13.マドンナとベラドンナ
「ディアナ!」
「ルイス様…!」
突然入ってきたルイスに、ディアナは驚きながらも心から安堵していた。そしてそんな様子のディアナを見て、リルノは眉を潜める。
「どういうことですの?何故そのような……」
リルノに声をかけられ、感情をなんとか押しとどめたルイスが、冷たい瞳でリルノを睨んだ。
「何故も何もないだろう。お前が何をしているんだ」
「関係のないことですわ。ディアナ様をお救いになろうと手を差し伸べていただけですの」
「それは、」
ディアナが反射的に首を横に振った。ルイスが剣を持って警戒しながらゆっくりと前に進む。
「救う、だと?」
「そうですわ。たった1人になってしまわれたディアナ様を」
「1人じゃない」
リルノの言葉を、ルイスが食い気味に遮った。リルノが近づいてくるルイスに警戒しながら首を傾げる。
「?」
「俺がいるからな」
このような状況であるにも関わらず、ディアナの胸の中がじんわりと暖まるような感覚がした。自分の思い過ごしなどではなく、本当に、本当に、自分は1人ではなかった。それを後押ししてもらえた事実が何より嬉しかった。
「そ、そんなわけありませんわ…誰よりも私が、私こそが、ディアナ様を…愛して……」
「俺には劣るだろうな」
「そんなの、そんなこと…あるはずが……」
「実際、彼女は苦しんでいる。救われているようには見えん」
「そんなわけ…!」
ディアナは動揺していて警戒を怠っているリルノの後ろでルイスと目を合わせる。
「?」
それから自らの手首についた特殊な手錠の方を指す。これさえ外れれば魔法が使える。
「これ以上、彼女を傷つけることは許さない」
ルイスが剣を持ち上げる。リルノが己の身を守ろうとするその後ろで、ディアナが腕を差し出すと、絶妙な力加減でルイスがその手錠を破壊した。
「!」
大きな音が鳴り響いて、手錠が外れる。ディアナは全身に少しばかり力が戻ってくるのを感じた。
「ディアナ様…!?」
ディアナはそのままルイスの隣に並ぶ。少しふらついた身体をルイスがすぐに支えた。
「リルノさん、もう終わりにしましょう。こんなことは」
「ディアナ様は間違っておられます。その男もどうせろくでもない男ですわ」
「私にはそうは思えないのです」
「……。そちらに付くというのなら…仕方がないですね。少し、手荒にはなりますが」
リルノが指を鳴らすと、建物全体が小刻みに揺れ始める。
「…!?」
ルイスがディアナの身体を支えたまま剣をリルノに向ける。
「無駄ですわ、その程度の剣1本で、私と戦うなど」
建物、というより地響きのようなこの音は、おそらくこの辺りの地面が揺れているのだろう。リルノが笑うと同時に、建物が崩れた。
「…っ!!」
「うっ、なんだこれは…!」
ディアナの防御の魔法と、ルイスの剣さばきのおかげもあって、2人はなんとか崩れる建物から抜け出す。
「大丈夫か」
「私は平気です。ルイス様こそ…」
ディアナが治癒魔法でルイスの足の傷に触れた。瓦礫の影になっているためリルノから2人のことは見えないようになっているだろう。
「悪い、使えないんだ魔法が」
「知っております」
ルイスが魔法特別クラスにもいなかったことをディアナは今更ながら思い出す。とはいえ別に異常なことではない。異常なのは、この世界でもトップではないかと思えるほどの魔力を持つリルノ、そしてそんなリルノに対抗出来る可能性があるディアナの方だ。
「彼女の魔力は異常ですわ。ルイス様は…」
ルイスは足のみならず、既に全身に傷を負っていた。
「ここにいてください」
色々と限界があるだろうと、ディアナは影からリルノをこっそり窺う。ディアナでさえどう転ぶかはわかったものではない。
「すまない、君を守ると約束したのに」
落ち込むルイスの肩をディアナが掴んで、彼女は穏やかに笑った。
「あの方の行い、全ての被害者は私です。私が、自分の力で決着をつけなくてどうするのです?」
行ってまいりますね、と声をかけて、返事も待たずにディアナは瓦礫から出ていった。
「…!あれくらいでは、怪我などしないですものね」
リルノがどこか嬉しそうに笑う。
「もちろんですわ。まだ何も終わっていないのに、怪我している暇はありませんもの」
ディアナが手に魔力を込めていることがわかったリルノだが、警戒する様子もない。
「ディアナ様、あなたでは私に勝とうとするのは無理ですわ」
リルノが試しに、と指を鳴らすと、地面の一部が長い槍のように飛び出す。
「!」
危うく刺さりそうなギリギリのところでディアナがそれを避けた。
「…!?」
「学園では、このような魔法を教えてはくれませんもの。むしろ、なるべく魔法で人を傷つけないような訓練をしますからね」
魔法を持つ者の方が特殊とされるこの世界、重宝はされるがそれと同時に恐怖と常に隣り合わせ。ディアナもまさにそれの被害者となったわけだが。
「ですが私は、密かに戦う方法を学んできましたから」
リルノがまた指を鳴らすと、先程のように地面が槍のように突き出す。ディアナはそれを避けるので精一杯だ。
「…!!」
遠くから声が聞こえ、ディアナは振り返る。ルイスの元にも同じように地面が直接襲いかかっていた。
「よそ見をしている場合ですか?」
リルノの声と共に視界が遮られる。ディアナは再び自分の周りを攻撃してくる布のように動く地面を避けることに徹した。
「あまり傷つけたくはないのです。抵抗は早くおやめになった方が身のためですわよ」
「私は絶対に屈しませんわ」
ディアナは集中力を高める。大きな破裂音とともに、視界を遮っていた槍は全て消え去る。
「ハァ…ハァ……」
「やはりディアナ様は、一筋縄ではいかないですね」
リルノが楽しそうにクスクスと笑う。まだ彼女は少しも本気を出していないのだろう。ディアナは頭をフル回転させて考える。どうしたら彼女の暴走を止められるのか、自分でも彼女に勝てるのか。
『魔法とは想像力です』
授業よりももっと前、魔力が自分にあると気づいてすぐの時に家庭教師に言われた言葉を鮮明に思い出す。そう、魔法とは想像力。自分の中に流れる魔力を集中してひとつの場所に溜め、自分の想像力と共にそれを実現させる力。想像力をありのまま実現させるには、それ相応の魔力が必要だ。自分の想像力を、どこまで実現させられるかが、魔力の強さに関わってくる。ディアナはまだ自分自身の限度を知らない。
「……!」
油断しているリルノの腕に、地面から生えてきた植物の蔓が巻きついた。
「まさか、」
授業で習ったのは植物の成長を早める、程度のものだ。それの応用でしかないが、ディアナは集中して蔓を操る。リルノは動揺して集中が途切れたのか、抵抗しようとした時には既に腕は使えなくなっていた。
「離れ、ない…っ、」
「意外と、できるものですね」
リルノを抑えたことがわかると、ルイスも最後の邪魔をしていた瓦礫たちを押しのけてリルノの方へやって来た。
「平気か」
「ええ、ルイス様は…」
「なんとかな」
「よかったです」
ディアナは先程まで自身に付けられた魔力封じのための枷を探す。あれをリルノに付けることができれば、
「ぅあっ、」
そこで目を離したのがよくなかったのだろう。
「ルイス様、?」
ディアナが目を向けると、もう既に蔓は千切られ、開放されたリルノがルイスの足元に何かしらの攻撃をした後だった。ルイスの方へ駆け寄ろうとするディアナをリルノが止める。
「この程度で私を止めるのは無駄ですわ」
「…っ、」
「先程からルイス様とも随分親しいご様子。先にあちらから殺めた方がよろしいのです?そしたらディアナ様は、私に振り向いてくださいますか?」
ディアナが目を見開いた。そんなこと、してはならない。これ以上、犠牲になることは許されない。ルイスの方を向くリルノの腕を、止める。
「私があなたに振り向くなんてことはありません。残念ですが、あなたのしてきたことは何一つ、私の心を動かしたりはしませんでしたわ」
そしてそれはこれからも変わらない。ディアナが言うと、リルノは表情のなくなった顔でディアナの方へ向き直る。
「……いいでしょう」
もういいです、とリルノは言った。これだけ頑張ってきたことを、全て否定されて、自暴自棄になったのだろう。
「待て、やめろ!」
ルイスの声を遮るかのように、バチバチという不穏な音が鳴り響く。リルノの手元に青い光が走る。ディアナは唇を噛む。恐怖心はもはや麻痺してしまった。
「ディアナ、」
それからディアナは自分の名前を呼ぶ声の方を向く。
「ルイス様…」
嗚呼、あなたは、あなた様は、死ぬ直前でさえ、こちらを向いてはくれないのですね。
振り上げた手を、リルノが下ろすことはなかった。
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