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FAKE HERO  作者: 月江堂
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アジト

「ここがアジトか」


 一般的な雑居ビルの二階の一室。建物のつくりとしては特段目に付くものはないが、事務所内には所狭しと電算機や、何かの実験器具らしきものが並んでいる。かなり乱雑な状態だ。


「いやぁ、ジョーくん。もう交通事故のけがは大丈夫なの?」


「交通事故……どっちのだ?」


「?」


 ジョーとミカを出迎えたのは白衣を着た高身長の男性であった。年は若そうであるが眼窩の落ちくぼんだ目と無精ひげから、無気力な印象を受ける。


「あれ? アキラくんは?」


「自損事故の処理をしていて遅れるわ」


「交通事故で入院した仲間を迎えに行って、帰りに交通事故やったの? アホなのか彼は」


 あきれ顔を見せた白衣の人物であったが、すぐに気を取り直してジョーに話しかける。


「で、ジョーくん、僕のことも覚えてないの?」


「すまない。何も覚えてないんだ。一から説明してもらえるか?」


「なるほどね」


 肩をすくめて数歩下がり、手を広げて周囲の設備の数々をジョーに見せる。パソコン以外はほとんど何に使うのかわからないような機材ばかりだ。何かの溶液が入った巨大なポッドもある。


「僕たちは“キャプテン・ケイオス”、法人化したヒーローチームだ。僕はその代表取締役兼メンテナンス兼その他諸々をやってる内田レン。一応博士号も持ってる」


「法人……?」


「そう、法人。ヒーローの兵装の維持にも莫大な金がかかるからね」


 それも当然の仕儀である。


 先ほどはほとんど棚ぼたみたいな戦い方で怪人を一撃で倒したジョーであったが、戦えば武器も防具も消耗する。そのメンテナンスだけではない。怪人や異星人と戦うための兵装開発、配信関係の機材、ヒーローと“金”は切り離せない関係なのだ。


「ジョー、あなたはさっき、ほんの少しだったけどヒーローの戦いというものを経験した。感想は?」


 ミカの問いかけに沈思黙考するジョー。実際に戦っているところは見ていないが、ボロボロになりながらもあきらめないクロノワールの姿を思い浮かべる。


「……シンプルに、他人の目を気にするヒーローは格好悪いと思った」


 正直である。


「そう。でも、実際お金がなければヒーローの活動は続けられないわ」


「ヒーローの活動を援助するためか、他のジャンルの配信者よりも多めに投げ銭くれる人も多いしね。いずれにしろ『金は力なり』だよ。この設備を維持するだけじゃない。兵装には隠された『機能』が存在する」


「それでは……」


「それとも君は、格好良くないヒーローをするくらいなら、ヒーローなんかやりたくないかい?」


 ジョーはレンの問いかけには答えなかった。


 しかし答えずともその強い眼差しは、彼の意志を雄弁に物語っていた。たとえ言葉にせずとも、伝わる意思がある。「格好悪い」などという事項が人助けをしない理由になどなり得ないのだ。


「いい目だ。やはり記憶を失っても『武石ジョー』の本質は変わっていないようだね。じゃあ、説明するよ」


 先ほどまで無気力に垂れ下がっていた口の端が、にこりと笑みをたたえる。


「僕たち“キャプテン・ケイオス”は幸運にも兵装を三つも手に入れている。君の助力によるところも大きいんだが……」


 ジョーは首を横に振る。当然そのことも覚えていない。目の前で話されてもまるで他人の記憶を聞いているようだ。


「ヒーローには三種類いる。時々ばかうけの外に出てくる異星人、通称ドグマや兵装を手に入れた悪人……怪人を外で倒す“フィールドワーカー”と、直接ばかうけに乗り込んでいく“探索者”だ。僕たちは基本的に“探索者”だ。タイミングが合えば外でも活動することはあるけどね」


「それだけ分かれば十分だ。だが俺はどんな場面だろうとヒーローでありたいと思う。その信念を曲げることはない」


「フッ、君らしい言葉だな。いいだろう。また何かあったら連絡するよ」


 病み上がりのジョーに対してはとりあえず顔合わせだけということだろうか。このやり取りだけで今日は解散することとなり、ジョーとミカはアジトを後にすることにした。


「ジョー、本当に何も覚えていないの?」


「ああ。すまないが、ヒーローだったことも、仲間のことも何も思い出せない。アジトを見ても、レンの話を聞いても、まるで他人の話を聞いてるみたいだ」


「そう、じゃあ、私とあなたが、恋人だったことも、覚えてないの?」


「!?」


 青天の霹靂!


 ジョーは自分のことを天下御免のDT(童貞)ボウイだと考えていた。いきなり何を言い出すのだこの女は。とはいうものの、実際そんな記憶はないが、それも記憶喪失のせいかもしれないと言われれば返す言葉もない。


 泰然自若とした性格のジョーもこれには狼狽える。


「ま、待て、本当にそんなことが……?」


 ふと思いついてスマホをポケットから出す。もし本当に恋仲だったというのなら、何かそれらしいメッセージのやり取りが残っているはず。すぐさま常用のメッセージアプリを取り出すが、妙なことが起きる。


「みか……みか……ん? 杉山か? いや、杉山もない。ん? それどころかアキラもレンもないぞ」


 まるで元々二人と知り合いではなかったかのように関係者の名前が存在しないのだ。話は逸れるがLINEの名前は本名で登録してほしい! ニックネームで登録されていると誰のアカウントなのかよくわからなくなることが多いのだ!


「ジョー、私達が使っているのはもっと秘匿性の高いアプリ『Stigram』よ。かして」


 人のスマホを奪うのはたとえ夫婦でも許されないプライバシーの侵害ではあるが、この場合はジョーが記憶喪失なのだから仕方あるまい。


「ちょっと待て、なぜメールボックスを開く。なんか都合の悪いメールを消そうとか思ってないか!?」


「そんなことしないわ。……あれ? おかしいわね、Stigramが入ってない……」


「どういうことだ?」


 どういうこともなにも、入っているはずのアプリが入っていないということである。これは一体どういうことなのか。


「あなた、もしかして普段使いのスマホとヒーロー活動用で二台持ったりしてた? そういえばケースが前と違う気がするわ。どこかに隠してるんでしょう。出しなさい」


 なぜこの女はこんなに高圧的なのか。儚げ包帯少女の口調ではない。射すくめるようなジト目に気圧(けお)されるが、しかしそんなものは知らない。


「まあいいわ。インストールしておく……アカウントは? 覚えてるわけないわね」


「あっ、勝手に……というかまたメールボックスを」


「認証メールよ、ちょっと黙ってて」


 こんなに強引な女だったのか。ジョーの抗議は全てシャットアウトである。さて、そんなこんなで廊下で二人がうだうだと揉めていると今更ながら神戸(かんべ)アキラが追い付いてきた。


「あ……アキラ。ジョーがスマホ無くしたみたいだから、あなたもあとで新しいアカウント登録し直しておいて」


 声をかけるミカであるが、アキラの反応は薄い。何か良からぬことでもあったのだろうか。


「免停になった……」

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