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FAKE HERO  作者: 月江堂
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無法地帯

「パンティーラインの内側に、侵入する」


「本気なの、ジョー。危険すぎる」


「パンティーの中は今、無法地帯ッスよ!」


「待て。待ってくれ」


 何か話が変な方向へ転がろうとしているような気がして、ジョーはミカとリンを宥める。


「俺は、パンティーの中身はそんなひどいことになってはいないと思う」


「そう思う根拠は? ジョー、あなたはパンティーの中を見たことがないからそれがどんなものか想像できていないだけじゃないかしら」


「そうッスよ。昭和の時代ならともかく、今の時代インターネットで簡単に無修正のパンティーの中を覗けるんスから。武石君そんなにパンティーの中が気になるんスか?」


「待て。ちょっと待ってくれ」


 再びジョーが詰め寄る二人を制止する。


「なんかおかしくないか」


「何がスか」


「何もおかしくはないわ。おかしいのはパンティーの中に興味津々のジョーの方よ」


「いやそこだよ。『パンティーラインの内側』まではギリいいとして、『パンティーの中身』という表現はなんかおかしくないか。今何の話してるんだ」


「? ……やはりジョー。あなたまだ頭が混乱していて……」


「そういう年頃なんで、興味が出てくるのも分かるスけど」


 ジョーは舌打ちをして二人を放置し、歩き出す。もう話にならない。会話が成り立たないと判断した。


「だから危険ッスよ、武石君!」


「内田博士には私から連絡しておくわ。『ジョーがパンティーの中に興味を持って仕方ないから、私が見せてあげる』と」


「やめろッ!!」


 放置しても碌なことにならない。


「お前達、俺をからかって遊んでるのか。今真面目な話をしてるんだよ」


「どういうこと? 私も真面目に話をしている。何か勘違いしているのはあなたの方では?」


「えっちな事で頭がいっぱいで、どんな話もそういう話題に聞こえてるんじゃないんスか? 思春期の男の子にはよくある事ッス」


「くっ……」


 口では勝てない。されど放っておけば何を言い出すか分からない。


 もはや彼女らの言いなりになって家に帰るしかないのかとも思われたが、それも癪だ。というよりなにより、まず彼が真実を知りたいのだ。自分のこの記憶は一体何なのか。ここは異世界で、元居た世界とは決して交わらぬ平行宇宙なのか。


 もはや他のものはかなぐり捨てて、ジョーは二人を無視して歩き始める。もう何を言われようが知ったことか。


「あっ、ちょっと、武石君怒ってるんスか? 冗談スよ」


 後ろからリンが声をかけながら追ってくる。ジョーは振り向かない。彼女は自分のことを「偽物ではないか」と疑っている。


「冗談でも言っていいことと悪いことがある。ジョーの気持を考えてあげて」


 ミカの声が聞こえるが、やはりジョーは立ち止まらない。この女の言葉が一番信用できないのだ。


 言葉が全て軽い。


 ジョーと自分が付き合っていたなどと嘯いているが、少なくともジョーの中のどんな記憶にもそんなものはない。何か企んでいるのではないかという気しかしない。


「武石君……この辺りはもう……」


 リンが抑えた声で告げる。


 自衛隊の防衛ラインはバリケードなどで全てを封鎖しているわけではない。そんな広い領域を全てカバーすることはできないし、ニンジャダイナソー相手ではそもそも意味がない。


 要所要所を戦車や装甲車などで押さえて目を光らせる、点と線の防御である。


「パンティーラインの……内側に入った」


 日が暮れてきたせいでもあるが、市街地よりは少し人通りもひっそりとしている感がある。郊外の工業地帯であることを差し引いても、だ。


 だが完全に出歩いている人がいるわけではないし、町中をニンジャダイナソーが闊歩しているという事もない。


 簡単に言えば、ありふれた地方都市の、典型的な姿でしかない。


「なんか……思ってたより、ずっと普通スね」


 おそらくは三人が三人ともリンと同じ感想を抱いたであろう。


「そんな噂は聞いていたが……パンティーラインの内側ではそれまでと全く同じように日常生活を営んでいるとは」


 正常化バイアスとでもいうべきか。


 しかし実際人とは地域に根差して定住して、生きていくもの。身に差し迫った危機がないと分かれば、日常生活をそう簡単に捨てて避難できるものではないのだ。災害関連死の中でも生活環境の変化による鬱病は決して無視できる数字ではない。


 彼らはこのパンティーラインの内側に学校があり、職場があり、家がある。それらをそう簡単に捨てられるものではない。


「平和ボケって奴かしら」


「というよりは多分、メガデスが意図的にそうさせてるんスよ。生活をこれまで通り送らせることで、支配の固定化をさせようとしてるんじゃないんスか?」


 実際、甚だしくはパンティーラインの内側の自宅から都内へと通勤して働いているものまでいる始末である。パンティーから出たり入ったり、出たり入ったりしているのだ。


「早めに解放しないと、面倒なことになるかもしれないな」


 歩きながらジョーが呟く。


 噂には聞いていたが、実際にメガデスに支配された地域を見てみて、市民達が「これなら別にメガデスでもいいんじゃないのか」という感覚になるのを恐れているのだ。


 実際短期的になら日本政府よりも低税率高福祉を実現することもできるだろう。長期的には不可能でも、負債を先廻しにすれば難しい事ではない。あとのことなど一切考えなければ、そういったこともできる。


 多くのまっとうな市民はそんな付け焼刃の政策では騙されないだろうが、あえてそれに乗る市民や、反政府的な組織もいるだろう。あとで支配権を日本政府が取り戻した後で「これならメガデスの方が良かったじゃないか」などと言う連中が。


 そうならないために、迅速にメガデスを排除しなければならないだろうと、ジョーは考えたし、実際その通りであった。


「武石君、どこに向かってるんスか?」


「とりあえずは、俺の家だ。マンションの一室だが、そこにお母さんと二人で住んで……いたんだが……」


 話しているうちに目当ての集合住宅についたのだが、エントランスですぐにジョーは異常に気付いた。


「郵便受けの名前が……無くなっている」


 以前にあったはずのものが無い。


 建物自体に見覚えがあり、そこへの道順もしっかりと記憶にある。もちろんそこでの生活も。しかし何かがおかしい。


 郵便受けの表面を手でなぞりながら、考え込む。


 やはり、平行世界なのか。


 その時であった。後方はるか遠くで、爆発音が聞こえた。

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