14.愛
結局、リルノがディアナに攻撃することはなかった。酷く傷ついた表情で手を下ろし、そこからは一切の攻撃も抵抗もなかった。場が静かになると、この騒動を遠くから見ていた学園の誰かが言ったのか、アリアとジャックに連れられた王宮の役人たちがリルノを捕らえた。さすがに皆が見ていたこともあり、ディアナに罪が押し付けられることもなく、リルノの行いは皆の目に確実に残った。リルノは連れて行かれる前に、ディアナの方を振り返る。
「それでも私は…私は、本当にあなた様のことを、愛していました」
ディアナは役人たちを止め、リルノの前に立つ。
「それは、どうかしら」
ディアナも、確かにアイザック王子のことを愛していると、思っていた。だが婚約破棄をされ、改めて冷静になると、果たして本当にそうだったのだろうか、とさえ思うようになった。
「あなたは、何かに執着したかっただけなのかもしれませんわよ」
「…?」
リルノに何があったのか、ディアナは知らない。だがディアナに執着することで自分を保っていたようにも見えるリルノの中にあるディアナへの感情が、愛とは思えなかった。それを愛と思わなければリルノの身が持たなかっただけで。
「本当に私を愛しているというのであれば…」
ディアナはリルノの手を優しく握った。
「こんな酷いことをせずに、ただ隣にいて欲しかったのです、私は」
実際、リルノが来る前から、ディアナは未来の王妃という重圧で潰れそうだった。本当にディアナを思うのであれば、あの時に声をかけて欲しかった。もしリルノが来てすぐに、ディアナを連れ去っていたら、その時どうなっていたかはディアナにもわからない。だが少なくとも、ここまで抗おうとは思わなかっただろう。助けてくれるのはリルノだけだと、錯覚したかもしれない。
「もちろん私にもわかりませんし、もしもの話なんて、しても無駄かもしれませんけど…」
それでもひとつ確かにわかることは、ディアナがリルノに最後まで抗うことが出来た理由が、ルイスであるということだ。アリアの手当てを受けているルイスの方をディアナはちらりと窺った。ルイスの所にいたおかげで、孤独ではないという実感を得ることができた。だからディアナは、リルノに屈することがなかった。
「…いえ、ありがとうございます」
リルノは、ルイスの方を見ているディアナを見て、何かを諦めたようだった。
「……全部きちんと、お話しますわ。アイザック様にも、他の方にも。そして罪も、償います。皆様にも……ディアナ様にも」
「えぇ、それが1番良いと思います。その力は、良いことにも使えるはずですから」
リルノはまた頭を下げ、そのまま連行された。ディアナは何も言わずにその後ろ姿を見つめる。最後のリルノは悲しそうであったが、何か憑き物がとれたかのような表情にも見えた。
リルノが立ち去り、野次馬の興味は残っているディアナとルイスに向いた。しかしそれでも、2人が周りを気にすることはなかった。
「助けに来てくださって、ありがとうございました」
一先ず命の方に問題はないと判断されたルイスが、それでもどこかまだ元気のない表情でディアナの方を見上げた。
「いや…俺は何もしていない。むしろ足を引っ張ったくらいだ」
「そんなことありませんわ。私は1人ではない、そう仰ってくださったではないですか」
あの状況で、そう声をかけてくれることがディアナにとってどれだけありがたかったか。ディアナは言うも、ルイスはまだどこか浮かない顔だ。
「……あれは、そうだな…でしゃばったことを言ったと思っている。不快にさせたのなら、すまない」
「いえ、そうではなく…」
ディアナは感謝を伝えたはずなのに、ルイスは少しもそれを受け取る気配がない。少なくともディアナは、でしゃばった発言だなんて思っていないのに。ディアナが咎めようとすると、アイザックを始めとする生徒会のメンバー。学園の教師たちが話し合う声が聞こえてくる。
「色々と忙しくなりそうだな」
ルイスはいつもの冷たい声と無表情に戻って、アリアとジャックに合図をする。2人は何か言いたげにルイスを見て、それからディアナの方を見て、しかし何も言わずにルイスの指示に従って彼の体を支え起こした。
「……失礼致しました」
アリアがディアナに丁寧に頭を下げる。そう、ここはもうルイスの屋敷ではない。公衆の面前、公共の場。互いに分厚い仮面を被って過ごしていたルイスとディアナの関係に、戻らなければならなくなったのだ。




