飯垣博士
「俺が、目的だと?」
怪人ノースフィストは失神したエポナの仲間、大男のキングの体の上にどかりと座る。
「そーゆーこと。銀行で倒したろ? サトリちゃん」
サトリとは、クロノワールを追い詰めていた「電気を読む」能力を持った怪人である。そもそもあの一戦(?)が、キャプテンケイオスが注目を集めた理由なのだ。
そして注目を集めたのはもちろん、視聴者だけではなかった。当然ながら、敵の注目も集める。それも、あのサトリが所属していた組織ならば、なおさら。
「まあ、そういう事情だ」
笑顔でノースフィストがタブレットを取り出す。手がでかすぎてスマホに見えるが、十三インチのれっきとしたタブレットである。そこにはロリポップ(棒付きの飴玉)を咥えた白衣の少女が映っていた。
『コーヒー淹れるの? あたしもちょうだい』
回転椅子に座り、くるくると回りながら誰かと話しているようだ。
『これさー……もしかしてキャプテンなんとかって奴と接触できなかったらそれまであたしずっと待機なのー?』
随分と暇を持て余しているようである。
「おい、映ってんぞ」
『え!? あ!!』
よほど驚いたのか、声をかけられるとのけ反って椅子から転げ落ちてしまった。
『大丈夫ですか? 飯垣博士』
『痛った……飴が刺さって』
『どれどれ、見せてください。あ、血が出てますよこれ』
『マジで? 口内炎になる?』
「おい、映ってるって言ってんだろ。早くしろや」
瞳に涙を浮かべながら画面の向こうの少女がこちらを睨む。そして、ややあって、違う、この表情ではない。と思い直し、見降ろし気味にカメラに向かい煽り画角の顔になる。
『待ちくたびれたわよ♡ あんたがぅちのサトリを倒したケイオスレッド? よわそー♡』
:なんなんこのメスガキ?
:メガデスってこないだ人間ミサイルで倒した奴の組織?
:それで待ち伏せしてたんか
怪人「サトリ」を倒した件について、メガデスはよほど重く見ていたようである。配信者であるヒーローの動向を把握することは容易い。配信予定を確認するだけでよいのだから。
『本来ならあんたみたいなざこヒーロー放っとくんだけどぉ♡ ぅちの最強怪人を偶然で倒しちゃったからって上の奴らがうるさいのよねぇ♡』
偶然で倒したのは事実である。
『ってわけで、もうめんどくさいからあんたみたいなざこさっさと怪人送り込んで倒しちゃお♡ ってことになったのよね♡ あんたもこれでおしまいよ。ざぁこ♡ ざ』
まだ何か言っている途中のようであったが、ノースフィストはタッチペンを使ってタブレットの通信を切った。あの太い指ではタッチ操作には難儀することだろう。
「こいつの声聞いてるとちん〇んがイライラしてくるからもう切るぜ。大した情報はねえしな」
「いいだろう。一対一で、貴様の挑戦を受けよう。みんな、手出しは不要だ」
「無謀ですわ!」
エポナが抗議の声を上げるが、ジョーは一度「こう」と決めたことを容易く曲げる人間ではないし、全く勝算のない戦いを受ける人間でもない。
:無理だろ
:エルヴェイティが三人がかりで手も足も出なかったんだぞ。普通にボコられて終わりだろ
:蜘蛛ごときに勝てなかったんだぞ。他の奴ら逃げる準備してた方がいいだろ
とはいえ、視聴者の多くがジョーの勝てる相手ではないと感じていたし、他ならぬアキラとミカですらそう思っていた。ここから考えるのは、敵にどう「隙」を作りだし、どう逃げるかの戦いだと、そう理解していた。
「それから、人の体の上に座るな。たとえ勝負に勝ったとて、そこまで尊厳をないがしろにしていい権利などない」
「おうおう、優等生さんだね。それなら俺もひとこと言わせてもらうがよ」
ニヤニヤと笑いながらノースフィストは立ち上がる。
「どっちが『挑戦者』だッ!!」
ノーモーションからの左のジャブ。先ほどエルヴェイティのメンバーを倒した時とは全く違う、最速の突きが飛んできた。しかし読んでいたのか、見てから躱したのか、それは不明だがジョーはスウェーでそれを躱してから距離をとる。
「ほう、言うだけあってちったあ出来るじゃねえか」
「お前は戦うよりもしゃべる方が得意なようだな」
ジョーの言葉にノースフィストのこめかみに血管が浮き出た。しかし、怒りに任せて突撃してきたりはしない。挑発であると理解している。
「エポナ、今のうちにキングとイニスを回収するんだ」
二人よりも距離をとった位置でアキラが館林エポナに耳打ちをする。状況を見れば二人は死んではいない。エポナはグラインドクローをそろそろとゆっくり動かして、二人の体を引き寄せた。
「イニスの方のケガは深刻かもしれない。今日は引き上げた方がいいだろう」
「あなた達は……どうするんですの?」
エポナに問いかけられてアキラはジョーの方をちらりと見る。ジョーが怪人を倒せれば何も問題はない。八方丸く収まる。しかし事はそう簡単に進むだろうか。
仲間としては信じたい気持ちが強いが、蜘蛛に手こずっていた彼があの怪人を倒せるかどうか。
「隙さえ見つけられれば、私がレッドとブルーを抱えて飛ぶ。私のスラスターを全開にして吹かせば、誰も追いつけない」
ミカがそう宣言した。すなわち、自分たちだけであれば如何様にも逃げられると。一方エルヴェイティはそうはいかない。二人が倒れているうえにさらに二人非戦闘員がいる。はっきりと言えばこの状態でばかうけから脱出することすら厳しい状況だ。
「分かりましたわ。私達は今のうちにここから脱出します。こんな状態で、あなた達を置き去りにするのは非常に心苦しいですが……」
「まあ、事の顛末は地上に戻ってから私達、キャプテンケイオスの過去配信動画で確認するといい。その際、いいねとチャンネル登録も忘れずに。エルヴェイティの配信を今、こうして見ている方々も、この先がどうなるのか気になるのなら是非『キャプテンケイオス』で検索して、今現在こうして配信中の私たちの動画を視聴してほしい! その際、いいねとチャンネル登……」




