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FAKE HERO  作者: 月江堂
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ケイオスダークレッド

「う……くそ……」


 それはまさしく「ぼろ雑巾」のようであったし、それ以外に適当な形容を見出せるものではなかった。


 黒くすす汚れているわけでもなければ、ほつれてボロボロになっているわけでもない。それでも十人が見れば十人がそれを「ぼろ雑巾」と表現しただろうし、とにかく辞書の挿絵にそのまま「ぼろ雑巾」として掲載してもいいほどに疲弊しきっていた。


「いったい何が……起きたんだ」


 立ち上がった少年は甚だしくは涙すらも流していた。辺りにはもはや誰もいない。数名の警官が怪獣の調査と記録をとっているが、彼の眼には入らない。


「俺は、武石ジョーの偽物……だったのか」


 天を仰ぎ見る。


 元々うっすらと白みを帯びていたこの日の曇天はいよいよ涙をこぼし始め、しっとりと少年の体に澱のように積み重なり始めた。


 よたよたと、幽鬼の如く頼りない足取り。


「俺のこの記憶は……作られたもの? 俺はクローンなのか?」


 まるでこの数分間の間に何十年も年を取ってしまったかのように力のない表情をしている。今まで何の疑いもなく信じてきたものが砂上の楼閣の如く瓦解してしまったのだ。


「帰ろう……帰る? どこに? 俺の帰る場所はあるのか? 俺は、誰なんだ。あの家族は、本当に俺の家族なのか? 俺は、どこに行けばいい」


 いくら考えても考えがまとまらない。そもそも今考えているこの脳は、いったい誰のものなのか。


 人の行動とは、それまでの記憶の積み重ねにより形成される人格と、行動原理に支配される反射行動に過ぎない。


 ならば、その「記憶」が偽物であったならば、もはや自分の「考え」すら信用することができない。


「俺は、武石ジョーのクローンなのか? メガデスに作られた……」


 ならば、帰るべき場所は悪の秘密結社メガデスであろうか。なぜメガデスは、この状況を放っておくのか。キャプテンケイオス対策に作ったはずのクローンがそのへんをふらふらとほっつき歩いているというのに。


 全てが分からない。


 全てが信用できない。


 あてどなく彷徨う少年。もはや本能と運に頼るほかない。自分がメガデスの作ったクローンであったとしても、メガデスにいた記憶もない。


 もしかしてもしかすると、自分はメガデスから逃げ出し、その先で記憶喪失になったのかもしれない。ぼんやりとした頭の中で武石ジョーはそう思い当たった。


 記憶を失った中で、偽の記憶だけが取り残され、自分が本物の武石ジョーであるなどという錯誤に陥ったのかもしれない。実力の差は明白であったが。


 なんということか。自分はクローンとしても出来損ないだったのだ。これではメガデスから逃げ出したのではなく廃棄されたのだとしても不思議はない。


 心はどこまでも落ちていく。


「帰りたい……俺の帰る場所に」


 帰る場所とは、どこなのか。家でもなければ、キャプテンケイオスのアジトでもない。


 そうだ。メガデスだ。


 製造責任というものがある。


 メガデスと事を構えたのはそれほど昔ではない。ならクローンの自分もまだよちよち歩きのほんのひよっこと言う事だ。メガデスは保護しなければならないはずだ。


 妄執のような考えに突き動かされて、武石ジョーは歩みを進める。


 あてどなく。本当にあてどなく。


 メガデスの本部の場所の記憶などない。どこに行けばコンタクトをとれるのかもわからない。それでも自分の中の本能を信じて、ただただ、歩き続けた。


 キャプテンケイオスも警察も血眼になって探している犯罪結社メガデス。地図アプリでも当然見つけられないし、それこそ適当に歩いてたどり着けるはずなどない。


 だが自分なら。


 メガデスによって生み出された自分なら、帰巣本能によってたどり着けることなどありはしないか。そう考えて彼は歩き続ける。雨のしみ込んだマフラーが、やけに重く感じた。


「着いちゃった」


 着いちゃった。


 市街部から少し離れた工場地域。そのうちの一つにふらふらと迷い込み、地下への扉を見つけたジョーは迷うことなくその階段を降り、メガデスの本拠地へとたどり着いた。


 その扉の上には堂々と『秘密結社メガデス 関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。


「俺は……メガデスによって生み出されたんだから、当然関係者だよな」


 ドアノブに手をかけるが開かない。すぐそばには十個のボタンと小さなディスプレイがある。どうやらパスコードを入力しないと開かないようだ。


 ジョーは震える手で、本能のままに適当にボタンを押す。


 ガチャリ。


「開いちゃった」


 開いちゃった。


 これはもういよいよ疑いようもなく自分はメガデスの生み出したクローンなのだろうと確信を持ち、ジョーは扉を開けて中へと入っていった。


 施設の中をふらふらと歩き、やがて本能的に「これだ」と思う扉の前に立つ。


 表札には『第Ⅰ研究室』と書かれている。


「だ、誰!?」


 ドアを開けて中に入ると小さな白衣を着た子供がプリンを食べていた。


「えっ、っていうか……」


 子供はプリンをデスクの上に置き、近づいてまじまじとジョーの顔を観察した。


「け、ケイオスレッド! なんでここに!? 警備の奴ら何してんのぉ? ていうかどうやってこの場所を見つけたのよ! 関係者以外は入れないはずなのにィ!!」


「待ってくれ。言葉の洪水をワッといっきにあびせかけるのは」


 矢継ぎ早に一度に質問を投げつけられても、その全てに答えることはできない。


 今ここで重要なことは何か。ジョーは目をつぶって考える。沈思黙考の構え。


 そう。今重要なのは自分が何者かという事だ。それが全ての答えになるはずだ。


「俺の名は武石ジョー! お前が生み出したクローン人間。ケイオスダークレッドだ!!」


「えええええええ!?」


 唐突な言葉に驚き、その子供、飯垣(メシガキ)博士は転倒して尻もちをついた。


「さ……」


 狼狽の色を隠せない。彼女もクローン人間などに全く心当たりがなかったからだ。


「さすが私……全然記憶にないけど、無意識のうちに敵のクローンを作っていたなんて……ッ♡♡♡」

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