決着
とうとう怪人ノースフィストは泣き出してしまった。
全身が装甲で覆われているような強固な外皮を怪人は持っているが、彼の両腿はすでにぼろぼろの状態で、砂礫のごとく破片が周囲に散乱している。
もともとアップライトに構えるボクシングスタイルではあるが、今や完全にひざはまっすぐになっている。そうでないと立てないのだ。前に歩こうにも怪我人のように(実際怪我人なのだが)足を引きずって歩くことしかできず、溶岩弾のようだった拳はもはや腰ぐらいの高さまで下がっている。
疲労でガードが下がってきてしまうのは打撃系の格闘技では珍しい事ではないが、普通はここまでやらない。通常打撃系の格闘技は一ラウンド二分程度である。人間の体はそれ以上のスタミナも、タフネスも、持っていないからだ。
:もうやめたげてよう
:いい加減介錯してやれ
:二〇分間これ見せ続けられる俺たちの身にもなってくれや
コメント欄にももはや怪人の体を気遣う言葉しか流れてこない。
「く……くそ、ストーム、ブロウ……」
ノースフィストは引きずる足でなんとかジョーに近づき、パンチを放とうとする。連続して拳を放とうとするのだが、その足では体を支えきれず、何もしてないのにその場に崩れ落ちてしまった。その間にジョーは敵の背後に回り込む。
「も、もう、やだ……ムリ……」
カチン、と音がする。異常を感じたジョーはすぐさまバックステップで飛びのくと、突然ノースフィストの体が爆発四散!
「……成敗!!」
:なんだよこの戦い
:地味すぎる……
「お! 終わったか」
ソリティアの手を止め、アキラがパソコンを閉じて立ち上がる。壁に寄りかかってうとうとしていたミカも急いでジョーのもとに駆け寄ってきた。
「どうやらあのストームブロウとかいうのが必殺技だったようだが、もっと万全な状態のうちに使っておくべきだったな。今となってはどんな技なのかもわからないが」
結果だけ見てみれば、完封である。
真正面から相手と対峙せず、得意手を使わせず、自分の戦い方を相手に押し付けて無傷で勝利したのだ。結局この戦いでのジョーの被弾数は、ゼロである。
トップ配信者エルヴェイティを一瞬で壊滅させた怪人を、無名で弱小ヒーローチームの男が、たった一人で無傷で倒してしまったのだ。本来は称賛されてしかるべき偉業である。
:何を見せられたんだ俺達は
:こんなのがヒーローの戦い方かよ
:人の心とかないんか
:人間ミサイル使えよ!
が、一般受けはすこぶる悪い。
だが、それが何だというのか。ジョーは初めから言っていた。「魅せる戦いはできない」と。そしてその予言通りとなり、無事危機を脱したのだ。何を非難される謂れがあろうか。
「とりあえず、今回の探索はこんなところだろう。いろいろと予定外のことが多かったが、得たものも大きかった。そんな冒険だったな」
非常に多くの視聴者を得た。同時にヘイトも集まったような気がするが、臆するアキラではない。
「どうも皆さん視聴ありがとうございました。今回の探索は、ここで終わります。面白いと感じたら、どうか『いいね』とチャンネル登録を」
:ふざけんな、あんな消化不良な戦いで終わりかよ
:ブルーに痛い目にあってほしい
:そもそもこのチーム花がねえんだよせっかく女の子がいんのに
:顔ぐらい見せろ
「顔ぐらいならいくらでも見せてあげるわ」
コメントに反応して、ミカがヘルメットを外してカメラの前に立った。スラスターをすかしっぺしたり、壁に突っ込んだりとあまりいいところのなかった彼女ではあるが、黙って立っていれば儚げな、非常に見目麗しい外見をしている。
:うわめっちゃ美少女
:こんなかわいい子がすかしっぺしてたんか
:キャプテンケイオスは顔出しOKなん?
「すかしっぺなんかしてないわ。何のこと。それから顔出しOKなのは私だけよ」
「ミカ君、教えたとおりにアレを」
アキラに声をかけられてミカは一瞬ぼうっとしたままであったが、すぐに何かを思い出したようで、カメラの方に上目遣いで視線を送る。
「チャンネル登録と『いいね』……お願いします」
:うおおおおおお
:うおおお¥1000
:いいね! いいね!¥500
いいねの数が爆増し、お願いもしていないのに投げ銭が乱れ飛ぶ。男とは単純なものである。
「ふう……カメラを切った。お疲れ様」
バイザーの内面にスーパーインポーズされていたコメントが消え、辺りには静寂が訪れる。まだ帰り道はあるものの、とりあえずは、これでジョーの初の配信は無事終わったのだ。
「だいぶ……ファイトスタイルが変わったな、ジョー」
「そうなのか? 前は……どんな?」
「いや、先入観を与えない方がいいだろう。君は自分の思うように戦え。幸い君の兵装には身体能力のアップ以外の特殊能力はまだない」
ジョーは大きく深呼吸をする。前回は偶発的な事故としても、命のやり取りを背負った戦いは生まれて初めてのことである。今更ながら、少し怖くなってきた。
「……やっぱり、自爆した後だとろくな兵装が残ってないわ」
兵どもが夢のあと。
あれほどの力を誇った敵の死骸から、金目の物を剥ぎ取る姿など、視聴者には見せられないヒーローの「暗部」だ。動物型の敵なら何も言われまいが、人であれば忌諱感は強い。
「大分戦い方の印象は変わったけど、やっぱりジョーはジョーよ。頼りになる」
ノースフィストの死体を漁るのを諦めたミカがようやく緊張感の糸を緩めて、ジョーの胸にその額を預けた。
「どういうことだ? 君達は、デキているのか?」
「俺にも分からん。逆に聞くがアキラは知らないのか? いや、それ以前にお互いの能力や戦い方を教えてほしい。そうすれば戦い方の幅も広がる」
ふむ、とアキラが黙り込んで考える。先入観は与えたくないが、確かにジョーの言うことに一理ある。いや、記憶を取り戻す、戻さない以前に死んでしまったら元も子もないのだ。
「いいだろう。まず私は前にも言った通りこのチームの『頭脳』だ。情報収集や解析、周囲の警戒を主に担当している。基本的に戦闘はしないものと思ってくれ」
役割と、実際の行動には少し乖離があるように感じられる。
「ミカ君は、スラスターによる高速機動とドローンの操作。今回は使わなかったが時限式の爆弾を発射することができるが、やはり基本的には支援型のユニットだと思ってくれ」
遊撃手的な動きができるということである。しかし今回見られたように、あまり精緻な行動は期待できなさそうだ。
「三人チームで、戦闘員は俺一人だけということか……」
いかにもバランスが悪い。エルヴェイティは三人ともが戦闘に参加し、その他の雑用は二人のスタッフが担当していた。
「まあ、ダンジョンの探索が進めば兵装の強化もできる。そこら辺の課題はおいおい解決していけるだろう。それよりも今日は帰ろう。家に帰るまでがヒーローだぞ」
一抹の不安を胸に覚えるジョーであったが、このアキラのポジティブさには頭に来るところもあるが、少し救われるところがあると感じたのだった。




