キャストオフ
「くっそおおおお! どういうこと! どういうことなのよ!? 田中! 田中ぁ~!!」
研究室の薄暗い部屋の中に飯垣博士の声が響く。
「なんですかぁ、もう~」
ダルそうな声でメガネの男性研究員、田中が答える。
「何ですかもへったくれもないわよ! あのソフビ人形どういうことなのよ!」
「ああ……」
田中研究員はモニターごしにダンジョンの中の様子を見て、すぐに状況を理解したようだった。
「どういうことも何も、うちが販売してるフィギュアですよ。見ます?」
どうやら彼も購入済みだったようで自分のデスクの引き出しからニンジャラプターのフィギュアを出して飯垣博士に手渡した。
「ど……どういうことなのよ。おかげで火遁の術のギミックがバレちゃったじゃない……この敗北、私のせいになんの!? 冗談じゃないわよ!」
「どういうことって言われても、うちも営利企業なんで。作戦の方が失敗続きで資金調達できないから、こうやって関連商品で儲け出すしかないんじゃないんですか」
「そういうこと言ってんじゃないわよ! なんで初お披露目に先立って先行販売してんのよ! おかげでニンジャラプターが負けちゃったのよ!!」
どうやらハートマークも忘れてお冠のようである。無理もない。あと一歩というところで敵を仕留めそこなったのが、まさか自分の会社の販促が原因だというのだから。
「ただでさえ最終デザイン権をⅡ研に奪われてこっちゃフラストレーション溜まってるってんのに! 何よ、ビーバークサリガマとか、ティラノサウルスタンクとか! 私のデザインしたノースフィストとかの方が絶対カッコイイじゃん!」
「う~ん……」
田中研究員は自身のデスクの上に並べられたフィギュアを眺める。それが市場に流通しているフィギュアなのか、検討要として作られた3Dプリント品なのかは分からないが、どうやら一通りの怪人が揃っているようである。
たしかに、それまでスタイリッシュな人間型の怪人ばかりだったものがある時点から急にコミカルで、子供っぽい、よく言えば男心をくすぐるデザインに変わっている。
「でもですねえ、実際Ⅱ研にデザインが移ってからの方が明らかに売り上げがいいんですよ……博士のは、なんていうか、ちょっと気取りすぎというか。悪く言うと中二的というか」
「わ、私のデザインが中二的ですってぇ!?」
声を張り上げる飯垣博士であるが、実を言うと思い当たる節はある。あるが故に少し声のトーンが落ちた。
「自分の会社のことなのに知らないんですか。特にこのビーバークサリガマ。変身前の相藤ナツキちゃんも含めてめちゃめちゃ売れてるらしいですよ」
「はぁ? それいいの? 怪人の正体を公開しちゃって……っていうか相藤ナツキの許可得てるわけ? 肖像権とか……あるでしょ?」
世界征服を目論んでいる悪の組織が今更肖像権など気にしてどうするのかという話ではある。
「逮捕されて抜けちゃった奴の肖像権なんて今更ですよ。それにこれは一応相藤ナツキじゃなくって『ビーバークサリガマ変身前の女子高生A』ですから」
悪の組織らしいセコい言い訳である。
「それよりいいんですか? モニターずっと繋がりっぱなしですけど。あと僕悪の組織の一員ってこと家族には内緒なんで顔映らないようにしてくださいね」
:悪の組織も大変なんやなあ……
:実を言うと俺も相藤ナツキのアクションフィギュア持ってるぞ。キャストオフもできるぞ。
:メガデスのフィギュア開発元だけあって出来がいいんだよ
どうやら会話は全て筒抜けであったようだが、すぐにモニタードローンは画面をオフにしてどこぞへと飛んで行ってしまった。
ジョー達はニンジャラプターが消火するのを待ってから死体を調べたものの、どうやらめぼしいものは見つからなかったようである。
「背中にバックパックがあったが、どうやら燃料タンクと共有みたいでほとんど焼け残らなかったな」
「助かった。ブルー。お前には助けられてばかりだ……」
:いうほどそうか?
:こいつらの脳の情報処理の仕方がいまいちわからん
視聴者にはいまいちピンとこなかったようではあるが、ジョーは正直な気持ちを語ったのは確かだ。実際、ジョーとしては自分は戦うことにできるだけ集中したいので、彼のように広く情報を集めてくれるのは助かることなのだ。
「ブルー、センサーに反応は? 誰かが近づいてきている」
「ん?」
ミカの言葉にアキラはタフノートを開く。確かに彼女の言う通り何者かが近づいてきている警戒音が発せられていた。しかし先ほどのニンジャラプターやパペットが近づいてきた時とは音の種類が違うようだ。
「近づいてきているが、どうやら人間のようだな……ふむ、この時間なら、おそらく」
何やらいくつかウィンドウを開いて確認作業をしているようであるが、どうやら緊急的に対応が必要な非常事態というわけではなさそうだ。
「あぁら! お久しぶりですわね! その節はどうも」
甲高い声とともに数名の人間が姿を現す。敵意はないようだが、それでもジョーは軽くひざを曲げて前傾姿勢になり、不意の事態に備えた。
:この乳! エポナたんか!
:もう復帰できたのか
:癒される……ママみを感じる
姿を現したのは大手配信者チーム、エルヴェイティの館林エポナであった。高い防御性と機能性に振っているキャプテンケイオス達の兵装と違って胸や足を強調した扇情的な衣装に視聴者たちも沸き立つ。
「怪我はもういいのか。前のメンバーは?」
言われてみれば前に引き連れていた戦闘メンバー、たしかキングとイニスとか言った二人がいない。荷物持ちとカメラマンだけである。
「残念ながら、あの二人はもうヒーローを続ける気はないと……まあ、過ぎたことを言っても仕方ないですわ」
もしもあのままジョーが助けに入らなければ三人とも、いや、非戦闘員も含めて全員が殺されていた可能性が高かったのだ。これ以上危険な仕事を続けたくないという気持ちは痛いほどわかる。特に何度も敗北の味を知ったジョーには。
「お前はいいのか?」
「うふふ……試してみます?」
エポナの人差し指の先、グラインドクローの先端がほんの数センチ伸びる。
「いいだろう。俺も歯ごたえの無い敵ばかりで少し飽きていたところだ。『欠点』を補えたのか、見せてもらおうか」
構えをとる。




