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FAKE HERO  作者: 月江堂
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一方その頃

 一度にいろいろなことが起きすぎて頭が混乱した時にすべきは何か。


 一番有効なのは「書きだす」事である。


 手っ取り早いのはやはり真っ白な紙にペンで思いつくままに書いていく事だろう。ホワイトボードなどでもいい。ブレインストーミングの手法でもよくつかわれる手であるが、物事をまずは系統立てて分類する必要などない。とりあえずは先ず書き出して視覚化し、後からいくらでも書き直せばいいのだ。


 だが、まだ若く、経験の足りないジョーはそこに思い当たらなかった。


 膨大な量の「問題」を目の前にして、何から手を付けたらいいか分からなくなり、何にも手を付けることが出来ない。一つ一つ順番に問題を片づけることが出来ないどころか、向き合う事すらできない。


 「何が分からないのか分からない」状態である。


「ん? 誰、だ……」


 混乱の中、次第に思考自体を放棄し始め、やがて意識も手放そうというころ、スマホのメッセージアプリ、Stigramに着信が入った。


内田レン:重要な話がある。今からアジトの方に来られる?


ジョー:分かった。少ししてから行く。


 メッセージを入れてふう、と一息つく。こういう時は何か一つ、「問題」とは無関係でも何か行動を起こすこともいい。少しでも、問題を一つ処理すればそれだけで心はその分だけ軽くなるのだ。


 一旦風呂に入って、疲れを落とそう。ジョーは時計を見ながらそう考えた。


 精神的な疲弊も大きいところではあるが、実はそれ以上に肉体的にも疲れ切っているのである。精神は肉体の道具に過ぎない、ともいう。人の精神とは所詮は大きな肉体のシステムの中のインターフェイスの一つに過ぎないという事である。それほどまでに肉体の状態と精神状態は密接にリンクしているのだ。


 ともあれ、ジョーはシャワーだけで済ませようとしていた考えを改めて湯に浸かることにした。


「あ、ジョー君。お湯が冷えてきてるから追い炊きするといいよ」


 浴室に向かうとナツキがドライヤーで髪を乾かしていた。やはり先ほどすぐに浴室に向かっていたらラッキースケベ展開に遭遇していたところだろう。命拾いした。


 だが、結局ジョーはその日、暖かい湯に体を浸し、疲れをとると、体に蓄積した疲労に抗うことが出来ず、寝てしまう事となった。



――――――――――――――――



「一旦アジトに戻ろう」


「そうね。それがいい」


 アキラとミカの言葉にジョーは無言で頷く。アキラは立ち上がるとジョーの目をじっと見つめた。


「なんだ」


「まだ納得いっていないという顔だ」


 ジョーは目を伏せた。


「以前戦ったサトリのように、敵には電気信号などから相手の意志を読み取る者までいる。君が精神攻撃を受けたとしても不思議はない」


「少なくとも俺には、その『サトリ』という奴と戦った記憶はない」


「心配ない。あなたはずっと前からそう言ってるわ」


 実際ジョーの方もクローンジョーの方も怪人サトリを倒した記憶はないのだ。


「大丈夫だ、ジョー」


 ポンとアキラがジョーの肩を叩き、微笑む。


「お前は生まれついてのヒーローだ。ヒーローとしての活動をしているうちに、きっと記憶を取り戻すさ。まあ、前回は結局記憶が戻らなかったが……そうだな、元々記憶喪失だったんだからまあ別にあんまり変わらないんじゃないか? 汚れてたシャツが洗う前にまた汚れたみたいなもんだろう」


 結局アキラが何を言いたかったのか全く分からなかったジョーは、日が暮れて暗くなった町の中ゆっくりとアジトに向かって歩き始めた。


「アジトの場所は覚えているみたいね」


「そ、そりゃあ……」


 答えながら確かにその通りだと気づく。記憶喪失だとは思っていたが、自分が今どこを歩いているかも、アジトに行くにはどこを通れば近道になるかも、はっきりと認識しているのだ。


 夜の街はなんとなくあわただしい空気に包まれているように感じられた。


 実際、普段よりはよほどあわただしいのだろう。メガデスの襲撃を受けて、誰もが混乱している。大切な人と連絡を取り合うためにしきりにスマホを確認している。


 誰もが、日常を繋ぎとめようと、どうにかして守ろうと、頼りない命綱を手繰り寄せている。ジョーの心の内に宿った思いは、彼らを敵視するものではなく、どうにかして彼らを助けたい、というものであった。


 間違いなく、自分はヒーローなのだと、そう思える。決して悪の組織が作った怪人、クローン人間などではないのだ。


「大丈夫? ジョー……」


「ああ。少し落ち着いてきた」


 そうだ。何を自分は恐れていたのだ。もっと自分を信じるべきであった。あれはきっと、質の悪い思い込みだったのだ。


 まだ記憶は少し混乱しているが、自分が悪のクローン人間であるなど、どだいおかしな話なのだ。自信を持て。


 大きく腹式呼吸をしながら歩き、ジョーは心を整える。


 交通事故に会う前、自分がヒーローであった事と、退院後、悪の組織のクローン人間として活動していた事。


 その二つの事象のうち、どちらか一つだけが真であり、もう一方が偽であるとするならば、間違いなく後者の方が偽であろう。


 自分の行動が、そして仲間たちの温かい言葉がそれを証明してくれる。


 そう考えながらジョーはアジトのドアを開いた。


 アジトの中では内田レンがオフィスチェアに座っており、ジョーの顔を確認すると、立ち上がって彼に声をかけた。


「早かったね。さっきメッセージを送ったばっかりなのに」


「?」


 そこまではいつもの温和そうなにこやかな顔であったが、少し間を置き、表情が気のせいか厳しくなったように見えた。


「ジョー君、君は偽物だ。本物の武石ジョーではない。正体を現すんだ」

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