感情大戦 対恐怖 14時21分
あいつの能力は一体なんだって言うんだ。
あいつの声を聞いた瞬間に頭が痛くなったし、立っていた電波塔は崩れるし、声が聞こえなくなって顔を上げれば周囲は更地。
何が起こってこうなったんだ。
遠すぎてあいつの姿は見えないし、後ろを見れば瓦礫があったりもするが小さく、前にはそれよりも小さい石がある。
「音による破壊ってところなのか?それ以外になんかあるかな」
「——————————————————————————!」
「がああああああ!」
また声がする。
頭が痛い、頭が割れる。
「うっ・・・オゲェェ、うおぇぇえぇ」
地面に腹の中のものをぶちまけて、頭を抱えて転がり回る。
声が止んで、目の前を見ると、小さな石がさらに小さくなって、砂の様になって風に吹かれ散っていった。
立ち上がるとき両手が自然と視界に入ったが、指先が少し皮が破け血が流れていた。10000分の1のダメージでこの怪我を負うってことは、普通の人ならもう既に死んでいるだろう。
後ろの惨状を見たくない。前の地平線の様な光景は諦めるしかない。
これ以上被害を増やさないために、走り、その間に竜王王臥にもらった風竜の力を使い、全身の硬さを上げる。これでちょっとやそっとでは傷つかないはずだ。
だが、姿が見えてない今でさえ10000分の1を抜けてくるんだ。近づきすぎちゃいけない、なのに、持ってきた石とかは全部粉々になってるし、殴るしかないんだよなぁ。
走って飛んで、人型のそいつを見つけ、目の前に降り立つ。
「——————————————————————————!」
「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
くらえ!
気合と根性の一撃!
人型の異形は初めて見るが、それでも今まで獣の異形を殺してきて分かったことは、急所は同じと言うことで、だからこいつも同じはず。
腕の鱗の隙間から血が噴き出し、鱗も粉々に砕けてゆくが、肉も骨も残った。
だから、寸分違うことなく、恐怖の頭を穿ち、貫通し、声が止む。
腕を引き抜くと脳漿がドバドバと流れ出て、恐怖の体は何かに支えられているかの様に倒れない。
「これは、やったのか?」
だが一応と、もう一度殴ってちゃんと頭を潰す。
そして、腕を抜いたとき、見えた。
首にも脳みそが詰まっているのを。
終わってない。そう気づいた時にはもう遅かった。
ちゃんと見て、僅かな変化にも気づいていたなら、少しずつ全身が膨らんでいくことに気づけただろう。そして、それが息を吸っていることも気づけたのではないのか。
だが、気づけなかった。
「————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————!」
恐怖は叫ぶ。
今までよりも大きく、長く。
それだけで、全てが細かく八つ裂きにされ、
意識が切れ、
「グルルルゥ、グルルル」
風竜が表に出る。
叫び声に当てられ、鱗も皮膚も肉も削ぎ落とされてゆくが、竜は自分達の王の命令に従うだけだ。
目の前の人外をただただ殴り、そして殺す。
削ぎ落とす肉もなくなり、骨も削れだすころには恐怖の異形は上半身全てがなくなり、上半身に詰まっていた血液、脳漿、脳みそが辺りに散らばり赤いものが扇状に散らばっている。
恐怖の叫びが止み、叫ぶ、その数秒の間に風竜は蹴り、恐怖の左足が消える。
もう一度叫ぶと、右足の膝までが消え、風竜の顔の肉も全て剥げ、腕も肘までがなくなり、足も軸にしている左足の皮が剥がされ、右足は足首まで骨だけになり、膝までが肉だけとなり、足の付け根は皮が剥がされている。
それでは風竜は止まらない。
地面に膝をつき、異形の体を食いちぎる。
その間も恐怖は叫び、その叫びは頭蓋骨を突き破った。
脳みそが漏れ出し足元を赤く濡らし。
風竜は恐怖の最後の一欠片を咀嚼せずに嚥下する。
恐怖は胃液に溶かされながらも叫び続ける。
だが一片は小さく。腹の中から外に出るよりも先に、恐怖は解けて消える。
鋭霊割鋭&風竜 対 恐怖の異形。
14時23分に、引き分けで決着。
とは、いかなかった。
胃の中に入った部位はしっかりと溶けた。
だがただ散らばされただけの肉や血液は再生する。
ゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ回復してゆく。
全身を再生するのには一週間ほどかかるだろうが、再生を開始した今の段階でも、小さな声で悲鳴を上げ続けている。
この他者を破壊する悲鳴を避け、溶かすか、消滅させるかしなくては恐怖は消えない。
完全体の竜ならいざ知らず、そんなことができる人間はいない。
つまり、もともと勝てない勝負だったのだ。
「おいおい、そんなに叫ぶものではないぞ。世界は案外いいものじゃよ。上げるのであれば悲鳴ではなく歓声を上げるのじゃ。お主がやったこの光景、見通しが良くなって実に素晴らしいものじゃよ」
ニヤァと笑いながらサキが話しかける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、辛い」
恐怖が、目の前の存在に対して話しかける。
「この世界は、怖い。恐ろしくてとても怖い。歓声なんてあげられない。悲鳴しか上げられない」
ついさっきまでそこらじゅうに飛び散っていた恐怖の体のかけらが、飛び散った痕跡を一切なくし、人を形作る。
人の形となった恐怖は、口のあった場所全てに、口のなかった場所全てに、目がついていた。
ただ一箇所、顔は人と同じ作りになっていて、目は一対、鼻と口はひとつづつある。
全ての目は潤み、両手は祈る様に組まれ、恐怖の異形は震えて聞き取りにくい声で言った。
「この世界は、辛いことだらけで、嫌なことばっかりで、怖いものしかないけど」
堪えていた涙がこぼれ落ち、声はさらに聞き取りにくくなる。
「それでも、それでもまだ、死にたくありません」
全身の目を閉じ、なるべく隠し、人と同じ部分の目だけで上目使いに彼女を見上る。
「お願いです。殺さないでください」
悲痛感で溢れた声を正しく聞き取り、サキは加虐心に溢れた笑みを浮かべて、乱暴な手つきで恐怖の頭を撫で回す。
恐怖はカチカチと鳴り続ける歯を止めることができず、全身を震わせながら抗うことなくなすがままにされる。
殺される殺される殺される殺される。
恐怖はそう怯えていたため、
「安心せい、サキから殺すことはない」
そう言われたことを理解するまでに時間がかかった。
「あ、ほ、本当、ですか?」
表情を明るくしつつも、恐怖の体はいぜん震えている。
「のぉ、お主、女体化はできぬか?」
「でできます!や、やります」
「おぉ、やるのじゃ、サキは女の方がいいのでな」
恐怖は目を閉じ、サキが瞬きひとつする間に、恐怖の胸が膨らみ、体つきが女のものへと転じてゆく。
そして、恐怖は目を開け、サキを視界に入れ。
その全身に収まらない多幸感に、閉じていた全身の目も全て開き、全ての目から涙を流し、声を漏らす。
「ふっ、いい顔じゃなぁ、実に愛い」
サキはそんな恐怖の顔を覗き込み言う。
「のぉ、知っておるか?」
その一言ですら恐怖にとっては、今から何を聞かれるのか予想すらできない自分に失望し、自分の知識程度では、考えていることすら把握できない程高位の存在に質問されたと言う喜びに繋がる。
「女の体は実に柔らかくうまいものなのじゃよ。そして、異形の肉体は実に甘く、同じくうまいものなのじゃ。のぉ」
食って良いか?
答えなんて、そんなことは、考えるまでもなく決まりきっている。
「はい!当然です!そんなことお聞きになる必要などございません!いついかなる時であろうと貴方様は、この腐肉の塊の様なわたくしでよろしいのでしたら、お食べくださって構わないのです!貴方様に食され、血肉になれるのでしたら、これに勝る喜びはございません!」
恐怖は全ての目を潤ませ、両手を広げて叫ぶ。
「ふっ、そこまで言うことはないのじゃがのぉ、じゃがその心がけ、主の言ったことは実に主の味を良くするのじゃよ。では」
いただこう。
サキは、ギザギザとした鋭い歯を恐怖の肩に差し込む。
それだけでは終わらず、肉を噛みちぎり、骨を噛み砕く。
その痛さに声を上げ、喜びに泣き声を上げる。
「ああぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁ!」
なんて幸福!私はなんと幸せなんだ!
このお方の血肉となり死ぬことができるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。
サキが恐怖の胸を噛みちぎり、抉れた胸に顔を突っ込み、肋骨を噛み砕いて、骨を飲み込んで、顔についた血液を拭う。
肉を喰み、骨を砕き、内臓を味わい、血を啜り、
1秒足らずで、サキは恐怖を食い終わり、
「早すぎるでしょ、食い切るの」
声をかけてきた狂滎に向き直る。
「早くはないわい、十分に味わわせてもらった。実に美味であったぞ。よくぞ用意してくれた、狂滎よ」
サキは少しの間ケタケタと笑い、目尻を吊り上げ、眉間に皺を作り、歯を噛み締め、両手を血が流れるほどに強く握りしめている狂滎を見て、
「おっ?なんじゃなんじゃ、主にしてみれば珍しい表情ではないか、手駒を食われたのがそんなに悔しいのかのぉ」
「うるせぇよ0位、強すぎてランキングから除外された女がよぉ。1000年前はスゲェお世話になりましたね。あんたさえいなけりゃ、僕はとっくに全生命を殺してたって言うのに」
「わははは、そりゃええのぉ。サキ以外にもランキングから除外された者がおるのは知っておるじゃろう?あの者がいる限り、主の目標は永遠にかなわんであろうのぉ、あの世界最弱がいるかぎりの」
「ああ!やめろやめろ!思い出させるな!あいつにもお前にもいい思い出はないんだよ!あんな規格外を相手にするってわかってたらちょっかいかけなかってのに!」
狂滎はらしくもなく悪意に満ち溢れた表情をし、サキとその場にいない男を睨みつける。
「だいたいさぁ、お前もたいがい規格外すぎんだよ、何?なんで恐怖の異形に恐怖を抱かせちゃってんのさ。異形は感情の塊だから、怖い怖いって言ってても実際に怖がってるわけじゃないの、なのに、そんなルールをぶち破って恐怖の異形に恐怖を覚えさせるとか、僕が1人でやっても無理なことさらっとやってんじやねぇよ」
「わははは、そりゃ傑作じゃ。結局、主はサキには敵わんと言うことじゃな。安心せい、主らの無駄な争い事は余興として見といてやろう。サキが入って物語をかき乱すことはあるじゃろうがのぉ。くくくっ、そうじゃそうじゃ、主に質問なのじゃがのぉ、このお遊び、あと何分で終わると思う?」
「知るかよ、何分だっていい、できるだけで人が多く死ねば、僕はそれでいいんだよ」
そうかそうか、サキは感慨深そうに言って、何度も頷き、
「10分じゃよ」
かるーく言って、歩き去った。
残ったのは、首から下全てを1センチずつに切り裂かれて、切り裂かれたことにも気付かずに人の形を保っている狂滎だけだった。
神のバグ 序列三位狂滎凶介 対 神のバグ 序列1位サキ
14時26分 サキの勝利により決着。
「狂滎様!ご無事ですか!」
憤怒に全身を回収させた狂滎凶介が、全身を再生するのに10日かかった。




