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FAKE HERO  作者: 月江堂
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私で童貞捨てたくせに

 二十五歳という数字が出ると、一気に人の波は退いていった。


 美少女、ところどころに巻かれた包帯、儚げな美しさ、転校生、ヒーロー。そういった人の好奇心を惹きつけてやまない要素は年齢の前に綺麗に消し飛び、逆に「触れたらいけないもの」「腫れ物」という扱いとなり、もう誰もミカに話しかけようとはしなくなった。


 中学生と言っても通用しそうな見た目の少女が、まさか担任の教師と同い年だとは。


 それにしてもたった一日で「大人気の転校生」から「腫れ物」へと転落したのである。その手腕たるや見事と言う他あるまい。


「じゃあ杉山さんは私達の大先輩なんスね」


残ったのは武石ジョーと、その友人の鈴木リンだけであった。


「ちょっと待ってジョー。このメスブタはなに? あなたのカキタレ? なぜ帰り道についてくるの。ストーカー規制法で一生塀の中にぶち込んでやるわよ」


「メスブ……」


 擁護させていただくなら、鈴木リンは別にブタと呼ばれるほど太っていない。いや、それどころか女子としては比較的長身で、ほっそりとした少女である。


「私と武石君は幼馴染なんスよ」


「別に幼馴染というわけじゃない。小学校が一緒で、家が隣同士なだけだ」


「家が隣……幼馴染」


 急に立ち止まるミカ。どうやらショックを受けているようである。


「ということは、屋根伝いにお互いの部屋に行き来して、えっちなイベントなんかも、すでに実績解除している……」


 漫画の読みすぎである。


「隣と言っても川を挟んで隣だから一〇〇メートル以上離れてる。ほとんど赤の他人だ」


「よかった。ということは私の方がお隣度は高い」


「お隣度ってなんスか」


 リンに問いかけられてミカは自慢げに無い胸を逸らし、鼻の穴を広げる。


「一昨日からジョーの家の向かいにあるアパートに越してきた。実質お隣さんだし、幼馴染と言っても差し支えない」


 差し支えある。百歩譲ってお隣さんだとしても、間違いなく幼馴染ではない。八歳も年上の幼馴染がいるか。


「まあそれはいいんスけど、杉山さんって、『ケイオスピンク』ッスよね?」


「……そうだけど」


 歩き始めながら、(元々であるが)全く感情を感じさせない声でミカが答える。当然ながら、公の場でヒーローの正体を追求することがマナー違反であれば、極めて限定的な場所であろうとも、褒められた行為ではない。


「そういえば、動画で、ケイオスブルーがレッドのこと、ジョーって呼んでたッスよね」


「知らん」


 何事もないかのようにジョーが答える。しかし、おそらくリンの中ではすでにバラバラだったパズルが一つの絵に組みあがっているのだろう。


 すべて分かった上で、最後の「詰め」の作業をしているに過ぎない。


「まっ、安心してほしいッス。私は別に武石君のことを売るようなマネなんかしないッスから」


 にんまりと笑顔の表情になってリンはジョーの肩に手を置く。


「売るも何も、お前の欲しい情報なんか何もないし、俺はキャプテンケイオスのことなんか知ら……」


 密着するほどに近づいていたジョーとリンの間に、ミカが割り込む。


「キャプテンなんちゃらがどうとか今はどうでもいい。このメスブタは何なのって聞いてるの。汚い手で私の男に触れるな」


「わ、私の男……?」


 二十五歳のいい年した女が高校生相手に何をすごんでいるのだ、という気はするが、しかしリンはミカにすごまれて言葉を失った。いや、それよりは「私の男」という言葉のパワーに気圧されたのだ。


「いい? この際だからはっきりと言っておくわ。私とジョーは恋人同士。一緒にいた期間が長いだけのクソ幼馴染なんかが間に挟まる余地はない」


「え……え? だって、武石君、そんなこと、一言も……ていうか淫行」


「じゃあ聞くけど、あなたはジョーがヒーローだということに気づいていた?」


「いや……気づかなかったスけど」


「おい、俺はまだそのこと肯定してないんだが」


「ていうか武石君!」


 リンがジョーの両肩をがしりと掴んで迫る。


「杉山さんと付き合ってるってマジなんスか!?」


「いや、そういわれると、俺も自信がないというか」


 ミカから「二人は恋愛関係にあった」と説明されたものの、ジョー自身には一切そんな記憶はない。「自信がない」とはどういうことかと聞かれてジョーは事のいきさつを説明した。


「え……武石君、記憶喪失になっちゃったんスか?」


 驚きの表情を見せた後、リンは訝しげな眼付きでミカの方を見る。


「それ……フカシこいてるんじゃないスか?」


「なに? どういう意味だ」


 人を疑うということを知らないジョーは、実感はないものの、何となくミカの言うことを信じてはいた。しかしリンの言葉によってそれが揺らぐ。


「そんなことで嘘をついても、彼女に得るものが何も無くないか? 意味がない」


「分からないんスか。おねショタっスよ。旬を過ぎた女が、年端もいかない美少年をこまそうとしてるんスよ」


「いや、俺はそこまで幼いわけじゃないし、美少年でもないぞ。そういう色恋の機微は、童貞なんで正直よく分からんが」


 基本的に、童貞は「自分に価値がある」とは考えない。そして実際、ほとんどの場合価値はない。それゆえ唐突に他者から好意を向けられると疑心暗鬼になるか、混乱に陥る。


「そんなこと言うの。ひどい。私で童貞捨てたくせに」


「!?」


 さすがに聞き捨てならないセリフ。


 もちろんジョーには童貞を捨てたつもりなどないし、もし捨てていたとしたら一生に一度の脱童貞の瞬間を覚えていないことになる。不覚、ここに極まれり。


 冬にもかかわらずジョーが硬直したまま額から脂汗をだらだらと溢れさせていると、リンがカバンから自分のスマホを取り出した。


「今の発言、録音したッス。児童福祉法違反で訴えるッス」


「クッ、準備のいいメスブタね。でも盗聴などの違法行為による証拠は裁判で採用されないわ」


「公共の場での本人との会話が盗聴と認められることはまずないッス。手段が極端に悪質でなければ無断録音でも証拠として採用されることがほとんどス」


「ぐぬぬ……んのメスブタがぁ」


 リンは記者を目指しているからか、こういったことに詳しいようだ。


「なら……あなたの名前『リン』ってどういう字を書くの」


「え? 金へんの『すず』ッスけど」


「名前が回文」


 鈴木鈴。


 八つも年下の子供に対して論破されたからといって「名前が変」などというマウントをとる成人女性が果たしていようか?


 ここにいるのだ。

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