ダンジョンの入り口
「まさにダンジョン、って感じだな」
ジョーが宇宙船、俗称「ばかうけ」に入った時の第一の感想はそれだった。
ばかうけは船体の大部分が地中にうずもれており、地上に露出しているのはそのほんの先端に過ぎないが、外層を少し上ったところに入り口があり、中身は岩壁で作られたダンジョン、洞窟という風情である。
「本当に異星人の宇宙船なのか?」
外星系から地球まで航行してきた宇宙船にしては原始的なイメージを受ける。ジョーは金属製の秩序立った宇宙船をイメージを持っていたが、それは早くも打ち破られることとなった。
「ジョー、君は本当に探索のことを何も知らないんだな。しかしまあ、こういう内装が宇宙人の好みなんじゃないのか? としか言えないな」
「好み?」
「そうだ。昔は日本にもクラウンの外板が木目調だった時代もある。そういうのは流行りがあるんだ」
「外板が? 内装じゃなくてか?」
アキラの言葉に聞き返す。しかし実際そういう時代があったのだ。さすがに全ての外板が、ではないが、一部の外板が木目調の車が多数存在したのである。今から考えると全く意味不明な嗜好ではあるが、木目調の車があるなら宇宙船の内装がダンジョンでも全くおかしくない。むしろ自然である。
「エアコンやテレビの外板が木目調だったこともある」
「本当か? お前なんでそんなの知ってるんだ」
ジョーはすでにヒーローの兵装に身を包んでいる。この間怪人に人間ミサイルをぶちかました時の、あの兵装である。
対するアキラも青を基調としたボディスーツに身を包んでいる。動きやすさを重視したジョーと違い、ロングコートのようなデザインとなっている。
「二人とも、昭和トークはそれまでにして。配信をスタートするわ……」
そういうとミカの手のひらから小さなドローンがふわりと飛び立つ。イオンクラフトか何かなのだろうか、羽の回転音は、しない。
ミカも当然ながらヒーローの衣装に身を包んでいる。ピンクを基調とした衣装は装着者の女性性を引き立てるが、ドレスのように足元に広がるスカートがそれを一層引き立てる。しかしそのスカートの内側に潜んでいるのは巨大なスラスターとバーニアである。
「おはこんばんちわ~、みんな、キャプテン・ケイオスの配信に来てくれてありがと~♡」
それまでのともすれば陰鬱といえるほどに静かで落ち着いたしゃべり方から一転して明るい少女の声になる。これが配信というものか、とジョーは一人感心する。凄まじいほどの転身だ。
「初めての人ははじめましてぇ。今日はですね、ダンジョン配信ほげぁ!?」
しかし突如として奇妙な叫び声をあげた。
「どうした、ミカ君!」
アキラがすぐさまこめかみにあるボタンを押してバイザー内にオンエアーの画面を映し出す。ジョーもそれに倣って画面を出したが、しかし特段異常はない。供給側が見ている画面はこんな感じなのかと感心する。
「ど、同接……一万ちかく、ある……」
しゃがみこんでガタガタと震えるミカに、先ほどまでのプロ配信者の威厳はない。
それもそのはず、普段のキャプテン・ケイオスの配信時の同時接続数は二桁。最高でも三桁は未だ到達したことのない高みなのである。
「どうしたら……私、脱いだ方がいい?」
脱がなくていい。
「臆するな、ミカ君!」
「本名で呼ばないで」
「MCは私に任せたまえ」
ともすれば不安な気持ちになるほどに自信満々な神戸アキラ。なぜこの男はこれほどまでに自信に満ち溢れているのか。
しかしながら、リアルタイムの配信というものは非常に難しい。その上ダンジョン探索配信というものは「何もない」時間が長いため冗長になりがちなものである。
それを話術で間を持たせなければならないのだ。これは非常に大変なことである。それゆえかそうでないのかはわからないが、大手のダンジョン配信は女性が結構な露出度の高い装備をしていることが多い。それなら喋りがいまいちでも視聴者はついてくる! とても頭がいい!
「多くの人は初めまして。今日はこの私、ケイオスブルーが司会進行を務めさせていただく! 実は今回の配信、ジョ、じゃなかった、ケイオスレッドのリハビリも兼ねてのダンジョン探索となることをご容赦いただきたい!」
「すごい早口だ」
ジョーの額に脂汗が浮かぶ。人は緊張すると早口になる、というのはどうやらアキラも同じようである。それもそのはず。普段の百倍以上の同接数なのだ。緊張するなという方が無理がある。
くい、とブリッジを押してずれた眼鏡を押し上げるしぐさをするものの、彼は兵装を着用しているときはメガネをかけていない。もはや身体操作にもその緊張が現れ始めている。
「実をいうと先日、レッドがプライベートで交通事故にあってしまって、そのリハビリということだ。ケガ? いや、ケガはなかったのだが、どうやら頭を強く打ってしまったようで、彼は今記憶喪失なのだ」
「ちょっと……ッ! ブルー、歩くの、早い……!!」
すたすたと速足で歩いていくアキラをミカが必死で追っていく。どうやらアキラは緊張していないどころか舞い上がってしまって自分が何をしているのかも分かっていないようである。
当然のことながら、いつどこから敵が現れるかわからないダンジョンの中でろくに周囲の警戒もせずに速足で進んでいくなど、自殺行為に他ならない。
本来なら今回の探索は、そういった基礎的なところも含めて記憶を失ってしまったジョーにレクチャーしながらゆっくりと進むつもりであった。二、三回戦闘もできれば御の字、その程度に考えていたのである。
しかし浮足立つ一行! というかアキラ!
すべての計画が狂ってしまった。
なぜ突然彼らの視聴者数が爆増してしまったのか。それはもちろんこの間の銀行強盗をしていた怪人をジョーが人間ミサイルで吹っ飛ばしたためである。
フィールド(ダンジョンの外)で活動するヒーローとしてはクロノワールは随一の活躍をしていた。そのクロノワールを苦しめていた怪人を何の前触れもなく無名のヒーローが倒してしまったのだから仕方あるまい。
これはチャンスなのだ。ここに来た一万人の視聴者を逃す手はない。そう思うほどに彼の口調と歩みは早くなっていく。
「我々は、ただのヒーロー探索者とは違う。漫然と視聴数を稼ぐためにダンジョンへと入ったのではないのだ。この奥の、このディザスターの元凶となったものを打ち滅ぼすために……」
加えて言うなら彼は愛車を全損させて失ったばかりなのだ。何としてもこのミスを挽回したい。できれば投げ銭で新車を買いたい。中古車ではなくてだ。そういう考えもあったのかもしれない。とにかく、過去に例がないほどに浮足立っていたといってよいだろう。
「そうだ。前から登録してくれている数十人の視聴者なんて端数みたいなものだ。多くの視聴者になじみのない我々全員の自己紹介をここでさせてもらうとしよう。まず、私はケイオスブルー。御覧の通り冷静沈着な、データ解析を得意とするこのチームの、いわば『頭脳』だな。そして彼女はケイオス……」
振り向いてミカを紹介しようとするアキラ。
その時ようやく自分の犯したミスに気付いた。
「……はぐれた」




