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1話
冬四郎はちらっとむつを見ただけで、後は何も言わずにタバコに火をつけるとゆっくり煙を吐き出した。落ち着きを取り戻しているようなむつではあるが、うつむいている。冬四郎は何があったとは聞かずに、むつの頭を引き寄せると自分の肩にもたれさせた。むつは抵抗するでもなく、冬四郎に完全に体重を預けている。
しばらくは無言で、むつは冬四郎にもたれていたし、タバコを吸い終えた冬四郎は、むつの頭を撫でているだけだった。つけっぱなしにしているテレビだけが、やかましく、盛り上がっている。
「…お兄ちゃんね、入ってきた時に誰かとすれ違ったりしなかった?」
「…いや?誰とも会ってないぞ。下からここまで、誰とも顔は合わせてないな」
「そう…気のせいだったのかなぁ…」
「何があったか、話せるか?」
冬四郎の肩にもたれたまま、むつはこくりと頷いた。




