな怪我人の馬鹿なチビは何処でも役立たずなんだよ!此処に来ても足を引っ張るだけだ!とっとと出ていけ!!」


 今までに聞いたことが無い様な怒声だった。

 その声に、耳はピクリと動き、尻尾の毛がぞわっと立つ。


「おい、リンクス。流石に言い過ぎだ。」


 少し離れた所から見ていたフエルヴィが止める。

 彼も珍しく怒りに満ちた顔をしていた。

 

「そうだ。その辺にしておきなさい。」


 ベルファイアさんもそう言う。

 リンクスは舌打ちした後、溜息を漏らしながら、部屋から去って何処かに行ってしまった。

 その場はなんとも言えない雰囲気になっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 少し時は経ち、昼頃。

 僕らは、クラリアの葬儀を行っていた。

亡くなっている彼女の顔は、首を締められた苦しみからか、歪んでいた。

 それほど苦しんで亡くなったのだろうと思うと……いや、やめておこう。あまり考えたくない。

 遺体が棺に入れられ、土の中へと埋められてゆく。それを僕らは最後まで見届けた。

 皆、涙を堪らえようと、顔を強張らせていた。クラリアに自分らが泣いているところを見せたくないのだろう。


「そういえば、リンクスは?」


 僕はベルファイアさんに聞いた。

 彼女は顔をしかめて答えた。


「あの子、来てないのよね…。」


 一体どうしたんだろう……。


 その後、結局リンクスが葬儀場に姿を現す事は無かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 葬儀が終わり、今日はもう解散となった。

 何故か僕はふと、街を少し散歩しようと思った。そういう気分だったのかもしれない。


 荒廃した街を、周りの景色を見渡しながら歩く。

 崩れた家の中から焼け爛れた柱がちらりとこちらを覗いている。

 殆どの壁はレンガでできているから、全焼している家は少ない。だからか、直接破壊された跡が所々にあった。

 あの時の光景が、勝手に思い出される。

 黒装束の人達が、人々を惨殺し回る。家に火をつけ、壊し、人々を恐怖と絶望のどん底へ叩き落としてゆく…。

 強く拳を握りしめた。無性に殺意が込み上げて来る。あの黒装束の人たちもそうだが、一番はあの目に包帯を巻いている男。風蝕という。

 あの圧倒的な力と恐怖による支配は初めてだった。その前では何も出来ないという理不尽さに腹を立てる。

 だが、それに意味はない。何も生まない。そんな事は分かっていたが、この感情を抑える事は出来なかった。


 ガガガッ!!


 斧で近くの壁を思いっきり殴り付ける。レンガの壁はその衝撃で砕け散る。

 これで少しでも感情が抑制されれば良かったけど、勿論そんな事でされる訳が無い。される時があるとするなら、あの男を殺した時だ。


 僕はまた歩き始める。

 どこまでも景色は変わらずに、荒廃した街が広がっていた。

 数分ほど歩いていると、見慣れた広場に出た。この街の中央、大図書館前の噴水広場。ここはクラリアが殺された場所でもある。

 そこから少し段差を下ると、人がいた。仰向けで、腕枕をして寝転がっていた。

 黒髪の、僕と同年代くらいの少年。


「やぁ、君も風を感じに来たのかい?」


 彼は寝転がったままこちらに首を向け、言った。


「君は誰?」


「僕はヒール。ヒール・エドランスさ。」


「ここで何してるの?」


「風を感じていたのさ。」


「そう…。」


 ヒールはそのまま少しの間、僕の顔をじっと見つめた。そして、少し間が空き、彼は口を開いた。


「君、自由になりたくないか?」


「自由?僕はもうけっこう自由だけど…。」


「だが、本当にそう思うかい?」


 彼は少し顔に笑みを浮かべながらそう言った。


「違うの?」


「フッ…。顔を見れば分かるよ…。君、復讐に囚われているんじゃあないか?しかも何年間も、ずっとな。」


 「…復讐に…?」


「──そうさ。君は今そんな目をしてる。どうだ?少し休まないか?疲れてるだろ。」


「じゃあ…。」


 少し迷ったが、ヒールの誘いに乗る事にした。知らない人だけど、敵意は一切感じなかった。

 そうして、僕はその場に座り込んだ。そういえば、昨日の疲れがまだ回復してなかったな。すっかり忘れてた。

 ぼーっと空を見上げる。雲一つない、綺麗な青空だった。昨日の惨劇は嘘だったかのように、空は澄んでいた。すると、微かに涼しい風が吹いてくる。


「どうだ?気持ちが良いだろう。」


 僕は頷いた。確かに、今まで自分から風に当たったこと無かったから分からなかったけど、風に当たると気持ち良くなる。


「それで、君はどうして復讐したいんだい?」


 彼はそう僕に聞く。

 僕は少しの間、口が開かなかった。いや、開けなかった。


「──いや、やっぱいいさ。それも自由だ。」


 彼は何かを察したかのように、その話題を無かったことにした。

 続けて彼は、


「でも、それを成し遂げても、亡くなった人達は帰ってこない。それはどっちを殺しても同じだ。それは分かっておいてほしいな。」


「うん…。ありがとう。それじゃあ、僕は帰るね。」


 そう言い残し、立ち上がり、拠点の方へ歩き出す。


「あ、そうだ。君の名前をまだ聞いてなかったね。」


 僕は振り返って、


「僕はヴァルフォン。ヴァルフォン・ラベンダーだよ。」


 少しだけヒールの名乗り方を真似てみた。


「覚えておくよ、ヴァルフォン君。」


 そうして僕は帰路についた。

 一体何だったんだろう……。何言ってるかもいまいちよく分からなかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(視点変更:フエルヴィ)


「それで、結局誰が討伐に行くことになったんだ?」


 ベルファイアさんにそう尋ねる。


「そうだね…。私とコロンは確定として、あと一人欲しいんだ。ヴァルフォンは討伐にどうしても行きたいと言うけど──。」


「あの傷だと厳しいよな…。」


 片目の失明に全身に広がる切り傷、立つことさえもままならない…。とても彼は討伐に行けるような状態では無かった。


「私が辞めてと言っても聞かないんだ…。フエルヴィ、何故だか分かる?」


「さぁ…僕も多くは…。でも、少なからずヴァルフォン君は何かしらの復讐に囚われてるんだと思う。」


 彼が復讐の道を歩むこと自体は何ら不思議では無い。8年前、彼の父母や故郷を滅ぼしたのは、他でもない、猫神アンプタリムだったからだ。

 今思えば、昔から彼は討伐に強く参加したがっていた。通常、一般人は戦闘要員には16歳から神獣討伐に参加できるようになる。彼は16の誕生日の翌日には、もう既に討伐グループに参加していた。

 でも、彼は他の人とは違って、復讐の重みが段違いだ。他の人よりも大きな憎しみを行動源としている。勿論、人によって抱く憎しみの量は違うが、それでは説明できないくらい、彼は異質なんだ。


「そう…。とりあえずフエルヴィ、彼の側に居てあげて、何か危ない事をしそうになったら止めて。あのままだと……彼は自分から死にに行ってしまうから…。」


「…わかった。それでベルファイアさん。討伐メンバーにはヴァルフォン君を加えてあげよう。そうしないと…………。でも、それじゃあ危険すぎるから、もう一人戦力になる人を連れてみれば?」


 少し無茶な提案だと思う。

 だけど、ヴァルフォン君が参加した猫神討伐が成功すれば、彼の復讐心も少しは晴れると思った。かなりリスクがあるが、彼の為だ。


「…私はそれでもいいけど、そのもう一人は誰を入れるの?」


 僕やサティーは黒曜関連の任務で明日から参加出来ないし、リンクス君も負傷であまり動けない状態。アンタルヤさんも今はサリヴェルトに在住していない。

 残ったのは橙雀。正直な所、彼一人だけでは負傷したヴァルフォン君の枠を穴埋めする事は出来ない。だけど今戦えそうなのは彼だけだから仕方ない。


「ひとまずは橙雀を入れよう。多少は戦力になるはず。」


「わかった。橙雀君の方にも伝えておくよ。それじゃあヴァルフォン君の事、頼んだよ。この状況で頼れるのは君だけなんだ。」


 そう言い残し、ベルファイアさんは退室した。

 少し頼られて居ることに嬉しさを感じたが、今はそんな場合では無い。

 今は解決すべき問題が多すぎる。それらの対処が最優先だ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(視点変更:ヴァルフォン)


 次の日、猫神討伐当日。

 傷はちょっとずつだけど治ってきてて、立つことくらいは出来るようになってきた。

 予定通りに猫神アンプタリムの討伐は行われるみたい。

 今回の討伐メンバーはコロンとベルファイアと橙雀と僕。それから、馬車の操縦をしてくれるバーハロックっていう人が居た。


 馬車の中、僕らは揺らされながら神殿へと向かう。

 馬車の中は何も無く暇だったから、ぼーっと外の景色を眺めていた。その足元でコロンが戯れてた。


「そういえば、この前狼神が強いみたいな事言ってたけど、猫神よりも強いの?」


 ふと話題を出そうとして思い浮かんだ疑問をベルファイア達に尋ねた。

 僕は戦闘に関しては今回が初参加だから、もうかなり前に討伐された兎神と狼神の事はあまり知らない。


「あぁ、ラッサンゼルクはね、単純な武力もそうだけど、知能もそれなりにあったから厄介だったね。」


「どんな感じだったの?」


「ラッサンゼルクは人の姿に化けれるからね。ほら、昔の獣人は獣の姿に化けれるじゃん?それと似たような感じで、其は人の姿に化けれたんだ。」


「人狼みたいな?」


「そう、それで群衆の中に交じるもんだから、厄介極まりなかったね。当時主戦力だったプロテイトが居なかったら本当に危なかったよ。」


 プロテイトさんは、前の討伐リーダーのお姉さんだった。僕もあまりよく知らないけど、すごく強い人だったらしい。

 彼女は世にも珍しい、三叉の尻尾の猫だった。それがどんな意味を持っているのかとかは知らないけど、とにかく凄かった。

 でも、彼女は2年前に亡くなってしまった。虚無に体中が蝕まれていたらしい。片手で数えれる程しか会ったことは無いけど、凄く優しくて、強い目をしてた。

 彼女は僕の憧れだった。あんな強い人になりたい!とずっと思ってた。強くなる秘訣を教えて貰おうと尋ねても、彼女は拒否し続けた。理由はよく分からない。

 今の話で昔の事を思い出して、僕は少し感傷的な気持ちになった。


 橙雀がこちらにゆっくりと歩み寄り、言った。


「なぁ、もしかしてだけどさ。その狼の子がヴァルフォンの同居人?」


「そうだよ」


 そう答えると、橙雀は何か言いたげな顔をしていたが、すぐに顔を変え、近くの椅子にまた座った。


「なんか…。雰囲気変わった?」


 なんだか今日の橙雀はいつもと違う気がする。何ていうか……なんだろう。煩悩が減ったっていうか……。


「あぁ、確かになんか昨日から頭がすっきりしてるんだよな。あと身体も軽い気がする。」


「大丈夫?」


「大丈夫だけど、どうした?そんなに変?」


「ううん、そこまで変じゃないよ。」


「そうか。」


 声の感じもなんか違う。

 橙雀の声は、まぁただの若い男性って感じの声だったけど、今日はいつもより声が透き通ってる感じがする。一体どうしちゃったんだろう。

 風邪でも引いてるのかな。重い風邪を引いてるときは逆に身体が軽く感じたりするらしいし。


「無理はしないでね。」


 橙雀にはそれだけ言っておいた。


「ん?あー、うん。ありがとな。」


 彼はなんだか不思議そうにそのまま座っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その後は特にこれといった事は起きず、雑談したり寝たりして、馬車の中を過ごした。


「──さて、もうすぐで到着だね。皆、準備しといて。」


 ベルファイアは言った。

 馬車は気が付けば神殿が目に見える距離にまで近づいていた。

 時間の流れってあっと言う間なんだな。と思った。実際は7時間くらい経ってたらしいけど、体感だと2,3時間くらいにしか感じなかった。不思議だ。もう正午は過ぎてるよね。

 石造りの神殿には、凝った装飾が規則正しく並べられている。多分沢山お金をかけたんだと思う。猫神はお金に目がないらしいからね。

 その神殿を中心に、辺りには荒れ果てた平原が広がっていた。その平原の至るところに、木の柱の残骸や欠けたレンガが転がっていた。

 ここには馴染みがある。ここには昔、そこそこ栄えてた街があった。普通に家が建ってて、人が住んでて、農業もしてた。かつてのあの光景は喪われた。この地で生まれ育った身だから、とても物悲しい気分だ。


「…入ろっか。」


 僕は先頭に立って皆に言った。皆ももう準備はできてるみたい。


「先頭は私の役目だぞ。」


 そう言ってベルファイアが先頭に立った。

 先頭は取られちゃったけど、まぁいいか。ベルファイアに任せよう。

 そうして僕らは神殿の中へと進む。


 中は、意外にもシンプルな構造だった。いや、元々複雑な構造だったが、行き止まりが粘土や石等で塞がれている。昔は神殿が開放されていて、子供の遊び場になっていて、小さい頃に何回か来たことがあるけれど、あの時はもっと迷路の様な構造をしていた。

 だけど、そんな迷路は、間違いが埋められ、曲がりくねった一本の道となっていた。

 こんな事はベルファイアも初めてだったらしく、少し動揺が漏れていた。

 それから、丁寧に赤い矢印が床や壁に無数に描かれていた。それは神殿の奥、僕らの向かうべき所を指していた。

 僕でも分かる。これは明らかに何かしらの罠だ。猫神は僕らを誘っている。

 それには皆も気づいているみたいで、皆で目線を送り合う。


「どうする?これ。」


 ベルファイアが小声で僕らに聞いた。


「流石に罠だしなぁ…。他の道とか無いか?」


 と橙雀。

 コロンはそんな僕らの後ろで眠たそうにしていた。


「でも僕の覚えてる限り、この道でしか上には行けないよ。」


 この迷路で、上に行くことができるルートは1つだけだ。その唯一のルートこそが、この一本の道なのだ。

 つまり、上に行くにはこの罠があるであろう道を通らなくちゃいけないって事になる。

 そこしか通る道は無い。リスクが大きいが、それしか無い。


「ここしか道は無いようだね…。私が先陣を切ろう。君達は少し後ろからついてきてくれ。」


 ベルファイアはそう言って、その一本道を歩き始める。

 僕らは言われた通りに、彼女の後ろを追いかける。

 

「昔から変わらないな…。」


 少し白っぽく、狭苦しい神殿の内部は、あの頃と全く変わっていなかった。あの頃の景色そのままだった。

 そんな中を僕らは矢印に従いながら歩き続ける。何かしらの罠に警戒しながら。


 だけど、罠なんて無かった。ただ道が続いていて、広い空間に繋がっていただけ。


「ここで行き止まりみたいだな」


 橙雀が言った。彼の言うとおり、これ以上道は無さそうだ。つまりここが神殿の最上部って事になる。

 最上部に来るのは初めてだ。そこは薄暗い大きな円形の空間で、ドーム状の天井には何かの絵が描かれていた。

 猫や人の絵。猫神に関連した何かの壁画だと思う。そういえば、道中にはそういう壁画とかは無かった気がする。全部ここに集約されているっぽい。


 その瞬間、霧のように、黒い巨体が僕らの前に現れた。


「4匹…か。」


 その巨体はその空間に響く声でそう呟いた。とんでもない大きさだ。僕らの10倍以上は身長が高い。

 黒い毛並みに、金色の紋様が刻まれており、海よりも深い瞳がこちらを覗く。

 間違いない。奴こそが猫神アンプタリムだ。

 その場の空気が緊張に包まれる。僕らはその奴の発するオーラに少しの間立ちすくんだ。

 だけど、あの男に比べれば大したものじゃない。


 初めに動いたのは橙雀だった。彼は動き出すとすぐに力を貯め、白黒のオーブを猫神に向けて発射した。

 だが、そのオーブは其にとっては遅すぎたようで、簡単に避けられてしまった。

 猫神は驚いたような表情を見せた。

 良く見てみると、猫神の身体の一部分が白黒に変色していた。虚無に蝕まれてるんだと思う。それを狙って橙雀はあの虚無エネルギーってやつを発射して浄化しようとしたのだろう。

 でも、見た感じ猫神はまだ正気を保ってるように見える。虚無を浄化しても、どうにかなるものなのだろうか。と、ふと疑問が湧いた。そもそもどうして虚無に蝕まれているのに正気を保てて居るんだ…?


「お主達。我に何の用だ?」


 喋った。やっぱりまだ正気を保ってる。だとしたら何故……。


「私達は、お前を殺しに来た!」


 ベルファイアは叫んだ。

 それを合図に、僕も攻撃を始める。

 僕の戦い方はこうだ。まず最初に斧を投げる。それはブーメランの様な軌道を描き、少し時間が経ってから相手に衝突する。これで大抵の敵は倒せる。

 その斧の滞空時間の間は、主に剣で戦う。その剣に相手が夢中になってるとき、忘れた頃に予め投げておいた斧が命中──と。

 そうなるのが理想だ。だけど、相手は伝説の神獣。そんな簡単に行かない事は百も承知だ。

 でも、やってみるしかない。微かな可能性に縋るしか無いのだ。


 とりあえず、いつも通りに斧を投げ、剣を抜き、神へ飛びつく。

 その剣は其の爪と衝突する。ガキィンと、金属のぶつかる音が響いた。

 この剣で叩いても、其の爪にはヒビ一つつかなかった。鋼でできているかの様に、とても頑丈だった。

 剣と爪が交わり、膠着している状態。そして僕は隠し持っていたもう一本の剣を、上着の下から取り出し、蹴り上げて飛ばす。その剣は、猫神の胸部分を貫き、猫神は少し怯む。


「その剣は……知っておるぞ…。あの猫又の娘のに似ているな……。」


 不敵な笑みを浮かべながら言った。


「あの猫又…?」


「そうさ、名は確か……プロテイトだったかな…?実に良い娘だった……遥かに強い、才能の原石だった……。」


「彼女がどうした…?」


 剣を握る力を強くする。

 確かに僕は、小さい頃に彼女の剣をずっと見て来た。だから似てるのはその所為だと思う。


「お主に良い事を教えてやろうか?」


 其は何かを思いついたかのような仕草をし、ニヤけながら言った。


「あの娘を葬ったのは我だ。」


 それは、衝撃的な告発だった。

 言葉すらも出なかった。

 確かに、前回討伐に行った時期と、プロテイトの死期は一致する。でも、死因は虚無による衰弱だった。

 つまり、猫神は橙雀と同じで、虚無の力を行使する事が可能ということになる。

 プロテイトを殺したというのと、虚無の力の行使可能という衝撃的な情報で、しばらく動けなかった。


 ドゴォォン!!


 轟音が鳴ったかと思えば、猫神の頭頂部が爆ぜていた。

 後ろを見ると、ベルファイアが大砲を構えていた。


「ヴァルフォン!そいつの言葉に耳を貸さないで!」


 爆発で怯んでるうちに、僕は其の身体を何回か斬りつける。だけど、爪だけでなく、肉体も硬かった。あまり深い傷は作れない。

 そこで、巨大な氷塊が其の身体に出現したかと思えば、爆発した。

 これはコロンの攻撃だ。そうして爆破してから間もなく、次の攻撃を繰り出し、また爆破させる。

 それで猫神は初めて、小さいながらも、目に見える程の傷を負う。これでも、其にとっては道で転んだ程度の傷だろう。だけど衝撃が強く、怯んでる。

 コロンは爆破を続ける。どういう原理で氷が爆発してるのかは分からないけど、それは確実に少しづつ、猫神にダメージを与えていた。

 それに続くように、ベルファイアや橙雀も遠距離からの攻撃を始める。ベルファイアは大砲を、橙雀は虚無の力を放出していた。

 僕も、持っていたリボルバー銃を猫神に発泡する。通常弾だと効果はほぼ無いだろうから、その弾に少量の電気を流していた。


 そんな一方的な僕らのターンは、そう長くは続かなかった。


「───?!」


 気づけば、辺りの床や壁は白黒に変色しており、僕らの身体も少し変色していた。

 これは虚無によるものだ。猫神は虚無の力を行使できる…!警戒しておくべきだった。

 虚無の力は厄介だ。すごく厄介だ。

 地面に侵食されれば、その地面に直接触れることは出来なくなる。最悪なのが、生き物の身体に直接虚無が侵食すること。こうなれば、身体が蝕まれ、衰弱してゆく。

 絶対絶命……と普通ならなるけど、僕らにはこれに対処できる人が居る。


「大丈夫か…!」


 橙雀だ。

 橙雀も虚無の力を行使できる、数少ない人間だ。彼が力をこの虚無にぶつければ、その部位は浄化される。これが毒をもって毒を制す、という奴だね。

 橙雀はちゃんと僕らの身体に蝕む虚無を浄化してくれた。

 こういう時の為に僕は橙雀をここに連れてきたんだ。虚無の力を使える人間なんて、そう居ない、というか、彼一人だけじゃない?そんな人聞いたこと無いし。


「やはりか…お主は何者だ?」


 猫神は橙雀に聞いた。

 橙雀は少し困った顔をしてから、


「俺の名は橙雀。ただの旅人だよ。」


「ただの旅人がそのような力を持っている訳が無いだろう……!!」


「あいにく、俺は記憶喪失だからさ、よく分からないんだ。」


 猫神は動揺し、汗を垂らして、焦った顔をしていた。これは流石に其も想定外だったのだろう。自分以外にも虚無の力を行使できる者が居るだなんて。

 そして猫神は橙雀に飛びかかる。だけど、動揺の所為か、簡単に避けられて、反撃を食らってしまう。


「変だな……。」


 どうしてだろうか。猫神は過去を変える力があるというのに、どうして橙雀による回復を消して、橙雀が死ぬ様に変えなかったんだろう。其にとっては簡単な事だと思うけど……。

 もしかして、過去を変えるには何か条件があるのか…?

 瞬間、大爆発が起き、赤い火花が辺りに散った。ベルファイアの大砲によるものだろうか。それに猫神はまた怯む。

 一方的な攻撃が続いた。猫神はずっと焦りと動揺に行動を制限されていた。

 コロンが氷を爆破し、ベルファイアも爆破し、橙雀は虚無の力を撃ち込み、僕も斧で叩き付ける。

 こんな状況だけど、絶対に油断してはいけない。猫神は一度あのプロテイトを殺した神獣だ。まだ何かを隠し持ってるかもしれない。気をつけないと──。


 その瞬間、強い光が空間中をピカッと照らす。目くらましみたいだ。それにより僕らの視界は一時的に奪われた。

 そして僕らの目が見えない間に、猫神は何事も無かったかのように動き出し、ベルファイア達を前足で殴り、思いっきり吹き飛ばした。

 それは一瞬の出来事だった。

 僕は気をつけては居たから、あまり飛ばされずに済んだけど……3人が大怪我を追ってしまっている。遠くからでも分かるくらいに、大量に出血していた。おまけに、虚無の力を多く浴びせられている。

 だけど、僕にはあの3人を気にかけている余裕は無かった。


ギャリッ


 鈍い音が鳴った。

 途端に、激しい痛み身体に走り、倒れる。

 僕はすぐに立ち上がろうとするが──。


 立てない。


 どうしてか、身体を上手く立たせられない。

 気づけば白っぽかった床は、真っ赤に染まっていた。

 前を見てみると、視界の端に、尻尾が落ちていた。


「猫という生き物は尻尾を切断されるとバランス感覚を失うと言うが……それは獣人でも同じの様だな。」


 猫神が僕を見下ろしながら言った。

 激しい痛みと、失ったバランス感覚により、僕は地面に跪く事しかできなかった。

 死を覚悟した。

 でも、どうしてもこのまま死ぬ訳にはいかなかった。絶対に、絶対に猫神を殺さないと…。


「天賦の才はあるのだがな……残念だ。」


 猫神がゆっくりとこちらに歩み寄る。

 其の爪がギラギラと輝いていた。

 それは、その爪でこれから殺されるということを静かに表していた。

 嫌だ。死にたくない。せめてこいつを殺してからじゃないと──!!

 …どうして、僕はこんなにも殺意で満ち溢れて居るのだろう。どうして、僕はこんなにも復讐に執着してるんだろう。

 それは、僕自身もよく分かっていなかった。本能で動いていたのかもしれない。

 だから死ぬ前に、僕は昔の事を思い返していた。どこで道を間違えたんだろう──。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それじゃあね。」


「あぁ。」


 鐘の音が鳴る中、僕らは別れを告げた。この小さい街にも、つい最近学校が建てられた。

 街に住んでる僕みたいな子供は、皆そこに通ってた。その中でそこそこ友達もできた。


「そうだ、これやるよ」


 そうして、男の子は僕にヘアゴムみたいな物を投げつけた。

 彼の名前はリンクス。つい最近知り合ったばかりの友達。やんちゃな所があって、問題児扱いされてたけど、根は凄く良い人で、僕とも仲良くしてくれた。


「──なにこれ?」


「使わなくなったからあげるわ」


「どうやって使うの?」


「そうだな、適当に腕に巻いたらいいだろ。」


「…?うん。まぁ、分かったよ…。」


 そして僕はリンクスから貰った謎のヘアゴムみたいな輪っかを腕に巻こうと思ったが、小さすぎて駄目だった。

 謎なやり取りをし、謎な事して遊ぶ。8歳児らしいのかは分からないけど、そんな日常を繰り返していた。

 

「それじゃあ、また明日〜」


「じゃあな。身体に気をつけな。」


 そうして僕らは別れ、帰路につく。

 空は茜色に染まっていた。もうすぐで夜だね。

 急いで帰らないと…。


「ただいま。」


「おかえり〜!」


 いつも家に帰ると、料理中だろうが、速攻で母が出迎えてくれた。

 母は子供大好きなのだ。だから僕は母に甘やかされながら育ってきた。父が金持ちの家系だから、何か欲しいって言えばすぐに買ってくれるし、何か悩み事があったら、金の力で解決してくれてた。

 もちろん、父も僕の事が大好きだ。まだ8歳なのに、毎週金貨30枚くらいくれる。変だよね。だけど、父は仕事で、週一回の休日を除いて、普段あまり家にいない。帰ってくることも殆ど無いから、ずっと僕と母の二人きりで暮らしてた。


「それじゃあ、おやすみ♪」


 もう夜だった。僕はもう寝る時間だった。


「うん、おやすみ。」


 これで1日が終わる。

 これがずっと続く……そんな平和な日常。

 だけど、そんなものはなんの前触れも無く終わりを迎える──。


 それは翌朝の事だった。

 珍しく、父が家に居る。

 いつも通りに、朝起きて、ご飯を食べる。

 なんてことない、いつも通りの朝だった。


ドン…ドゴォン……


 遠くから轟音が聞こえる…。


「あら、雷かしら。」


 家事をしている母はそう言った。

 

「だが外は晴れてるぞ?」


 と父。

 僕は特に深くは考えなかった。

 ところが、その轟音は次第に近づいてきていた。

 地面が揺れる。

 その振動も次第に大きくなる。まるで怪獣が歩いているかの様だ。

 家族が皆、危機を感じた。


「虚無災害の一種か…?」


 父は言った。巨大な虚無の分体が現れたのかもしれない。


「逃げた方がいいかしら…?」


「いや、外に出るのは危険だ。一応、地下室でやり過ごそう。」


 そう言うと、父は地下室への扉を開けに行った。

 僕は窓の外を見てみたけど、特に何かは見えなかった。


ガッシャーン!!


 突然、何処かの窓が割れた音がした。

 そして、その音の鳴った方向を見ると、そこには3人の人影があった。

 その人影は間もなくこちらに近づいてくる。


「おい!ガキと女が居るぞ!殺せ!」


「金目の物は何処だ!!」


「さっさと奪い取れ!」


 それは強盗だった。

 今起きてる何かの現象に乗っかって、強奪を始めているのだろう。


「逃げてっっ!!」


 母は僕に向かって叫んだ。

 僕は恐怖で足がすくみ、すぐには動けなかった。

 その間、強盗たちが母を襲う。

 殴られ、蹴られ、刃物で刺される。それにより母の悲痛な叫びが家中に響き渡った。


「おい!この女、俺らの玩具にしようぜ!」


「はぁ?こんなババァなんか使いたくねぇぞ?」


「あー……まぁ良いか……殺そうぜ」


 気が付けば僕は外へ走り出していた。その途中に、何かが潰れるような音が僕の耳に届いた。何があったのかは分からない。分かりたくなかった。

 父があの後どうなったのかは分からない。無事に地下室に隠れれたのかな。


 急いで裏口から脱出した。一切も振り向かずに、目的地も無いのに、ただ走り続けた。

 遠くに、巨大な猫のような生き物が街を破壊している所が見えた。

 だけど、そんな事を気にしてる場合じゃない。早く、早くここから離れないと──。


 ──僕は必死に走り続けた。どれだけ転んでも、足を怪我しても、逃げ続けた。気がついたら、もう夜が訪れようとしていた。空はどんよりと曇っていた。

 知らない場所にいた。既に荒れ果てていた街だ。建物の残骸には血糊がびっしりと塗られ、壁、地面、木々全てが紅く染められていた。

 いくつかの建物は燃えて、赤い光と煙を発していた。

 所々に遺体の様なものが転がってる。傷だらけのものや、焦げているもの、様々な死に方をした遺体が沢山。

 一日中走り続けてたから、もうヘトヘトだった。

 僕は疲労でフラつきながら砂利を踏みしめ、歩いていた。

 

「おい!さっさとしろ!」


 どこからか男の罵声が聞こえた。また強盗だろうか。

 その声の主が何処に居るかを探すために、咄嗟に壁の裏に隠れ、物陰から辺りを見渡す──。


「……!」


 見つけた。

 その4人の強盗達は、一人の子供を無理矢理働かせてるように見えた。


「チッ…使えねぇなあ!」


 一人の大男がその子供を蹴飛ばす。


「やっぱり女に仕事させるのは無茶っすよ!しかもこんなガキに!」


 もう一人の小肥りの男も子供を蹴り始める。

 もう見てられなかった。それと同時に、もう放っておけなかった。

 僕の中の恐怖は、気づけば殺意に変わっていた。

 そこからは早かった。

 僕は咄嗟に近くに落ちていた木こり用の斧を手に取った。

 とても子供が持てるような重さじゃ無かったけれど、どういう訳か僕には持つことが出来た。

 そして物陰から強盗に向かって走る。


「うおっ!なんだこのガキ!?」


 バギィッ


 まず一人、頭から斧を振りかざした。大男の頭がぱっくりと割れ、血の噴水ができた。


「なッ…何だぁこいつはぁぁ…ッッ!!!」


 ザッッ


 二人目、横腹を一刀両断。身体が上下に分かたれた。


「ヒッッ……化物ォォッッ!!!!」


 シュバァッ


 三人目、浅くだけど、胸元をざっくりと。


「来るな……ッッ……来るなぁぁぁぁぁぁあッッ!!!!」


 ドゴォッ


 四人目。特に言う事はない。


「はぁ……っ……はぁぁあっっ………!」


 僕は昔から体力が無かった方だった。

 だから直ぐに息を切らしてしまう。

 でも意外にもあっけなく、強盗達は倒れていった。人ってこんなに脆いんだ。

 腕と服に付着した大量の返り血を見て、僕は、どうして母が襲われてる時に助けなかったんだろう……と不意に思ってしまった。

 もう人を簡単に殺せるくらい、僕は強かったのに……どうして。あんな強盗くらい……簡単に……。

 果てしない後悔の念に襲われてるというのに、涙は一切流れてこなかった。


「……ぁ………ぅ…ぇ………」


 僕が考え込んでいると、呻き声がした。

 あの強盗達に使われてた子供の声だ。

 僕はその子の側まで近寄る。

 その倒れてる黒髪の子供には、狼の耳が生えていた。リンクスと同じ、狼族の子だ。

 その子は薄汚れた白いワンピースを着ていた。多分女の子だよね。

 その子の髪はとても長く、顔が見えなかった。それに凄くボサボサだった。ずっとあんな感じでこき使われる日々を送ってたのかもしれない。顔は良く見えないけど、その子から凄く視線を感じた。

 僕の中の良心がそうさせたのか、どういう訳か僕はこの子も連れて、遠くへ避難しようと思った。

 そもそもどうして見ず知らずの子供が虐められてる所を助けたんだろう。助けても特に自分にとっての利益は無い。もしかしたら、特に理由は無いのかもしれない。でも、助けなきゃ。と思った。だから助けた。

 僕はその子をおんぶして、また歩き出す。

 その子は何も喋らず、動かずに、僕の匂いを嗅いでいた。どうしてだろう。

 ずっと動いてたから、僕の身体ももう限界が近かった。いや、もうとっくに限界は超えていたのかもしれない。

 意識が朦朧としてきた。視界が乱れ、耳鳴りもすごい……。


バタッ


 もう駄目だった。

 僕の体力は底をつき、砂利の地面に倒れた。

 あぁ……意識が………遠………。


「………お…………ぃ……!!……だぃ……か…!?」


 最期に、誰かの声が聞こえた気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…ふぅ……、目が覚めたみたいだね。」


 気がついたら、ベッドの上だった。暖かい、綺麗な部屋に僕は寝かされてた。

 周囲を見てみると、ベッドが沢山、部屋に並べられて、所々に誰かが寝ていた。

 横になってる僕の側には、燃えるようなオレンジ髪の、狐族の女性が椅子に座っていた。


「大丈夫かい……?言葉は話せる…?」


「あぁ……うん。」


「良かったぁ……。」


 女性は安堵して、全身の力を抜いた。


「……ここはどこ…?」


「ここは、『百獣の都』。サリヴェルトの首都に当たる都市だ。もう大丈夫、ここは安全だからね…。そうだ、君の名前は何だい?」


「……ヴァルフォン。」


「ヴァルフォン君ね…。私はベルファイア。よろしくね。」


「…うん……。」


「とりあえず、今は休んでてね。…大丈夫、ここは安全だし、君と一緒にいた狼の女の子も無事だよ。」


 そう言ってベルファイアは他のベッドの所へ向かっていった。

 僕はもう何も考えずに、眠りに入った──。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 翌朝、目が覚めると、枕元にちょっとした食事が置かれてた。

 とりあえずそこに置かれてたおにぎりを食べた。具は鮭が入っていた。


「…お、起きたみたいだね。」


 ドアが開き、ベルファイアが入って来た。


「うん、おはよう。」


「おはよう、ヴァルフォン君。調子はどう?」


「まぁ、そこそこ。」


「そこそこか、立てそう?」


 僕はそのまま体をベッドから降ろした。別に足を大きく怪我してたわけじゃないから、立つのに苦労はしなかった。


「よし、大丈夫そうだね。」


 ベルファイアは少し嬉しそうに、耳をピクピクと動かしてた。どうしたんだろう。


「ねぇ、これからどうするの?」


 僕は彼女に聞いた。今は家も無いし、家族も近くには居ない。どうやって暮らしてけばいいんだろう。


「これから…ね……どうしよっか。ずっとここに居ても良いけど……でもここじゃ退屈だろうし……そうだ!もし良かったら、空き家をあげようか?」


「空き家?」


 空き家ってそんな簡単にあげたり貰ったりできるものなの?


「そう!空き家。なんか丁度良く空き家があるよきっと。急いで探してみるね!」


 そう言ってベルファイアは、僕の返事を聞く前に、急いで部屋を出ていった。

 元気な人だなぁ…

 

 それからというもの、なんか勝手に空き家が僕のものになってたから、僕はそこに住むことになった。そこに住んでる間、ベルファイア達が色々と支援してくれるらしい。

 その家は、結構いい感じの物件だった。8歳には勿体無い。…8歳に独り暮らしさせるのはどうなんだろう。大丈夫なのかな…?

 でもほぼ毎日クラリアって人が家に来てくれるから、あまり心配はいらないかも。


 それから、一ついい知らせがあった。でも同時に悪い知らせでもあった。

 父はあれから少しは生きていたらしい。そんな父が最期に遺産を残してくれていた。その額、金貨2500枚。そんな大金、何年貯金したんだろう…。

 でも、外国だとこの金貨は使えない場合があるってベルファイアに言われた。

 昔、世界には銅貨と銀貨と金貨があって、銅貨10枚で銀貨1枚分、銀貨10枚で金貨1枚分の価値があった。だけど、一部の外国だと使えないらしい。

 今は紙幣とかが出回ってて、金貨何枚〜とかじゃなくて、何Gゴールド〜みたいな感じらしい。サリヴェルトって少し時代遅れなんだね。あとフリタールやメイリオも同じ感じらしい。

 少し話は逸れたけど、こんな大金をくれた父は、もうこの世には居ないらしい。僕の家族はこれで全員居なくなってしまった。

 僕は大金を手に入れた。それに加えてベルファイアからの支援もあるから、不自由なんて知らなかった。

 だけど、あまり使いすぎちゃったら駄目だから、ある程度節約とかはしてた。

 まぁ大事に使おうね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あれから大体1週間が経った。

 新しい環境にはまだ慣れないけど、新しい友達とかもできた。フエルヴィって人とか、フレンっていう子とかね。

 もちろんまだこの街を完全に探索しきった訳じゃないから、普段行かない方面に探検に行ってた。

 故郷よりも遥かに都会な街を散策してると、ふととある雑貨屋が目に入った。窓際に展示されてるショーケースに置いてある品物に誘われ、直ぐに店に入った。


「いらっしゃーい。」


 店には、僕と同じ猫族の女性の店員がいた。それと、懐かしい顔の人がいた。


「ん?お前、ヴァルフォンか。」


 リンクスだ。彼もここまで避難してきたんだ。


「うん。久しぶり…かな。」


「あぁ、久しぶり。……なんか雰囲気変わったか?」


「…?そうかな。」


「あぁ、なんかな…可愛げが無くなった気がする。」


「元々あった?そんなの。」


「無かったかもな。」


 彼は少しいたずらっぽく笑みを浮かべながら喋ってた。

 見た所、リンクスにはあまり大きな怪我もなく、昔と同じ感じで、安心した。

 それからリンクスと少し話をして、僕らは店を出た。何も買ってないけど、良かったのかな。

 僕らは二人で街中を歩きながら喋っていた。


「そういや、多分お前の事を探してる奴がいたぞ。」


「へぇ、どんな人だった?」


「黒髪の狼。」


 多分あの子だろう。となんとなく察した。

 僕があの時助けた、あの女の子。ずっと気がかりだった。あれからどうしてるんだろう。


「その子は今何処にいるの?」


「さぁな。俺には分からん。」


 多分ベルファイアに聞けば教えてくれるよね。後で訪ねてみよう。


「そっか。リンクスは最近どうしてるの?」


「そうだな、ここに逃げて来て……そこからは前とあまり変わらんな。お前はどうだ。」


「僕もそんなにかな。普通に暮らしてる。」


 そういえばあまり大金を持ってる事を他の人に言いふらしちゃ駄目らしい。父はいつも僕にそう言い聞かせてた。


「それは良かったな。ずっと平和な日常が続けばそれで良いからな。」


「そうだね。」


「そんじゃ、俺はこっちだから、じゃあな。」


「またね。」


「あぁ、身体に気をつけろよ。」


 そういえば、昔からリンクスっていつも僕と別れるときに、身体に気をつけてって言うよね。なんでだろう。

 僕は帰路についた。時刻はもう夕方で、空が茜色に染まっていた。

 友人と久々に会えて嬉しかったな。

 そうだ。家に帰るついでに、ベルファイアの所に寄っておこう。

 

 ベルファイア達が居る施設と、僕の家はそこそこ近い距離にあるから、何かあれば直ぐに行けるのは良いね。

 あの女の子の顔だけでも見ておきたいな。


「いるー?ベルファイアさん。」


 木製の分厚い扉を開けてベルファイアを呼ぶ。


「いるよー!入ってー!」


 奥の方から声が聞こえた。ベルファイアの声だ。

 僕はそのまま奥の部屋へと歩いた。


ガチャ


 部屋の中には、ベルファイアさんと、黒髪の狼の少女がいた。

 6年前に僕が助けたあの子だ。あの時は髪が長すぎて顔は見えなかったけど、今は綺麗に整えられており、真っ赤な瞳がこちらを覗いていた。

 顔は結構可愛かった。ボロボロだった身体も、見違えるほど綺麗になってた。


「………!!」


 僕が彼女の方に夢中になってると、突然凄い勢いでこちらに突進してきて、抱きつかれた。

 その勢いで二人揃って床にバタッと倒れる。


「…??……??…………?」


 僕は一瞬どころか数秒、状況が掴めなかった。あまりにも唐突すぎた。

 なんでこんな早々に抱きつかれたのか、それとなんで僕の匂いを嗅いでいるのか。

 僕が10秒くらいで出した結論は、「距離感近い人なのかな。」だった。

 だから抱きつくのも匂いを嗅がれるのも仕方ないね。

 彼女は僕に抱きついてる間も、ずっと匂いを嗅ぎながら小さい尻尾をブンブン揺らしてた。特に悪い気はしなかったから、そのままにしておいた。


「…コロン……一旦やめときなさい。」


 ずっと横から見ていたベルファイアが言った。ベルファイアなら止めるよね、この状況なら。……一旦…?

 するとコロンっていう少女は少し不服そうな顔をして立ち上がった。僕も続いて起き上がった。


「それで、どうしたの?ヴァルフォン君。君から来るなんて珍しいね。」


「そうだね、人を探してたんだけど、丁度見つかったからやっぱりいいや。」


 そう言って僕はコロンの方を見る。すると彼女は瞳をキラキラ輝かせながらこっちを眺めていた。


「コロンの事?そういえば、君を助けた時に一緒に居たよね。」


「そう。」


「そっか。会えて良かったね。二人とも、仲良くしてよー?。」


 ベルファイアはお茶を飲みながらそう言った。


「それじゃあ僕はこれで、」


「気をつけてねー。」


 そうして僕は部屋を出ようと、扉に手をかけた。

 すると、コロンが僕のもう片方の腕をがしっと掴む。彼女の方を見てみると、口を閉じたまま、無言で腕を掴み続けてた。無言の圧力ってやつなのかな。

 でも、特に腕が固定されてる感じはしない。試しに腕を引っ張ってみると、掴まってるコロンも引っ張られた。

 

 結局、家に着くまでコロンは手を離してくれなかった。

 家の中に入ると、手を話してくれた。

 僕はずっと女の子を引っ張ってたから疲れて、ベッドに腰掛けた。コロンはそこら辺にあった椅子に座ってた。


「ねぇ…コロン。」


 僕は彼女の方を向いて、名前を呼んでみた。そういえば、まだ彼女の声をちゃんと聞いたこと無かったね。


「どうしたの?そんなに見つめて。」


 可愛らしい声でそう返された。


「ううん。なんでもない。とりあえず、くつろいでってよ。」


 そう言い切る前に、コロンは僕の横まで急接近してきた。目で追えなかった。

 僕は疲れてたから、擦り寄ってくるコロンを横目にベッドに横になって眠りについた。

 それからは特に何も起きずに、今日は終わった。


 翌朝。

 目が覚めると、寝てる僕の身体にコロンが抱きついてた。

 やっぱり何も起きなかった事は無かったかもしれない。


「おはよう。」


「んん〜〜、おはよぉ〜」


 そんな感じの日常がずっと続いた。

 特に何も山場も無く、6年の時が経とうとしていた──。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ぼくはとある場所に向かっていた。

 それはとある人に会いに行く為。

 ここは街から少し外れた平野。


「ん?どうしたんだ?迷子か?こっちはお家じゃないぞ?」


 僕が其処に着くと、剣の素振りをしていた彼女は僕を見るなりそう言った。まるで迷子の小さい子供を相手にされてるみたいだった。

 緑髪の猫又。その尻尾は三つに分かれていた。

 彼女の名前はプロテイト。神獣討伐っていう活動をしているグループのリーダーらしい。


「迷子じゃないよ。聞きたいことがあって。」


「なんだ?」


「6年くらい前に、僕の故郷を襲った生き物について何か知らない?」


 あの時から、ずっと気になっていた。

 故郷を襲ったのは何なのか。あの時、何が起きていたのか、知りたかった。


「あー、猫神アンプタリムだね。丁度今度倒しに行くんだ。それがどうかした?」


「…僕も討伐に参加させて。」


 必ず故郷を滅ぼした元凶は討つと、あの時から決めていた。

 だけど僕がそう言うと、プロテイトは表情一つも変えずに、


「駄目だね。お前みたいな子供には無理だ。」


 そう冷たく言い放った。続けて、


「せめて16になってから。それが最低条件。そしたらまた来なよ。……でも見た感じ、才能はあるっぽいね……じゃ、待ってるからね!」


 そうして彼女はまた案山子に向かって、剣を振り始めた。

 僕はそれを少し離れた所から見ていた。

 それについては、彼女は何も言わずに、其処に居させてくれた。

 彼女の戦い方は少し特殊だ。普段は剣一本で戦ってるけど、突然死角から第二、第三の剣が飛んでくる。

 でも剣だけじゃなく、時折銃弾やクナイが飛んできたり、剣が出てくるときも、一本一本が素材や形、重量とかが違っていた。

 見てて面白かった。

 

 それから数日間、暇があれば彼女の所に行って、彼女の素振りを見続ける日が続いた。

 たまにコロンが一緒についてきたり、ベルファイアが来たりもした。どうやら、ベルファイアも神獣討伐に参加してた人らしい。

 僕は強くなる為に、裏で隠れて、剣とかの練習や、何故か出せる雷を出す練習とかをしていた。


 ところが、ある日突然、プロテイトは死んだ。猫神討伐から撤退したあと、急激に衰弱していったらしい。

 猫神討伐は失敗した。その所為で、討伐に参加していたメンバーは、ベルファイアと、クラリアって人以外は全滅してしまった。

 予定されていた神獣討伐は一旦中止になった。そして、その新たなリーダーとして、もと副リーダーのクラリアっていう人が新しくなったり、何人かの若い人が加入していったりした。

 僕もそれに乗っかって、神獣討伐に参加することに成功した。リンクスやフエルヴィとかもこのタイミングで参加してて、コロンも僕が参加するなら、と参加していた。


 もうこの時から、僕は既に道を踏み外してたのかもしれない。


 それから神獣討伐に参加して、クラリアって人に会った。というか、彼女から会いに来た。

 ある日、なんの前触れもなく玄関のドアが開かれる。訪ねてきたのはクラリアだった。姿を見るのはその時が初めてで、白髪に赤い瞳を宿した少女の姿をしていた。


「ごきげんよう。ヴァルフォン君と、コロンちゃん……は居ないみたいね。」


 クラリアは優しい口調でそう言った。

 彼女の片手には、大量のお菓子が入った袋が握られてた。

 

「こんにちは。」


 彼女はその袋を僕に手渡し、話す。


「ヴァルフォン君は今年で何歳になるの?」


「14になるよ。」


「コロンちゃんの方は?」


「たしか13だったかな。」


「若いね……若いのは良い事だよ、私なんて今年で53だよ。」


 クラリアは少しため息混じりにそう言った。

 53歳?……とてもそうは見えない容姿をしてるけど…。傍から見れば、小学生にしか見えないと思う。


「ところで、貴方は神獣討伐に行きたいんだよね?」


 僕はコクリと頷いた。

 彼女は少しの間、僕の目を見つめると、


「そう……でも、あまり無理をしてはいけないわ。貴方も、あまり神獣討伐に囚われないでね。今までに、沢山そういう子達を見てきたから…。」


 最初は、僕は彼女の言ってる意味がいまいちよく分からなかった。


「目を見れば分かるわ……貴方は復讐に囚われて、このままだと絶対何処かで命を落とす……。」


 彼女は神妙な顔つきでそう言い、続けて、


「でも、大丈夫よ──」


 彼女は僕に優しく、包み込むように言う。


「貴方の周りには、素敵な仲間がいるじゃない。一人で抱え込まずに、皆に頼ってみたら?」


「…うん。そうだね。そうしてみる。」


「それと、敵を倒す事じゃなくて、仲間や大切なものを守る事を生きる目的にしたらどう?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 仲間…ね。

 そういえば、まだリンクスと仲直りしてないな……。最期くらい、楽しくお別れしておきたかったな……。

 そう僕は地面に跪きながら考えていた。

 僕はもう半ば諦めていた。猫神を殺す事なんて僕には出来ない。ここで死ぬ運命なんだ。それだけだった。


コツ……コツ……


 猫神の足音が、この静かな空間に響く。

 鋭い爪を立て、こちらを見下ろす。獲物を見る目だった。

 僕は死を悟った。だけど、このまま死ぬ気なんてさらさら無かった。

 最期の足掻きとして、僕は雷を猫神に目掛けて全力で放出した。

 その雷が猫神の身体に纏わりつき、其の身体を痺れさせた。


「…………ッ!!」


 猫神は少しの間動きが止まったけど、すぐに何事も無かったかのように動きだした。

 猫神は着々とこちらに向かってくる。だからもう一回、雷を放出する。


「……………ゥガァッ!!」


 猫神は唸り声をあげ、また動きが止まる。だけど、今回は長い間止まっている。


 あぁ……このまま死ねない。リンクスと喧嘩したまま死ねない。未練を果たせないまま死ねない…!

 だから僕は絶対に、この猫神を殺す…!

 そう再び決意したとき、天から地面にかけて、薄暗い空間に一筋の青い光が現れた。

 僕はそれに吸い寄せられるかのように、斧を支えにして、立ち上がる。


「………馬鹿なッッ!…何故もう立てる……ッ!?」


 猫神は身動きが取れないまま、僕の方を睨む。

 僕はそのまま青い光の方へと歩み寄る…。

 その光の射す地面には、さっきまでは無かった筈の武器が刺さっていた。それは斧のようにも、鎌のようにも見えた。

 僕は本能のままに、その武器を掴み、地面から抜こうとする。


「………ッッ!?それはァッッッ……!!!」


 猫神は何かを言いたそうにしていたが、僕はその武器を地面から引き抜いた。

 その瞬間、青い光が爆発したかのように一気に空間中に広がる。その光は僕らを包み込み、消えてしまった。

 すると、力がみなぎってきた。今までに無い、体力は無尽蔵にあるし、雷もたくさん出せそうだし、身体の傷ももう痛くない。

 どういうことかは分からないけど、今が好機だ。全力で攻撃しよう。

 そうして、僕はできる限りの最大出力で、雷攻撃を繰り出す。迅雷は閃光の様に空間を駆け、青い雷がその軌道を描き、それが壁に乱反射し、圧倒的な手数とスピードで猫神にダメージを与える。


「……なんだ…!!その力はぁぁぁ!!!!」


 猫神は叫ぶ。

 その間も猫神の身体は切り傷で刻まれていく。その攻撃で喉がやられ、声も出せなくなった。

 それから足にも傷を刻んでおく。爪切りもしておこう。これで爪は使えなくなる。


「やっとだね。」


 最後に、猫神の目の前に現れて、言う。


「過去を変えれるのに、少し溜めが必要なんだよね。」


 だから猫神は一回目の痺れは解除できたけど、二回目は解除に時間がかかった。だからそういうことだと思う。即興で出した結論だから、もしかしたら違うかもだけど、まぁいいよね。

 そうして猫神の頭に、雷を一つ落とす。


ドゴォォォォォン!!!


 轟音と共に、猫神の頭は弾け飛び、胴体は倒れ、床が赤色に染まる。


「…やっと……勝った………。」

 

 この光景を前に、一瞬夢かと思った。けど、すぐに現実だと知った。

 猫神を殺した。その達成感と感動により、しばらく放心状態になってた。

 復讐を果たせた事に僕は安堵し、全身の力が抜けた。


バタッ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気がつくと、木の天井が見えた。辺りを見渡してみると、馬車の中だった。

 僕は馬車の座席の上で寝かされてた。

 何か頭の下に柔らかい物があった。枕かと思ったら、コロンが膝枕してるだけだった。

 そういえば、膝枕ってあれ膝じゃなくて太ももで枕してるよね?なんで膝枕って名前なんだろう…。


「起きた?」


 上からコロンが覗き込み、言った。


「うん。」


 皆あの後は大丈夫だったみたい。

 でも虚無に身体が蝕まれてた気がするけど……治ってるなら問題無いのかな…?

 きっと橙雀がなんとかしてくれたんだよね。


「ふぅ………。」


 僕は安堵の息をついた。

 猫神は討伐できて、仲間は誰も犠牲にならなかった。それで良いんだ。


「怪我は大丈夫そう?痛くない?」


 コロンは優しく問いかける。


「まぁ、うん。痛くないよ。」


 いつの間にか、無くなったはずの右目が何故か元に戻ってた。それに加え、身体中を蝕んでた切り傷や、切断された尻尾も全部治ってた。


「全部の傷治ってるけど…誰かが治してくれたの?」


「いや、私が知る限りだとこの中に治癒効果を持った性質の属性を扱う人は居ない筈だけど…。」


 ベルファイアさんはそう言った。じゃあ一体どうして──。

 そういえば、あの鎌みたいな斧も何処から出てきたのか分からないし、突然力がみなぎってきたのもどうしてなんだろう…?

 あの鎌みたいな斧の所為なのか、それとも第三者による影響なのかは分からないけど、これらの出来事が夢や幻では無い事は分かる。あの鎌みたいな斧は今も僕の手元に残ってるし、あの時の様な力のみなぎりは今も感じられる。


「まぁまだ疲れてるだろうし、もう少し休みなよ。」


「…そうだね。」


 とりあえず、ベルファイアさんの言葉に甘えて二度寝しよう。そんな訳で僕はまたコロンの膝枕の上で眠りについた──。


「……おやすみ♪」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「もう朝だよ〜!」


 コロンの声に僕は起こされた。

 外は暗かった。全然朝じゃない。これは夜だよコロン。

 まだ僕は膝枕されてた。そんなに長時間やってて疲れないのかな?

 これ以上彼女に体力を使わせたく無かったから、僕は直ぐに立ち上がり、近くに置いてあった鎌みたいな斧を手に、馬車から出る。コロンも続いて出る。


「…そんなに急がなくてもいいんじゃ?よくそんな体力あるよな…」


 橙雀が次に出てきた。彼も疲れてるみたいだ。


「橙雀君は体力無いからね〜。」


 ベルファイアも出てきた。運転手のおじさんは出てこずに、そのまま馬車で何処かに言ってしまった。

 何はともあれ、無事に街まで帰ってこれたね。時計を見てみたら、もう夜の八時だった。とりあえず、拠点まで戻ろう…。


 拠点に向かう途中、僕は考えていた。この鎌みたいな斧の事を。

 それは長い木のような棒の先に、片方側には鉄製の斧を、もう片方には鎌を取り付けたかの様な見た目をしていた。刃も柄も、素材は今まで見たこと無いようなものが使われてる。

 結局、これが何なのかはよく分らない。猫神関連の神器でも無いと思う。ちょっと前に、暇な時に図書館の歴史書を全部読み尽くしたけど、こんな武器の事なんて何処にも載ってなかった筈。

 それにしても斧と鎌を合体させるなんて、変なの。でもいい感じに飛びやすそうな形してる。それに凄く軽い。投げるのに最適かもね。今までの斧は重くて少し投げづらかったけど、これならいい感じに飛ぶかも。

 と思ったらあの斧はもう要らないかな?せっかくフリタールまで行って大金使って買ったのに……でも、だったらコロンにあげようかな。前から武器欲しがってたし。


 そんな事を考えてる内に、僕らはもう拠点の大図書館の扉の前に居た。あんな事が終わって間もないのに、もう修復が終わってて、前よりも外観が綺麗になってた。


ゴゴゴ………。


 でも扉の音は未だにうるさいままだった。


「おかえりー」


 扉が開かれると真っ先にサティーが走って出迎えてくれた。

 彼女は僕の顔を見て、驚いたかのような顔をして言った。


「…なんか、元気そうだね。」


「そう?」


「そだよ。」


 そうなのかな…?でも急に片目が戻ってるから…びっくりするよね。


「おかえり。無事だったみた──」


 フエルヴィも奥から出てきた。


「──その目どうした…?!何処で拾ってきたんだ…?」


 フエルヴィも凄く驚いた顔で言った。


「道端に目玉なんて落ちてないよ。」


「いやそりゃあ……まぁいいや、目の辺りに痛みは無い?」


「うん。大丈夫。」


「まぁ…それなら良かったよ。」


 フエルヴィはそう言うと近くの椅子に倒れるかのように座り込んだ。サティーもその向かい側に座る。


「とりま、猫神討伐おつかれー。皆疲れてそうだし、今日は解散ー。」


 そうサティーが言った。

 そんな感じで今日はもう解散になった。

 今日はリンクスの姿を一度も見かけなかったな……また明日探してみよう…。

 そうして僕は大図書館を後にする。

 神獣討伐も、兎、狼、狐、猫と倒してきたから、もうあと一体倒せばおしまいになる。

 最後に残された神獣は、鳥神「アルテリアス」。かつて古代サリヴェルト文明を危機から救った英雄らしく、その功績を称え、五大神獣の座を貰い受けたらしい。哺乳類だらけの神獣の中で、唯一鳥類なのはそういう訳なのかな。

 魔獣降臨で街を壊滅状態にされたというのに、未だに鳥神を信仰してる人達は多く、その神殿の下にある街は今でも栄えてるらしい。確か兎神もそんな感じだったよね。


 気がついたら、もう家の前にいた。

 とりあえず疲れたから早く中に入ろう…。

 玄関のドアを開ける。もうコロンは眠っていた。いつも通り、僕のベッドの上で。

 昔は二人でベッドに入れたけど、大きくなってからは一人が定員になっちゃったから、僕ん家のベッドは早い者勝ちだ。負けたら硬い床か机に突っ伏して寝るしかない。8年くらい一緒に暮してるけど、ここだけはずっと変わってない。もう一個ベッド買った方が良いのかな…?

 ふと、寝てるコロンの顔に目をやる。そういえば、最近彼女の顔をあまり良く見てなかったかもしれない。

 そう思い、久しぶりにちゃんと見ておこうと、彼女の寝顔を眺めてみる。

 彼女は幸せそうに眠っていた。寝てる時はいつもこの顔をしてた気がする。ずっとコロンが幸せそうな表情ができるように願ってるよ。

 彼女の顔を見てると、自然と心が落ち着く。一生眺めてたい。別に変な意味は無いよ。


「敵を倒す事じゃなくて、仲間や大切なものを守る事を生きる目的にしたらどう?」


 ふとクラリアの言葉が脳裏をよぎった。


「大切なもの……か。」


 僕にとっての大切なものって何だろうか。

 まず始めにその疑問が頭に浮かんだ。近くの椅子に座って考える。

 仲間?自身の命?意思?それとも故郷?今思い浮かべたものは全部大切なものだ。これら全部を守れば良いのかな。でもそういう訳でも無いような気もする…。

 考え込んでるとき、ベッドで寝てるコロンが目に入った。

 『大切なもの』……それはずっと側に居てくれる人なのかな。と思った。

 クラリアがどういう意図でああ言ったのかは分からないままだけど、そういう事で良いよね。そういう事にしよう。

 ──もう夜遅いし、一旦今日は寝ようかな。…って思ったけど、昼間に寝すぎて寝れなさそう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気がついたら朝だった。多分一睡もしてないと思う。時刻は午前八時。コロンはまだ寝てた。

 お腹が空いたから、とりあえず何か食べようと棚を開ける。


「何も無い…。」


 もぬけの殻だった。

 何か外に買いにいかないと。と思い、急いで着替えて玄関の扉を開け、外に出る。

 その時に、ポストに手紙が入ってる事に気づいた。珍しい。直接会って話した方が早いから、普段ポストに手紙が入ってる事なんて無いのに。

 どれどれ…とポストから手紙を取り出し、開ける。


『ヴァルフォンへ。なんか君に会いたいって人が来てるよ!東側の街外れの平野で待ってるってさ!by ベルファイア!』


 ベルファイアさんからだった。僕に会いたい人が居るって…誰が?それになんで街外れに待合せするんだろう…?とりあえず行ってみよう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 街外れの平野。ここは昔プロテイトが素振りしてた場所でもある。けど、その名残は跡形も無く消えていた。

 その平野に、女性が一人佇んでいた。

 後ろ姿しか見えないけど、あの振り袖みたいな服装からして、黄泉から来た人かな?そんな遠い所からどうして…?

 僕はその女性の方へ歩き出す。

 彼女は僕に気づくとこちらに振り返って言った。

 僕は思わず立ちすくんだ。

 彼女から、深く濃いオーラのようなものが漂ってくる。あの黒曜の男のものと同程度…いや、それ以上の威圧感がある。

 でもあの男みたいな、恐怖による威圧感じゃない。彼女は純粋な強さだけであの威圧感あるオーラを発している。


「…ようこそ。こちら側へ。」


 暗い紫髪の女性は低く、ゆっくりと言った。


「こちら側…?」


「あぁ、貴方はまだ知らないのか。」


 女性は少し前に出て言った。

 彼女のオーラが一段と重くなる。


「『刻律者』。この存在は知ってるか。」


 『刻律者』…?確か、フリタールであの喧嘩推し売り業者がそう名乗ってた気がする…。


「いや、あんまり良くは知らないかな…。」


「そうか……『刻律者』とは、『深淵』から力を与えられた存在。彼らは世界に同時に七人しか存在できない。貴方はその一人に選ばれた。」


「…え?」


 僕が世界に七人しかいない喧嘩押し売り業者に選ばれたって事…?嫌だよ喧嘩の押し売りなんて。


「──力は、虚無を滅ぼす目的の為に授けられた物だ。『深淵』の期待に答えられるよう、尽力するんだな。」


 虚無を滅ぼす……ヴォイドハンターとはまた違うのかな。そういえば、スレインって人が少しそれについて言ってた気がする。

 確かヴォイドハンターは、一般人で構成された組織って言ってたよね。だとしたら、刻律者は一般人じゃない人達で構成された……『深淵』に選ばれた人達での集まりって事かな。


「それはそうと……貴方の名をまだ聞いていなかったな。私の名は出雲紫。貴方と同じ、『刻律者』の一人。」


「え、うん。僕はヴァルフォン。よろしく。」


 僕は手を差し伸べた。出雲さんはそれに手を合わせ、握手した。


「さて、いきなりで申し訳無いが、貴方の実力を測る為、私と一戦交えては貰えないだろうか?」


 突然彼女は決闘を申し出た。


「うん、まぁ……良いけど。」


 そう返事すると、彼女は直ぐに腰に掛かっている刀に手を伸ばす。

 それを見て僕も急いで鎌みたいな斧を構える。


「いざ……尋常に……」


 出雲さんの声が、辺りに静かに響く。


「──参る。」


 ──結果から言うと、僕は出雲さんに勝てなかった。

 突然姿が消えたかと思ったら、急に死角から飛んでくる。そんな事がずっと続いた。

 この前の喧嘩押し売り業者とは格が違った。

 時々煙幕みたいなのを使ってきて、ちゃんとこっちの視界を塞いできてた。明らかに戦い慣れしてた。

 僕も何回か彼女に攻撃を当てれたけど、最終的には負けてしまった。


 僕は負けて地面に座り込んでた。


「…いい腕だ。戦ったのが私ではなく、大将軍殿であれば、貴方は勝っていたかもしれない。」


 彼女は刀を鞘に仕舞いながら言った。

 黄泉の大将軍って、相当強いって噂あったけど…。本当にそうなの?


「では、また会える事を願って──」


 そう言って、彼女は霧のように消えてしまった。最初から謎めいた人だったなぁ…。

 彼女も黄泉の人なら、大将軍よりも強い一般人が居るってこと?なんか怖い。

 僕は立ち上がり、とりあえず鎌みたいな斧を投げてみる。

 それはビュンと飛んでいき、回転しながら円形の軌跡を描き、またここに戻ってきた。

 ちょっとは使い方に慣れてきたね。使いこなせるようになったら、前の斧よりもポテンシャルがあるからいい感じになるかも。


「でも…このままじゃまだ大切なものは守れないよね……。」


 僕はぼそっと呟いた。

 僕はその後も空腹の事なんて忘れて、素振りとか斧投げを続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 昼頃、僕はクラリアの墓参りに来ていた。この石の墓の下に、彼女は眠ってる。

 そう思うと、まだ彼女は近くで僕らを見守ってると感じれて、少しだけ元気が出てきた。

 すると、左の方から誰かがこちらに歩いてきた。その方を見てみると、リンクスだった。


「久しぶり、リンクス。」


「あぁ、久しぶりだな…。」


 彼は視線が迷子になってて、どこか気まずそうにしてた。

 こんなに元気が無いリンクスは初めて見たかも。


「あー、とりあえず、この前はすまん。怪我してるお前を如何しても討伐に行かせたく無かったから……。」


 リンクスは僕に向かって、腰が直角になるくらい頭を下ろした。


「いいよ。」


 僕がそう言うと、気まずさが吹っ飛んだのか、少し楽そうにして、僕の隣に座ってきた。


「お前を突然怒鳴りつけて、葬式に来れなかったんだ…とんだ大馬鹿野郎だよな。」


「そうだね。」


「少しは否定してくれよ傷つくから。」


「でも言い出したのそっちじゃん。」


「いやそうだけどさぁ…。」


 リンクスは困ったように笑っていた。

 彼にとって、僕とこうやって変な話してるのが楽しいのかな。


「まぁお前が無事そうで良かったわ。ところで、その右目は何処で拾ってきたんだ?」


「道端に目玉は落ちてないよ。」


「落ちてたら怖えよ。」


 どうして皆僕が目玉をどこかで拾ったって思ってるんだろう。


「実際はなんか寝て起きたら治ってたんだよね。」


「それはそれで怖いな。」


 結局のところ、どうして傷が治ったかがまだ不明なんだよね。


「──てか、お前まだそのヘアゴム使ってんのか?」


 リンクスが僕の頭を指差して言った。

 僕は結構髪が長いから、ちっちゃい三つ編みを作ってその先をちっちゃいヘアゴムで留めてる。そういえばこのヘアゴム、昔リンクスから貰ったものなんだよね。


「そうだね。昔貰ったやつね。」


「そんな道端で拾ったやつ気に入られるとは…。」


「あれ使わなくなったやつじゃないの?」


「いやあれは適当言っただけだ。」


「……まぁでも使えるから良いでしょ。」


「そうだな。」


 そうして僕らはまたクラリアの墓を見て、手を合わせる。

 彼女の死は悲しいけど、今は前を向かないと、先には進めない。


「……ん?」


 何か違和感を感じる。


「どうかしたか?」


「いや…なんか……。」


「どうしたんだ?」


「……ここ、掘られた後があるよね…?」


 僕は墓を指差す。そこだけ土が荒い。

 それにそこら辺の地面は少し盛り下がってる。それもたぶん少女一人分の堆積くらい…。


「…は?……つまり……。」


「うん。死体が無くなってると思う…。」




To Be Continued…




【補足】


〈治癒性質の属性〉


 人々は、属性の力を扱える者が居るが、その中で希に属性に治癒の性質が含まれるものを操れる者が存在している。

 その者が傷口に属性の力を放つと、謎の原理でその部位が再生する様になっている。

 もしかしたら、他にも属性に特殊な性質を持つものがあるのかもしれない…。


〈黄泉〉


 出雲紫の出身地。大陸の最西端に位置している島国。通称「武者の集い場」。

 その国は九つの区域に別れており、中央の区域は主に大将軍が統治しており、その周りを囲んでいる八つの区域にもそれぞれ将軍がおり、主に彼らがその地を統治している。

 それからこの国は現在、大将軍の妹が失踪しているため、かなりの緊張状態にある。

 個人的に一番好きな回。(2026/8/5時点)

 そもそも僕がこの物語で一番好きなキャラがヴァルフォン君ってのもあるけどね。

 僕が好きなキャラ虐めるタイプの人だからヴァルフォン君が毎回酷い目に遭うんだ。

 あとコロンとの馴れ初めをもうちょい書きたかったな。

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