自己同一性
「怪しいッス。滅茶苦茶怪しいッス」
「鈴木リン」
聖一色高校からの下校途中、武石ジョー2は振り返って幼馴染(?)の名を呼ぶ。
この「武石ジョー2」とは、メタ的な呼称であるが、元々キャプテンケイオスのレッドとしてヒーロー活動をしていた人物であり、物語の冒頭から一ヶ月ほど入院していた間に「武石ジョー1」にヒーローとしての自分に成り代わられてしまった人物である。
現在は一月のメガデス侵攻により起きた混乱のさなか、再び武石ジョー1と入れ替わってしまい、武石ジョー1として生活している。
「何が怪しいんだ、リン」
「武石くんのことに決まってるッスよ。記憶喪失にまたなったって聞いたッスけど、そうそう都合よくポンポン記憶喪失ってなるもんなんスか?」
「実際なっているんだから仕方あるまい。きっとクセになってるんだ」
脱臼じゃないのだからそんなものがクセになってたまるか。
「絶対おかしいッスよ。幼馴染の私のことまで忘れるなんて、そんなこと絶対あり得ないッス」
特に根拠があるとも思えないが、鈴木リンはジョーが再び記憶喪失になったという事に納得していないようである。実際そうなのだから彼女は正しいのだが。
「ツラの皮の厚い女。ジョーにとってあなたは所詮ちょっとしたショックで忘れられる程度の存在だったという事。自重して」
いつもの光景、いつもの三人。ジョーとリンとミカ。ただ一つ違うところがあるとすれば、中心にいるジョーが別人なことである。どうやらリンはその違和感に気付いているようではあるが。
「しかも、私のことは覚えてないのに杉山さんの事は覚えてるってのがおかしいッス。普通に考えてあり得なくないスか? 大好きな幼馴染のこと忘れてて、頭のイカれたアラサー女の事覚えてるって。恐怖の対象として警戒のため覚えてるってんなら別スけど」
「変な言いがかりはやめて。一緒にいた時期が長いだけのメガネ地味子なんて普通は記憶喪失じゃなくても覚えてない。ジョーが恋人の私のことを覚えてるのは当たり前」
「はぁ? 何言ってんスかこの妄言サイコパスババアは! 武石君何とか言ってやってくださいッスよ!!」
苦悶の表情を浮かべる武石ジョー。
鈴木リンのことは確かに覚えていない(というか元々初対面なので当然であるが)し、杉山ミカのことは覚えているものの、彼女と自分が付き合っていたなどと言うのは初耳だ。何をどうやっても情報に齟齬が残る。
それ以前に自分のことを非モテ童貞と自認していた彼が突然二人から言い寄られるという事実がまず受け入れがたい。現実感がない。
それゆえだ。
それゆえ、今まで全く行ったこともない学校で、記憶喪失の少年として登校し、顔も知らなかった家族と一緒に過ごす。そんな荒唐無稽な実生活を無理なく受け入れることとなっていた。
要は、この二人が必要以上にジョーを混乱させるため、目の前にある大きな混乱に心を砕くだけの余裕が生まれないのだ。
「少しそっとしておいてくれないか。俺も記憶を失って混乱しているんだ」
記憶を失っているだけではない。現在保持している記憶と、現実との整合性が取れていないという問題もある。
彼の記憶の中では、母は、もっと違う顔であったし、シングルマザーで、父親はいないはずであった。兄弟もいなかった。母一人、子一人の母子家庭であったはずなのだが、実際に今彼がおかれている状況は全く違う。
(家に帰ると家族がいて、妹がいて、両親が揃っている。毎日にぎやかで、楽しい生活だ。それはいいんだが、まるで他人の生活にお邪魔しているような違和感が拭えない……)
以前に神戸アキラはジョーの中にあるクローンジョーとしての記憶を「戦闘中に精神攻撃か何かで植え付けられたものではないか」と言っていたが、果たしてそんなことが本当にあろうか。
仮にあったとしてだ、普通はもっとこう、精神攻撃をする際に、技名を叫んだりだとか、視界がゆがんだり、激しい頭痛がしたりだとか、有り体に言えばもっとちゃんとした文脈があるべきではないのか。そうジョーは考える。
いや別になくてもいいのだが。もっと言うと記憶を偽装するならあるべきではないのだが。
でも、あるべきではないだろうか。
そこは社会人の最低限のマナーとして、あるべきではないだろうか。メタ的な発言をすると、そういった描写が一切なかったのは問題ではないだろうか。
ジョーはそう考える。
それにだ。
よくよく考えてみればメガデスはジョーに、自分をクローンジョーだと誤認させて、いったい何がしたいのだ。
アキラの説明ではそのあたりがすっぽりと抜け落ちていた。今、冷静になって考えてみればだ。
その後、「本物」を名乗るジョーが現れて、自分となり替わろうとするのならばまだ分かる。クローンを生け贄に本物のジョーを手に入れるというのならまだ分からなくもない。
しかしそんなもの、もうあれから一週間ほどが経ったにもかかわらず、まだ現れない。
「他には……何がある? どんな可能性がある?」
「どうしたの、ジョー。ブツブツと独り言を言って。このメガネにアイデンティティを壊されるようなことを言われて悩んでいるの?」
「ホントに武石君かどうか怪しいスよ」
どんな可能性が考えられるのか。自分は何者なのか。どんな理由があって、誰の意思が働いてこんなことになってしまったのか。ジョーは下校の道の最中、独り言を言いながらかなり深く考え込んでいる。
そして外野はそんな事お構いなしに口をはさんでくる。
やがてジョーは細めていた眼を見開き、一つの回答に達した。
「例えば、実はここは俺が元居た世界とは違う次元の平行世界だったとして、そこに迷い込んでしまったとしたらどうだ?」
奇しくもジョー1と同じ結論に達した。
ここまで突飛な答えを出されるとミカにもリンにもどうしようもないし、正直言うと検証方法もない。それで何か解決するのか。
「俺の記憶の中には、やっぱり今の生活と違う、しかし同じくこの世界に、埼玉県で生活した武石ジョーの記憶がある」
トントンと自分の頭を指先で叩きながらミカ達に向かってジョーはそう言った。この記憶がある。その事実だけは変えようがないのだ。覚えているのだから。
「今からこの記憶を、実際に現地に行って確かめてみようと思う」




