ジョー1サイド
※読者と作者の混乱を避けるため、以前に表記した通りこの物語の最初に描写している人物をジョー1、大怪我で長期入院していた方をジョー2と表記します。
「よう武石、お前引越ししたんだって? 今度呼んでくれよ」
「カズマか……」
授業の終わった放課後の時間、ジョーは後ろから声をかけてきた友人の名を口にしてみたが、全く実感はない。
記憶にない友人。記憶にない教室。記憶にない学校。
少しは実感がわくかと思ってまるでロールプレイをするように普通に授業を受け、友人と付き合い、名前を呼んでみても、まるで記憶は揺り動かされることはない。
やはり自分は、又記憶喪失になってしまったのか。
だがどういうことだ。記憶を失ってしまっただけならばともかく、聖一色高校の記憶もあるのだ。今自分が通っている鏑木学園とは違う、別の高校の、別の友人の記憶。
記憶を喪失するという事はあっても、別の記憶を持っているというのは聞いたことがない。
何かがおかしい。
これは記憶喪失などではない。もっと別の何かが起きているのだ。額に脂汗が滲む。「ここはもしかすると、平行世界というものなのかもしれない」という考えが頭をよぎる。
量子力学の世界には「重ね合わせ」の状態というものが存在する。シュレーディンガーの猫で有名な理論であるが、未観測の物質が可能性の状態として「Aである」「Bである」の両者が成り立つとき、それはAとBの状態どちらかではなく、観測するまでは両方の状態が重ね合わせて存在するというものである。
数式上物質は観測するまでそれが重ね合わせて存在し、観測することで確定する。というより観測することで結果が変わってしまうのだ。これが不確定性原理である。
そしてその不確定性原理はマクロの世界でも理論上は成り立つ。
だが実際にはマクロの世界では常に数兆個の分子や光子が絶えずぶつかり合い、デコヒーレンスを起こし、互いに干渉し合い、物体を確定させるためにそんなことは起きないのだ。猫は死んでいる状態と生きている状態が重ね合わせて存在したりはしない。
もしもこのすべての干渉をシャットアウトできたなら……それがエヴェレットの多世界解釈というものである。観測の旅に宇宙が分岐し、無数のパラレルワールドが存在する。
説明が少し長くなってしまったが、そんなパラレルワールドの一つに自分が滑り落ちてしまったのだろう、とジョーは考えた。
(この世界に……鈴木リンや、ミカ達はいないのか……)
その姿を変えて母は存在したものの、リンやミカ達はいないし、自分の通っている高校も違う。どうやら武石ジョー自身はこの世界にもいたようだが、それは自分と入れ違いになってしまったようだ。
「おい、大丈夫か、お前」
「あっ、すまん。ぼーっとしてた」
カズマと呼ばれた同級生がジョーに声をかける。どうやら考え事をして固まっていたようである。
「お前さ、本当に記憶喪失になっちまったのか? 大丈夫かよ」
本当に心配そうな表情でジョーの顔を覗き込んでくる。
数か月間の行方不明の末に復帰した、記憶喪失の同級生。クラスでは、そういう事になっているのだ。そうしなければ、整合性を付けることが出来なかった。
「なあ、今日お前んち行っていいか? 久しぶりだしさ……」
「いや……」
教室を出て、校門へと歩きながらもカズマは話しかけてきた。記憶を失った友を、何か月もの間行方不明だった友を心配してのことなのだろうという事はジョーにも分かった。
「悪いが、こんな状態な上に、親が再婚して新しい家族もできて、俺自身混乱してるんだ。少しそっとしておいてほしい」
丁重に断る。決して言い訳などではない。実際ジョーが一番混乱しているのである。
自分はこの世界で何をすべきなのか。どう行動するべきなのか。グルナヴェだけが手元にある理由は何なのか。それ以前にまず色々考えなければならないことがある気がするのだが、「考える」事すら満足にできていないのだ。
「……あ、分かったぜ~、その新しい家族っての、女、なんだろ?」
「ジョー君!」
友人の言葉に重ねるように、女性の声が聞こえ、ジョーがビクリとした。まさにカズマの話題に沿う声だったからだ。
「……センパイ」
相藤ナツキ。
退学になったため以前のように制服は来ていないものの、涼やかな顔立ちに高身長、すらっとしたパンツルックにアンバランスな大きな胸はイヤでも人の耳目を集める。
隣にいるカズマなどは唖然として固まってしまった。
「ジョー君、一緒に帰ろうか」
「待ち伏せしてたのか」
「退学になってヒマだったからね」
ただでさえ学校の中でも目立つ自分の状況に、美女のお迎えとあればさらに目立ってしまう。出来ればそんなことは控えて欲しかったものの、しかし実際急に学校に通う必要もなくなってヒマなのだろうということも分かる。
そんな彼女の歩く姿を横目で見ていてふと思った。
「この女だけは、何故変わらないのだ」と。




