11.抗い
ただ頷いてくれるだけでいい。リルノはディアナの部屋でまたそう言った。私と一緒に2人で暮らそう。この申し出にYESと言ったら、手錠も外す。魔法も使えるようにする。ただそれだけ。それだけなのに、
「まだ、頷いてはくださらないのですね…」
意味がわからないと言わんばかりの表情で、次の日もリルノはディアナの傍らに座っていた。
「とても残念です」
リルノが甘えたような声を出しても、ディアナは頷かない。だが、既に限界は見えていた。確かに孤独や苦しみを味わってきたディアナだが、それでも公爵令嬢として生きてきて毎日の贅沢で安全な暮らしだけはきちんと守られてきた。ルイスの場所にいた時でさえそれはあった。しかし今は温もりのない質素な部屋で、まともな食事もとれない。ただそれだけでディアナは心身ともに疲弊していた。
「何が不満なのですか?」
そしてこれもまたルイスの時と違い、リルノはもう全ての目的を明らかにしている。明らかになったからこそ、はっきりとした恐怖心があった。ディアナ1人のためだけにリルノは一体どれだけのものを犠牲にし、敵に回したのだろう。このためだけに嘘をつき続け、今はその仮面さえも剥がれディアナの方を空虚な瞳で見つめている。
「不満がないと思っている方が異常ではないですか」
いつも学園で見てきた聖母とさえ言われたリルノと今の彼女はまるで違う。本性を隠し聖母を演じきっていたリルノを恐れない方が無理な話だ。
「…不満があるのなら、私と共に生きると言ってくださればいいだけではないですか」
「ですからそれが、」
話は一向に交わる気配がない。今のリルノには話が通じない。
「私とあなたの魔力があれば、どんな生活だって権力だって夢ではありません。あんな学園でろくでもない男たちと関わるよりもよっぽど良いではないですか」
私たちだけで、とリルノの言っていることはずっと変わっていない。
「あの学園、あの家族、ディアナ様を幸せにしてくれたものは何もありませんでした」
そう言ってリルノがディアナの頬に手を伸ばす。
「やめて、」
ディアナがその手を振り払った。リルノが鋭い目でディアナを見下ろす。悲しみと怒りが混ざった表情をしている。
「なんでですか?私はあなたを愛しているのに、どうして拒むのですか?」
「……!」
「あなたを愛している人なんて、私以外誰もいないのに」
リルノがディアナの腕を勢いよく掴んだ。
「私がいなければ、あなたは一人ぼっちなんですよ?」
一人ぼっち。その通りだ。ずっとそうだった。今もだ。
「…っ」
そんなことは、リルノに言われなくともわかっている。わかっている、はずなのに。そんなことない、と言いかけたのは何故だろう。
「…私、は……」
確かに孤独だったかもしれない。けれど、あの時だけは、そんな気がしなかった。器用なんだか不器用なんだかわからない王子、優しくて優秀な侍女、彼らと過ごす時間を、孤独とは思わなかった。
「どうして抗うんですか?私と一緒なら、私は絶対にあなたを見捨てたりしないのに、二度と孤独になんてさせないのに、」
リルノの力がこもって、ディアナの腕が悲鳴を上げた。ディアナの腕を抑えているのとは反対のリルノの手に、魔力が集まる。
「まだ抵抗すると言うのなら…」
「…!?」
ディアナの身体が強ばった。思わず目を瞑る。脳内に浮かぶのは、なぜだかルイスの顔だった。
「……けて、」
ディアナの声が掠れる。小さい頃からずっと、1人だった。1人で、頑張らないといけなかった。そもそも、求めたところで助けてくれる人なんていなかった。でももし、もしも、言ってもいいのなら。求めた言葉に、応えてくれる人がいると、信じていいのなら。
「…たすけて、」
小さな声が洩れる。扉が勢いよく開いたのはそれと同時だった。




