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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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17.アイザック王子

 次の日の16時、ディアナは緊張した面持ちで王城へと足を踏み入れた。こんなに緊張したのは初めてかもしれない。それでも、もうこの決心に揺らぎはなかった。

「ディアナ、」

「アイザック様…」

 2人きりでまともに話すのは婚約破棄をされたあの日以来だろうか。ルイス、リルノを経て無事に戻ってきたディアナだが、リルノから受けた被害で体調が芳しくない、などと理由をつけて生徒会へ顔を出すこともしていなかった。学園内でアイザックに話しかけられても、当たり障りのない答えをして逸らしていた。

「なんだか、懐かしく感じますね」

 あの時もこうして2人で王のいる部屋に入った。そこで言い渡された婚約破棄。王の前で断れる訳もなく、ディアナはサインをした。アイザックが、リルノを次の婚約者にしようと計画していた、あの時のこと。

「はは、そうだな」

 アイザックは軽く笑って、それからディアナの髪に手を伸ばす。

「!」

 ディアナは反射的に身を引いた。触られることに対して、何故か無意識のうちに警戒心を抱いてしまった。前は、髪に触れてもらえることを、確かに嬉しいと感じていたはずなのに。

「ずっと、言いたかったんだ」

 ディアナが一歩下がったことも気にしないアイザックは、手を伸ばすことはなかったがディアナの置いた距離を縮めるように一歩前へ出た。

「…何を、でしょうか」

 わからないふりをしたが、凡そ検討はついた。これだけの失態をしたその元凶となった婚約破棄。そのことへの、謝罪だろう。

「僕のせいじゃないんだ、」

「?」

 謝罪を予想していたディアナは、思わず首を傾げた。一体、この男は何を言っているのだろう。ディアナの戸惑いに気づかないアイザックは、話を続ける。

「僕も、リルノに惑わされただけなんだ。決して君を裏切ったわけではない、それだけは言わせてもらいたい。彼女のせいなんだ」

「……そう、ですか」

 リルノは確か、生徒会メンバーには多少魅了の魔法をかけたが、アイザックにはかけていない、そう言っていた。

「だから、だから許してほしい」

「……それは、」

 本当なのか、嘘なのか、判断が難しかった。リルノがあの状況で嘘をつくとは思えないが。ディアナが困惑していると、アイザックの笑顔が一瞬消えた。

「!!?」

 そしてディアナの手首を握る。あまりの強さに、ディアナは顔を顰めた。いつも優しく紳士的なアイザックは、目の前にはもういなかった。

「王太子が、失態など犯すはずがない。僕は悪い女に洗脳されていた、全てそれが原因。そういう話だ、と言っている」

 その必死な様子が、むしろ彼の言っていることが嘘だということを証明していた。自分だけ洗脳もされずに彼女の陶酔していた事実を、もみ消すつもりだ。そして全ての罪をリルノに押し付け自分は潔白のままでいようという腹だ。自分の罪を認め、過ちと向き合ったリルノの方がどれだけまともなことか。彼女は、ルイスがディアナを誘拐した事実まで、なかったことにし、自分のところにずっといたと嘘をついた。せめてもの償い、とディアナに言い残して。

「だから、婚約破棄のこともなかったこと、にしてこれで一件落着だ。真実がなんであれ、国外に広まることもない。噂はやがて本物になる」

「……わかりましたわ」

 ディアナがなんとか笑顔を取り繕うと、アイザックは満足そうに笑って手を離した。そのアイザックは、いつもの、ディアナが知っている顔だった。

「わかってくれてよかったよ」

 彼もまた、ある意味演じている人だった。性格の歪みを、その内に秘める欲望を隠して、優しい王太子を演じていた。そしてディアナは確かにその優しい顔をした彼が、かつては好きだった。

「……」

 今ではそんな自分さえ馬鹿らしく思うほど、この男に対してなんの感情も湧かないことにディアナは思わず笑ってしまった。アイザックの本性など、もうどうでもいいことだ。それからふと思い出す。アイザックとは比べ物にならないような、可愛らしい本性を持った人のことを。

「では、参りましょうか」

 逆に、これでよかったのかもしれない。決心が鈍ることもなく、むしろ研ぎ澄まされ、ディアナは扉の前に立つ。その隣にアイザックが並ぶ。もうこれで最後だ。



「お断り、致します」

 部屋に響いた声に、アイザックも彼の父である国王も、一瞬驚いたように目を見開き、冗談ではないかと言いたげに曖昧に笑った。

「今、なんと……」

 目の前には婚約破棄の時にサインを記した契約書。これにもう一度サインをしなくては、婚約破棄はなかったことにならない。これだけは絶対だ。

「婚約破棄のままで、良いと言ったのです」

 もはや緊張することもなく、ディアナは心から穏やかな笑みを浮かべることができた。ここまで吹っ切れることができたのは、先程のアイザックのおかげだ。優しい顔して本性は全く優しくない彼に、謝罪のひとつもできない彼に、ディアナが優しくする筋合いはない。

「何故…」

「何故も何も、本来はそちらが望んだことではありませんか」

「ま、待ってくれ、」

 ディアナは立ち上がった。

「それでは」

 それから淑女として恥のない美しいお辞儀をして扉の方へ向かう。これでいい。もうあんな婚約なんかに囚われるのは終わりだ。

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