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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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15.平穏

 学園に妙な静けさが到来した。今まで学園内で誰よりも人を集め愛されていたリルノの起こした事件は大きな傷跡を残した。多くの生徒があの強大な魔力を操るリルノと、それになんとか抗うディアナの戦いを見ていた。崇拝したリルノが全ての元凶、そして遠巻きにしたディアナが正しかった。その判断を間違えたことへの恥ずかしさ、正しいと思った人が間違っていたショック、人によって様々ではあるが、噂話もせずに大人しくしている生徒たちのおかげで学園は平穏を取り戻した。

「ここにおりましたのね」

 数人に謝られたり、はしたものの、どことなく皆から距離をおかれているのはもう戻らないまま、ディアナはやはり1人だった。1人であることに変化はないが、もう前ほど辛くはなかった。誤解は解け、気ままに過ごせているのだから、平穏な生活というのは守られている。それに加えて、これだ。

「見つかったか」

 ディアナが外の庭に面している窓を覗き込むと、草の上に座るルイスがいた。ジャックでさえそこにはいなかった。仮にも王子の身で1人行動とはいただけない。

「探しましたわ」

「見つかるとは思っていなかった。…誰に聞いた」

「魔法で」

「それか…」

 魔法の全く使えないルイスが顔を歪める。ディアナは窓の外から顔を出したまま話を続けた。2人で並んでいるところは、あまり見られるわけにいかない。

「仕方ないとはいえ、なかなか話す機会もありませんでしたから」

「……ああ、話すこともないからな」

 ルイスはディアナの方を見上げることもなく冷たく返した。ディアナは思わず笑う。

「今さら何を取り繕っているのですか?本来のルイス様のことを私はもう知っておりますが」

 こんな奥まった廊下の、さらにルイスの方は外に出ている。ここは2人だけと言っても過言ではない。

「……話があるなら早くしろ」

 ルイスはやはり冷たいまま。ディアナは仕方がないと話を切り出した。

「…………リルノさんは、修道院へ行くことになりましたわ」

「そうか」

 本当なら、王族を騙したことや、生徒会に所属する数人に魔法をかけたこと、などと複数あるためあまり罪を軽くするべきではないのだが。王子にも責任があることや、本人に反省の色が見えること、幸い怪我人がほとんどいなかったこと、そして被害者であるディアナがリルノを庇ったこと。様々な要因がありそれだけで済んだ。もうすぐ皆にも知れ渡ることだろう。

「あの女を庇ったのか。君はあんな目に遭ったというのに」

 同じようにリルノによってルイスも怪我をさせられてはいたが、そのことを持ち出さずディアナの被害のことだけを話すルイスは、こうして冷たくてもやはり優しい。

「正当な判断だと思いますわ」

「……」

 修道院で人を助けるために働き、あの魔力を誰かのために使う、これ以上ない判断だ。ディアナはこの判断に迷いはなかった。それにもし、それでもリルノがまた問題を起こそうというものなら、

「何かあっても、私が責任をとりますから」

 あの魔力に対抗できるだけの力を蓄えておこうと既に決めていた。

「…君は、強いな」

 思わず言ったルイスはほとんど素に戻っていた。ディアナは少しだけ笑う。

「ルイス様も、相当強気に出たという噂を耳にしましたが」

 言うと、ほんの少し迷ったようだったがルイスはディアナの聞きたいことを話した。

「強気、というより向こうが弱気になったんだ。我が国が大変な時にあれだけ非情な要求をしたというのに」

「ラナリーの件ですわね」

 ルイスの故郷の国、セルトリトに要求されていた土地、ラナリー。だがもはやその話はなくなるどころか、現在の立場はセルトリトの方が強いくらいだ。

「アイザック王子お気に入りのリルノ嬢が問題を起こし、セルトリトの王子である俺に怪我を負わせた。本来なら国際問題にしているところだ」

 だが実際、ラナリーを要求されたあの時と同じようにセルトリト側にそこまでの余裕はない。今求めるべきは平穏ただ一つ。立場が強いとはいえ、もうあまり大問題にしたくないというのはルイスもほとんど同じだった。

「あまり問題にはしない、ことを条件に今回のラナリー要求の件全てに対する謝罪をさせ、さらに我が国への“そこそこの額”の寄付をするよう要求した。もうこの件はこれで終わりだ」

 そこそこ、とは言いながらも、おそらくそれなりの額を要求したのだろうというのは今の言い方で容易にわかった。大きな問題にしたくないという意味では同じであるが、いつでも訴え出ることのできる立場でいるルイスが強気に出て利益を得ているというのはさすがだ。

「無事に終わってよかったですわね、お互い」

「ああ」

 ルイスはまたどこか冷たい声で返事をした。

「だから話すことはない。もういいな?」

「いえ、まだありますわ」

「……なんだ」

 ルイスはやはり一向に目を合わせようとしないが、ディアナは構わず話を続けた。

「お礼を、お渡ししたかったのです」

「礼?」

「リルノさんのところから、助けていただいたので」

「……だからそれは、」

 何もしていないからと、ルイスが苛立たしげに言った。

「あの場に来ていただいて、私は嬉しかったのです」

 だがディアナの方も折れない。再び礼を言うと、ルイスがようやく立ち上がった。それからディアナの方を向く。

「それでも、俺なんかに礼を言うべきではない、君は」

「!」

 ようやく目が合ったルイスの表情は、本性を少しも隠せていない、ありのままのルイスだ。

「君を誘拐して、閉じ込めて、利用しようとした。俺はそういう男だ。あの時助けに来たのだって、何かの企みがあったかもしれない、それなのに何故感謝などできる」

 一度助けられたくらいで許されるようなことをした覚えはない、許されていいはずがない。ルイスは早口でまくし立てながらも、その表情はどこか悲しそうだ。

「何の企みもないことくらい、あなたの表情を見ていればわかりますわ」

 助けに来たあの時も、ここの学園で見てきた無表情が嘘のように、怒りと悲しみの混ざった素直な表情をしていた。ディアナはそれを見ている。

「確かに誘拐の件はなかなか手荒でしたわ。それは認めます。ですがあの場でもあなたは私に対して1度も酷い扱いをしたりはしませんでした」

 それどころか毎日平穏に過ごさせてもらったくらいだ。巻き込まれたとはいえ、どちらにせよあの時ルイスに囚われなければ結局はリルノの元に拐かされていただけだ。結果論ではあるが、事情も知っている以上ルイスのあの行動を怒りたいとは思わなかった。

「許すか許さないか、それを決めるのは私ですわ」

「……なら勝手にしろ、だが礼は受け取れない。むしろこちらが詫びを渡すべき状況だ」

 世間には、ずっとリルノに誘拐されていたとされているが、実際リルノの元にいた時間よりルイスの元にいた時の方が長い。それを知っているのはディアナとルイス、それからジャックとアリア。そしてリルノだけ。ラナリーの件と同じように、ひっそりと行われていたことで、つまりディアナもこれを、問題にしたいわけではない。

「いらないですわ」

「そうか、なら俺も受け取れない。それで、これももう終わりだ」

「!」

 声はなんとか無感情を装っているが、表情からはバレバレだ。ディアナは立ち去ろうとするルイスを引き止める。

「終わりだなんて、勝手に決めないでくださいませ」

 そしてディアナもまた、感情が溢れて止まらなかった。ルイスがディアナから目を逸らす。これ以上ここにいては、全てさらけ出してしまいそうだ。

「やめろ、手を離せ」

「嫌です」

「なら、」

 ルイスが顔を伏せる。何を考えているのかわからなくなった。

「なら、先に聞いておく」

 腕をディアナに掴まれたまま、ルイスは続けた。

「どうなった?婚約破棄の件は」

 そう、本当はまだ、2人の話は、話したいことは、全て終わったわけではなかった。互いに、むしろこれが一番話さなければならないことだった。これもまた、まだ公に発表されておらず、内密にされていたことのひとつ。

「……」

 ディアナは思わず口を噤む。

「君が行方不明だったことで、王子の婚約破棄の発表はまだされていない。そんな状況で次の王子の婚約者とされていたリルノ嬢の起こした事件。普通に考えるなら、」

 そう、ルイスの想像通り、婚約破棄は、なかったことになった。いや、なかったことになると言われた。

「……数日後に、改めて王城にて、婚約破棄を取り消しすることに、なりましたわ」

 婚約、婚約破棄、どちらの場合もであるが、魔力の込められている正式な書状に、それぞれがサインをしなければならない。さらに今回の婚約破棄は王太子が関わっているもののため、かなり厳密にできていて、例え王子でも、勝手には破れないようになっている。ディアナももう一度サインをしなくては婚約破棄の取り消しはできないのだ。

「……だろうな。つまり君は王太子の婚約者に戻るわけだ」

「ですが、」

 これで、全ては平穏に収まるだろう。全ては元通り。これを本当は望んでいたはず、こうなるべきだと思っていたはず。だがディアナの心には、迷いがあった。他のことでは全て平穏でよかったと思えるはずなのに、このことだけは、平穏で終わることに、よかったとは思えない自分がいた。ディアナが言いかけるも、ルイスはそれをすぐに遮った。これ以上言われることを恐れるかのように。

「もう理由はこれで十分だろう。婚約者のいる君から、個人的なプレゼントを、俺が受け取るわけにはいかない」

「ルイス様、」

 言いたいことがわかるからこそ、これ以上はダメだ。お互いの平穏のため、これ以上素直になることはできなかった。

「お互い無事に、平穏な生活に戻れた。もうそれで終わりだ。悪いが、俺はもう行く。もう話しかけるな……二度と」

「……!」

 ルイスがディアナの手を振り払う。ディアナはその手をもう一度とる気にもなれず、立ち尽くしたままその背中を見送るしかなかった。



 逃げるように早歩きで立ち去ったルイスは、少し進んだところでポケットの中に違和感を覚え、足を止める。

「……!」

 ディアナが魔法でこっそりと入れたのだろう。手のひらほどの箱がそこには勝手に入れられていた。溜息をつきながらもルイスはそれを開く。

「…ハンカチ、か」

 絹で出来た上品なハンカチは、紺色の生地に金や銀の刺繍糸で細かな模様が刻まれている。その模様はまるで夜空の星空を描いているようで、ルイスの好きなものが、そこには詰まっていた。


「……好きだ、」

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