嵐を呼ぶ転校生
「見たスか? キャプテンケイオス」
「すげーよな。あのエルヴェイティが手も足も出なかった怪人を無傷で倒したんだぜ」
学校では突如として現れた謎のヒーローの話題でもちきりであった。昼休みも、放課後も。そしてその熱は一週間がたった今でも冷めそうにない。
ヒーローはただの配信者とは少し性質が違う。「有名人」であるだけでなく、街と、市民を守るヒーローでもあるのだ。その分注目度も高くなる。
「武石君は見たッスか? キャプテンケイオス」
聖一色学園高等学校。
「見てない」
クラスメイトのメガネの少女、鈴木リンに話しかけられた武石ジョーはにべもなく否定する。「見てない」のは事実だ。彼はプレイヤーなのだから
「ええ? 見てないんスか? 武石君特撮ヒーローとか好きだったッスよね? 見た方がいいッスよ」
「見なくても分かる。蜘蛛の耐久力を舐めてピンチに陥り、情けなく助けられ、その後の戦いでも戦法が単調。勝てたのは偶然に過ぎない。もし何か隠し玉を怪人が持ってれば簡単に逆転されてただろう。あんな最低のヒーロー興味ないね」
「めちゃくちゃ詳しいじゃないッスか」
反省会でもしていなければ出てこないセリフである。
「実はッスね。今度うちの新聞部でキャプテンケイオスを特集することになったんスよ」
「なに?」
ジョーは、古くからの友人であるリンのことはよく知っている。彼女の所属する新聞部が、積極的に外部へ出て行って、企業や公的機関に取材を行う本格的な部活であることも。
「……そんなお遊びみたいなもん特集して、何か得るものがあるのか」
それまで社会派を気取っていた新聞が急にVtuberの特集を組むようなものである。無論、この社会での注目度は少し違うものの、「新聞の格が下がるのではないか」と、表面上はそう危惧している問いかけ。
しかし事実は全く違う。ジョーの額にはもう冬になろうというのに脂汗が浮かぶ。
自分の正体がばれやしないかということである。もうすでに、アキラが何度か配信中にうっかり自分の名前を呼んでしまっているし、メガデスの情報収集能力も侮れない。ミカは平気なようであるが、ヒーローは基本的に個人情報は秘するものだ。
「そりゃあ『ばかうけ』とヒーロー連中は今一番ホットな話題スからね。大体みんな怪しいと思わないんスかね。ヒーローと宇宙人って絶対裏でつながってると思うッスよ。同じ装備使ってるし。もしかしたら政府もそれを隠蔽してるのかも……実はもう警察や防衛省には取材してるんで、ナラティブは半分くらいできてるんスよ」
本格的である。もう今更「やめろ」とか軽々に言えない雰囲気だ。
それにしても話が妙に陰謀論に傾いていることが気がかりではある。昔からその手の話が好きな幼馴染ではあるが、注意が必要だ。「ナラティブ」とかいう言葉を使うやつに碌な奴はいない。
「はーい、ホームルーム始めるから席についてねー」
どう答えようかと思案している間に朝のホームルームの時間となった。担任に助けられたのか、しかし何の解決にもなっていない、とジョーが苦悩していると担任の教師が予想外の発言をした。
「今日からこのクラスに編入することになった杉山さんです。自己紹介どぞー」
聞き覚えのある名字に顔を上げると、見覚えのある顔が映る。
「杉山ミカです……よろしく」
ケイオスピンクこと杉山ミカが転校してきたのだ。此は如何なることか。
「????」
当然ジョーもそんな話は一切聞いていない。もはや情報を処理しきれなくなっている。
「あれ? あの子って……キャプテンケイオスの」
そしてミカはキャプテンケイオスの中で、唯一顔出ししているメンバーでもある。その上ネット上では「ミカカ」という呼び名がすでに定着し始めており、当然ながら配信を見ていた者はそれらを関連付けて考える。
なぜ二年生の冬という微妙な時期に編入してきたのか。ヒーローと思しき人物がこのクラスに。それもとびっきりの美少女。当然クラスの人々はざわめきだす。
「はいはい、静かにしてね。じゃあ、杉山さんは、武石君の後ろの席に……」
担任が言い終える前にミカは歩き出し、そしてジョーの隣のクラスメイトに声をかけた。
「席、替わってください」
「えっ……」
生徒だけでなく教師までが言葉を失った。ジョーの前の席に座っているリンはくるくるとスマホの画面とミカの顔を見比べている。おそらくは彼女もミカがケイオスピンクであると気づいたのだろう。
「替わって」
「あ、いや~……」
生徒はちらりと担任の方を見たが、彼も茫然とした表情を浮かべているだけ。誰も、ミカのスピード感についていけてないのだ。
「あ、ハイ。分かりました」
黙認、と受け止めた生徒は素直にジョーの後ろの席と自分の位置を入れ替えた。
「あ、えと、ハイ。じゃあ、そういうことで。一時間目の授業の準備してください」
まあいいや。
教師はそう判断した。ミカは満足そうな顔をして鼻の穴を膨らませている。
休憩時間、昼休み、すべての時間でミカの周りには人だかりができており、質問攻めにあっていた。
元々儚げな雰囲気の美少女で、こんな時期に転校してきたというのも謎が多い。しかし投げかけられる質問については中途半端なものが多かった。
実際ヒーローの身元を明かすような行為については当然法規制などされてはいないが「マナー」として「よくない事」だとされている。
一番聞きたいことを避けながら次に気になること、次の次に気になることを質問して核心をついてはいけないという「お約束」なのだ。聞く方も話す方もなんとも歯がゆい。
それでも人が集まれば「タブー」に触れてしまう者というのが出てしまうのだが、ミカはそういう質問についてはまるで聞こえていないかのようにスルーしたし、周りの者もタブーを犯すものを輪の外に出していく。
そうこうしているうちに彼女がヒーロー関連以外の質問にも、同じ質問に別の答えを返したり、適当に返しているのだということが分かり始め、放課後になるころには人の波も落ち着いていた。
「ミカ、お前高校生だったのか」
ジョーの質問である。一緒にダンジョン探索をした仲間ではあるが、実を言うとプライベートのことはお互い一切知らない。
「? ……高校生ではなかった。だから編入試験を受けた」
「そうなのか? じゃあ高校に行かずに、その、引きこもりとか……」
「いいえ。私は社会人」
「ん? ちょ、ちょっと待ってくれ」
ジョーの頭が混乱してくる。周りにいたクラスメイト達も同様に疑問符を頭に浮かべる。社会人とは、どういうことか。
「高校は一度卒業している。もう一度勉強したくなったから、編入した」
「は? どういうことだ? お前いったい何歳なんだ」
「二十五歳」




