メスガキ
「ここが……メガデスの本拠地?」
困惑の表情を示す相藤ナツキ。
「そうよぉ♡ あんたみたいな木っ端怪人は来たことないでしょうけどね♡」
相藤ナツキは元々外部の人間が偶発的に怪人への改造手術を受けたために、情報の漏洩を恐れてメガデスの本拠地へと呼ばれることはなかった。外部委託のような扱いだったのである。
ジョーとナツキの二人が連れてこられた場所、おそらくはここもメガデスの支配領域のうちの一角であろうことは容易に想像ができる。その建物の入り口には大きく「メガデス醸造」と書かれている。
どうやら醤油会社のようであるが、飯垣博士は路地の脇へと入っていき、裏口からさらに地下へと潜っていく。
(おそらくは「ばかうけ」からそう遠くない場所に本拠地はあるんだろうとは思っていたけど、まさか普通にフロント企業を持って社屋を構えているとは……)
パスコードを入力して扉を開ける。厳重なセキュリティがかけられているようだ。おそらく表向きの企業とは物理的にも電子的にも隔離された施設であろうということが見て取れる。
ナツキと同様ジョーも物珍しそうにあたりを見回しながら廊下を歩く。本当にクローンなどではないのだから彼も初めて見るものだらけなのだ。
「さっ♡ 中に入って♡」
飯垣博士に促されて研究室のうちの一つに入室すると、中には数名の研究員がパソコンに向かって何か作業をしていた。そのうちの一人が立ち上がって一行に声をかける。
「あっ、クローン戻ってきたんですか?」
「そうよ♡ この私がわざわざ業務時間外に見つけてやったんだから、しっかり手当貰うからね♡」
中には計算用の機械だけではなく少数ではあるが調整を受けている怪人がいたり、打ち合わせスペースがあったりと、ブリーフィングスペースも兼ねているように見受けられる。
「あれ、ビーバークサリガマも戻ってきたんですか?」
「その名で呼ばないで欲しいな」
眼鏡の田中研究員はナツキを見て驚嘆の声を上げる。社内の誰も、まさか彼女が再び戻ってくるとは思ってもみなかった。
「今更戻ってきてもなぁ~」
「なっ!?」
流石にこれはライン越えの発言である。看過できない。
「ちょっと! 田中さん、だっけ? ボクはこれでもキャプテンケイオスには一度も負けてないんだよ! そのボクを……」
「ああ~、でもなあ、警察に投降しちゃったし、戦力はⅡ研のニンジャダイナソーで足りてるからなぁ……」
「はぁ? そのニンジャダイナソーも主だったヒーロー連中は誰も倒せてないし、戦線も膠着してるじゃないの♡ やっぱ私が動かなきゃどうにもならないんだから♡」
一息で喋ってから飯垣博士はジョーに熱い視線を送る。
おそらくはその膠着状態を打破するのがクローンジョー、ということなのだろう。ヒーローは今市民を守っている側の象徴的な存在でもある。
そのクローンが相手側におり、その力を十全に発揮して侵略に加担しているとなればどれほどの示威になるか。考えるまでもない。
「まあどっちにしろもうあんまり機嫌もないですからねぇ。というかR&D側にそこまで投げるこの組織ってどうなの? って思いますけど」
確かに田中研究員の言う通り少人数で多くの問題を抱えすぎているように見える。
というよりもまず、ジョーには気になることがあった。
「なんで……こんな子供が悪の組織にいるんだ」
ジョーも未成年であり、あまり人のことが言えた義理ではないが見た感じ飯垣博士は小学生くらいに見える。
「天才って奴よ。ざこざこおにいさんには理解できないでしょうけど、あたしのこの余りある才能を……」
「そうじゃない! 悪の組織に加担して、人を傷つけるなんて、子供のすることじゃない!!」
手が届くほどの距離にまでジョーが近づいて凄む。しかし別に彼に威嚇しようという意図はないのだ。守られるはずの子供が、悪に手を染めるほどのことがあったのかと。大人は何をしていたのかと。つまりはそういうことなのだ。
仮に悪事に手を染めなければならない理由があったとしても、その責任を果たすのは子供であってはならないと。
「フン、えらそーに」
微妙な変化ではあったが、ジョーは感じ取った。それまで飯垣博士が孕んでいた、余裕を漂わせる雰囲気が消失したことに。
「ヒーローだなんだって言われて、浮かれていい気になってるだけじゃん。何も守れないざこのくせして、言うことだけはいっちょ前ね。子供が何だとか悪がどうだとか、偉そうに説教しないでくれる?」
語気を強めたジョーに対して、飯垣博士は全く折れることなく、むしろ立ち向かってきた。子供とは思えぬ胆力の持ち主である。
「じゃあわかったわよ♡ ヒーローってのがどんだけ無力な存在かってのをあたしがしっかり教えてやんよ♡」
センシティブな部分に触れてしまったのかと、一瞬自分の発言を公開したジョーであったが、飯垣博士の態度はすぐにまた元に戻った。
「ちょっと別室行くからついてきて♡」
問答無用でジョーとナツキを呼んで研究室を出て、廊下を歩いていく。室温の低い地下の通路を、奥へ奥へと。
本当にこんな部屋を使っているのか、というような暗がりの、奥まった資料室といった風情の小部屋。ポケットから取り出した鍵でがちゃりと扉を開け、中に入る。
「うっ!?」
三人で入っても満員というような小部屋、飯垣博士が電気のスイッチを入れると、異様なものが目に入ってジョーは驚嘆の声を上げた。
そこにあったのは少年の生首。
いや、電源線や信号線が無数に繋がっているので、おそらくは作り物であろうが、飯垣博士とそう都市の変わらない子供の、精巧に作られたマネキンのようなものだった。
それが、室内灯の光に反応したのか、ゆっくりと目を開いた。
「……アイラ?」




