エルヴェイティ
:なんだ!?
:何が起こった?
:ブルーがやったのか?
数百のコメントの嵐が怒涛の如く流れる。このピンチにおいて一発逆転、蜘蛛の脚が切断されて絶命したのだ。それも仕方あるまい。
「クックック、すべて私の計算通りだ」
:マジで……?
:どういうことなん?
コメントの嵐は未だやむことはない。ジョーもミカもやはり状況を把握できていないような顔をしている。いったい何が起きたのか。
「オ~ホッホッホ! 危ないところでしたわね!」
耳障りな甲高い声が響く。突如現れた金髪縦ロールの女性。ジョー達と同じく兵装に身を包んでいるのだが大分様相が違う。彼らのように全身ボディスーツにヘルメットではなく、顔も見せているし、太ももやデコルテなどを露出しているのだ。胸は豊満だ。
:エルヴェイティだ
:ほんまや。あの乳、間違いない
「この私、“エルヴェイティ”の館林エポナが来たからにはもう安心ですわ、ダンジョン初心者の探索者さん達」
女性がしゃべっているうちにさらに奥から人が出てくる。手槍を持った全身兵装に身を包んだ男と、ハンマーを持った大柄な男。さらにもう二人、こちらは兵装をつけていない、一般流通品のプロテクタを纏った男性二人。おそらくは荷物持ちと撮影係だろう。
:まさか……
一部の視聴者はアキラの思惑に気づいたようである。アキラは自信満々に眼鏡をクイ、と上げる仕草をする。もちろん眼鏡はない。
「そう。私が今日を探索の日に選んだのは今日がチームエルヴェイティの探索予定の日と被っているからだ。もちろん『何かあれば助けてもらえるかもしれない』との『あわよくば待ち』ということだ」
説明しよう! エルヴェイティとはダンジョン探索を主要な活動としている三人組のヒーローチームである。メインの人物は先ほどの女性、館林エポナ。
実践重視のボディスーツ型のジョー達とは一線を画す“魅せる”ための兵装でありながら先ほど蜘蛛を一瞬で解体したように非常に戦闘能力も高い、トップ配信者なのだ。
:セコい……
:よくあの状況で指パッチンできたな
:でもこんな丁度いいタイミングで助けに来てくれるもんなのか?
それはその通りである。今日同じ探索予定であるということは同じフロアにいる可能性は高い。しかしここに来るまでに分かれ道もあったし、一つのフロアもそこそこの広さがあるのだ。それを「偶然助けに来てくれる」ことに一点賭けしたというのか。あまりにもリスキーすぎる賭けだ。
「無論。この私がそんな運賦天賦に頼るような作戦など立てるはずがあるまい」
:さっきワンチャンいけるとか言ってたじゃねえかよ
「これを見たまえ」
そう言ってアキラはパソコンの画面をドローンの方に見せる。どうやらブラウザの画面が開いているようだ。表示しているのは、動画配信サイトのようである。
「エルヴェイティの配信を見て、彼女達が今、ここにやってくることが分かっていて時間稼ぎをしていたのだ。この私のデータに間違いはない!」
:自分の配信中に他人の配信見てんじゃねえよ!!
:ストーカーかてめえは!!
:聞いて損したわ
正直言って十分褒められる作戦であったとは思う。しかしもうヘイトを集めきった彼への評価はかなり厳しめになってしまうようだ。
「あなた大丈夫ですの? 治療が必要かしら?」
「いや……大丈夫だ。麻痺も少しずつ収まってきた。本当に、ありがとう」
礼を言うジョーであるが、その苦虫を噛み潰したような表情はケガのためか、それとも屈辱か。
「私からも礼を言わせてもらおう。館林エポナ殿、感謝する」
:なんでそんな偉そうなんだお前は
「若さに任せて無謀な冒険をするのもいいですが、命は大事にすることですわね。では、ごきげんよう」
:トップ配信者は人間もできてるな。ちょっと見習えお前
:エポナたんエロかわゆす
「あれがトップ配信者……」
ようやく脳震盪から回復したミカが呟くように言う。実際ダンジョンの中でヒーロー同士がかち合うということはほとんどない。そういう意味ではアキラの作戦は見事にはまったともいえる。
「レッド……大丈夫? その糸、脱出できる?」
「少し難しいな。見ろ、やはり糸が粘着性でナイフではなかなか切れない」
ミカの質問にジョーは答えず、代わりにナイフで糸をどうにかしようと処置していたアキラが答える。
「どいて、ブルー。私が何とかする」
そう言うとミカはなぜかジョーに尻を向けた。ぶわっとスカートが開く。当然パンツが見えたりはしない。そこにあるのはスラスターだ。
「ピンク……何をするつもりだ?」
コメント欄にも何を期待してなのか卑猥な言葉が溢れる。
「タンパク質でできている糸なら熱に弱いはず。私のスラスターの内ジェットエンジンの方を弱噴射して熱で溶かせるはず」
「そ……そうか。なんかこう……ビジュアルが……」
「ンッ……」
なぜかいきむミカ。
「ピンク? 何をしようとしているのかなピンク?」
説明しよう! これは「兵装」の操作方法にきわめて深く関わる問題なのだ。
通常、兵装の操作については普通の機械のようにボタンやタッチスクリーンで操作するものではない。音声操作や、もしくは兵装のリンクシステムによる神経系からの命令によって実行されるのである。
しかし、スラスターなどもともと人間に備わっていない器官に関しては、慣れるまでは身体の内、似た部位を動かす動作によって代替することが望ましい。それが、彼女の場合は「いきむ」動作なのだ。「いきむ」ことによって人間が何か噴射することなどあろうかと思った読者の諸兄、貴公等は純真なのでそのままでいてほしい。
「ピンク? 大丈夫なのかピンク? これは配信していいやつなのか?」
:BANされるんじゃね?
:これはマニア向けすぎるな
「ん……話しかけないで、ブルー。ちょっとだけ噴射するのが、難しくて……こう、すかすようなイメージでやれば、イケるかも……」
「すかす? 何をすかすのかなピンク?」
具体的な言及については避けていただきたいものだ。作者の品位が疑われる。
「んんッ」
ぷすうっ、と一瞬スラスターに火が付き、ジョーを薄く覆っていた蜘蛛の糸を溶かした。




