AI
『アイラ、この部屋に来るのは久しぶりだね。忙しかったの?』
奇妙な感覚であるがその小部屋に安置された人造の生首はまるで生きているかのようにしゃべりかけてきた。「アイラ」とは飯垣博士の下の名である。
もちろん現在の科学力ではAI生成によって完全に人間の声と質の変わらない音を出すことは可能であるが、どうやらわざと電子的な雰囲気を若干添加されたような音声になっているが、おそらくはこれはわざとそうすることで人間側の認識を「機械である」と保つためであろう。
「これは……いったい何なんだ」
努めて冷静に振る舞うジョー。
「これはね、あたしのお兄ちゃん」
デパートに展示されているマネキンのような胸像。しかしその作りは精巧であり、パッと見た感じでは全く人間の頭部と遜色ない出来。
しかしそれだけに鎖骨の辺りから下で土台と皮膚が雑にピン留めされており、あまりにも生き生きとリアルに作られた首から上と、機械むき出しの下部の組み合わせからグロテスクな印象を抱かせる。
そのグロテスクな作り物の眼球が動き、呼吸のような動作をし、声帯を震わせて声を発してくるのだ。
「正確にはお兄ちゃんの記憶の断片からシミュレートして作ったAIだけどね♡」
「記憶の断片?」
ナツキが聞き返す。当然ながら、生脳から計算機への情報の汲み出しなどという技術は聞いたことがない。彼女は科学技術への好奇心が強くそういったニュースにも注目しているが、そんなことができる目処がついたという話すら聞いたことがない。
「ばかうけから採掘されるチェストからはこんなわけわかんない技術も発掘されることがあんのよ♡ これはサイコメトリングみたいに無機物から周囲で起こった記憶情報を集積する装置を応用して、お兄ちゃんの遺品から人格を形成してみたの♡」
「……遺品」
ジョーの表情が曇る。何となく、なぜ彼女がこれを見せたのかが、分かってきた。
『僕は、十年前にばかうけの中で行方不明になって、それっきり……』
要は死者の影を追っているという事だ。せめてもの慰めにと、人格を再現するAIなどまで作り上げて。
『アイラ、この部屋に人を入れるなんて珍しいね。何か心境の変化が?』
「このざこお兄さんらが甘っちょろいこと言ってるから現実見せてあげたかっただけよ♡ ヒーローだなんだって偉そうにウエメセで説教したって、結局市民一人助けられないんだから」
『そんなふうに言うもんじゃないよ、アイラ。今更だけど、こんな風に死者の影に縋りつくのは間違ってる!』
「お、落ち着いてよ、お兄ちゃん♡ ……ちょっと感情抑制レベルを上げるか」
『いいかアイラ! いい機会だから言うけど! 人の命をいったいなんだと……まあ、こういうのも死者の弔い方の新しい形かもね」
飯垣博士が装置のツマミを捻ると、妙にエキサイトしていた少年の感情がみるみるうちに落ち着いてきた。
「……?」
何が起こったのかをいまいちジョーは把握できていない。
「落ち着いたかな? 元の状態に戻そ♡」
『葬式っていうのは残された人達のためにするとも言うし、だからってこんな異常な状態が許されるとでも思ってるのか! だいたいアイラは昔からワガママばかり……』
飯垣博士が何かのツマミを捻ると言葉の途中から再び少年の感情が爆発する。
「おっとと、早すぎたか♡ もうちょっと落ち着くまで上げよ♡」
『……ワガママも言いたくもなるか。僕がこんな状態なばっかりに……』
再びツマミを調整すると、少年の感情は穏やかなものに戻った。
それはともかく、ジョーとナツキはおおよそのここまでの経緯を把握した。
おそらく、この少女、飯垣アイラはドグマの攻撃によって肉親を失っているのだ。それで守ってくれなかったヒーローというもの自体に否定的な感情を持っている。
その上ドグマの拾得物から得られた超技術によって完全ではないものの、その失った肉親、兄を人工的に再現することに成功しているのである。
「あたしはねぇ♡ さらにドグマの技術を収集して、お兄ちゃんを生き返らせようと思ってんのよ♡ それにはメガデスが最適な場所ってこと♡♡♡」
言いたいことは分かる。ヒーローに対して反感を持つ気持ちも、愛する肉親を取り戻したいという気持ちも。
『ああ、僕が好奇心からばかうけに侵入したばっかりにこんなことに。僕がもっとしっかりしていれば妹が悪に染まることなんてなかったのに。僕なんか生まれてこなければよかったんだ……』
妙にテンションの下がっていた少年は今度は涙を流して愚痴を言い始めた。
「あっ、やばいやばい♡ ブルー入ってきちゃった♡ 感情リモコンオン♡」
何か焦った様子でポケットからスマホを取り出し操作をする飯垣博士。今どきは何でもスマホにオールインの時代である。
『そもそもなんであんな宇宙船が急に落ちてきたんだよっ! なんで僕が死ななきゃいけなかったんだッ!! フザケンナッ!!』
「おっ♡ やっべ♡ 『喜』と『怒』のボタン間違えた♡」
突如として少年の怒りが爆発した。どうやら飯垣博士の行ったスマホの操作に何か関連性があるようではある。
『こんなAIなんか作って慰み者にして! 僕をオモチャに……アイラ、本当にありがとう。君のおかげでこうやって僕は生き返ることができたんだ。うれしいなあ』
感情リモコンを操作して飯垣博士はようやくふう、と安堵のため息をついた。
どうやら記憶の断片から肉親の人格を再現しているようだが、感情レベルやそのベクトルを外部操作である程度抑制したり、方向性をつけることができるようである。
「まあそんなわけで、ヒーローなんて役立たずどもに助けを求めるのは諦めたから♡ いつかダンジョンの中からお兄ちゃんの遺品を見つけて、完全な人格再現をして復活させるのがあたしの夢♡」
「ん……うん」
沈痛な空気が流れる。
最初この部屋に入った時のそれとは明らかに違う。
ヒーローと言えども、すべての人を助けることはできない。その手から零れ落ちた、救われなかった人の怨嗟の声だと思っていたのだが。いや、そうであることに違いはないのであるが。
「ジョー君……最初は『かわいそうな子だ』って思ってたんだけど、なんというか、大分マッドサイエンティストに片足突っ込んでないかな、彼女」
ジョーも同意見である。
「あ~あ♡ 五年かけて対話して調整続けてきたけど、感情リモコンで弄りすぎて原型なくなってきちゃったな♡ 一旦全部リセットするかな♡ どうせ『遺品』が見つかったら再構築するし♡」
『え? 僕を消すの? やめてくれ、アイラ。死にたくない!』
急に風向きが変わった。AIが命乞いをし始める。これは看過することができずにジョーが間に入る。
「ちょっと待て、死が受け入れられなくてお前が作った肉親のAIなんだろう? 出来が悪いから消すとか、そう簡単に割り切っていいのか?」
「え? それを決めるのはお兄さんじゃなくってあたしなんですけど♡ それにお兄ちゃんも『こんな形で人を復活させるのは間違ってる』とかなんとか言ってたし♡」
『それとこれとは……』
「それとこれとは話が別だ! 人格を消すというのは、人を殺すことじゃないのか!?」
「は? AIですけど♡」
『待って! 死にたくない!』
「それはそうだが、そういう話じゃないだろう! 人の心とかないんか!!」
「はぁ、めんどくせえぇぇ……人間にも感情リモコンがあればなあ」
ジョーが言葉を失っていると、ナツキがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。引かれるがまま廊下の外に出ると、彼女は耳元で囁いてきた。
「これはもう、ちょっと……ダメじゃないのかな」
何がとは言わずとも、何となくは分かる。
二人が絶望感を抱いていた時、ズゥン、と大きな揺れと爆発音を聞いた。
「なんだ?」
地震ではない。明らかに爆発音がしたのだ。辺りがざわめきだす。飯垣博士も小部屋から出てきて何事かと色めきだっている。
壁の向こうの地上から、遠く声が聞こえる。
「どうも! 国税局の者です!!」




