正体
― いったい、何が起こったんだ ―
相藤ナツキは、状況を把握できずにいた。
異変があったのは下校中だ。後ろから肩を叩かれ、誰かに呼ばれたのかと振り向いた瞬間、何かが下顎を打ち抜いた。
怪人としての裏の姿を持つ彼女ではあるが、人間形態時の耐久力は一般的な成人と変わらない。激しく脳を揺さぶられ、昏倒した彼女は何者かに拉致されてしまったのだ。
次に意識を取り戻した時はどうやら目隠しをされているようで、周囲は何も見えず、体を拘束されて身動きもとれなかった。
ガチャリという音とともに自分の体が倒れる。目隠しごしに光を感じる。どうやら周囲には自分を拉致した犯人が囲んでいるようだ。人の気配だ。
「杉……ピンクさん、何やらかしてくれてんスか……ッ!! 相藤先輩を拉致してきたんスか!?」
「やらかしても何も、あなたが教えてくれた。相藤ナツキが怪人だと」
ナツキの体がびくりと揺れる。
― なぜ、なぜだ?―
なぜの嵐。
― なぜバレた? ボクが怪人だということが。この人達は何者だ? ―
「こっ、このアマ……分かったッスよ。そういうつもりッスか」
「どういうことだ、リン?」
鈴木リンは何か今回の事態の全容が掴めてきたようであるが、隣にいる武石ジョーは全く把握できていない。
ジョーは兵装のバイザーを上げてリンに尋ねた。確かに数日前に「相藤ナツキは怪人だ」というような趣旨の発言を鈴木リンがしていたような気がするが、その時は他愛のない冗談だと思って流していた。
しかしこの二十五歳児がそれを本気にしたということなのだろうか。しかしリンの考えは違う。
「この女、私の冗談を真に受けてセンパイを拉致するっていう体で、私とセンパイの両方を排除するつもりッスね」
「何を言ってるの? 私は『相藤ナツキは怪人』という善良な一市民の通報を受けただけ。ご協力感謝する」
つまり、善良な一市民からの通報という体で相藤ナツキを拉致して恐怖心を植え付ける。さらに鈴木リンに対しては嘘の密告を行った市民というレッテルを貼り、両者を自分たちの周り、というか武石ジョーの周りから排除するという作戦である。
― どういうことだ? 私は、キャプテンケイオスに捕まったのか? さっき『ピンク』と言ってたのは、もしかしてケイオスピンクか? ―
相藤ナツキの方も少しずつ状況が分かってきた。
― 今、間違いなく『相藤ナツキは怪人』と言っていた……やっぱり、ボクの正体がバレてる ―
もはや是非もなし。
これがもし一般の犯罪であれば自分が正体を明かしていいかどうかはかなり悩んだところではあるが、自分のことを怪人と知っての犯行である以上、もう選択肢などないのだ。ナツキは精神を集中する。
「とにかく、すぐに先輩を解放して二人とも謝るんだ。いいな」
「えっ、私もッスか」
ジョーの示した解決策は極めて妥当なものである。やってしまったことは仕方ない。実行犯と、そのきっかけを作ってしまったリンで誠心誠意謝るしかないだろう。
「私これ、とばっちりじゃないスか……これ刑事事件とかになったらなんとか教唆とかになるんスかね」
「つべこべ言わずにとりあえず拘束を解くぞ。リン、手伝ってくれ」
ジョーとリンの二人がナツキの手足を縛っているロープを解こうと手を伸ばす。
「はぁ、いっそのことセンパイが本当に怪人だったらこんな思いしなくても……ん?」
その時、リンが異常に気付いた。相藤ナツキの手は、こんなに毛深かっただろうか?
いや、そう思ったのは一瞬だった。ナツキの体から針金のような剛毛が次々と伸び始め、見る見るうちに体が膨れていく。
「なっ……なんスか、これ」
恐怖のあまり膝が笑う。それでも何とかよろよろと後退し、後ろにある機材に寄りかかって距離をとった。
一方の相藤ナツキはロープを引きちぎりながら巨大化し、立ち上がった。
全身を覆う剛毛につぶらな瞳、両手に持った鎖鎌と黄色くて巨大な歯を備えた怪人、ビーバークサリガマの姿へと変貌して!
「ゲッゲッゲ、よくぞ俺の正体に気づいたな、キャプテンケ……ジョー君!?」
杉山ミカ、武石ジョー、鈴木リンの三人はこの状況に混乱を極めている。嘘から出た真とはこのことか。本当に相藤ナツキが怪人だったのだ。
「これで……私の罪はチャラッスね」
一人だけホッと一息安心する鈴木リン。それはともかく、三人だけでなく、ビーバークサリガマの方もなぜかショックを受けていた。
(うそ……ジョー君がキャプテンケイオスだったなんて……よりによってジョー君に、ボクの本当の姿を知られてしまった)
よろよろと頼りない足取りで後退するビーバークサリガマ。
(さようなら……ボクの初恋)
「なんだかわからないがチャンス。私の高機動チャージで圧し潰す」
瞬時の判断であった。ビーバークサリガマの戦意が低いことを見抜いたミカはスラスターをフルブーストしてビーバークサリガマに突進する。
後方にある機材が熱と風圧で吹き飛ぶが関係ない。チャンスがあれば一気に押し切る。それがキャプテンケイオスのやり方である。
戦闘態勢の取れていないビーバークサリガマは一瞬にしてケイオスピンクに圧殺されるか、よくてもビルの壁を突き抜けて階下に突き落とされるかと思っていたが、次の瞬間、予想だにしていないことが起こった。
「よすんだ……ッ、ピンク!」
「レッド、なぜ、邪魔する」
ビーバークサリガマとミカの間にジョーが割って入って彼女の体を受け止めたのだ。さらにスラスターの出力を上げるが、ジョーは全く退かない。諦めてミカはスラスターを止め、床に着地した。
「どういうつもり? レッド。ヒーローとしての本分を忘れたの?」
「ヒーローだからこそだ」
助けられたビーバークサリガマも意味が分からない。彼女は状況が呑み込めず、床に尻もちをついたまま茫然としている。
最大出力のチャージを受け止めたジョーは、肩で息をしている。しかしそれでも真っ直ぐに、ミカの方を見据えている。自分自身を、微塵も疑っていない眼差しだ。
「怪人の正体が知り合いだったから戦わないつもり? 自分に都合よく『正義』を出したり引っ込めたりするのがヒーローのすること?」
「冷静に考えろ、ピンク」
肩を大きく上下させ、深呼吸をしながら話す。
「今のはどう考えても、お前の方が市民を傷つける悪人側だ」




