ローキック
旋風のごとき拳が吹き荒れる。
二発、三発と続けざまに速射砲のような左ジャブが発射される。ジョーは相手の前足の関節を蹴って動きを制限しながら避ける。
「ボクシングか」
「てめえの方こそ、何か格闘技をかじってやがるな」
戦いは一見して互角。しかしアドバンテージは怪人側にある。理由はその異様な体格だ。もともと二メートルほどもある巨躯の上に直立すれば五指の先が膝よりも下に来るほどに腕が長い。そのうえ上腕、前腕、ともに女性のウエストほどの太さがあり、その先についているのは人の頭ほどの大きさのある拳だ。
百戦錬磨のヒーローであるエルヴェイティの二人をたった一撃で昏倒させたこの拳が一呼吸のうちに何発も飛んでくるのだ。
「どうする? ブルー。エルヴェイティにはああいったけど、正直敵に隙が無い」
エルヴェイティの五人はアキラたちに促されてこの場から撤退していった。怪人ノースフィストが妨害に動くかもしれないと思われたが、どうやら奴は今、ジョーとの戦いに集中しているようである。
この状態からジョーを回収して無事逃げ切る方法など果たしてあるのか。
「そんなことより見ろ、ピンク」
アキラがパソコンの画面を指差す。
「視聴者数がえらいことになっている。これは、十万を超えるかもしれないぞ」
:ほんまこいつは……
:こんなカスなヒーロー初めて見たんやけど
:こいつをヒーローと呼びたくないわ
エルヴェイティが配信を中止してダンジョンからの脱出に動いたため、実際に多くの視聴者がそこから流れてきているのだ。視聴者と「いいね」の数もうなぎのぼりである。
しかしそれと同時に今回の探索を最初から見ている視聴者たちのヘイトもブルーことアキラに集中し始めている。これも彼の策略なのか、それとも天然なのかは分からない。
「ブルー、いい加減にして。仲間が命をかけて戦ってる時に」
:ミカカたんのゆうとおりだわ
:キャプテンケイオスの良心だな
これも狙ってかどうかは分からないが、ミカがそのヘイトを上手くコントロールし、キャプテンケイオス全体ではなく、アキラ個人に向かうように誘導する。
しかしいずれにしろ、彼らのヘイトコントロールなど、ジョーと、戦っているノースフィストには関係がないのだ。
「どちらにしろ私達に、この戦いへと干渉できることはない。ならば私達は出来ることをするまでだ。出来ること、とはすなわち、新規さんへのあいさつと、投げ銭へのお礼に他ならない」
そうではあるが。確かにそうではあるが。
「私たちヒーローは一人で戦っているのではない。みんなの応援と、好意、それに広告費で成り立っているのだ。人々の思いが、私達の力になるのだ」
実も蓋もない。
「どうしたッ、防戦一方か!」
そうしている間にもジョーと怪人の戦いは続いている。
依然攻め続けるノースフィストに対して、ジョーはいまいち攻めに転じることができないように見える。
それもそのはず。単純にジャブを繰り返しているだけのように見えるノースフィストであるが、その攻撃範囲は常人の足技よりもはるかに広い。そして破壊力は折り紙付き。
「防戦一方に、見えるのか?」
しかしなおもジョーは敵を挑発する。
一言いえば、数発のパンチが稲妻のように奔る。ジョーはなかなか攻撃有効範囲に入れない。相手の踏み込んできた足に、姿勢を制御するためのローキックを入れるのが関の山である。
「ちょこまかと逃げ回りやがってぇ」
だが、やはり当たらないのだ。一撃でも掠れば体の小さいジョーには致命傷となりかねない拳。しかし、当たらない。
「拳がでかすぎて、バランスが悪いんじゃないのか? 拳を出す際に、反対側の腕でバランスをとるのが癖になっているな」
ノースフィストが舌打ちをするが、ジョーはさらに言葉を続ける。
「テレフォンパンチだ」
「野郎―ッ!!」
先ほど館林エポナに対して行った指摘を、重ね合わせるようにノースフィストに被せたのだ。これはさすがに頭に来たようだ。様子見のジャブから一転、一気に突っ込んでくる。
だが、右のストレートに合わせて背中側に回り込むようにしながら、今度は腰の入った強烈な左下段回し蹴りを入れる。破裂音。芯まで響く強烈な蹴りの音がこだまする。
大きくバランスを崩したノースフィストに対して追撃に入るかと思われたが、ジョーはバックステップで距離をとった。
「ん……チャンスじゃないのか」
:なんでいかねーんだよ
:チャンス逃したな
:シロウトか
アキラの一言から、堰を切ったようにコメントが流れる。誰もが今の攻防を「チャンス」だと思っていたのだ。しかしジョーは下がった。
「てめえ……舐めてんのか」
そしてそれは当のノースフィストも同じだったようである。
「余裕のつもりかッ!!」
しかし頭に血が上っているのか、単調なワンツーパンチ。それをぎりぎりで捌き、今度は右足の内股を蹴り上げる。
右足が一瞬浮き上がるほどの衝撃。さらに返す刀で攻撃。今度も足へ、左下段回し蹴り。攻撃が終わるとすぐさまバックステップで距離をとる。
徹底して足を狙う作戦のようである。
「なんなんだ、てめえ」
その後ノースフィストは少し冷静さを取り戻し、ジャブからの連続攻撃を組み立てるが、ジョーは本格的に相手の間合いには入らず、遠間からローキックを入れ、すぐにまた距離をとる。射程範囲へ出たり入ったりを繰り返しながらひたすら相手の脚に打撃を繰り返し続けた。
その間、およそ二十分。
グラップリングならともかく、立ち技主体の戦いでこれほど長い戦いになることはほとんど、いや全くないだろう。
それもそのはず。一度極まってしまえばそれで完全に決着がつくため、主導権の奪い合いになる寝技と違って、打撃は一瞬でケリがつく。
一瞬でなくとも、打撃のダメージは蓄積しやすい。二分も戦い続ければ、両者ともに体は満足に動かせないくらいボロボロになってしまうのだ。
それを二十分もつづけたらいったいどうなるのか。その答えがこれである。
「うっ……ぐすっ、うあぁ……」
「……泣いてる」




