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FAKE HERO  作者: 月江堂
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「だ……誰?」


「誰って……」


 中年女性は目を剥いて驚く。しかしジョーには全く身に覚えのない人物が抱きついてきた、としか認識できていない。周囲に助けを求めるように視線を送るが、誰もいない。


 いや、誰もいないわけではない。寧ろこの暗くなった時間にしては人が多いのであるが、まあ、簡単に言うと暇そうな人はいない。先ほどの警官もどこかへ行ってしまった。


「ジョー、あんた母親の顔を忘れたの?」


「母親!?」


 思わず大声を出してしまう。


 違う。当然ながら全く知らない顔だ。自分の母親は、もう少し若い、というか全然顔の作りが違う。全く知らない人だ。


「ジョー、あなたまさか……」


 なんとなく嫌な予感がする。


「記憶喪失なのね!!」


 何処かで聞いたような話。


 しかし否定はできない。二度あることは三度ある!


「い、いや、待ってくれ違うんだ。落ち着いてくれ」


 宥めるジョー。そして目を閉じて自身も大きく深呼吸をする。まず落ち着いて、自分の頭の中身を整理するのだ。


 そう。落ち着け。


 仮に記憶喪失だとしてもだ。


 この女性の記憶がない事はひとまず置いておいて。


 自分の頭の中には別の女性が母親であるという記憶がある。これは否定のしようがあるまい。


 目を開く。


 やはり目の前にいるのは知らない女性だ。言われてみれば、なんとなく背格好というか、雰囲気は似ているような気がしないでもないが。いや、気のせいだろう。そう思うと、そう感じられる。その程度の事だ。元々人の顔を覚えるのが苦手なジョーであるが、いくら何でも自分の母親を間違えることなどありはしない。だって母親だぞ。


「人違いだ。俺はあんたの子供なんかじゃ」


「母親が、自分の子供を間違えるなんてことがあると思う?」


 言われてみればそうだ!


 仮にも母親だ。十か月もの間一つの身体で過ごし、耐えがたい苦痛に耐えて産み落とした自分の子供を、まさか間違えるなどということがあろうか。


 何の苦労もなく生まれてきて、ただ与えられるだけの子供と、自らの痛みに耐えて産んだ母親とでは、覆し難い非対称性がある。


「あんたは、流されやすくて思い込みの激しい性格だから」


 言われてみれば心当たりがある!


 自分でも認知しているほどに、武石ジョーは思い込みの激しい性格なのだ。


「記憶喪失になって、母親の顔を忘れてしまったから、目の前にいる人物を『母親ではない』と認識したからこそ、そう思い込んでるだけなのよ」


「そうだったのか」


「さあ、帰ろう。ジョー。記憶なんてそのうち戻るわ」


 なんとなく釈然としない。釈然とはしないものの、自覚している欠点を真正面から指摘されるとなんとなく反論しづらい。ジョーは手を引かれて警察署を出る。


 年頃の男の子としては母親と手を繋ぐなど気恥ずかしいところがあるのが普通であるが、今はそれよりなにより混乱が勝っていたし、それ以上に抗い難いところがある。


「本当に……よかった」


 指先で涙を拭う。その横顔を見て、手を振りほどくことなどできなかった。


「二か月も行方不明で、本当に心配したんだから」


「に、二か月!?」


 やはり何かおかしい。


 というか今日の朝も母親に会っていたはずだが。ぞれ以前に自分の捜索願いはいったいいつから出ていたのか。


「交通事故にあったって聞いて、病院に連絡しても『もう退院した』の一点張りで、意味が分からなくって」


 本当に意味が分からない。


 交通事故にあったのは事実。すぐに退院したのも事実。だがその時から自分が行方不明だった? 全く意味が分からない。まるで自分が次元滑りを起こしてパラレルワールドに迷い込んでしまったかのような感覚。何から聞いたらいいのかすら全く分からず、ゆえに何かを尋ねる事すらできない。


 自分の記憶はいったい何なのか。自分とはいったい何なのか。昨日あったことは、今日会ったことは実際にあったことなのか。アイデンティティクライシス到来である。


「もしかして、再婚の話が受け入れられなくって、家出しちゃったのかな、って」


「さ、再婚!?」


 新情報の到来である。やめてほしい。言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは。


「いや、あの、再婚? 再婚!?」


 いつもは冷静なジョーもさすがにこれには取り乱す。再婚、ということは、離婚か死別しているという事である。ジョーの父親と。


 ジョーは自分の父親の顔を思い浮かべる。この男はいったい誰なのか。もう本当にパラレルワールドに迷い込んでしまったのか。


「混乱するのは分かるわ、ジョー」


 母はジョーの手を力強く握る。確かに彼は今混乱しているのだが、彼の混乱と彼女の言う混乱には大分齟齬がある。


「あなたが新しいお父さんを認められない、っていう気持ちもわかる」


 それはそうなのであるが。


「やっぱり、お母さんが再婚しない方がいい?」


「いや……」


 ここで「当たり前だ」などと言えるほどの胆力はジョーにはない。


 ないし、そもそも自分が母親の人生にそこまで干渉していいのかという気持ちもある。人はそれぞれ自分の幸福を可能な限り追及する権利があるはずだ。


 とも思うし、そもそもこの人は本当に自分の母親なのか。


 いや一応先ほどは納得して母親だと思うよう努めようとはしてはいるものの、心の奥底までしっかりと納得できたわけではない。


 だとすれば、自分はここで再婚に反対すれば自分が赤の他人の再婚に反対している傍迷惑な野郎だと言う事になってしまう。本当に親子なのかどうかはひとまず置いておいて。


「俺は、お母さんの再婚を受け入れるよ」


 としか、答えようがあるまい。


「そう、よかっ……あ」


 ほっと安心した笑顔を見せた母親が何かに気づく。どうやらスマホに着信が入ったようだ。


「もしもし? うん、私。うん。今から一緒に帰るとこ。えっ? うん、そうね。ちょうどいいタイミングかもね。分かったわ」


 通話を切り、まだ涙が乾ききっていない瞳でジョーに微笑みかける。


「今から、新しいお父さんと、新しい家族に会って、一緒に食事しましょう」


「はっ!? えっ、ちょっ」


 全くついて行けない。完全に主導権を奪われてしまっているのだ。


「そうね。ちょうどいいわ。こういうのは早ければ早いほどいいもの。さっ、ぼさっとしてないで行くわよ!」


「あのっ、ちょっ、ジェットコースター過ぎない!?」


 二人は夜の闇へと消えていった。

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