ジュラシックジーザス
「じゅ……ジュラシックジーザス……?」
戸惑いの色を隠せないジョー。
さもありなん。
外見としては完全にティラノサウルス。
そのティラノサウルスが古代パレスチナのユダヤ風チュニックに外套を羽織っており、頭には茨の冠までも被っているのだ。
さらに細かいことを突っ込ませてもらうのならティラノサウルスはジュラ紀ではなく白亜紀である。何がジュラシックか。
それは置いておくとして。
「こいつ……メガデスの怪獣か? 話しかけてきたぞ」
この状況で恐竜が出てくれば、メガデスがばかうけのドグマと共同開発した怪獣「ニンジャダイナソー」との関係性を疑うのは当然である。しかもここはメガデス本拠地のすぐそばなのだ。
それよりなにより、そんな化け物に話しかけられるという異常事態。
彼自身メガデスにいたころにニンジャダイナソーの部隊の指揮を執ってはいたが、「怪獣」が人の言葉を放すといったことはなかった。
「気を付けて、ジョー。人の言葉を話すと言う事は、かなり中心に近い『ドグマ』の一種よ」
ミカの言葉にジョーは記憶の糸を手繰り寄せる。確かに聞いたことがある。彼自身遭遇したことはないものの、ドグマの中には人の言葉を解する者がいるという噂を。
「いかにも。私はメガデスの生み出した怪獣ではなく、ドグマです」
それも妙に紳士的な言葉を話す。噂では人の言葉を話しはしても、会話としては成り立たないと言う事だったはずだが、これほどにまで明瞭に会話をし、成り立つとは。
ジョーは構えをとって一層警戒を強める。しかしジュラシックジーザスは穏やかな口調で言葉を続ける。
「安心してください。私はあなた達と戦うつもりはありません。いや、誰とも戦うつもりはないのです。ただ『愛』こそが争いを納める道なのですから」
「何を言ってるんだ、こいつは」
今まで遭遇すればただ襲い掛かってくるだけだったドグマが唐突に愛などというものを語りだした。異様な事態に脂汗がにじみ出る。
「武石君……もしかしてこれ、キリストを模してるんじゃないスか……?」
リンの言葉にハッとする。実際には最初から「ジーザス」と言っているのだから隠していたわけでもなんでもないのだが、ジョーは彼女の言葉によってそれに気づいた。
だが気づいたものの、なぜ「ジュラシック」なのだ。
イエス・キリストとジュラシック。全く繋がらない。どういう発想なのか。偶然そういう生き物がいたという事なのか。
「全然意味が分からん。なんで恐竜のキリストが出てくるんだ。舐めてんのか」
ジョーはその気持ちを素直にぶつけてみることにした。彼自身はクリスチャンではないが、こんなの国際問題になってもおかしくない案件である。センシティブだ。
「世界は、主がおつくりになりました」
ジュラシックジーザスは表情を変えずに落ち着いた声で答える。といっても恐竜の表情などジョー達には分からないが。
「ですが、地球の年齢、四十五億年に対して人類はたった三十万年前に発生した新参者に過ぎません」
言わんとすることは分かる。じゃあその四十五億年間神は何もしていなかったというのか。人が現れる前に環境を整えていた、という考え方もできるが、恐竜などは人類が発生するはるか昔に発生して、はるか昔に滅んでいる。
「いや、それは神というものが本当に存在するなら、の話だろう! 何言ってるんだお前は」
ジョーの指摘は「真っ当」である。だが対峙している者は「真っ当」ではないのだ。
「神は、います。あなたの心の中に『愛』があるならば、それがまさしく神がいることの証明です」
全く話が通じない。以前にアキラが言っていた。言葉の通じるドグマとも、会話は通じない、と。そしてジュラシックジーザスは言葉を続ける。
「すなわち、恐竜の時代にも、その前にも、神は確かに存在し、そして神が存在し、生物がいたのなら、それぞれの時代に救いを与える救世主も存在したのです」
まさか。まさかそれが。
「それが即ち私、ジュラシックジーザス」
じゃあ白亜紀はどうなんだ。というツッコミが即座にできるほどジョーは恐竜に詳しくない。
「それ以前にもカンブリアジーザス、原生代ジーザスなどもいました」
初耳である。カンブリアジーザスはアノマロカリスのような形でもしているのであろうか。どうやらここにはいないようであるが。
いずれにしろ全く想像の範疇になかった事態ではある。到底信じることなどできない荒唐無稽な話というほかあるまい。
「どっちにしろ」
ジョーは再び拳を硬く握って構えをとる。
「俺達の味方じゃなさそうだ。お前は『恐竜の』救世主なんだろう。あのニンジャダイナソー達の味方なら、俺達の敵だ」
「そんなことはありません。恐竜と人が、なぜ手を取り合えないなどと思うのです。そもそもティラノサウルスがいたのは約六八〇〇万年前、ステゴサウルスは一億五〇〇〇万年前。つまりティラノサウルスから見ればステゴサウルスよりも人間の方が、近い時代を生きる『仲間』なのです」
「えっ⁉」
戸惑いの声が漏れる。
実際一般人は「恐竜」という括りでひとまとめにしがちではあるが、恐竜がいたのは二億年近い莫大な時間の流れの中なのだ。白亜紀後期のティラノサウルスから見れば、時間的にはステゴサウルスよりも人間の方が時間軸では「近い」のである。
だからなんだ。
「だから、私達は『同じ時代を生きる仲間』として、手を取り合えるはずです」
ジュラシックジーザスは小さな右手(といっても人間から見れば相当にでかいが)を差し出す。握手を求めているのだ。
ジョーは日頃から外見や属性で人を判断しないように心がけてはいるものの、しかしこれは、あまりにも。
その手を取るにはあまりにも、違いすぎる。
「騙されてはいけない。ジョー。こいつは地球人を取り込むために相手に断りづらい状況を作り出しているだけの『ものまね』に過ぎない。外見や言葉に騙されないで」
外見に騙されてはいないが。
しかしミカの言葉にジョーはハッとする。そもそもこいつらは「ばかうけ」に乗ってやってきた宇宙人のはずなのだ。ジュラ紀もカンブリア紀もへったくれもあるか。何がジーザスだ。
いや、むしろ意図を考えれば奴がジーザスの姿を模していること自体が彼が敵であり、こちらを騙そうとしていることの証左なのだ。
ティラノサウルスを模している理由は分からないが。
「ほう……あなたがそういうことを言いますか」
ジュラシックジーザスの視線にミカがびくりと体を震わす。
「あれを見てください」
ジュラシックジーザスは小さな手でメガデス本社を襲撃している金色の兵装の男を指差す。
「確かに人は愚かにも憎しみあい、敵対する。この世に確かに『悪』は存在する」
この恐竜の話はいつも迂遠で分かりづらい。
「徴税人とファリサイ派は、悪です」




