サイコバトル
「私……九歳の時に親が再婚してるんスよ」
突然重い話を展開し始めるリン。名前マウントをとっていたミカも、この唐突な展開に戸惑っているようだ。
「その時に、名字が変わって、『山本鈴』から『鈴木鈴』になったんス……」
そうして回文の名前が出来上がったというわけだ。彼女も、この歪んだ現代社会の被害者だったのである。
「ジョーは、そんなこと、一言も」
言うわけがあるか。
まさか八歳も年下の少女に対して、論破されたからといって成人女性が名前でマウントをとって留飲を下げるなど、お釈迦様でも見抜けまい。
いずれにしろ法律知識で論破し、「かわいそうランキング」にても優位をとったリンに死角はない。ミカの完全敗北である。
「というわけで、杉山さんと武石君が付き合ってるって情報はかなり怪しいスね」
苦悶のうめき声を漏らすミカ。しかしまだだ。彼女の瞳の奥の灯火は、決して消えてはいない。ヒーローは、いつ如何なる時もあきらめない。
「いいえ。私とジョーは恋人同士。あなたはそれを知らなかった」
「そんなことあるわけないッス! 隣同士の、幼馴染なのに恋人出来たことも知らないなんて、そんなことあるわけないッス!」
「なあ、もうこんな不毛な言い合い終わりにしないか? 確かめようのないことではあるが、そもそも俺とミカが付き合っていなかったとして、もしも本当にそうならミカが嘘ついてまで俺なんかとの関係を偽装する意味があるか?」
「『なんか』ってなんスか! 武石君は自分の魅力を過小評価してるんスよ! 武石君はいい男ッスよ!」
リンの言葉に思わずうめき声をあげてしまうジョー。今までモテた経験のないジョーは率直に褒められるとなんとなく居心地の悪さを感じてしまう。
「事実、あなたはジョーがヒーローであることも知らなかった。あなたはジョーのことを何も知らないわ。私と付き合ってたことも知らなかった。ただそれだけの話」
なんなんだ。自分は今いったい何を見せられているのだ。ジョーは大いに困惑する。
「私の方が武石君のこと好きなんスよぉッ!! ポッと出のおばさんは引っ込んでろッスよ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
何を見せられているのかは分からないが、何やら話があらぬ方向に行ってしまっているような気がしてならない。「好き」とは、どういう「好き」だろうか。いったい何の話をしているのだ。
本当に今まで、小学校が一緒だっただけの、今はクラスメートで席が前後であるが、ちょっと親しいくらいの幼馴染で、小学校も高学年くらいから一緒に遊ぶことも少なくなり、ほとんど「知人」くらいの関係性だと思っていたのだが。
「あなたの気持なんか知ったことではない。重要なのは私とジョーが今、恋人同士だということ。あなたの出る幕はない」
本当に何の話をしているのか。普通に話の流れを聞いていると二人の少女(内一人は成人済み)が自分が取り合っているように見えるのだが、少し自意識過剰であろうかと考える。
こういう時、どういう言葉をかければよいのか、深く考える。
「二人とも、俺のために争うのはよすんだ」
「だぁってろ童貞」
「童貞のくせに偉そうなこというなッス」
口をつぐむ。やはり発言するべきではなかった。
「だいたいヒーローのことはともかく彼女ができたことなんか隠す必要ないじゃないスか。こんな童貞野郎に彼女ができたら大喜びで回りに言いふらすに決まってるスよ」
「童貞心が分かってないわね。童貞というのは常に周りを恐れて生きている。それゆえに実際に彼女が出来ると周りになかなか言えないものなのよ」
「あんまりでかい声で童貞童貞言わないでほしい」
しかしジョーの思いとは裏腹に醜い罵り合いは続く。道の真ん中で大きな声での罵倒は大変に目立つので、そういう意味でもやめてほしいとしか言いようがない。
「それに、あなたは知らなくてもジョーの家族にも私はすでに挨拶を済ま」
「あ、お兄ちゃんこんな道の真ん中でなにやってんのー?」
ジョーの二つ年下の妹、愛理である。
「愛理ちゃん、お久しぶりス」
「あ、リンさん、おひさ……ええと」
愛理の視線は当然ながらリンと言い争っていた女性に注がれる。しばらく無音の時が流れた。さきほど、ミカは確かに「家族への挨拶を済ませている」と言っていた。
ミカは右手を上げ、にこりと微笑む。
「愛理、おひさし」
「すいません、どちらさんでしょうか」
なぜイケると思ったのか。
リンも茫然とした表情でこのやり取りを見ている。初対面の人間にいかにも旧知のような挨拶をして、相手が察して調子を合わせてくれるとでも思っていたのか。
「少し勘違いをしていたわ。私が挨拶を済ませていたのはジョーの両親。妹さんとは初対面だったわ」
これならまだ言い訳は通らなくもない。
「ジョーの家も近いことだし、お母さんに一言挨拶させてもらうわ」
本気か。まだ続けるのか。何か勝算があるのか。ミカはすたすたとジョーの家の方に歩き始める。
「……バカなんスかこの女?」
リンのつぶやきも耳に入らず、ミカは歩き続ける。どうも、目の焦点が合ってないように見えるが、それでも何事もないかのようにジョーの家の前まで来て、ちょうどポストに郵便物を取りに来ていたジョーの母親に出くわした。
「お久しぶりです。お母さん」
奇跡は、起こるのか。
何か、勝算があるのか。それとも本当にミカはジョーの両親に面識があるのか。
「ど……どちらさんでしょう」
リンは、この女に恐怖を覚えた。
「なんなんスか、この女……宇宙人が見様見真似で人間のフリしてるみたいな……」




