天崩れる寂光の劇
『百獣の王』に会うための資料を橙雀達は探していた。その一方で、リンクスやメイエナ達が動いてくれたお陰で、ついに道が開く──。
(サティー視点)
これは皆が解散した後の夜の出来事。
今、その場にいるのは、あたしとメイエナとベルファイア、そして考古学者のロルスの四人だけであった。
時刻は夜の九時。良い子は寝る時間である。
「ふぅ……ちょっと疲れましたね。少し、外の空気を吸いに行ってもよろしいでしょうか?」
ロルスが身体を伸ばしながら、あたしに言った。
「どうぞー」
あたしはロルスをそのまま外に出した。
そして、外の暗闇に出たロルスが、上着のポケットから何かを取り出すのが見えた。
あれは……メモ用紙?
ロルスはそのメモ用紙に何かを書き込んでるようだった。
次の瞬間、大砲を放ったかのような爆音と共に、ロルスの右腕が派手に吹き飛んだ。
「……は?……ぁあっっ!!あ゛あ゛あ゛あっっ!!!私のぉっっ!!私の!!右腕がぁぁぁぁっっっっ!!!?!?!!?!」
ロルスは地面に倒れ、今は亡き右腕の根元を押さえつけながら悲痛な叫びを上げる。
「どうですか?ロルスさん。」
あたしは痛みに悶え苦しむロルスに近づき、声を掛けた。
「どういう……つもりですか……っッ!!」
「はぁ……ロルスさん。君は黒曜の人間だよね?」
「はぁ……?何の根拠があって……そんなこと……!」
「その痛みに苦しんでるような、下手くそな演技やめたら?白々しいよ。」
ロルスは本当に痛みに苦しんでる訳ではない。本当はそれほど苦には感じてない様に見える。
そう言えば、ロルスは急に落ち着き、体制を立て直した。
「……いつから気付いていたのですか?」
「はぁ……大の歴史好きのあたしが、古代語が読めないわけ無いでしょ。ロルスさんが読んでいたあの情報は全部嘘。あたしたちが古代語を読めないと思い込んで、わざと嘘の情報を伝えたんでしょ?」
ロルスは確かに考古学者で、その知識と腕は本物だ。だけど、彼はあたしたちと敵対した立場にあるのが残念だ。
ロルスが敵なら、彼を差し向けたアルファンスも敵だと思われる。
「……それに、お前さんの主は、幻塔都市が崩落したことを知っていた。それも、黒曜が関与していたことも。一体、その情報網はどこのものなんだろうね?」
後ろの方にいたメイエナが、ロルスを睨みながら言った。
彼女は前々からこのことは薄々感じていた様だ。
「ハハハッ……お見事です。」
すると突然、暗闇の先から、黄緑色の髪をした、孔雀の男。アルファンスが、軽く拍手をしながら現れた。
「──劣等種にすら見破られてしまうとは。私も落ちましたねぇ……さぁロルス、片付けてしまいなさい。」
アルファンスはロルスをまるで従犬のように命令を下した。
その瞬間、ロルスの周りにおぞましい空気が集まる。目には見えないが、圧倒的に重く、どす黒い『何か』を感じた。
「あれは……!」
あたしはそのどす黒いオーラには、どこかで見覚えがあった。
「──闇属性!……でも、禁忌とされる闇属性を持つ家系は二十一年前に全て根絶されたはず!──。」
「……クックッ………フハハハハァッッ!!」
突然、ロルスが高笑いを始める。普段の落ち着いた知的な印象とは異なり、その笑い声には、知性の欠片もなかった。
ロルスの周りに漂う闇属性のオーラはより一層強くなっており、肉体は徐々に黒い何かで蝕まれていた。
早く止めなきゃ──と思う前に、既に体が動いていた。
あたしの腕に握られていたナイフは、既にロルスの眼球を捉えていた。
次の瞬間、ロルスの両目はナイフで引き裂かれ、ロルスの視力は一瞬で無に帰した。次の瞬間にもロルスの全身はナイフでズタズタに切り裂かれ、あたしは上へ飛び上がる。
その間に、ベルファイアが放った大砲が、ロルスの腹に直撃。彼の腹部は爆発で消滅した。
「おやおや、貴方、空気を読んでくださいよ。今のは重要な変身シーンとやつでしょう?それを途中で止めるのは、人としてどうかと思いますよ?」
横から見てたアルファンスが不服そうに文句を言う。
そんなアルファンスの手には、レイピアが握られていた。次は彼が直接、戦いに来るのだろう。
次の瞬間、アルファンスはメイエナめがけて飛んでゆく。その恐ろしい程速いレイピアの刺突を、あたしはナイフ一本でなんとか受け止める。
ガキーーンと金属音がなった後、ナイフとレイピアが共に砕けた。
そのレイピアが砕けたことに対しアルファンスは一瞬の戸惑いを見せた。
その一瞬の隙を逃さず、あたしはアルファンスの顎めがけて思いっきり蹴り上げた。
「グヴォッ!!」
あたしの脚はアルファンスの顎に対して、大ダメージを与え、その衝撃で彼は後ろに吹き飛ばされ、彼の身体はレンガの地面に打ち付けられた。
「ベルファイアさん!!後は頼んだよ!!」
「わかってる!!」
武器が無くなったから、一旦ベルファイアさんにバトンタッチだ。
あたしがベルファイアさんにそう告げると、彼女はすぐさま大砲を倒れているアルファンスに向けて発泡した。
少し狙いがずれたのか、アルファンスの脚のみが吹き飛んだ。
両足が吹き飛び、身動きが取れないアルファンスにあたしは近づき、声を掛けた。
「死ぬ前に、持ってる全ての情報を吐いて。」
「っはは。私がそんな愚かなこと、する訳が無いじゃないですか。」
アルファンスは生命の危機が迫っていると言うのに、今だにその胡散臭い笑みは残っていた。
この人から情報を抜き出すのは難しそうなので、後ろにいるベルファイアさんに向けて、合図を出した。
その合図の直後、あたしはアルファンスの側から離れた。すれば、アルファンスはすぐさま爆散した。
爆散したその肉体はバラバラに弾け飛び、彼が倒れてた場所には血の花火模様が刻まれていた。
「派手な最期を迎えたねぇ。」
メイエナは花火模様に向かってそう言い捨てた。続いて、
「──さて、これで一件落着かい?」
「そうだね。地下帝国への本当の入り口の場所も分かってるし。後は黒曜をぶっ飛ばすだけじゃない?」
ベルファイアは頷いた。
あたしが振り返ると、メイエナの後ろからどす黒いオーラが伸びてきているのが見えた。
「危ないっ!!」
あたしは叫んだ。──だけど遅かった。
既にどす黒いオーラは、メイエナの身体を蝕んでいた。
彼女は、直ぐにその場を離れた。どす黒いオーラからは離れられたけど、既に蝕まれた所はもう手遅れな様だ。
闇属性は、人間の能力の上限を突破し強化する事ができる大変便利な代物なのだが、勿論それには代償が存在する。
闇属性が禁忌とされるその理由、それは、闇属性自体が意思を持ち、自身で動き出すことだ。
もう一つ、闇属性は虚無と似たような性質を持っており、生命体に侵食する性質を持ち合わせている。もし侵食された場合、脳機能の破壊や、内臓の急速な変貌等が発生する。個人差はああるらしい。
今現在闇属性を消し去る方法は無く、侵食された者を隔離するしか今はできる事が無い。
「メイエナ……。」
忘れていた……。ロルスの闇属性がまだ残っていた…!
たとえ感染者が死んでも、闇属性は残り続ける。
もしや、アルファンスは最初からこれが狙いだったのか…?あたし達の誰かを闇属性に侵食させ、それを全員に伝染させる……してやられた……!
「…とりあえず、どうするんだ?」
ベルファイアが心配そうにこちらに駆け寄り、話す。
「…とりあえず、みんなの為にも、メイエナは離脱してほしい。」
「はぁ……まぁいいさ、今は生きてるんだしさ。」
メイエナはそう言っていた。相変わらず心が広いなぁ。
広いとかの問題じゃないような気もするけれど。
「──とりあえず、彼女の事は後にしよう。今は黒曜の討伐の事を考えよう。」
ベルファイアはそう言っていた。
確かに、どうしようもない問題よりも、まだなんとかなるかもしれない問題に取り掛かる方が良いよね。
そうして、アルファンスとロルスの二人を殺害したあたし達は、その場を後にした。
メイエナは自室に戻り、しばらく…または永遠に部屋に篭もることになった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(視点変更:橙雀)
翌日の朝。
いつもよりもなんだか目覚めが悪かった。
何故だろうか。緊張しているのか…?
いや、普通に外が暗いからかもしれない。
とりあえず、いつも通り俺は自室を出て、大図書館へと足を運んだ──。
その道中で、噴水広場を通った。
広場には、まるで誰かが爆死したかのような血痕が残っていた。
いつのだ…?この前の黒曜の襲撃の時に付いたものじゃないだろうし……。
まさか…昨日…?俺達が帰った後に、誰かがここで戦闘していたのか……?
そんな憶測を浮かべながら、俺は少し早足で大図書館へと入っていった。
中には、もう既に何人かが到着していた。
ベルファイアやリンクス、サティーと、あとはピエールが居た。
まだ来ていないのは、ヴァルフォンとフエルヴィとコロンとメイエナだな。ベルファイア曰く、バーハロックはどうやら別の所で作業をしているらしい。
「なぁ、広場にあったあの血痕は…何だ?」
俺は恐る恐るベルファイアに訊いてみた。
するとベルファイアは、首を横に降った。
「それに関しては、全員揃ったらまた話すよ。今はまだ気にしないでほしい。」
彼女はそう言った。
何か事情があるのだろうか。あまり深入りはしないほうが良さそうだ。
「ベルファイアさん、もう全員揃ってる?」
フエルヴィが、図書館の奥から資料を持って現れた。
どうやら、奥の方で作業をしていたらしい様子だ。それはサティーの仕事じゃないのかと思いつつ、俺はフエルヴィに話しかける。
「なぁ、その資料って何だ?」
「これはね、地下帝国に関する資料だよ。少しでも情報派は引き出しておかないと。」
俺はフエルヴィにその資料を見せてもらった。親切な事に、ちゃんと現代語訳されていた。
ざっと読んでみると、様々な情報を得られた。
地下帝国の文明についてだとか、〈百獣の王〉が、国王として崇められていた事だとか、虚無の侵攻によって滅んだとか──。
まぁ、こういうのはサティーに読んでもらったほうが良いよな。
そう思い、俺は資料をサティーに手渡した。
それと同じくらいのタイミングで、ヴァルフォンがコロンを連れて来るのが見えた。
隣にいたコロンは眠そうな様子だった。
「もう全員集まってる?」
ヴァルフォンは大図書館に入ってくるなり皆に聞いた。
すればベルファイアは、「一応ね。」と言い、皆をテーブル付近に招集した。
まだメイエナが来てないようだけど、彼女はどうしたのだろうか。
もしや…あの血痕は……?
嫌な憶測が俺の脳内に飛び交ったが、すぐに払った。
「メイエナは昨晩、死んだ。死因は……あまり多くは語れないが、黒曜によって殺害された。」
ベルファイアがそう言うと、図書館内にざわめきが生まれた。
やはりあの血痕は……彼女の…?
「それと、我々の中に二人、黒曜の人間が紛れ込んでいた。面識の無い人もいるだろうけど、考古学者のロルスと、元討伐メンバーのアルファンスの二人。」
再びざわめきが生まれた。
自分達が仲間と思っていた人達の中に、黒曜の人間が紛れ込んで居たのだ。その衝撃は凄まじいものになる。
「今は人の死を悲しんでる余裕は無い。今すぐにでも〈百獣の王〉に会いに行ったって良い。皆はどう思う?」
少しの間、この空間に静寂が訪れた。
だげど、その静寂はすぐに破られた。
「行こう。今すぐにでも。」
破ったのはヴァルフォン。
ヴァルフォンがが一度そう言えば、周りの皆も次々と立ち上がった。
「あんなことされて、黙ってられるわけ無いだろ。」
そう言ったのはリンクス。
「クラリアさんや、メイエナさんの意思は、僕達が継がないといないですしね。」
次に立ち上がったのはフエルヴィ。
「〈百獣の王〉を手なづけて、黒曜の皆をぶっ飛ばそう…!」
とサティー。
「この子達を悲しませた罪、償わせてあげるわ!」
と、ピエールはいつも通りの陽気な感じで喋った。
「敵は僕達が討たないと、皆が報われないよ。」
次にヴァルフォンが喋った。
「さぁ…ここで黒曜を壊滅させてやろう!」
俺も喋った。
「皆、やる気みたいだね!頼もしいよ!……さぁ、行こう!」
最後に、ベルファイアが意気揚々と叫び、それを合図に俺達は外に出た。
これから最終決戦なんだな……と感じれた。
──俺達は外に出た。
「──それで、〈百獣の王〉にはどうやって会うんだ?」
俺はサティーに訊いた。
すれば彼女は資料を取り出した。
「この資料によれば、この噴水広場が入り口になってるらしいよ。本当かどうかは分からないけどね。」
結局のところ、あまり良くは分かってないみたいだ。
サティーは噴水の前に立った。
すれば彼女は噴水の石垣の部分に手をかざし、何かを唱え始めた──。
「Ω⃟ Β⃟α⃟σ⃟ι⃟λ⃟ι⃟ά⃟ τ⃟ω⃟ν⃟ Θ⃟η⃟ρ⃟ί⃟ω⃟ν⃟,⃟ μ⃟α⃟κ⃟ρ⃟ι⃟ά⃟,⃟ κ⃟α⃟λ⃟ω⃟σ⃟ό⃟ρ⃟ι⃟σ⃟ε⃟ ε⃟μ⃟ά⃟ς⃟ τ⃟α⃟ α⃟θ⃟ώ⃟α⃟ ό⃟ν⃟τ⃟α⃟ π⃟ο⃟υ⃟ σ⃟τ⃟ε⃟κ⃟ό⃟μ⃟α⃟σ⃟τ⃟ε⃟ μ⃟π⃟ρ⃟ο⃟σ⃟τ⃟ά⃟ σ⃟ο⃟υ⃟ κ⃟α⃟ι⃟ ά⃟ν⃟ο⃟ι⃟ξ⃟ε⃟ τ⃟ι⃟ς⃟ π⃟ό⃟ρ⃟τ⃟ε⃟ς⃟ σ⃟ο⃟υ⃟.⃟」
サティーが詠唱を終え、数秒すると地面が揺れだした。
「何だ!?」
しばらく、地響きが続く、すると、噴水の周りの地面が開いた。それはまるで、門の様な──。
「──これが、地下帝国への門…?」
ベルファイアが呟いた。
開いた地面の先には暗闇、それに向かって階段が続いていた。
先がまるで見えない。この道を進むのは危険に見えたが──。
「暗闇なら大丈夫だ。照らす道具ぐらいある。」
そう言ってリンクスが先陣を切る。
リンクスは軽やかに階段を降りてゆく。
彼を追うように、俺達は階段を早足で下る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
十分ほど経っただろうか。
ようやく階段の終わりが見えてきた所である。
「ここが地下帝国?」
ヴァルフォンが、この暗闇を眺めながら言った。地下空間だからか、声が響いて聞こえる。
「資料によれば、ここが地下空間で間違いないよ。」
サティーはそう言う。
それにしても暗すぎる。太陽の光が一ミリも届いていないのだ。リンクスが照らしてくれてなかったら、本当に何も見えなかっただろう。
よく目を凝らしてみれば、広大な洞窟の所々に建物が見える。茶色いレンガ製の家が複数、大まかな作りは地上のサリヴェルトとあまり大差無いように感じる。
だけど、何百年も前の文明だから、流石にボロボロになっており、もはや道なんてものは無かった。
そんな道なき道を進んでいくと、街の全貌が見える場所に着いた。
街全体の造りとしては、幻塔都市に近い感じだった。中央に行くに連れて、地面が下に沈んでいっている。
その街の中央には、巨大な祭壇のようなものが見られる。
もしかしたら、あそこに行けば〈百獣の王〉に会えるかもしれない。そんな雰囲気しかなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数十分ほど経っただろうか。ようやく、中央広場にたどり着いた。
広場は思っていた数倍は広く、フリタールの王宮の庭くらいの広さであった。
俺達が広場に足を踏み入れた途端、天井が光りだした。
上を見れば、そこには立派な翼を携えた少年と、それを囲うように、無数の黄金の光があった。
〈百獣の王〉などでは無い。それはヒールであった。
「ごきげんよう!神獣討伐の皆様!」
ヒールの爽やかな、透き通った声が街中に響く。
「──やぁやぁ、ご苦労だった。あんなに長い階段を降りたんだ。きっと疲れてるだろう。それはそうと、やるのかい?この僕と。」
「当たり前だ!俺達はお前らを殺す為に来たんだぞ!」
気がつけば、俺はそう叫んでいた。
「──橙雀君、残念だけど、君たちじゃ僕は殺せない。君たち全員、今!ここで死ぬ運命だからさ!」
そうヒールが言い放つと、彼を取り囲んでいた黄金の光が下の俺達目がけて落下する。
光は隕石の様に降り注ぐ。一つ一つは細かいが量が半端じゃない。上手く見極めて避けないと死ぬ。
光の威力は以前よりも上がっており、着弾した地点は爆発し、木っ端微塵に破壊されていた。
それだけならまだ良いんだが、問題はどうやって攻撃を当てるかだ。ヒールは遥か上空に居る。普通の攻撃じゃ届かない事は明白だ。
「ヴァルフォン!どうにかヒールに攻撃を当てれないか?」
近くにいたヴァルフォンに問いかけた。
「やってみたけど…!流石に届きそうに…無い!」
「それなら大丈夫!今フエルヴィが死角から向かってるから…!」
そうベルファイアが口を挟んだ。
上空をよく見てみれば、フエルヴィが頑張って飛んでいる様子が見えた。おそらく、ヒールからは見えない筈だ。
とりあえずフエルヴィが上に行くまでの辛抱だ……それまで耐えないと…!
ただ、依然として攻撃は激しいままだ。絶え間無く弾幕が降り注ぐ。俺達はそれを避けてるだけで精一杯だ。
「うっ……」
急にサティーが苦しみの表情を浮かべた。
どこか体調でも悪いのだろうか。
だけど、今は他の人の事を気にしている場合じゃ無い。弾幕を避けることに集中しないと、自分が死ぬ。
フエルヴィはまだか…?
上の方を眺めてみると、フエルヴィとヒールはまだ二十メートルくらい離れている。
もう少し時間がかかりそうだ。
「もう少しの辛抱だ!耐えてくれ…!」
それから、五秒ほど経ったとき、弾幕の雨は止んだ。
それは、フエルヴィがヒールに攻撃を加えたからではない。まだ、二人には十メートル程の間が空いていた。
次の瞬間、今まで聞いたことの無い、重く、低く、威厳のある声が街中に響いた。
「忌々しい……人間……身の程を弁えよ。」
「……誰だ?」
一体…この声は何処から…?
次の瞬間、上空、ヒールよりも更に上から、空をも埋め尽くす程の巨体の影が現れた。
「〈百獣の王〉…?」
ベルファイアが呟いた。
これが…〈百獣の王〉…?資料に載っていた絵の姿とはまるで違う。
あれよりも、もっと巨大で、荘厳な印象があった。
「おや……〈百獣の王〉がお目覚めになられたか。」
俺達の背後から、低く、どす黒い声が聞こえた。
「……風蝕……!」
ヴァルフォンが憎しみを混ぜたような声で小さく叫ぶ。
後ろを振り返ると、包帯で両目を塞ぎ、黒い帽子を被った男性、風蝕が立っていた。
風蝕は、右腕を真っ直ぐ上へ挙げていた。
「さぁ……〈百獣の王〉よ、お目覚めの気分はいかがかね?」
「……忌々しい……いつになく……覚醒の位相が乱れている……。」
風蝕と〈百獣の王〉はそんなやり取りをしていた。
「フン……では、〈百獣の王〉は此処にて殞落する。」
風蝕がそう言い、挙げていた右腕を勢い良く振り下ろした。
すれば、巨体の影が……〈百獣の王〉が……小刻みに揺れ、蠢き、やがて静止した。
「一体何を……?」
ヒールは風蝕に問う。
しかし、既に風蝕の姿は見えなかった。
「何だったんだ…?一体……。」
グゥゥゥォォォォォオオオオオオオオ!!!!
突然、けたたましい獣の鳴き声が洞窟中に響いた。
おそらく、〈百獣の王〉のものである。
突然どうしたんだ…?あんなに荘厳な王が……一体…?
「おい……こんなの話に聞いてないぞ…!!」
ヒールは叫んだ。
その叫びが引き金となり、巨体の影は腕を振り下ろした。
ヒールはその目に収まりきらない程の大きさの腕に叩き落とされ、轟音と共に、広場の地面に大穴を開けた。
あのヒールが……一瞬で負けた…?一撃も与えられずに…?
『絶望』。今の状態を一言で表すのなら、これしか無かった。
俺達があんな化物に勝てる訳が無い。その一心であった。
グゥォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!
〈百獣の王〉……いや、もう王と呼ばれる程の威厳は無かった。其は愚かにも暴虐の限りを繰り返そうとしている。
王の影からは無数の白黒の触手の様な物が、弾丸の様な速度で落ちてきた。
ヒールの光の雨よりも激しい攻撃であった。
密度も、威力も、先程のとは桁違いだった。当然、全部避けられる訳が無い。
俺の左肩がそれを食らってしまった。
「……これは……虚無の力……?」
食らった時に気づいた。王のこの攻撃には、虚無の力が含まれていたのだ。
つまり、あの弾幕に虚無の力をぶつければ──。
「……!」
──相殺できる…!
「皆!!俺の近くに来いっっ!!」
俺は叫んだ。近くにいたヴァルフォンやベルファイアはそのまま来てくれた。
俺が虚無の力を周辺に散布し、王の攻撃を完全に相殺し、安全な空間を作り出していた。
俺はその安全空間を移動させながら、他の人達の所へ行く。
そうして、他の人達全員を安全空間の中に入れ、ひとまずは安全になった。
だが、この安全空間も長くは続かない。あまり力を使い過ぎると、身体がオーバーヒートして使い物にならなくなる。それだけは避けないといけない。
──やがて、雨は止んだ。かと思えば王は高圧力の一撃を繰り出した。
これまでの雨を全て集約したかのような威力……あまりにも強力すぎる…!
「捌き……切れな……!!」
ドゴォォォォォォンンン!!!!!
地面が砕ける轟音と共に視界が真っ白に染まった。
──しばらくすると、真っ白な視界は、やがて色を取り戻した。世界は、紅に染まっていた。
辺りを見渡して見れば、血の海だった。その真っ赤に染まった地面の上には、皆の身体が落ちていた。皆身体の何処かに穴が空いており、その穴から血液が溢れていた。更に、所々虚無に蝕まれてる箇所もあった。
全員、あの高圧力の攻撃を食らってしまったからとんでもない重傷を負ってしまった…!
果てしない罪悪感を感じ、俺は…その場に崩れた。
……いや、駄目だ……こんな所で負ける訳には行かないんだ……!!
俺は立ち上がった……。
目の前には巨大な腕。剛毛だらけの太い腕に、岩すらも切り裂いてしまいそうなほど鋭い鉤爪が生えていた。
俺は直ぐにその腕に殴られ、飛ばされた。
「ぐっ………グホォッ……!!」
俺はその衝撃に吐血する。
顔を上げると、そこにはまだ原型を留めているヒールが倒れていた。
あんな勢いで地面に叩きつけられていたというのに、頑丈な身体だ。
そんなヒールを見ていると、ある事に気づいた。
「……脳が虚無に侵食されてる……?」
ヒールの頭には虚無が蔓延っていた。
妙だ……頭が虚無に侵食されて、まともでいられるもんなのか…?
考えていると、後から、何かを引きづっているような音がした。
その方を振り返ると、全身がズタボロのリンクスがいた。
「……そい……つ…は………虚……無に……洗脳……さ……れてッッ………。」
リンクスは掠れた、今にも死にそうな声でそう告げた。
虚無に洗脳されてる……?
頭が虚無に侵食されてるのに関係があるのか?
「リンクス、それはどういう…?」
「あの……ア…ホ……が…馬…………鹿み…てぇ……に情……報をばら撒……てた………ら……な。」
「……つまり……頭の虚無を治せば………洗脳は解けるのか…!?」
リンクスはそれに対し、僅かながらに頷いた。
俺は直ぐにヒールの頭に虚無の力を注入した……。
これで……ヒールの洗脳が解かれ、なんとか味方に付いてくれれば……!
──気がつけば、俺は庭園に居た。
久しいな、此処の景色は前から変わらなかった。白を基調としたデザインに、鮮やかな緑の植物が調和していた。
だけど、見渡した感じ、あの『空夢』っていう少女の姿は見えなかった。
その代わりか、黒髪のヒールが芝生の上で寝ていた。
俺と空夢以外もこの空間に来れたんだな。
「………此処は……?」
ヒールが目を覚ました。
彼は見慣れない景色に戸惑いを見せていた。
「起きたか?ヒール。」
「……橙雀君……だったかな?」
ヒールは身体を起こした。
虚無を落とした事による記憶障害とかは無さそうだ。一旦安心。
「此処は何処だい?」
ヒールは不思議そうに訊く。
「まぁ……そうだな。俺にもよく分からんけど、精神世界みたいなもんさ。」
「精神世界…?そんな小説みたいな物があるのか?」
「あるみたいだな。」
「……それで?何故僕達は此処に居るんだ?」
「それは……俺にも分からん。」
「は?」
初めて此処に来た時もそうだ。
突然此処に連れてこられては、突然現実に戻される。
探索する時間さえもまともに与えられない。未だに謎多き庭園である。
「──まぁ、やる事も無いし、何か喋ってればいつか戻るさ。」
「はぁ……。」
ヒールは少し不服そうだったが、先程みたいに変な感じではなく、初めて船で出会った時のような雰囲気を漂わせていた。
「そうだな。まずは自己紹介からするか?俺は橙雀、ただの旅人さ。」
「それは船の時にも聞いたさ。まぁいい、僕も改めて自己紹介しよう。──ヒール。ヒール・エドランスだ。ボルダイン、『自由の追求』の〈自由〉だ。──『自由の追求』として話すのは初めてかな?」
「いや、お前が洗脳されてる時にも話されたな。」
幻塔都市でまた会った時の事だ。
「……あぁ、そういえば僕はあの包帯男に洗脳されていたんだったね。」
ヒールは思い出したかのように話し出す。
「──あの男には前々からうんざりしてたんだよ。毎回誰かを呼び出せば、奴隷の様にこき使う。今までに、三人も『自由の追求』があいつに殺されたしね。」
そんなに殺されてたのか。
三人も…?……は?お前ら仲間じゃ無いのか?
『自由の追求』ってそういう所も自由なのか?まぁ、そういう事なのだろう。
「まぁ、どうせ僕は『自由の追求』から離脱するし、ムカついたから僕が知ってる限り、全部の情報を流してあげよう。」
「まじで?!」
「そう、まじだ。」
「でも大丈夫なのか?お前が流しても。」
万が一ヒールが情報を漏らした事が風蝕とかにバレてしまった場合、十中八九ヒールは殺されてしまうだろう。
「大丈夫さ、既に漏らしまくってる馬鹿がいるからね。仮にそのことがバレてもあっちが殺されるだけだよ。」
本当に大丈夫なのか…?
「──まぁ、あまり気にする必要は無い。さぁ、まずは何から聞きたい?」
おぉ、俺から質問させてくれるタイプか。ありがたい。
「じゃあ、『黒曜』の目的は?」
俺の勘が言っているが、『黒曜』とは、今後もいざこざがあると思う。なら、そいつらの目的を知るべきだと思った。
「残念だけど、「黒曜」については僕もよく分かっていないんだ。多分だけど、風蝕が求めている自由に何か関係があるんじゃないかな。」
まぁ確かに、ヒールは洗脳されてた訳だから、あまり記憶が残っていないのかもしれない。仕方ない。次は──。
「そうだ、『自由の追求』のメンバーについて、教えてほしい。」
『自由の追求』はヒールや風蝕みたいなやばい奴がたくさんいるだろうし、先に情報を知っておくのは賢明な選択だと思う。
「『自由の追求』には現在、僕を除いてメンバーが七人いる。それぞれ、〈正義〉、〈機械〉、〈信仰〉、〈生命〉、〈芸術〉、〈遊戯〉、〈進化〉の自由を追い求めている。」
多分、〈芸術〉はスバラ=シイヨの事なんだろうな…。フリタールで『爆発は芸術だ!』みたいな事言っていたしな。
後の六人は聞いたこと無いな。多分その中に風蝕と、リンクスが言ってたアホが入ってると思うんだが…。
多分ヒールが言ってた馬鹿も同じ人だよな。
「──〈正義〉は、僕が一番尊敬している人、『自由の追求』の中では唯一の良心枠だね。正義を求めているだけある。──次に〈機械〉。彼女は……そうだな……馬鹿だ。何でもかんでも情報を外部に漏らす。でも、彼女の傀儡を造る技術だけは一級品だからギリギリ始末されずに済んでいるって訳さ。」
へぇ。『自由の追求』にも良いやつと馬鹿な奴がいるんだな。
悪の化身と聡明な奴しか居ないもんかと思っていたが……そもそもスバラ=シイヨって聡明な奴ではない事に後から気づいた。
「──三人目は〈信仰〉。神を信じ、布教し、挙げ句の果てには同化しようともする狂信者。どうかしてるよね。普段は温厚な正確だが、神の事になると急に暴れだすから、神についての話題は出さないほうが良い。そして四人目、〈生命〉。最年少のメンバーだね。例の如く彼女もイカれてる人間だ。彼女のしようとしてる事は、誰も理解できないし、したくも無い。」
その〈信仰〉って奴は、神獣討伐なんて大反対してたんだろうな。もしかしたらサリヴェルトに居たんじゃないか?
それと……〈生命〉?──生命の自由って何だ?多様性の事か?
「─五人目は〈芸術〉。君も会ったことあると思う。この前フリタールから帰ってきた彼が、君の事を話していたよ。──まぁ、説明する必要は無いよね。──あとは〈遊戯〉。ずっと遊び呆けてる奴だ。ここ一年くらいずっとテラリライムのカジノに篭ってる。テラリライムに行くときは気をつけてくれ。彼にゲームに誘われたら終わりだと思ったほうが良い。」
〈芸術〉はやっぱりスバラ=シイヨの事だったか。見る度に何かを爆破してる。悪い奴って感じはしないが……まぁかなり危険な奴だ。
〈遊戯〉は何だろうか。ヒールが警戒するくらいだ。相当な実力者かもしれない。
「──最後に〈進化〉。風蝕の事だ。彼は人類は進化する必要があると言っては、『黒曜』という組織を立ち上げ、ずっと大陸各所で問題を起こしてる。今回はサリヴェルトで、前回はメイリオで──。挙げていたらキリが無いね。彼は嫌われ者だ。さっきも言った通り、彼は過去に三人も仲間を殺している。だから皆からは追放するべきだと言われているが、魔王様はそれを許さないみたいだ。」
「魔王…?何だそれ?」
「──あぁ、言ってなかったね。ボルダインには『魔王』がいるんだ。あの荒れ地はその魔王が守ってるからこそ成り立っているんだ。」
魔王とか居るんだ…。
そういえばサリヴェルトに来る時の船でヴァルフォンに言った、あの盛大に滑ったジョーク。そういえばやけに自然な反応だった気がする。
「さて、他に質問はあるかな。」
「実は俺って記憶喪失なんだけどさ……何か知らないか?」
まぁ知らないとは思うけど、一応な。
「僕は知らないけど──そういえば、〈遊戯〉が君の事を前々から認知してたっぽかったんだよな。彼に聞いてみたらどうだい?多分それほど印象は悪くないと思うし。」
〈遊戯〉が……?
もしかしたら、記憶を無くす前に俺は〈遊戯〉と面識があったのかもしれない。
これは大きな収穫だ…!
「分かった。ありがとう。もう質問は大丈夫だ。」
「なら良い。──それで、此処からはどうやって出るんだ?」
「──あぁ……念じれば多分戻れるよ。。」
「なら良いんだが……戻った後はどうするんだ?」
「そうだな……まぁ、アドリブで。」
「……適当すぎないか?」
とりあえずヒールの洗脳は解けた事だし、あとはなんとか〈百獣の王〉を倒せばなんとかなるよな。
ヒールは鳥神と融合して、その神の権能とか使える訳だし、倒れてる皆の傷を癒やしたりも……できると思いたいが。
「準備はいい?」
ヒールは問いかける。
俺はそれに対し、首を縦に振った。
「──それじゃ、戻るぞ…!」
「あぁ、頼むよ。」
俺は念じた。何を念じたとかは知らんけど、とりあえず念じた。
すれば、次第に視界は真っ白に染まってゆく──
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
──視界に、この世界に色が再び蘇った。
目の前には空をも飲み込んでしまいそうな程の巨体の影と、その前には黄金に光り輝く翼が佇んでいた。
「目が覚めたかい?」
その黄金に輝く翼の主はこちらに語りかける。
「──準備は良いね?──さぁ、始めよう。」
次の瞬間、ヒールは高く飛翔し、翼を畳んだかと思えば、再び大きく開き、それに追随するように黄金の光が放たれ、花模様を描いていた。
その花模様がやがて倒れていた仲間達の元へと辿り着き、その者らに空いた穴を塞いでいった。
俺はそれを追う形で虚無の力を皆の身体に流し、蝕まれてた部分を浄化した。
そして、彼は次に幾千もの黄金の光球を生み出し、それを〈百獣の王〉へと発射する。弾幕の雨がそこに降ろされた。王はその黄金の雨の中に晒され、影は光を通すようになりつつあった。
王もそれに応えようと、ヒールに向けて虚無の砲弾を放つ。
俺はヒールを守護るため、虚無の力を霧状に散布して虚無バリアを生成する。これにて虚無の砲弾は完全に無効化された。
すると王は俺を標的に変え、その巨体の腕をまるで流れ星のような速度で振りかざす。
そんな王の攻撃も虚しく、黄金の翼に腕を切断され、巨体の腕は塵と化し、静かに消える──。
「よそ見はいけないね。」
すれば王はもう物理攻撃を諦め、残りの腕を組み頭を折り畳み、何かの力を貯め始めた。
俺は虚無の力を発射しそれを阻止しようとするが、まるで効果が無い。
ヒールの光球も効果が見えない。
阻止する手は無さそうだ、とりあえず俺たちは王の肉体を無闇に攻撃する。今はこれしかできる事が無かったのだ。
王の肉体は傷こそ付いたが、王自身は怯む様子が全く無い。純粋に火力不足なのだ。
「ヒール!!何か高火力の技とか無いのか?!」
「あるがチャージが必要なんだ…!!」
行く手は塞がった。このままだと王の大技であろうものを受けるしか無い。
何か……何か策は……?
その瞬間、幾万ものの輝かしい青白い閃光が空間に乱反射し、王の肉体に螺旋を描いた。
その閃光は王の肉体を切り刻み、爆破し、そして分解される。
王の肉体は、崩壊と再生を繰り返す。やがて、再生は間に合わなくなり、王の肉体の半分以上が消し飛んだ。
まだその稲光は止まる事を知らなかった。王の肉体には絶え間無く傷が刻まれ続け、再生すればまた刻まれ、刻まれは再生の永久機関が出来上がっていた。
しかし、そんな永久機関も長くは続かなかった。ただの機関であった。
その稲光が尽きた後、その光の先から一つの人影が落下してくる。
落ちてきたのは一匹の猫、ヴァルフォンだった。
「……ケホ……ゲホッ………!」
ヴァルフォンは力を使い過ぎたのか、微かに赤い血を吐いていた。意識は朦朧としており、それに加えて妙に身体が熱い。
あの閃光がヴァルフォンのものだとするなら、身体に相当な負担がかかっているはず……。
だが、そのお陰で王の攻撃は止まった。
「……助かった。安全な所で休んでてくれ。」
俺はヴァルフォンを岩陰まで運び、そこにそっと寝かせた。
戻ると、百獣の王の身体はまだ再生していなかった。王の上半身と言える箇所は全て消滅していたから、再生能力が失われたのだろうか。
「……橙雀君、王はもう動いていない。もう
息絶えたのかもしれない。」
ヒールは王の死骸を見つめながら言った。
確かに、王の肉体はびくともしない。もう死んでいるのだろうか。
「……つまり、勝ったのか?」
「そういう事になるね。」
つまりヴァルフォンの攻撃で瀕死まで追い込み、そこでヒールがトドメを刺したって事だろうか。
まぁ、そういう事なのだろう。
「とりあえず……どうするんだ?」
「まぁ、帰ればいいんじゃないかな。」
「そうだな。」
俺達が踵を返した時、後の方から、メキメキと轟音が鳴り響いた。
振り返れば、王の肉体が再び再生しようとしていた。それと同時に、先程と同じ様に何かの力を既に貯めていた。
即座に俺は腕を構え、ヒールは翼を展開する。
しかし、王は既にチャージを終わらせていた。
今、力が放出される──!
間に合わない……!このままでは……確実に高火力の攻撃を食らってしまう……!
そして刹那に満たない瞬間に、この大空洞に一筋の、広く、強い光が入り込む。
太陽の光だった。久方振りの日光は、普段に比べ格段に眩しく、美しく見えた。
この大空洞に大穴が空き、その副産物である瓦礫が王の肉体に目掛け降り注ぐ。
その瓦礫の中に、一人の杖を持った少女が混じっている所が遠くからでも見ることが出来た。
その少女が杖を下に向ける──。
一瞬の出来事であった。王は音も無く、塵と化すことも無く、この場に静寂のみを残し、ただ消えていっただけである。
気がつけば、少女の姿も無く、瓦礫も無かった。まるで全て幻だったかのように。
「……勝ったん……だよな……?」
ヒールは静かに呟いた。
彼にも、この状況を飲むことは出来なかったみたいだった。
その空間には、静寂のみが存在することを許されていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王が討伐された次の日のこと。
俺はいつも通り朝日に起こされ、ベッドから身を出した。
久しぶりの朝だから、逆に変な気分だ。
まぁ、神獣討伐は無事に終わったし、良い結末なのだろう。
俺が宿を後にした。今日がサリヴェルトに居る最後の日である。もうこの宿で寝ることは無いだろう。
そして次に、俺は噴水広場へと向かった。
街は以前のように活気付いた様子ではなく、閑散とした寂しい雰囲気だった。
噴水広場には、何人かの見知った顔が居た。
「あ、橙雀君!」
「お、橙雀君だ。」
最初に俺の存在に気づいたのはベルファイアとフエルヴィだ。
昨日あんだけ傷を負ったのにも関わらず、いつもと変わらない陽気な様子だった。
元気な人達だな。
フエルヴィは訊いた。
「橙雀君はもう他の国に出てくの?」
「まぁそうだな……だが次に何処に行くかがまだ決まって無いんだよな。」
実の所、今行きたい場所なんて無いのだ。
記憶喪失だから何処かに用がある訳でも無いしな。
俺が悩んでる所に、ベルファイアがこう提案した
「それなら、次は紅江に行ったらどう?あそこはもうすぐで紅江祭っていう年に一度の祭が催されるんだ。折角なら行ってみたらどうかな?私達も行く予定だし。」
紅江……。
俺はやけに大きい地図を開いた。
紅江はサリヴェルトからメイリオを挟んだ西側にある国だ。どんな所かは知らないが、まぁ行く価値はあるだろう。
「なら次はそこに行くか!ありがとな!二人とも!じゃあな!」
「こちらこそ…!」
「健闘を祈っとくよ!いつかまた会う日を願ってるよ!」
俺は二人に別れを告げ、次の場所へと向かう。
多分もっと話す事はあったかもしれないが、そんなに沢山時間がある訳でもないしな。
次に俺は大図書館前に立っている二人の男の方へ向かう──。
「やぁ、フエルヴィから話は聞いているよ。この度はご苦労さんだったね。」
「やぁやぁやぁ!!!橙雀ちゃぁんじゃあないかぁぁっッッ!!!元気かい?!」
次に会ったのはバーハロックと変態オカマ野郎だ。
バーハロックは良いとして、オカマ野郎は相変わらずうるさい。なんでオカマって皆うるさいんだ?
「……何してるの?」
横からヴァルフォンが現れた。
この場がどんどんカオスになるぞ……。
「話してた所だ。それよりも、傷は大丈夫か?昨日はかなり負担かけてたと思うけど。」
あれは傷を治した後の出来事だったから、ヒールによる治療は受けてないはずだ。
「大丈夫。そんなに大したものじゃないよ。──そうだ、リンクスとサティーを見てない?」
ヴァルフォンはそんなこと気にも留めない様子で、直ぐに話題をすり替えた。
そんなに俺と話すのは嫌か。
「サティーなら、今日はずっと部屋に篭ってますよ。リンクスの方は分かりません。」
バーハロックはそう言う。
昨日も体調が悪そうだったし、寝込んでるのだろうか。
リンクスの方はどうしたのだろうか。多分彼も傷を2日間引きづるタイプではないだろうし、何かあったのだろうか。
「……ちょっと探してくるね。」
「あぁ」
そうしてヴァルフォンは走り去ってしまった。
「じゃあ俺もこれで……。」
俺もここを去ることにし、足を踏み出す。
「お疲れ様でした。」
「橙雀ちゃぁんの未来にぃぃぃッっっ!!幸ぃいがあらァん事ウォォゥッッッッッ!!!」
最初から最後までうるさいなあの人。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう会うべき人が居なくなってしまったから、港に来てしまった。
予定よりも早すぎて、まだ船の出発時刻じゃなかった。まだあと三十分以上もあるぞ。
「どうしたものか………。」
俺が一人悩んでいると、一つの足跡が聞こえてくる。
俺は後ろを振り返ると、そこにはヴァルフォンが居た。
「リンクスは見つかった?」
「うん。」
ヴァルフォンは何か言いたそうな様子でそこに突っ立っている。
そして数秒。しばらく互いの沈黙が続いていると、ヴァルフォンが口を開いた。
「……まずは、僕の我儘を聞いてくれて、ありがとう。橙雀が居たからこそ、神獣討伐は成功に終わった。──あまりこういう事はいい慣れてないけど……ありがとう。」
「こちらこそ。」
この時のヴァルフォンは、いつになく明るい顔をしていた。
神獣討伐が無事に終えられたことが嬉しかったのか、それとも他の理由があるのかまでは分からなかったが、明らかに普段より上機嫌な様子だった。
「橙雀はもう次の国に行くの?」
「まぁそうだな。紅江に行くんだ。」
「紅江……もうすぐでお祭りがあるところだよね。」
「そうそう。」
「まぁ……これから長いと思うけど……頑張って。」
「あぁ。」
俺がそう答えると、ヴァルフォンは踵を返して、街の方へ消えていった……。
「……誰も俺の事見送りに来てくれないのか…?」
俺は少し悲しく、または寂しい思いのまま、残りのサリヴェルトでの時間を堪能した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(視点変更:ヒール)
昨日の一件が終わり、僕は『自由の追求』から離脱する事にした。
何の挨拶も無く消えるのはあれだし、折角だし〈機械〉に別れの挨拶だけしておこうと思い、僕は彼女の居る施設まで足を運んだ。
「やぁ、アレロック。元気か?」
「元気だね、どうしたんだい、ヒール君。君から来るなんて珍しいね。」
彼女は僕を一瞥もせず、ただただ作業を続けていた。
まったく飽きないもんだ。
「実は僕は、『自由の追求』を抜ける。だから最後に挨拶だけしとこうかなって。」
「抜ける…?……今の君に抜ける権利とか無いと思うけれど……。」
「……はぁ?」
「……忘れたのかい?魔王様との契約で、しばらくは離脱できなくなってるんだよ。」
「あぁー……。」
そういえばそんなものもあったような気がする。
洗脳の所為で忘れていたな。これは残念だ。
「残念だけど、そういう事だからさ、頑張ってよ。」
「…マジかよ……。」
「あ、そうだ。次の活動なんだけどさ、〈信仰〉が動くらしいんだ。でも君は疲れてるだろうから休んでて良いってさ。私には休暇は無いのかい?」
どうやらわざわざ〈信仰〉がここまで伝えに来てくれた様だった。
ご苦労様である。
僕は施設を出た。
面倒な契約の所為で離脱は無理だったな……。
ま、次回休めるならいいか。
そんな軽楽な思いで、僕は帰路についた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(視点変更:リンクス)
あいつに会うために、俺は彼女の家に来ていた。
彼女は玄関先に出るだけで、中には入れてくれなかった。別に問題は無い。
「──という訳だから、しばらく俺はここには戻らない。その間はお前が代わりにあいつの事を見ててくれ。」
「別に良いよ。普段から見てるし、頼むまでも無いよ。」
「なら良い。──くれぐれもあいつを死なせるなよ。」
「……言われなくても。」
そう言って、彼女は玄関の扉を勢い良く閉める。
特にこれ以上言う事は無い。彼女はそういう人間なのだ。
俺は次の目的を見つけた。
それはとある人物を探す事だ。
「……さて、待ってろよ……」
俺は軽い足取りで港へと向かった。
「──クロッシータ……!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(視点変更:サティー)
「はぁ……はぁっ……!」
コンコン。
ドアのノック音が鳴る。
「サティー?居る?」
フエルヴィの声だ。
どうせあたしが心配だからわざわざ来てくれたんだろう。
彼らしい行動だと思うし、勿論それには感謝してる。だけど──。
「居るよ。あたしなら大丈夫。心配は要らないよ。」
「そう?大丈夫なら良いけど……。」
あたしは彼と出来るだけ距離を離そうとした。
それが正しい判断だと思う。
あの時、あたしはメイエナが死ぬ瞬間、彼女の側に居た。
彼女は、あたしの目の前で息を引き取った。そして、彼女の身体には禁忌の闇属性が残っていた。
つまるところ、そんな闇属性の保有者が死んだ横にいたあたしにも……闇属性は伝染した事になる。
確かに、昨日から体調は優れなかった。
あたしが闇属性を患ってしまったからだ。
だから他人と距離を取って、静かに一人で死ぬのが理想だ。
だからフエルヴィの良心も離してしまった。
だけど……嫌だ。死にたくない…!誰かに相談したい…!一人で抱え込みたくない……!
……そうだ。闇属性を克服すれば……代償を最小限に抑える方法があれば…!
「……探さなきゃ。」
絶対に、この暗黒の病を治す方法を見つける…!メイエナの死を無駄にはしない…!
そう決心すると、あたしはすぐさま部屋を勢い良く飛び出し、港へと向かった──。
空夢・第二章
『五つの獣と天を仰ぐ空』 完。
To Be Continued…
うーん。書いてて思うんだけどさ、この物語って……伏線が停滞してるよね。
要素がとても多いのもそうだし、伏線だけ出しといてそれを回収するのが数章先ってのがざらにある。
これもこの物語の悪いところだと思うんだ。
それはそれとして、2章も終わってしまったね。
色々と思い入れはあった。もっと改善の余地はあったとも思う。
これまでこの物語は1人称視点でやってたけど、3章からは3人称になるからよろしく。突然の変更だけど許して。




