ニンジャラプター
説明しよう。ラプターとはラプトルとも呼ばれ、ラテン語で「泥棒」などを意味する言葉であり、白亜紀後期の肉食恐竜である。
ジュラシックパークではかなり大型であったが、実際にはひざ下から腰くらいの大きさの小型恐竜である。
「気を付けろ、ジョー。群れではないようだがラプターとしてはかなり大型だ」
全長は二メートルほどもあるが、体高は腰の辺りよりは高く、胸には届かない程度。ニワトリのように日本の脚で床に立ち、全体の半分ほどもある長大な尻尾で体のバランスをとっている。
「速さには自信がありそうだな……」
呟きながら両手を上げて構えをとるジョーを、あまり生気の感じられない双眸が捉え、頻繁に首を傾げ、ジョーとの距離を測っている。
意思の疎通などはまるで取れそうにない。その不気味な顔と、なんともアンバランスな鉢金。葉っぱのマークをあしらったコミカルなつくりが不気味さを一層引き立てる。
「ギャッ」
小さく声を上げて飛び掛かる。やはり主力武器はその大きな顎。人間の頭ならひと齧りでもぎ取りそうなほどの大顎である。
ジョーは下顎を弾きながらそれをいなすが、鎌のような前腕の鉤爪が彼の体を引っ掻けた。ライオンやチーターなどと同じだ。前足の爪を引っ掛けて敵の脚を止め、噛みつきでとどめを刺す、一連の動きである。
「くそっ!」
だが逃げるしか抵抗する方法のない草食動物とヒーローは当然違う。ジョーは抵抗するよりもむしろ自分の方から床に倒れ込み、両足でニンジャラプターの体を挟み込んで拘束する。
相手が群れであればできない戦闘法ではあるが、野生動物であれば非常に有効な戦い方だ。密着する距離での戦いを得意とするのはせいぜいヘビと人間くらいである。
ジョーは雄たけびを上げながら連打、連打、連打。雨あられと拳をニンジャラプターの腹に打ち込む。十分に振りかぶれないため一撃一撃のダメージは少ないが、確実に相手の体力を奪うことができる。何より最大の武器である顎を遠ざけることができる。
「グルオオォ……」
妙な動きであった。腹を殴られ続けてニンジャラプターの頭部は明らかにジョーに届かない位置にある。
だというのにラプターは攻撃に移れない位置でジョーの方に顔を向けたまま大きく口を開けたのだ。
「……妙な動きを」
しかしジョーの背筋に悪寒が奔る。本能が「何かある」と告げたのだ。このまま攻撃を続けていれば負けはない。しかし退避すべきか。何か攻撃を仕掛けようとしている。
しかしその方法が分からない。どう逃げれば最適解なのかが分からない。ラプターの前に「ニンジャ」という名詞がついていると言う事は何かそれにちなんだような攻撃方法があるのかもしれないが、それが分からないのだ。
「口を閉じさせろ! 火炎放射器が来る!!」
その刹那、アキラの怒号が飛んだ。
ジョーは拘束を解いて逃げるのではなく、逆に上半身を曲げて接近し、下顎にアッパーを撃ち込む。胴体と同じほどの太さを持つラプターへのアッパーで脳を揺らせるとは考えられない。しかし仲間の声に賭けたのだ。このチームの頭脳……にしては、ちょっとアレだが、それでもジョーは彼の言葉を信じた。
「ギャムッ!?」
強制的に口を閉じさせる。その瞬間ニンジャラプターの顔が燃え上がる。口の隙間と鼻の穴から炎が噴き出し、あっという間にそれは顔を包んで轟々と燃えだした。
「火炎放射器だと……?」
派手に燃え上がるニンジャラプターと距離をとりながら困惑の色を見せるジョー。
火炎放射器というのは炎を吹き付ける兵器ではない。
より正確に言うのならば火のついた粘性の高い燃料を浴びせかける武器である。炎を一瞬吹き付けられるのとはわけが違う。ナパーム団の原料でもある粘度の高い液体は体にまとわりつき、振り払うことも拭うこともできず、一度火がついてしまえばあとは灼熱の炎に包まれ、炭となるのを待つしかない。
それを口の中で暴発させてしまったのだ。ひとたまりもあるまい。
即座に行動に移れたジョーもなかなかのものであるが、しかし何よりも称賛されるべきはそれを見抜いた神戸アキラの慧眼であろう。
「ブルー、なぜ奴の攻撃方法が分かったんだ?」
ジョーが訪ねる。一番接近した距離で戦っていたジョーですら見抜けなかった攻撃方法を離れた位置から見抜いたのだ。岡目八目という言葉があるが、如何なる術理を用いてそれを成し遂げたのか。
「秘密はこれだ」
アキラは荷物入れから何か小さなものを取り出した。それは塩化ビニル製の小さな人形であった。よくよく見てみればさきほどのニンジャラプターの姿形を模しているように見える。
「それは?」
「メガデスが発売している『ニンジャダイナソー』シリーズの最新フィギュアだ」
「メガデスが……発売?」
ジョーはうつむいて微量の辺りを強く摘まんで擦る。
「メガデスが発売?」
一度発した言葉をもう一度吐き出す。
メガデスが発売。確かにアキラはそう言った。間違いはないだろう。
「知らないのか? ヒーローたるものこういったものにも常にアンテナを張っていないとな。Awazonで購入できるぞ」
「そのメガデスというのは……あのメガデスか?」
ほかにそんな名前の企業などあるまいが、今戦っている悪の秘密結社の名前が、メガデスのはずである。
「そのメガデスかどうかは知らん。しかし実際にこういった怪人や、怪獣のフィギュアが発売されているのだ」
ジョーはもう一度微量をつまんでから、今度は天を仰ぐ。アキラはフィギュアの口を開くと、その奥から確かに火炎放射器のノズルが覗いていた。
「……そんな出処不明の情報でアドバイスをしたのか」
結果オーライである。
実際ジョーの命は助かったのだし、敵が口を開いて攻撃を仕掛けようとしているのだからそれを無理やり閉じさせるという選択は決して悪くない。
「向こうもNPO(非営利団体)ではないのだからな。研究費や設備の維持費のためにこういった商業活動をしているのだろう。尤も、悪の秘密結社とこの製造元が直接つながっているという確証はないが……しかし、まだ初登場の敵の兵器の再現度がこうも高いと言う事は、案外本当にメガデスが製造しているフィギュアかもしれんな」
『クッ……どういうことなのよ……』
未だ一人釈然としない顔をしているのはドローンに取り付けられたモニターの向こうの飯垣博士である。




