夜明け前
鳥神討伐の最中、突如として船で出会った少年ヒールが現れ、鳥神と融合してしまった。
『黒曜』に対抗するため、神獣討伐メンバーは戦力集めをする事に──。
拠点に到着した時、時計の針は午前十時を指していた。しかし、空は暗いままだ。
空は依然として、暗黒に染まっていた。
「これは……どういう事…?」
ベルファイアは呟いた。
時間的にはもうとっくに朝日は登ってるはずなのに、未だに夜が続いていたからだ。
「…でも、夜行性の俺らにとっては好都合だな。」
大図書館の扉からリンクスが出て来るや否や、微かな笑いを浮かべながらそう言った。
「リンクス、今は冗談を言ってる場合じゃないよ…。」
「そうだな、すまん。」
二人のそんな会話を横から聞きながら、俺らは大図書館の中に入った。
普段はこんな外が暗い中に大図書館に来る事は無いから、少し新鮮な気分だ。
「おはよー、かな?」
中にいたサティーにはそう言われた。
時間的には「おはよう」で合ってるし、それで良いだろうという意味で頷いておいた。
するとベルファイアが前に出てきて彼女にこう伝えた。
「帰ってきて早々悪いけど、今後の計画について話し合いたいんだ。サティー、皆を呼んできてくれない?」
「りょーかーい」
サティーはすぐにそれを承諾し、皆を呼びに大図書館の奥まで走っていった。
「討伐メンバーってあと誰が居たんだっけ。」
今この場に居るのは俺とベルファイア、ヴァルフォン、リンクス、フエルヴィ、あとは変態オカマだ。
バーハロックは馬車を厩舎まで戻しに行ってて、コロンはいつの間にか居なくなってた。
「あと居ないのはコロンと、臨時参加してくれてるメイエナだけだね。」
ベルファイアはそう答えた。
思ってたより人数は多くないみたいだ。
昔ならもっと多かったかもしれないのに…。
「つれてきたよー」
サティーがメイエナを連れて戻ってきた。
コロンは居ないみたいだ。
「コロンは何処に行ったんだ?」
「さぁ、見当たらないけど。」
サティーに聞いてみたが、彼女もよく分かってない様子だった。
「まぁ、あの子はそういう子なんだ。また後でヴァルフォンに伝えさせるよ。」
ベルファイアはそう言った。
多分今までもそんな感じでやってきたんだろう。
そんな所で、討伐メンバーが全員(コロンを除く)集まった。
それとピエールっていう変態オカマも来てたが、案外皆気にしてない様子だ。
それぞれがその辺にあった椅子に腰掛ける。
全員が座ると、ベルファイアは口を開いた。
「さて、まずは鳥神の件だけど、結論から言うと失敗だ。理由は黒曜による妨害。そして黒曜に所属している何者かが鳥神と融合した。」
その言葉を聞いて、少しざわつきが生まれる。
それはごく自然な反応で、普通の人間では神と融合するなんてありえない。
どうやって融合したのか、詳しくは不明だが、何か古代語による詠唱を行っていたと、ヴァルフォンは説明していた。
そして、黒曜を殲滅する事に決め、その方法などはベルファイアから聞かされた。
「──という訳で、私達はどうにかして黒曜に対抗できる程の戦力を集めたいんだ。」
今の所、新しく戦力になれそうな者は三名いる。
一人はアルファンス。彼は今、神獣討伐を引退し、西の都で暮らしているが、まだまだ戦力としては非常に強力な存在だ。
次にピエール。彼は病気を理由に引退したはずだが、風蝕を撃退するほどの力はまだある為、この場で強制的に参加が決まった。
最後に、〈百獣の王〉。もし協力してくれれば、果てしなく強力な助っ人となる。しかし、其とコンタクトを取る方法が無い上、そもそも協力してくれるかさえ不明瞭だ。だから、まだ保留という形になってる。
他にも、引退した人達等の候補はあるのだが、その人たちは今、この国を離れていることが殆どなので、すぐには難しいという結論になった。もしかしたら一人くらい、来てくれる人も居るかもしれない。
という事を、ベルファイアは皆に話した。
「それじゃあ、私が孔雀男の所に行ってくるよ。」
メイエナが一番にそう言った。
それに対しベルファイアはどこか心配そうに答える。
「良いけど……一人で大丈夫そう?」
「あぁ、問題ないさ。それと、この子兎ちゃんも連れて行く。」
「ェ!?」
メイエナは悪戯っぽくそう言った。
サティーは突然の指名に戸惑った様子でいた。
次にベルファイアはリンクスの方を向いた。
「それなら問題ないね。それとリンクス、黒曜に関しての偵察に行ってほしいんだ。基地の場所についてはサティーが突き止めてるから、後は頼んだよ。」
「…あぁ、了解。」
偵察はいつもリンクスとサティーがやってくれてるけど、この二人が優秀だから事がけっこうスムーズに進んでるね。
黒曜の基地の場所とかどうやって突き止めてるんだろうか。
「さて、残りの人達は……〈百獣の王〉に関する事を調べて欲しい。大図書館は自由に使って良いから。」
「それあたしがやるべき仕事だと思うんだけど…。」
サティーはどこか妬ましそうな様子でベルファイアに講義した。
彼女は確か大図書館の代理司書だから、その手の仕事は大得意の分野なのだろう。
だとすれば、メイエナと一緒に行動させないだろうし……何かあっちの方で彼女が必要な場面があるのだろうか。
「さぁ、子兎ちゃんは私と一緒に行動すると決まっただろう?」
そう言いながらメイエナはサティーを引きずっていく。
「それじゃあ、私達は西の都に向かうよ。」
「やだやだやだやだやだやだやだやだぁぁぁ!!!──」
サティーは幼い子供の様に駄々をこねる。だけど、そんなわがままがメイエナに届く事は無く、そのままメイエナ達は図書館から出ていった。
凄く嫌がってたが……大丈夫なのか?
「……と言う事だ。それじゃあ、それぞれの仕事に就いてくれ。」
ベルファイアがそう言うと、集会はお開きになった。
俺らは散り散りになって、本棚を漁り始めた。〈百獣の王〉に合う方法とか、神話の本とかから少しでも情報を得たいしな。
「──気をつけてね。」
「あぁ、大丈夫だ。」
遠くから、ヴァルフォンとリンクスの会話が聞こえてくる。
「一人で大丈夫そう?」
「大丈夫だとは思うが……何かあった時の為にフエルヴィでも連れて行こうか。」
「良いと思うよ。」
「何ならお前でも良いぞ。少しは使えるだろうし。」
「そうかな」
「そうだ。」
「じゃあ僕も行こうか?」
「お前がヘマしないならな。」
「それなら大丈夫。前はリンクスに全部任せるから。」
「それは大丈夫なのか?まぁいいか、じゃあ行くぞ。」
そうして二人は、ベルファイアに二人で行く事を伝え、図書館を去っていった…。
これで図書館に残ったのは俺とフエルヴィとベルファイアだけになった。
ピエールは何処かに消えたし、コロンは未だに来てすらいない。
それは一旦置いておいて、本当に図書館に〈百獣の王〉についての書籍なんて置いてあるのか?
あるなら歴史好きのサティーが暗記してるだろうし、もしかしたら無いんじゃないのか…?
司書なら殆どの本の内容とかは把握してるだろうし……やっぱり無いんじゃないか?
考える程、そんな気がしてきた。
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(視点変更:メイエナ)
「すまないね、バーハロック。」
「いやいや、困ったときはお互い様さ。」
私達が来たのはこの国の最西端の都市、『奔狼境地』ラッサンぜルク。
ここは狼神の名前が使われている通り、かつて狼神の領域であった。
しかし、二年前の神獣討伐にて狼神は討たれた。
五大神殿は皆目立った神殿を持っている。それは狼神も同じ。辺りには特に目立った神殿らしき建物は無い。それは、この都市自体が神殿だからだ。
その為この都市は狼神の出現範囲内。其の人間の姿に化けれるという特性を活かして、かつての神殿討伐に壊滅的な被害をもたらした。
そんな強敵を討ったのは、当時の討伐リーダー、プロテイトだった。
「やはり懐かしいもんだねぇ。」
ここに来るのは、おおよそ5年振りだろうか。
私の出身はこの街だった。
街の景色は昔と違いは殆ど無かった。
「…なんであたしも連れてきたの?」
サティーは親の仇を見るような目でこちらを見つめていた。
そんな彼女もこの街の出身だ。ここの事に関してはきっと彼女の方が詳しいだろう。
だけど、昔何かあったらしく、それからこの街に行くことを拒み続けてきていた。
「──それにメイエナおば……姉さんも、なんでわざわざ自分から名乗り出てまでここに来たの?アルファンスとは不仲でしょ?」
確かに、私とあの孔雀野郎は不仲だ。だが、彼の事を一番よく知ってるのは私だ。よってここに来るのは私が適任だろう。
サティーは切り札だ。何か不測の自体が起きれば彼女に対処してもらう。私よりもよっぽど戦力になり得る。護衛してもらおうか。
「ごきげんよう、皆様。このアルファンス。皆様の事をずっとお待ちしておりました。」
街中を少し歩いていると、孔雀の羽根を生やした黄緑の髪の孔雀野郎、アルファンスがランタンを持って突如として現れ、にこやかな笑顔で礼儀正しく挨拶をした。
「──おや、こちらはサティー様ではございませんか。」
「おひさー。」
アルファンスとサティーは少し雑談を始めた。
第一に、私は彼の事が嫌いだ。
容姿、口調、仕草、表情。全てがどこか胡散臭い。彼が見せる笑顔には、常に何か裏がある。
私の直感が言っている。「こいつは危険な奴だ」と。
それに、何故何も連絡していないのに、彼は私達がここに来る事を知っていたのか。この暗闇の中で、私達の姿を遠くから視認することは難しい。
何かが怪しい。この男はいつもそうだ。
だから極力近づきたくは無かったが、今は非常事態だ。仕方あるまい。ただ、警戒は怠らないようにだ。
「さて、ここでは暗いですから、中で話をしましょう。」
アルファンスはそう言って、近くの家に入って行った。
そこは彼の家だった。随分と立派な家に住んでいる。
彼は部屋に入ると、直ぐに部屋の真ん中にあるソファに腰掛けた。
私達も、テーブルを挟んで向かい側のソファに腰掛ける。
「それで……ご用件とは何でしょうか?」
アルファンスは私達に問う。
「端的に言おう。神獣討伐の戦力に加わって欲しい。」
「ふむ……」
アルファンスは何処か不満げな様子だ。
だが、そのにこやかな笑顔は絶やさない。
「──それが人にものを頼む態度ですか?ましてや、劣等種の貴方が。劣等種なら頭を垂れ、無様に額を地べたに擦りつけながら頼むものでしょう?」
彼は頼む態度に対し不満があった様だ。
彼は傲慢な人間だ。自身より立場が低い者を見下し、侮る。
周りの者からは紳士的だと言われているが、今の行動に紳士的な印象など微塵も感じない。
「…またそれかい?劣等種だの、下らない。」
「下らない事ではありません。良いですか、猫や狼、狐族は尻尾が複数生える場合が多いですよね?これらの種族は尻尾が多い程能力値が高いと言われています。貴方と同じ猫族なら、一般的に尻尾は二本です。ですが貴方は一本しか生えてません。」
アルファンスは説明口調で劣等種についての話を語り始める。
まるで私に己の無能さを思い知らせるかのように。
「──猫族の尻尾は二又が一番多いです。一本だけの猫族なんて見たことありませんね……。まったく、こんなのを産むだなんて、親の顔が見てみたいですね……あぁ、そういえば貴方の両親は20年ほど前にお亡くなりになられてましたね。」
彼は笑いながら話す。
世間的には、一本の尻尾の猫族が「劣等種」と呼ばれる事は無い。話の殆どは彼の独断と偏見で出来ている。わざわざ相手にする必要は無い。
両親の事を出したのも、死んだという事実を嘲笑う為に出しただけだろう。
私はこういう事には慣れてるが、横の子兎ちゃんはどうだろうか。
横を見てみれば、サティーは微かに震えていた。まだ若いから、こういう場面に慣れてないのだろう。
子供の前でよくそんな話ができるのか。人格が捻くれてるのにも程がある。
「──はぁ……もし、20年前にあんな事が起きてなかったら、貴方の両親の顔を拝めたのですがねぇ……残念です。」
アルファンスは残念そうに呟いた。
「折角ですし……少し、昔話をしましょう。サティー、貴方の大好きな歴史の話ですよ。」
サティーが大好きな歴史という言葉が出ても、彼女は喜びの感情を出さなかった。
「あれは、20年前。『魔獣降臨』とは別に、災害がサリヴェルトを襲いましたね。」
「サリヴェルトどころか、この大陸全体にじゃない?」
サティーは間違いを即座に訂正した。
「それは失礼。そしてその災害により虚無が世界中に蔓延りました。おそらく、『魔獣降臨』の原因ともなった災害でしょう。その災害の開始地点はファイルナでした。その国から近いサリヴェルトは早くも被害を受けてしまいましたね。」
『魔獣降臨』は、神獣に虚無の力が流れ、侵食する事で凶暴化して起きた事案。それの原因が27年前の『第二次虚侵攻』であるという説は、どこかでとある学者が唱えていた。
「──そしてその災害で貴方の両親は亡くなってしまった。なんて残念な事でしょう。」
アルファンスは棒読みでそう言う。
その残念という感想も、両親の死に対するものでは無く、親の顔を見て私を侮れないという事に対してだろう。
どこまでも性根が腐っている男だ。
「──ですがその大陸規模の災害をたった一人で鎮めた、勇気ある者が居ました。それが誰だか分かるかい?サティー。」
「…確か、最古の刻律者、ファンディヴ=アーゲル=セルデンベイン……だったと思う。」
「その通りです。はぁ……全く、立派なものです。」
ため息をつきながら彼は言う。
「──いっその事、神獣諸共絶滅させてしまえば良かったのですが……。」
アルファンスの目は何処か遠くを見つめていた。
「彼をとやかく言うつもりはありませんが、神獣討伐の手間くらい省けたのではないでしょうか?あの時から既に、神獣の凶暴化は始まっていたと言うのに……その所為で彼らは死んでしまいました。誠に残念です。」
「お前さんも、人の死を悲しめるんだねぇ。」
「懐かしいですね……初期の神獣討伐…。」
私の悪口は残念な事に無視されてしまった。
「──初期の頃は皆、時には助け合い、共に晩酌を愉しむ仲でした。ですが、皆死んでしまった……プロテイト、テーザー、フェリクス、アゴローズ、それから、クラリアとピエール…。皆、大事な仲間でした。本当に惜しい人を亡くしました……。」
彼は少しの涙を目に滲ませながら呟いた。
彼が今呼んだのは討伐で亡くなった者達の名前だ。
ピエールはまだ生きているが、特に気にする必要は無い。
「──私が居た時代から生き残っているのは、ベルファイアのみですね。」
「そうだねぇ。」
「──さて、話が大分逸れてしまいましたね。何の話でしたか。」
彼はそれだけ言って、昔の神獣討伐の話を中断した。
「神獣討伐の戦力に加わってくれるかって話だね。」
私は食い気味にそう答えた。
「あぁ、そうでしたね。断ります。サティーは断られた時の保険なのでしょうが、関係ありません。……ですが、代わりと言っては何ですが、彼を連れて行くと良いでしょう。」
そう言ってアルファンスの奥から、狐族の茶髪の丸眼鏡をかけた男が表れた。
「彼はロルス、考古学者だ。戦力には慣れないかも知れないが、神獣に関する知識は折り紙付きだ。好きなように使ってくれ。」
アルファンスがそう言うと、ロルスが挨拶を始めた。
「ロルスと申します。皆さん。宜しくお願いします。」
彼は一見、礼儀正しい人のようだが。
「確か幻塔都市が崩壊し、それと鳥神と融合した人が居たとか。その件についても彼なら知ってるかもしれませんね…。」
「人材を派遣するだなんて、お前さんらしくないねぇ……どういう風の吹き回しだい?」
私はアルファンスを睨む。
それに対し彼はフフッと笑いながら、
「いやいや、私にもそういう事をしたい気分だったのですよ。貴方方が気にする事は全くありません。」
まるで私達に警告するかの様に、彼はそう言う。
あの男が紹介した者だ。何か裏がある可能性は高い。警戒はしておこう。
私達はロルスという男を連れ、この無駄に立派な家から出る。
「……なんであの人とメイエナって仲悪いの?」
サティーが不思議そうに聞いてくる。
「……まぁ、昔、色々あったのさ。」
「そう……それと、大丈夫なの?あの人、仲間にならなかったけど…。」
「問題は無いね。それよりも、もっと大きな収穫があったんでね。」
「…?」
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(視点変更:リンクス)
「さて、あれが見えるか?」
「うん。」
俺らは黒曜のアジトの潜入に来ている。
場所はサティーが既に突き止めている為、探す手間は無い。
それにしてもだが、何時も何故こんな直ぐに敵の居場所を突き止めれるんだ…?
彼女は前々から思っていたが、偵察として優秀すぎる。今度何かコツでも聞いてみるか…。
俺達は月夜に照らされた黒い建物を少し離れた所から眺める。
「意外とこんな所にあるんだね。」
「そうだな。」
黒曜のアジトの場所は、『百獣の都』から少し東に進んだ所の森の中にある。
今回は付き添いとしてヴァルフォンも来ているが、正直な所、こいつが役に立てる所なんて無いと思う。
ヴァルフォンの攻撃手段は重く、派手なものが殆どで目立つ。まずこの時点で潜入に不向きだ。暗殺技術が無いのだ。
気配を消すのも下手だし、こいつの事だし、人を殺すのに多少の躊躇いが生まれる。(多分)
一応、万が一の為にその技術を教えようとしてたが、速度以外何も得ることは無かった。
その後、こいつは独自のスタイルを開拓していった。こいつがやりやすいならそれに越したことは無いんだが…。
「とりあえずお前は一旦ここで待機だ。俺が先陣を切る。安全が確認できたら合図を出す。そしたら付いて来い。勿論だが、多少距離は離せよ。」
「うん。分かった。」
とりあえずヴァルフォンはここに置いておこう。
…何故俺はこいつを連れてきたんだ…?
そんな思いを頭の隅にしまい、俺は潜入を開始する。
入り口の所に二人の護衛が居る。まずはあいつらをどうにか退かす必要があるな。
そして次の瞬間。俺はその二人の首を狩っていた。
このステルス技術と速度があれば、そこら辺の護衛くらい簡単に狩れる。今のは正面突破だがな。
狼族は狩りが得意な種族だ。特に嗅覚や聴覚、連携力に優れている。
そのため、他の種族と比べて狩りは楽だ。
だが、ステルスや速度は持ち合わせていない為、自分で技術を磨く必要がある。
普通、狼族はそれを面倒臭がり、仲間と連携し、集団で獲物を狩ろうとしているが、その一方は俺はその技術を磨く生活をしていた。
だから俺は単独での狩りが得意だが、それ以上に潜入や偵察が得意だった。
どちらかと言えば、狼ではなく猫の狩りのスタイルだ。全く、変な話だ。
てか種族という面ならあいつも潜入くらいならできると思うんだが……まぁ、人には得意不得意があるしな…。
俺は後方のヴァルフォンに手を挙げ、合図を送る。
あいつも直ぐにこちらに向かって来る。
建物の中は黒い石でできた遺跡の様な造りだった。中は薄暗く、所々にランタンが吊るされてるだけの簡素な内装だった。
狐神の神殿と似た雰囲気を感じる。
元々何らかの遺跡だったのだろうか。
そんな事を考えながら、先に続く何も無い廊下を歩く──。
「……気を付けろ。見張りだ。」
曲がり角を曲がった先の広場に、複数の見張りの者が談笑していた。
この様子だと、このまま先のように正面突破は難しそうだ。
ヴァルフォンに無理矢理突破させるか?いや、それだと他の連中に感付かれる可能性があるな…。
何か、他に道があれば……。
ふと周りを見渡すと、壁に小さな四角い穴を見つけた。
その穴には鉄製の格子の蓋がされていた。
換気ダクトの様だが……テラリライム以外でこれを見るのは少々珍しい。
一応、子供一人が入れそうなくらいのスペースはある。
「おい、お前がこの中に入って来い。」
「え?」
ヴァルフォンは年齢に対して小柄な体格だ。
こいつくらいの体格なら、このダクトの仲には簡単に入れるだろう。
とりあえず俺はヴァルフォンの首根っこを掴み、半ば無理矢理ダクトの中に詰める。
頭は入った。猫だから頭が入ったのなら大丈夫だ。
「それじゃ、達者でな。」
俺は別れを告げながら、抵抗する隙を与える前にヴァルフォンを更に奥まで押し込む。
そのままあいつは何の音も発さずに、ダクトの奥まで入って行った。
俺はそれを見届け、踵を返す。
「…さて、この間に何かできる事はあるかな。」
見た所、この廊下にはあのダクト以外何も無かった。
さて、どうしたものか。
何もする事が無い。
俺もヴァルフォンの後を追うか?いや、あの狭い隙間の中に二人が入って詰まるような事態は避けたい。あいつが戻ってくるのを待とう。
だがあいつでも探索には時間が掛かるだろうしな。もう無理矢理前に進むか。否、流石に騒ぎで他の連中に感付かれる。やっぱりあいつが戻るまで待とう──。
俺はこういう退屈な時間が嫌いだ。忍耐力が無いんだ。お世辞にも偵察なんて向いてない。
正直な所、俺にも何故こんな不向きな仕事をしているのかなんて分からない。
俺の人生の殆どは成り行きで進んでいる。
偵察の仕事を引き受けたのは、比較的や楽な仕事だと思っていたからで、狼族に不向きな隠密や単独行動の技能を伸ばすのも、その場のノリみたいなもので、神獣討伐に参加したのも、ヴァルフォンが心配だから付いてきただけだ。
周りからは「頭良いキャラ」として見られてたりするが、実際はそんな事は無い。ただ適当に決め、やった事が全部良い方向に転がっただけの凡人だ。
「……それにしても遅いな。」
おおよそ三十分くらいはここで待機してると思うが……。
ここまで見回りに来ない見張り役も何をしているのか。もう少し守りを厳重にしたらどうだ?
今の所、ヴァルフォンからは何も連絡が無い。迷ってるのか、探索が長引いてるのか、それとも……。
俺は痺れを切らし、もうあいつの後を追う事にした。
俺はダクトの中に身を潜らせる。少し狭く、埃っぽいが、進めないことは無い。
それにしても、こんな鉄製のダクトは珍しい。この国の鉄の産出量は大陸でワースト三位だ。他国からの輸入に頼らないと手に入らづらいというのに、贅沢な奴だ。
しかもこのダクトは無駄に長く、入り組んでいる。もう少し近道くらい作れると思うのだが。
まるで、昔にテラリライムに行ったときに見た、何かの上映会で流されてた映画の撮影の為に作られたかのような通路だ。
俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと、慎重にダクトの中を這った。
この全面が金属に覆われた空間で音を出すと、とんでも無い位に、音が反響する。そうなれば、侵入に気づかれるかも知れない。気をつけなければ。
そういえばあいつはまったく雑音を鳴らしていなかった様な…。
「──も、人遣いが荒いよな。」
「確かになぁ──」
何処かから、男性達の話し声が聞こえる。
声のする方に視線を向けると、ダクトの蓋の隙間から、男二人が喋ってる様子が見えた。
何か有力な情報を得られる事を願いながら、俺は耳を澄ます…。
「──それにしても、なんだってこんな設備を。」
「さぁな、あの人の趣味なんだろ。」
「まぁそうだろうな。」
「やはり、〈機械〉は変な奴だ。」
「それでも、この中ではまだ人格者なんだよな。」
「まともなのは、〈正義〉くらいじゃないか?〈自由〉や、〈芸術〉はあんなだし……それと……」
「おっと、そろそろ時間みたいだ。ほら、行くぞ。」
二つの足音が遠ざかって行くのを感じる。
〈機械〉…?〈正義〉?なんだそれは。
聞いてみた感じ、誰かの事を指している様だが……そういえば、ボルダインの『自由の追求』には、8名の自由を追求する者達がいた。
彼らは一人一人、別の自由を追求している。例を挙げるなら、現在、フリタールを中心に大陸中で指名手配されている、〈芸術〉こと、スバラ=シイヨ。
どうやら彼らは、追求している自由を二つ名としているらしい。実際、スバラ=シイヨは芸術の自由を追求している。
そういえば、少し前にテラリライムに行った時、〈遊戯〉と名乗る変な奴に絡まれたな。
彼らの言葉が真だとすれば、つまり他にも正義や自由の自由を追求する者が居るという事。
……自由の自由…?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
またしばらく、ダクトの中を這っていると、目の前に金属壁が現れた。どうやら行き止まりに着いたみたいだ。
下を見てみれば、蓋がある。
蓋の隙間からは、下の様子が見えた。俺はその隙間から下の空間を覗き込む──。
この部屋は何かの作業部屋の様で、中央に置かれた金属製のテーブルの上で、女性が何かを制作していた。
その人は獣人では無い。純粋な人間だった。つまり、外部からの人間だ。
それは見た事の無い素材で、見た事の無い見た目をしていた。
腕の様に見えるが、林檎の様にも見えるし、旗のようにも見えてしまう、得体の知れない物体。
そんな珍しい物に見惚れていると、作業をしている女性が呟く。
「入ってきていいよ。」
誰かが入って来るかと思い、少し身を退いた。
だが、数秒しても誰も入って来る気配はしなかった。
「そこの君だよ。ダクトの中の君。」
「…!」
その女性はこちらに視線を向ける。
気付かれていたのか…?
女性は上を向く素振りを全く見せなかったが……一体何故…?
ここは降りるべきか?いや、このままやり過ごすか…?
普通なら後者だが、相手に存在を知られてる以上、あまり迂闊には動けない。
いっその事、あの女性を排除しておこうか?
いや、そもそもあの呟きは女性の罠で、まだこちらの存在は感づかれて無いかもしれない。ならばこのままやり過ごそうか。
次の行動に迷っていると女性は、
「ほら、早くしなよ!狼の少年!」
やっぱり感づかれていた様だ。
仕方ない。出よう。このまま他の奴に俺達の存在を伝えられる前に口封じしておこう。
そう思い、俺はダクトの蓋を破壊し、下の空間へ飛び降りる。
何があっても対処できるよう、いつでもナイフを取り出せるようにしておく。
「お、やっと出てきたね!」
陽気な感じの女性だ。
彼女から敵意は感じないが、警戒はしておこう。
「何のつもりだ?」
俺は女性に問う。
彼女は少し考える素振りを見せた後に答えた。
「とりあえず、まずは自己紹介から。私はアレロック。『自由の追求』の〈機械〉だ。見ての通り、機械いじりが趣味だ。よろしく。」
彼女はどういう訳か敵相手に自己紹介を始めた。
どういうつもりなのか。単に余裕があるのか、敵では無いのか。
ともかく、自己紹介には自己紹介で返すのが道義だ。多分。
「そうか。俺はリンクス。何処にでもいるありふれた狼だ。」
「ありふれた狼はこんな所に来ないけどね。」
「何のつもりだ?」
「何のつもりも無いさ。それに──」
アレロックは笑いながら話す。
その笑いには何処か狂った愉悦を感じる。
〈芸術〉といい、〈遊戯〉といい……『自由の追求』には狂人しかいないのか…?
彼女を見てると、妹の事を思い出す。イカれた野郎だったよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
九年前に最後会ったきり、一度も会っていない、一つ下の妹。
昔から小動物をどこからかとっ捕まえ、解剖してコレクションにして部屋に保管していた。
何度か近所の人を刺し殺し、皮を剥いで剥製にし、骨を抜き、臓器をえぐり出し、それも部屋に飾っていた。
俺が狙われなかったのは幸運だと言えるだろう。母親もあいつのコレクションにされてしまったからな。
妹の部屋に入った時、部屋は死骸の臭いで充満しており、強い吐き気を催された記憶が今も脳に焼き付いている。
まだ七歳の頃の話だが、その時でも既に俺はこいつは狂っていると認識していた。
あいつが今何してるかは知らない。知りたくもない。
分かるのは、この国にはもう居ない事だけだ。それだけで十分だ。俺はこの国を出る予定は無いし、あいつは犯罪者としてサリヴェルトへの入国は永久に禁じられている。
だが、あいつが残して行った負の遺産はとても重い物だった。
あの後妹は国外へ追放され、俺と父親との二人暮らしとなった。
兄が言う言葉では無いが、処刑しても良かったと思う。
『魔獣降臨』の影響で、俺達家族は『百獣の都』へ移住した。
あの殺人鬼は居なくなり、住む場所も一転したが、俺達の生活に平穏が訪れる事は無かった。
「ねぇ……殺人家族って……。」
「……あぁ、あまり近づくなよ。」
俺達家族は「殺人家族」だと迫害され、俺達家族は街に居場所が無くなり、家は燃やされ、父親も妹の被害者の遺族に殺され、俺は独りでゴミを漁り、野宿する生活を余儀なくされた。これが六年前の話だ。
そのうち俺は盗みへの道に進み、人々から密かに金を盗んで行った。
やがてその悪事が露呈し始めた頃、この街では暮らせなくなり、密かに他の街へと引っ越した。
俺が向かったのは『奔狼境地』という街である。
盗みで多額の資金を得ていた為、そこまで食に困る事は無かった。
無論、盗みと野宿はその街でも続けていた。
そんな底辺な生活を十三歳まで続けていたが、ある日突然終わりを迎える事になる。
「こんな所で何してるんだい?そんな見窄らしい格好で。」
ある日の深夜、とある女性と出会った。
白い髪に、グラデーションの掛かった藍色が毛先を彩っており、それを隠すように大きな布を被った猫族の女性。
ここらでは珍しい、尻尾が一本の猫族だった。
彼女は何処か不思議な気配を放っていた。嗅覚等が鋭い狼族の俺だから分かる。底が知れない……重く、深い気配を漂わせていた。
「そっちこそ。こんな夜中に。」
「私達は夜型なんだから、それ程変では無いさ。」
「そうか。で、お前は何者だ?」
「ただの猫だ。何をそんなに警戒しているんだい?」
何も、こんな深い深淵のような雰囲気を漂わせてる奴は初めて見た。警戒するのは当然である。
「──まぁいいさ、ここじゃ何だ。中で話そう、着いてきな。」
彼女は何かを察したかの様子を見せ、踵を返し、そのまま暗闇へと歩みを進める……。
俺は何もする事は無かったので、彼女の後を付いて行く。
ついでに金も盗っておいた。
彼女はそれに気づく素振りを見せなかった。あんな不気味な雰囲気を漂わせていたが、案外気付かないものだ。
彼女に付いて行くと、小さな宿に辿り着いた。
部屋に入ってみると、暖炉の炎が灯った暖かい部屋が俺達を出迎えてくれた。
久方ぶりの暖かさに若干俺は感動しかけてた。
「さ、座りな。」
部屋の真ん中には、小さなテーブルを挟む形で、ソファが二つ並べれていた。
そのソファに俺は腰掛け、女性もその向かい側に腰掛け、脚を組み、頬杖をつく。
「…ここでなら、何も恐れずに話せるだろう?」
「…あぁ。」
別に全くそんな事は無いし、一体何に恐れるのかも分からないが、肯定しておこう。何があるか分からないからな。
もしかしたら厨ニ病か何かなのか?もしそうだとしたら行動には気をつけなければ。
昔の友人にもそんな時期があったから、それに対する対応はお手の物だ。
「──さて、私が誰か、覚えてるかい?」
「…?」
俺は彼女と過去に一度会ったことがあるのか…?いや、これも厨ニ病の症状の一つか?
どっちにしろ、布で顔が隠れてるからよく分からん。
「…一旦、その布を退かしてくれないか?」
「ん?あぁ、邪魔だったね。」
そうして、女性は頭に被ってた布を外した。
顕になった顔には、微かに見覚えがあった。
「『灯影』の店主か…?」
「そうだ。」
一度しか顔を合わせてないのによく覚えてるな。
「それで、灯影の店主が俺に何の用なんだ?」
「さぁね。ただの暇つぶしかな。」
猫族は気まぐれな性格が多いとは聞いてるが、俺は気まぐれすぎる奴しか知らない。皆こんなもんなのか?
「何も無いなら帰るぞ。」
「帰る家なんて無いのにかい?」
彼女の言うとおり、俺には家が無い。
何故そんな所まで知ってるのか。
やはりこいつは少し怪しい。警戒はしておこう。
俺が沈黙を続けてると、彼女は何かを思いついた様に口を開いた。
「なら…私が特別に住居を用意してやろう。」
「………は?」
何を言ってるんだこの女は。
何故そんな事をする?何故俺に?そんな予算があるのか?
何を考えてるんだこの女は。まるで意図が読めない。
俺が彼女に疑いの目を向けると、彼女はそれに対し言う。
「何さ、私を疑ってるのかい?」
「あぁ、そうだ。」
俺はきっぱりとそう答えた。
普通に意味が分からん。他人にそこまでする意味が分からん。
「はぁ、猫は気まぐれな生き物なんだ。そんなもんだと思いな。」
とても無理な願いだ。
気まぐれで他人に住居を用意する奴がどこに居る。
「読みも珍しい私の良心だ。黙って受け取っときな。」
そう言って彼女は立ち上がり、俺を引っ張って別の部屋に連れてかれた。
無駄に怪力な女だ。片手で人を引っ張れるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おーい。聞いてる?」
言うほどこいつとあいつ程似てなかったな。
本当に嫌な記憶が蘇ってくるよ。何故かあの得体の知れない女との邂逅までついでに思い出してしまった。
「おーい?え?私の声聞こえる?」
それにしても、あいつは何だったんだ。結局のところ、そのまま衣食住を提供してもらえたし、そのまま身分を隠して『百獣の都』に移住したし、本当に何なんだ。
あの財力は何処から出てきてたんだ。
あの質素な雑貨屋であんなに稼げるもんなのか?
「おーい?何?もしかして私の声が出てないの?」
「……ん?あぁ、今聞こえたぞ。」
「本当?」
「あぁ、本当だ。」
ずっとこの女は俺に何かを話していたらしい。
全然聞いてなかった。
「──それで、何の話だったか。」
「黒曜が神獣を凶暴化させたって話。」
「……は?」
ちょっと待て。話が飛躍しすぎているぞ。
俺が聞いてなかった間に一体何があったんだ。
アレロックは「やっぱ聞いてなかったか…」と言わんばかりにため息をついた。
「もう一度言うよ。昔、黒曜が虚無を神殿に流し込んで神獣を凶暴化させたの。それが魔獣降臨の原因。その技術は風蝕が独学で研究して──。」
「……は?」
「え?」
「はぁ?」
意味が分からん。
俺の脳内は困惑の一色に染まっていた。
第一にそんな事を俺に話すのも謎だし、そんな事した目的も意味不明だ。
本当に何を考えているんだこの女は。
一見、彼女の立場にとってそれには全くメリットが無い。デメリットしかない。
ただ、流石になんの目的も無く重要な情報を溢すような奴では無いだろう。
もしそんな奴だとしたら『自由の追求』はいつか自滅するぞ。
「──で、どういう事だ?簡潔に説明してくれ。普通に意味が分からん。」
「だから風蝕が勝手に神獣を凶暴化させたんだって。それだけだよ」
「いやいや分からん。」
「はぁ……分からないなら良いよそれで……。」
彼女は呆れた様にそう言った。
何故俺が変な奴みたいな雰囲気になっているんだ。
「──それはそれとして、この話を知ったからには、代償を支払って貰わないと──。」
お前が勝手に話し始めたんじゃないのか。と思いつつ、「その代償って何だ?」と彼女に聞いた。
「ちょっと待っててね、今考えるから……。」
「どこまで適当なんだお前は。」
こんな適当な感じで大丈夫なのだろうか。と敵ながらに心配になった。
というかこれは罠なんじゃ無いかとも思った。そうじゃないと色々とおかしすぎる。
流石にそうであると信じたかった。
「そうだ!丁度ここにゴミがあるからこれ片付けといて!」
彼女は部屋の隅にあるゴミの山を指差して叫んだ。
あまりにも釣り合わなすぎる代償だな。まぁこれで済むならそれで良いんだが……。
近くに焼却炉のような物もある。それにこいつらをぶち込めばいいのだろう。
「じゃあ頼んだよー!」
彼女はそう言うと、部屋の外へ走り出した。
本当に何なんだ。
とりあえず俺はゴミの山の方へ向かった。
ゴミの山には金属製のガラクタがあるだけだった。彼女が作った機械の残骸なのだろう。
それら一つ一つが他では見れないような精密な造りをしており、まだ全然使えそうな代物ばかりであった。
(少しだけ拝借しても良いよな……。)
ゴミなんだから問題はないだろう。
とりあえず最初に目に入ったこの銃のような物を手に取った。
見た目はパルテナ工房製の片手銃だか、その中身は違いそうだ。
試しに引き金を向かい側の壁に標準を合わせ、引いてみると、銃口からは眩い光が放たれ、一瞬にして視界が白で埋め尽くされた。音は無かった。そこら辺の装備はちゃんとしているらしい。
やがて視界は晴れた。撃った壁を見てみると、傷一つ付いていなかった。
あくまで閃光弾としての役割しかないようだ。だが使えない訳でも無い為、持っておこう。
他にも何か無いか見てみよう──。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どう?片付いた?」
「一応な。」
一時間ほど経っただろうか。
流石にあんな量のゴミを手作業で処理するのは時間が掛かった。
それに加え、あの中からいくつか厳選して自分の物にしようともしていたしな。
「よし!じゃあ帰ってよし!」
「……何故こんなに代償が軽いんだ?そもそもなんであんな機密情報を俺に話した?」
「いや……だって話した私にデメリット無いし……あとあいつ嫌いだから勝手に滅んでほしいからさ!」
「はぁ……。」
まぁ、とりあえず彼女から帰宅の許可が出た為、一目散に俺はこの建物を抜け出した。勿論、罠に警戒しながら。
だが、罠なんてものは何処にも無かった。
本当に何なんだよあいつらは。
妙に疲れたな……。まぁいいか。あとはあいつの帰りを待とう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(視点変更:ヴァルフォン)
「はぁ……」
何もない。
リンクスに無理矢理変な穴の中に入れられた。
何処かに通じる道だとは思うけど、出口らしい出口は一向に見つからない。
ずっとこんな狭い通路を通らされるこっちの身にもなってほしいよ。
リンクスは今どうしてるんだろう。
彼も何処かを探索してるのかな。
「はぁ……」
不意にため息が溢れる。
それが何によるものかは分からない。きっと疲れてるんだね。
その間も僕は狭い通路の中を這う。
「……それにしても、この通路、長くない?」
ずっと進み続けてるけど、終わりが見えない。
……何か嫌な予感がした。
具体的にはよく分からないけど、何か嫌な予感がした。
僕は引き返す事にした。
「……?」
引き返そうと、後ろを振り向いた。
目の前にあったのは、鉄の壁だった。
変だ。ここを通って来た筈なのに、通って来た道は無くなっている。
こうなったら、もう先に進むしか無い。
前に進む。
進む。
進む。
進む……。
進む……………。
進んでも、進んでも、何も無い。
次第に呼吸が苦しくなっていく……。
その苦しみに耐えながら、ただ通路を這っていく。
「うわっっ」
突然、床が抜けた。
僕はその穴から落下する。
下は暗い床と壁に囲まれた部屋。暗闇も同然であった。
その中で僕を待ち構える人影が見えた。
銀髪の、両目をバンダナで隠した男。
誰だろうか。黒曜の人間なのかな。
とりあえず距離を取ろうと空中で受け身を取りつつ横にずれた。
「……?」
僕は身体に何か違和感を感じた。
まるで重りでも足に付けられているような……。
一応無事に着地はできた。そしてあの男は僕の方へ視線を向けると、やけに大きな
口を開いた。
「やぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁ!!!これはこれはこれは……。」
僕が床に叩きつけられてる横で、その男は愉しそうな口だけの笑みを浮かべる。
その不気味な口は、人間のものにしてはやけに大きく、小さい子供くらいなら丸呑みできてしまいそうだった。
「おはようございます。」
男はそう言うと、目にも止まらぬ速度で僕の目の前にまで急接近し、そのまま僕の首を掴み、持ち上げる。
「……がぁッっ!……ァ……っ…………っ」
男は僕の首を絞めた。
とても人間とは思えない力だった。
必死に抵抗しても、藻掻いても、暴れても首を掴む腕はびくともしなかった。
「素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい!!!!!」
男は叫ぶ。でも僕はそれどころじゃ無かった。
首を絞められて、呼吸が苦しい。
視界はだんだんと狭くなり、耳も遠くなっていっている。
このままだと死ぬ。
僕は残った力で、自爆を覚悟で男の腕を中心に電撃を走らせる。
ゴォォォンンン!!
雷が落ちたかのような轟音と振動が空間全体を震わせる。
これで男が手を離してくれれば良かったけど、未だにその手は僕の首を掴んでいた。
男は電撃を直接食らったというのに、ピンピンしていた。
「あぁ〜〜〜↑↑素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい!!!!!」
男は再び叫ぶ。
「──合格です。」
突然、甲高い声でそう静かに告げた。
僕はもう気を失いかけていた。
ずっと首を絞められたままだったからだ。
そして今、もう気を失うという時に、男は手を離した。
僕はまた床に叩きつけられる。
「はぁぁっっっ…………はぁぁっっ…!!……ゲホっっ…ゲホッッッ……!!」
突然の絞首から開放されると、僕は咳混じりに呼吸を始めた。
立つことさえままならなかった。
その横で、男はまた何かを叫んでいた。
「あぁ〜〜〜↑↑虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚虚ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!」
この人は駄目な人だ。早く逃げないと……。
僕は床に倒れたまま、何処かへ這っていく……。出口が何処にあるかすら分からないのに。
逃げ場が無い為、僕はまた男に捕まる。
今回は首は絞めてこなかった。その代わりに、僕は両手を縛られ、それから天井から伸びてた鎖に繋がれた。
手枷も付けられた。見たことない形と模様をしていた。何らかの仕掛けが施されてるんだと思う。
そうして部屋の真ん中にただ一人吊るされてる構図となった。
そして、男の片手には刃物。ナイフのような形状をしているけど……見たことない形だ。
男はそのナイフのようなものを僕の腹に突き刺した。
「……あ゛あ゛ッッ……あ゛ぁ゛!!」
僕は痛みのあまりに声を抑えられなかった。
悲痛な叫びが部屋に反響するが、それは男の叫びで上書きされる。
「良いですねぇ……実に!実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実にィィィィィ!!!!素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいィィィィィ!!!!」
男は叫びながらナイフのような物で僕の腸をほじくり回す。
直ぐにでも手枷を破壊して逃げ出したかったが、何故か力が全然出ない……。
ほじくる動きは意外にもかなり精密な動きだった。でも痛いものは痛く、今にでも死にそうだった。
「………ッッぁあ゛あ゛!っ゛っ…あ……がぁ゛ぁ゛ぁ゛……ぁ゛あ゛あ゛あ゛っっッッッ!!!!あ゛ぁ゛………!」
「ふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむふむ──。」
男は腸の中を興味深そうに観察している。
それはただの好奇心なのか、残虐心なのか。分からなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから小一時間経っただろうか。
もはや痛みは感じなくなり、声も出さなくなった。
意識も朦朧としている。何度か意識を失いもした。
「素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい……………。」
男は未だに腸をほじくっている。
それを眺めてると、暗闇の中から一人、小柄な少女が現れるのが、視界の端に写った。
その白と青髪の少女の顔までは、フードを深く被っていた為隠れて見れなかった。
「何してるの?宗教の教えなのかは知らないけど、趣味が悪いよ……。」
「あぁ……誰でしょうか。」
男は少女の出現に戸惑った様子でいた。
仲間のようだけど、仲は悪いみたいだ。
「私の事を忘れたの?貴方の同僚、※※※※よ。こんな事ばっかしてたら、ア……いや、あの人に叱られちゃうよ……。」
名前の部分はよく聞き取れなかった。
その部分だけノイズみたいなのがかかっていた。
その少女は男を押し退けると、僕の前に立った。
「大丈夫?ごめんね。私の同僚が……。」
少女は申し訳無さそうにしながら、僕が吊られている鎖を斬り落とした。
僕は落下した。立ち上がる元気はもう無かった。
少女は倒れた僕の横に座り、開いた腹の穴に手を添える。
彼女の手からは、小さな炎が滲み出ていた。
妙に温かく、やさしい炎だった。
その炎が傷口に広がると、その傷は瞬く間に塞がった。
「ごめんなさい……。」
彼女はそう言うと、その場を静かに去っていった。
あの男ももう居なくなっていた。
暗闇だった部屋も、いつの間にか明るくなり、レンガでできた壁が顕になる。
手枷もいつの間にか無くなっていた。
でも身体の治癒と、拘束を解かれたのは良いけれど、疲労までは取れなかった。
「………。」
気が付けば、森の中だった。
森の中で、仰向けに倒れてた。
自分でここまで来たのか、誰かが運んで来たのかは分からない。
空がよく見える。まだ夜の空だ。
「……そういえば、リンクスは……。」
ふとリンクスの事を思い出し、僕はすぐに起き上がり、近くに落ちてた鎌のような斧を手に取った。
もしかしたら、リンクスも僕と同じ目に遭っているかもしれない。
そう思えば、僕はどこかへ走り出していた。
辺りには木があるだけ。建物は見えなかった。何のあても無いけれど、急ぐしか無かった。
暫く走ると、人影が見えた。
それはリンクスのものでは無かった。
森の中に居たのは僕とその女性のみ。
暗かったから顔までは見えなかったけれど、遠くからでも分かるほど力強そうな体格をしていた。それに、身体の所々に縫い目があるようにも見えた。その悠々とした肉体の上には、その人の身長をも超えそうなほど大きい大剣が乗っていた。
あの人も獣人みたいだった。多分狼族だ。
狼族であんなに筋肉が凄い人は始めてみたかもしれない。そもそも筋肉がある人なんてリンクスとベルファイアさんとピエールさんくらいだけど。
とりあえずあの人がどれくらい強いかは見ただけじゃ分からないけど、戦う事になっちゃったら嫌だからここで身を潜めておこう。
僕は木と草むらの後ろに身を隠した。草むらの隙間からは相手の姿を捉えることができた。
あの人は何かを探しているか、辺りをキョロキョロしていた。
そのまま数分すると、あの人は何処かへ去っていった。
何処かへ向かっていく彼女を遠くから眺め、「ふぅ……」と、安堵の息をつくと、彼女は瞬時にこちらへ振り返った。
息が聞こえていたのかな…?ざっと50mくらいは離れてるのに?
彼女は何を言わず、真っ直ぐとこちらへ近付いてくる。
暗闇で顔が見えなくて感情が読み取れなかったけど、それが逆に怖かった。
このまま逃げても、足音で絶対居場所がばれてしまう……。だったらどうすれば……。
逃げる?戦う?
どうしようかと悩んでる間も、彼女はこちらにじりじりと近付いてきている。
見た感じ、体格差的に到底勝てそうには思えなかったので、すぐ逃げることを決断した。
そうして、僕は地面を思いっきり蹴った。
だけど、その選択が良くなかった。
地面を蹴る音で、あの人はこちらに気づき、一瞬で間合いを詰め、僕の真後ろを陣取った。
そして次の瞬間──。
「ぁぁっ……!」
瞬間、僕の足はあの腕に掴まれ、そのまま引っ張られてしまう。
抵抗しても、その腕はびくともしない。
無理矢理にでも抜け出そうと、雷を出して必死に抵抗していると──。
「おっと。」
掴む腕が外れた。
この隙に僕は凄い速さで駆け出した。
あの時、猫神を倒す時にやってたあの高速攻撃みたいなやつ。あれから攻撃を取って移動用にした技を使ってみた。
初めての試みで、心配だったけど、無事に成功した。
僕は雷を纏い、稲妻の様に森を駆け抜ける。
十秒ほど経ったかな。かなり長い距離を走ってきたから、流石にもう撒けていると思い、後ろを振り返った。
すれば、少し離れた所に、全力疾走して来ているあの人が見えた。
怖いな。
まだ体力に余裕があったから、もう一回、雷を纏って逃げた。
二十秒ほど逃げ続けた。そこで後ろをチラリと振り向いてみる。
あの人の姿は見えなかった。
ほっと息をつき、視線を前に戻す。
目の前には、巨大な虚無の分体がいた。
八本の、太く長い足が伸びていおり、まるで毒蜘蛛のような見た目をしていた。
その存在に驚いて、少しの間唖然としていると──。
「キェェェッッ!!!!!」
とても蜘蛛が発したとは思えない、耳を劈く甲高い鳴き声を発せられると、その蜘蛛は足を挙げた。
そしてその足は物凄い速度で、僕の頭めがけて振り落とされる。
間一髪で、避ける事には成功したが、咄嗟の回避だったので、足を挫いてしまった。
挫いた足を引きずりながらも、蜘蛛から少しでも距離を離そうと走る。
でも、こんな状態ではまともに逃げることはできない事をすぐに理解した。
戦おう。
僕はすっと鎌のような斧を握りしめ、それを蜘蛛に向ける。
蜘蛛は少し驚いたような仕草を見せたが、すぐに攻撃に転じた。
蜘蛛はまた足を振りかざす。
その足を僕は斬り落とした。案外柔らかかった。
「キェッッ……キィィィァェエェェェェ!!!!」
蜘蛛は痛みの感情を顕にした。
そうしてすぐ様に蜘蛛はもう一本の足を振りかざした。さっきのよりも強く、速い一撃に見えた。
それもすぐに斬り落とした。
すれば、蜘蛛は途端に糸を吐き出した。
不意打ちだったから、反応が遅れてしまった。それにより、粘着性の蜘蛛の糸を真正面から受けてしまった。
幸い、顔にはかからなかったから呼吸口を塞がれずに済んだ
やけにベトベトしてる。もしかしたら毒もあるのかな?
「いッ………?」
そう考えていると、糸がかかった部分が妙に熱く感じてきた。まるで燃えているかの様に。
この糸には酸性の毒があるみたい。触れただけで物が溶けてしまいそう。
こんなフレンが描いてる漫画にありそうなやつって本当にあるんだね。これはちょっと過激すぎるけど。
そんな呑気な事を考えているが、今は命が危ない状況にあることを思い出した。
蜘蛛は既に一寸先にまで迫っていた。
僕は咄嗟に鎌のような斧を振りかざす。
見事、それは蜘蛛の頭部に命中し、蜘蛛は怯む。それだけの攻撃では虚無の分体は倒せない。
虚無の分体は細切れにするか、部位を破壊して行動不能にするのが対策としては有効だ。
普通の人なら虚無の分体一体相手するのにも苦戦する。
なんの苦労もせずに虚無の分体を屠れる人なんて、刻律者?って人や橙雀みたいな何故か虚無の力を扱える人くらいである。
──刻律者…?
そういえば、この前出雲って人が僕は刻律者になったとかなんとか……。
そうなら僕でもなんとかなるんじゃない?
とりあえずやってみよう──。
僕は鎌のような斧の、鎌の部分でその蜘蛛を切り裂いた。
その後は静かだった。
蜘蛛は断末魔の一つも上げずに塵となって消えた。
どうやら、技術とかは関係ないみたい。刻律者なら、どんなに適当な手を使っても、虚無相手なら簡単に勝てそう。
一体どんな原理なのか。そんな考えに至った。
「よそ見はいけねぇぜ?」
背後から声がした。
さっきの女性の声だった。
瞬間、巨大な刃が僕の背を襲った。幸い、反射的に僕の体はそれを防ぐ事に成功していた。
女性の右腕に握られていたのは、僕の身長を遥かに越えた長さの、いかにも強靭そうな大剣が握られていた。
もしあれが当たっていたら……想像しただけでも体が震えてくる。
「はっ!なかなかのやり手みてぇだな!技も悪くねぇ!」
女性は陽気に話しかけてくる。
大剣を斧で受け止めた体制の為、相手の顔を見ることができた。
ダークグレーの髪をした狼族。顔にはいくつかの切り傷が残ってる。戦闘経験は豊富そうに見える。到底僕が勝てそうには思えない。
彼女の大剣を押し出す力は相当な物で、じりじりと僕も後ろへ押し出されていた。
このままだと僕が負ける。早くこの状況から抜け出さないと──。
「…!?」
女性は驚いた表情を浮かべた。
それもそうだ。突然目の前が轟音と共に光りだしたんだから。
何が起こったかを簡単に言うと、ここに雷を落とした。目の前に落としたんだ。目も耳も一時的に使えなくなるし、身体も痺れてしまう。
それは僕も同じで、目は瞑ってたからまだ大丈夫だけど、轟音のせいで耳が聞こえなくなっちゃったし、身体の痺れも酷い。
威力は弱めに調節はしたから、多分命に別状はないと思う。耳も時間が経てばまた聞こえるようになるはず。
だとしても危険すぎるから、もう二度とやりたく無い。
ひとまず相手の視界を塞いで怯ませることはできたから、この隙に逃げよう。
僕は痺れる脚を引き摺りながらも、急いでその場を離れようとする。
全身が痺れてるせいでかなり歩きづらい。少しづつ地道に進んでいくことしかできなかった。
雷の威力を弱めにしておいたから、痺れはだんだんと引いてきていた。耳も少しづつ音を拾えるようにもなってきている。
そんな少しの音の中に、一つの声が混じっていた
「おい、待てよ。」
背後からこの世の全ての憎悪を集めたかのようなどす黒い声が聞こえた。
咄嗟に後ろを振り返れば、さっきの女性が、今僕に大剣を振り下ろす最中という場面だった。
身体の痺れもあったため、防げそうに無かった。
僕は咄嗟に目を瞑った──。
カーーン!!!
甲高い、金属が互いに打ち合うような音が響いた。
僕は少し間を開けて、目を開いた。
目の前には、銀髪の狼が、僕を庇う形でそこに立っていた。
「お前の攻撃方法は派手過ぎるからな。遠くからでも見えたぞ。」
「リンクス……。」
リンクスの存在に気づくと、女性は僕達から距離を離した。
リンクスの両手には短剣が握られていた。見たことない、独特な形状をしていた。
「立てるか。」
リンクスは振り返らずに、後ろで倒れてる僕に手を差し伸べた。
「うん。」
僕が痺れた身体を起こそうと、リンクスの腕を借りると、僕はそのまま上に引っ張られ、たされた。
「──さて、お前は何者だ?目的はなんだ。」
リンクスは女性を鋭く睨みつけながら問う。
その瞳は「俺の友人に手を出して、ただで済むと思うなよ?」とでも言いたげだった。
「……アハハハハッ!!良いねぇ!!良いだろう!!特別教えてやろう!」
何故か女性は突然笑いだした。
「──俺様の目的は、ズバリ!最強になることだ!」
「何故こいつらは皆ペラペラと色々重要な事を話すんだ?」
リンクスが小声で呟いた。
あっちの方でも色々あったみたい。
女性は続けて話す。
「最強になる為には刻律者になる必要がある。現在の空席は氷と光。氷の刻律者ルペタルと、《崩壊の魔女》は脱退した。つまり、刻律者は人手不足という事!俺様はその空いた枠を狙っている。」
氷の刻律者のルペタルって……あの喧嘩押し売り業者の事かな?もう一人の方は知らないや。
もしかして殺したのは不味かったのかな…?
「だが、俺様は《深淵》に気に入られないといけないんだ……。そこで質問だ。《深淵》の目に確実に留まるには、どうすればいいか?」
「頑張れ。」
リンクスは面倒そうに答えた。なんて中身の無い返答なんだ。
「そうだな。それもあるが、一番確実で手っ取り早い方法がある。それは……刻律者を殺害する事だ。」
「そうか、それで?」
「流石に昔からいるあの四人に俺様が勝てるわけが無いからな。だから新参狩りをするんだ。まだヒヨッ子の刻律者なら俺様でも勝てる。それはお前も分かってる筈だろう?猫のお前。」
「はぁ……もしお前が刻律者を捜してんなら、人違いだ。」
僕が返事をする前に、リンクスが割り込んできた。
リンクスのそのため息混じりの返事に女性は少し困惑する。
「それは何故だ?」
「簡単な事だ。こいつがそんな大層なのに成れる訳が無いだろ。」
確かに。自分ながらも同感してしまった。
あの出雲って人みたいに、見ただけで足がすくむようなオーラとか発してないし、パッと見強そうには見えなさそうだけど……。
そういえば、皆に僕が刻律者になったこと言ってなかったな……。
「まぁいいさ、とりあえずだ。そいつは殺さなきゃいけないんだ。分かってくれよ?」
「……戦えるか?」
リンクスはこちらを見ずに聞く。僕はそれに頷いた。
「分かってはくれねぇみてぇだなぁ。」
女性は大剣を担ぎ直し、じりじりとこちらに歩み寄る。
さっきみたいに真っ直ぐ突っ込んで来る訳では無いようだ。多分、リンクスが居るから何か罠を警戒しているのだろう。
「そうだ、お前達の名をまだ聞いちゃいなかったな。俺様はフデルタ!次期氷の刻律者候補だ!」
「…リンクスだ。」
「……ヴァルフォン。」
フデルタはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言う。
「さぁ、来ないのかい?」
「なら…こちらから行かせて貰おう。できれば早めに終わらせておきたいしな。」
そうリンクスが言い、短剣を構え、真っ直ぐと歩き出す。
「…罠とか張ってないの?」
僕は小声でリンクスに訊いた。
彼の事だからてっきり何か策があるのだと思っていたけど……この様子だと無さそうに見える。
「そんなの即興で作れないだろ。それに、そういうのはお前の方が得意だろ?」
そうかな…?
話が終わった次の瞬間、リンクスの姿は消えた。
すると、カーーン!!と甲高い音が森に響いた。その音の方向を見れば、リンクスとフデルタが互いの刃をぶつけている最中だった。
なんの策略の無い、単純な力のぶつかり合い。
このままだとジリ貧だ。いずれリンクスは負ける。僕の直感はそう言っていた。
とりあえず僕は、空に向かって鎌のような斧を投げる。相手が忘れた頃に空から攻撃が降ってくる様にし、不意をつく技だ。
そんな得意技もこの木々が生い茂る森の中だと若干使いづらい。
障害物が多いから、落とせる位置も限られてくる。
よって、斧を相手に落とすんじゃなくて、相手を斧が落ちる場所に立たせないといけない。
やったことは無いけれど、難しいことってのは分かる。
とりあえず、やってみないと…。
僕は隠し持ってた剣を握り、リンクスが戦ってる方を眺める。
二人はまだ交戦中。
ここで僕が入っても足を引っ張るだけだ。そう思い、銃を取り出し、構える。
銃の扱いは不慣れで、しかも20メートルくらい離れているけど、この際しょうがない。当てればきっと大丈夫。
せめてリンクスに当たらないように……!
そう願いながら引き金を引く。
予想よりもずっと大きな銃声に驚き、目を閉じてしまったが、すぐに開けた。
結果は大成功。
銃弾は見事にフデルタの横腹に食い込んでいた。
「遠距離攻撃か…!」
その衝撃で彼女は少しの間、動きが止まった。
その僅かな間にリンクスは、「目を閉じろ!」と叫んだ。
反射的に目を閉じた──。
五秒ほど経った後、目を開ければ、フデルタは目を手で覆って暴れていた。
まるで、目を潰したかのような……。
すると、リンクスがスライディングしながらこっちに駆けよる。
こんな凸凹な土の上でどうやって…?
「さて、斧は投げたな?着地地点はどの辺だ?」
リンクスはまるで僕の作戦が全部分かってるような様子で、そのことを訊いてきた。
「あそこ。」
ぼくは指を指した。
木々の間が僅かに広い、なんとか斧が入り込めそうな場所はあそこくらいしか無かった。
「なら、あそこまで奴をおびき寄せれば良いな。」
どうしてまだ何も言ってないのにわかってるんだろう……。と思いつつ、僕は、
「でも今がチャンスじゃないの?」
彼女の目が見えない状態なら、今が絶好のチャンスだと思うけど……。
「いや、ああいう奴は足音で敵の位置くらい分かる。むしろ近づくと危険だ。」
そうなの…?
まぁリンクスがそう言うんだったらそうなんだろうね。
「…ぇ?」
リンクスは僕の上着のフードを掴んで持ち上げる。
一体何を……。
「──さて、覚悟は良いな?出来てなくても関係ないが。」
なんか何をするか分かった気がする……。
次の瞬間、リンクスは地面を強く踏み込み、力いっぱいに腕を振った。
──僕を持ち上げてる方の腕を。
そんなだから、勿論僕は飛ばされた。
言葉は出なかった。出す隙すら与えられなかった。
「グブォッ!!」
投げられた僕はフデルタの腹に直撃。
彼女は腹に伝わる果てしない衝撃に悶える。
僕は瞬時に剣を彼女の肩に食らわせる。彼女の右肩から腹にかけての一直線の切り傷が刻まれた。
「お前ら……頭おかしいんじゃねぇかぁぁ!?!?」
ごもっともである。
リンクスって頭は良いはずなのに、偶に変な事やりだすんだよね……。
でも僕を投げてくれたおかげで、フデルタを斧の落下地点に大幅に近づけてくれた。
変だけど、結果的にはいい方向に進むんだよね。
彼女が叫んだ後、今にも凍りついてしまいそうな程冷たい、冷気が辺りに立ち込める。
メキメキと地面は音を上げ、空気は真っ白に染まる。
「……下がれ!!」
後ろの方でリンクスの叫び声が聞こえる。
だけど僕がそれに反応する前に──。
ボゴォォォォォンンン!!!!
耳が破裂しそうな程の轟音と共に、幾千もの氷の槍が現れた。
その槍は辺りの木々を貫き、同じ氷の槍へと変えていた。
僕はその槍の衝撃に吹き飛ばされた。
飛ばされた所を、リンクスが上手く受け止めてくれた。
「…大丈夫か!?」
「……大丈夫…ちょっとチクッとしただけ。」
流石に至近距離であの技を受けてしまったから、槍が何本が身体に刺さってた。
「チクッとしたどころじゃ無いだろ…。」
「……それよりも!そろそろ斧が落下する頃じゃ…!」
「はぁ?斧の推定落下時間くらい先に言ってくれよ!……いや、先に聞いておかなかった俺が悪いか──。」
フデルタがいる位置は斧の落下地点から大体五メートルも離れている。
ここから何か攻撃を加えようとしても、無数の氷の槍が邪魔だ……。
万が一斧を相手に奪われでもしたら、勝つ未来は閉ざされると言っても過言ではない。
あと五秒……四…三…ニ…一………。
静かに僕は負けを悟った。
だけど、次の瞬間──。
ズバァッ!!
どういう訳か、空から鎌のような斧が落下し、それと同時にフデルタの左肩がボトリと落ちた。
少しの間を開けて、大量の鮮血が、滝のように切断口から溢れた。
「……はぁ…まんまとやられたって訳か。」
フデルタは先程の闘気にまみれた雰囲気から一転、どこか疲れた様子でいた。
完全に意気消沈した様子でいた。
「さて、この腕はどうしようか。……あぁ、パルテナ工房なら……。」
フデルタは独り言をブツブツと呟いていた。
『パルテナ工房』……。
その言葉に少し引っかかった。聞き覚えがあったからだ。
パルテナ工房は、メラレッタにある個人経営の工房だが、その技術力の高さで今や全国各地に品物が輸出されている。
その店主は、かつて神獣討伐に参加していた、パルテナという人である。彼女は主に武器や道具の生産の役目をこなしていたが、いつの日か、神獣討伐を脱退して、工房を設立して……。
今度メラレッタに行く機会があるし、その時に立ち寄ってみようかな…?
そんな余計な事を考えていると、フデルタは、
「俺様の負けだ。後は好きにすると良いさ。」
そう言い、彼女は僕達に背を向けて歩き出した。その背中は、その以前の立派な肉体とは打って変わって、狭く見えた。
そんな彼女の背中に、銃の標準を合わせる。
すると、隣にいたリンクスが腕を伸ばし、それを止めた。
「リンクス…?」
「殺すのは待て。」
「何で…?今が絶好のチャンスじゃ……?」
「待て。」
そう言うリンクスの顔は、どこか強張っていた。まるで、親の敵を見つけたかのような──。
──フデルタが見えなくなった頃、僕は斧の回収に向かった。
何故、斧は敵が予定落下地点からずれていたにも関わらず命中したんだろう…?
元々この斧は謎が多い。猫神の神殿で突然現れたんだ。少し怖くなってきた。
そんな僕の様子を見てリンクスは言った。
「傷は大丈夫なのか?」
「傷?」
僕は自身の身体を見つめた。
「あれ…?」
傷が消えている。
蜘蛛に溶かされた所も、氷の槍で貫かれた所も、まるで嘘だったかのように消えている。
フデルタが治してくれた…?でも、そんなことする理由なんて無いと思うし……。
「……なぁ。」
リンクスがどこか言いづらそうな様子だった。
「どうしたの?」
「……。」
「…?」
「あまり言うべきでは無いと思うんだが……お前、人間味がどんどん無くなってる気がするんだ。」
「…それってどういう──。」
「気の所為なら良いんだがな……お前、氷の槍で貫かれた時、どう感じた?」
「いや…普通に痛いなーって……。」
「それが変なんだよ。普通、あんなのに貫かれたら、そんな平然としてられる訳が無いだろ?」
「それは……確かに。」
今思えば、昔よりも痛みに耐性が付いたような気がする。腸をほじくられるなんて、この前の自分だったら十回は気絶してたかも。
それに、傷が勝手に治ったのも謎だ。
リンクスは少し考え込んだ後、もう一つ、質問を投げかけた。
「お前、刻律者になったのか…?」
『刻律者』。それに関しては僕もよくわからない。虚無を狩るとかなんとか。
あの出雲さんって人は僕が刻律者に成ったと言ってたけど……。
僕は小さく頷いた。
「……なぁ、お前はこれからどうするんだ?刻律者になったお前は……。」
「さぁ……分かんない…。」
少しの間、お互いに沈黙が流れた。
「……感覚の鈍化と人間性の消失……もしそれが刻律者に成ることの代償だとするなら──。」
リンクスはブツブツと何かを呟いていた。
「──なぁ、どうしちまったんだよ。あの頃の、階段で転んだだけで泣きじゃくってたお前は何処に行っちまったんだよ……?」
「…そんなこと言われても……分からないよ……。」
リンクスは苦悶の表情を浮かべ、少し考え込んだ仕草をした後、いつも通りの顔に戻った。
「……変な話をしてすまない。さぁ、帰ろうか。」
その日の帰り道は、いつもよりもずっと静かだった。
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(視点変更:橙雀)
「何もわっかんねぇじゃねぇか!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。」
約二時間程、大図書館中を探し回ったが、〈百獣の王〉に関する資料はほんの僅かしかなかった。あるにはあったんだが、全部が古代語で書かれてて何も読めない。
こういう時にサティーが居てくれれば良かったんだが……。
今、この場にいる三人、俺とフエルヴィとベルファイア。誰も古代語が読めないのだ。
「唯一古代語が読めるサティーさんが帰るまで待たないと。」
フエルヴィはそう言ってるが、そんな時間があるのか?と少し心配だった。
いつ黒曜が動き出すなんて分からない。できる限り早く行動するべきだ。
「おっまたーー!」
玄関先で陽気な声が聞こえた。
サティーの声だ。タイミングが良すぎるぜ。
フエルヴィが直ぐに玄関へ向かっていった。
「サティーさん!待ってたよ、見て欲しいものが……その人は?」
サティーとフエルヴィが居るところに行くと、そこには二人とメイエナの他に、見慣れない顔の男が居た。
「お初にお目にかかります。歴史学兼考古学者のロルスと申します。以後、お見知りおきを。」
ロルスと言った狐族の男はお辞儀をした。九十度の美しいお辞儀だった。
ロルスは、茶髪で丸眼鏡をかけており、革の上着とズボンを着用している。いかにも考古学者って感じの服装だ
それにやけに礼儀正しい奴だな。
「そんな訳だから!……で、あたしに見て欲しいものって?」
「これです。」
フエルヴィが古代語にまみれた資料をテーブルの上に広げた。
「どれどれ〜。げっ、古代語じゃん…。」
サティーは苦悶の表情を浮かべた。まるで初めて嫌いな物を口にした赤ん坊の様に。
彼女程の歴史好きでも古代語は嫌なんだな。かなり意外だ。
そんなサティーを横目に、ロルスが名乗り出た。
「古代語なら、私にお任せを。」
「おっ、助かる〜!」
そうしてロルスは資料に目を通した。
舐め回すかのように資料を眺めた後、彼は言った。
「どうやら、〈百獣の王〉にも、住処としている神殿がある様ですね。」
「そうなのか。でもこの大陸にもうそんな神殿みたいな建物なんて無いと思うけど……。」
ベルファイアはそう言った。
確かに、〈百獣の王〉の神殿なら、相当規模の大きい神殿となっていそうである。
「どうしたの?」
「わっ?!……びっくりさせないでよヴァルフォン…。」
「ごめん。」
ヴァルフォン達も帰ってきたみたいだ。
……だがリンクスの姿が見えなかった。
「リンクスは?」
ベルファイアがヴァルフォンに聞いた。
「なんか他に用があるんだって。」
「了解。今は〈百獣の王〉に関して調べてる所だよ。」
一方で、ロルスは資料の続きを解読していた。
彼は歴史と考古学の専門家らしいから、古代語くらいなら簡単に解読してみせた。
「ふむ……どうやら、この百獣の都自体が神殿のようですね……それも……地下ですかね。」
「地下って……古代サリヴェルトの地下帝国の事?」
「おそらくそうだと思われます。」
「その地下帝国にはどうやって入るの?」
サティーが資料を見つめながらロルスに訊く。
「それはですね……文章によると、街の外れに地下帝国へ通じる門があるようです。」
「…へぇ。」
サティーの唇の端が上がってる事に、テーブルを挟んだ反対側からでも分かった。
やっぱり歴史好きにはたまらない情報なんだろうな。
「とりあえず、地下帝国への道は分かった。今日はここまでにしよう。流石に皆疲れたでしょ?」
ベルファイアはそう皆に告げた。
時計を見てみると、もう既に夜になっている筈の時間帯だった。今はずっと夜だから、時間感覚が狂いまくるな。
「でも、ロルスさんにはもうちょっと資料を解読して欲しいから、残っててもらえるかな?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「じゃあ、今日は解散だ!皆、後日に備えてくれー!」
ベルファイアの言葉を合図に、皆が散っていった。さて、俺も部屋に戻るとするか。
そうして今日は終わりを迎えた。
ついに〈百獣の王〉に会う道筋が見えて来た。黒曜に対抗する手段が手に入るかもしれないんだ。絶対に逃してはいけないチャンスだ。
その地下帝国に乗り込む日の為に、体力を温存しておかないとな……。
To Be Continued…
2章で一番苦戦したし、一番内容がおかしい話。
変な所は遠慮なく指摘してほしいな。




