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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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16.互いの気持ち

 屋敷に帰ってきたルイスは、自室の机に丁寧に箱を置いた。アリアが目ざとくそれを見つける。

「ディアナ様から?」

 3人だけの時はもう気を張る必要もない。最近忙しかったこともありルイスはソファに沈んで姿勢を崩した。

「なんでわかる」

 ルイスが聞くと、同じように近寄ってきたジャックも共にリボンの巻かれた箱を見る。

「いやルイスにプレゼントするような関係の人、あの方しかいないだろ」

「…そうだな」

 もうすぐ留学の期間も終わるが、結局誰ともまともな友好関係を築けなかった。ディアナを除いて。

「……」

 ルイスはソファで横になったまま、ちらりと箱の方を見る。見ると思い出してしまうのなら、捨ててくればよかった。これから先持っていても、辛いだけだ。

「ハァ…」

 そんな冷静な思いとは裏腹に、捨てられるわけもなくルイスは箱を手に取って開き、ハンカチを広げた。

「綺麗な刺繍…」

「センスがあるよな、彼女」

 アリアとジャックが傍らにきて遠慮なくこの小さな星空を覗き込んだ。

「……」

 ルイスはそれに対しても特に怒ることなく、ただただ黙って同じように星空を見上げる。金や銀の刺繍糸は目立っていたが派手すぎない美しさがあり、ディアナ本人を表しているようだった。

「…………」

 ルイスがあまりに何も言わないため、ジャックがいよいよ話に切り込んだ。

「なぁルイス、どうすんだ」

 聞かれると一瞬肩が震えたルイスだったが、やがて起き上がってハンカチを箱に戻す。ソファに座ったまま深いため息をついた。

「あのな、どうするも何もない。彼女はアイザック王子の婚約者に戻った。俺にできることなんて何もないだろ」

 むしろ関われば関わるだけよくない関係性だ。アイザック王子がリルノに執心してたなんてよくない噂があった日はそう遠い過去ではない。何かあって糾弾されるのは婚約者のいるディアナの方だ。

「もうディアナ様、あの王子に対する想いも何もないけど」

 ディアナがそう話すのを1番近くで聞いていたアリアも言った。アイザックに対しての想いはふっ切れたと語るディアナのあの感じは本物だったと、アリアは女の勘でわかっていた。しかし、ルイスはそれを聞いても少しも嬉しそうではなかった。

「だからといって、それをどうするのかは彼女が決めることで、俺に介入する権利はない」

 例えディアナに、もうアイザックへの想いがなくても、恋愛感情なんて貴族社会ではそう重要視する話ではない。賢いディアナなら尚更、恋愛感情がなくとも平穏や周りのことを考えて動くだろう。それを、勝手に邪魔するようなことを、ルイスにできるわけがなかった。

「でもディアナ様は多分、お前のこと……」

 ジャックが言いかけ、あまりに直接的なその言い方にアリアがジャックを睨んだ。ルイスは顔を伏せたまま低い声で言った。

「勘違いだ、それは」

「……?」

「勘違い…?」

 ルイスは最後に見たディアナの顔を思い出す。思い出して、より辛くなった。さっきから後悔ばかりだ。早くこの想いは断ち切らなければならないのに。

「リルノ嬢に誘拐されたあの状況で、誰よりも先に助けに入ったのが俺だったというだけの話。だから多分色々…彼女の中で美化されているというか、本当は俺もリルノ嬢と同じようにただの誘拐犯だった事実が、和らいでいるだけなんだ」

 決められているセリフを読むかのように、澱みなくルイスは言った。そう自分に思わせたい、というのが1番だった。そうでも思わないと、今後アイザックの隣に並ぶディアナを冷静に見ることができなくなってしまう。

「彼女を、巻き込んだのは俺だ。その俺が、どの口で、1人じゃない、なんて…」

 本当はそんなこと言える立場ではない。自分はディアナにとっての加害者であり、ここで例えきちんとした生活を送らせていたとはいえ、その事実が揺らぐことはない。そう思ってもらわなければ、困る。

「……」

 いっそ許さないと言ってくれれば。閉じ込めたことを怒ってくれればいいのに。彼女は許すと、それを決めるのは自分だと強かに言った。言われた。そのせいで、許され、怒っていないなどと言われたせいで、この気持ちに見切りをつけるのが、難しくなってしまった。

「彼女を好きになる権利なんて、俺にはないのにな」

 ジャックもアリアも、もう何も言えなかった。こんなにも真っ直ぐで純粋な気持ちを、状況が複雑なせいで届けられもしないなんて。




 明日、王城にて。16時から……。

「……婚約者」

 ディアナは届けられた手紙を最後まで読んで深く息をついた。明日、ディアナはアイザックの婚約者に戻る。つかの間の婚約破棄の期間はほとんど誰にも知られることなく。リルノと結婚するために婚約破棄をし、そのリルノに問題があることがわかれば何事もなかったかのように婚約者に戻す。なんとも都合のいい話だ。ディアナは思わず苛立ちが滲んで手元の手紙を強く握りしめた。

「平穏、な生活…」

 それから冷静になろうと、窓の外の星空を見上げる。ここからでも星は美しく輝いている。あの時と同じ。だがあの時ほど考えなくてはならないことは多くなかった。もう全ては元通りになる。平穏に戻る。この手紙は、その最後だ。

 またアイザックの婚約者に戻る。それがおそらくこの平穏を保つための最短ルート。平穏であり、ずっとディアナがそうすべきとされてきた道のり。そうであるべき、理想の姿。いつもそればかり優先して、淑女の鏡となり、未来の王太子妃として恥ずかしくない姿になる努力をしてきた。本当は逃げたいという、そんな自分の本音を殺してまで。自分の本音よりも周りの平穏を優先する。今まで、ずっとそうしてきた。


今回も、そうすべき、なのだろう。


「逃げたい…」

 あの時、ルイスのところにいた時は、もう何も隠さないと決めた。本心に従って生きると決めたのに、また戻るのだろうか。囚われているのは誰より自分自身ではないだろうか。ディアナは真っ直ぐに星空を見上げる。誰かもこうして、同じように見上げていることを願って。

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