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FAKE HERO  作者: 月江堂
13/17

蜘蛛

「フシュウゥゥ……」


 大型犬ほども大きさのある胴体を持つ巨大な蜘蛛。そこから四方八方にタカアシガニのように脚が伸びている。おそらく足を広げるとその幅は三メートルを軽く越えるだろう。

あまりにも巨大すぎるため蜘蛛というよりはヤシガニのような印象を受けるが、頭部にある、何を考えているかわからない八つの複眼が強烈に虫であることを主張する。


「来い……お前はどんな戦い方をする?」


 相手の体格に合わせてジョーは若干構えを低くする。


「スパイダータイプのドグマ、通称マンイーター。蜘蛛は通常腹部の先端から粘着性の糸を吐き出して待ち伏せ型の罠を作るが、バードイーターなどの大型の徘徊性のものはとびかかってくるので気を付けたまえ。それと、麻痺毒を持っているものも多い」


:クモじゃなくてドグマの情報出せよ!


:確定情報が何一つねえ……


:お前のパソコンには何の情報なら入ってんだよ


「もっとも、こいつは蜘蛛の形状を模しただけのドグマだから、蜘蛛の特性を持っているとは限らないが」


:帰れお前もう


:お前何のためにいるんだよ


 辛辣なコメントが画面内に数百という単位で飛び交う。しかし、おおむねその通りであった。


「しかし徘徊性の蜘蛛といえばやはりハエトリグモだな。私はあれが大好きだ。とても愛らしい外見をしている。俊敏な跳躍によってあの早いハエを捕まえるだけではない。攻撃の際に糸を出しておき、命綱の代わりにしたり、捕まっても飛び立って逃げようとするハエを抑えるためにアンカーとして使用したりもするのだ」


:お前の蜘蛛トークはどーでもいーんだよ!


:集中できないから黙ってろ!


:そういうのはもっと尺が余ってる時にやれよ


 のんきに蜘蛛トークを繰り広げている横では緊迫した空気のもとでの探り合いが繰り広げられていた。


「レッド、この状況下では私の支援に期待しないで。何かあった時のバックアップはする」


 バクン、と音を立ててピンクのスカートが少し広がる。その内側にはスラスターが内蔵されているが、この閉所でそれが使えるのだろうか。


(変わらない。俺のやることは目の前の敵と戦って倒すこと、それだけだ)


 慎重に相手の出方をうかがいながら大きな円を描くようにジョーが動く。目的地があっての移動ではない。こちらが少しずつ動き、それに対応しようとする敵の動きから少しでも「綻び」を見出そうというのだ。


 もはや呼吸をしているのかどうかも分からない。


 バイザーの内側に流れていくコメントは視界には入っても瞳には映らない。自分と敵だけの、閉鎖された空間。


 何がきっかけであったのかは分からない。


 破裂音。


 音があって初めて何が起きたのか、見ていた人間も理解できた。ジョーのローキックが蜘蛛の脚の一本を破壊したのだ。


 蜘蛛はジョーの体を抱え込もうと前方の脚を広げるが、左の手刀がさらにもう一本の脚を粉砕する。さらに返す右の拳が打ち下ろされ、蜘蛛の頭部にめり込む。


 連打、連打、連打。両の拳が雨あられと打ち込まれる。


 戦いというものは、一度流れ始めたらその流れを変えることは不可能に近い。一発逆転の目などというものは実際にはほとんどないのだ。


 だが、人よりは野生動物に近いドグマの爆発力を甘く見ていたと言う他ない。頭部と前側の脚をボロボロに破壊されながらも蜘蛛はジョーに抱き着いて押し倒した。


「ぐうっ!?」


 気づけば下半身にうっすらと糸が巻き付いている。動きが鈍る。だが今問題なのは上半身だ。腕を押さえつけられ、そして牙が迫る。もし実際の蜘蛛の形態を模写しているのならおそらく麻痺毒がある。それを撃ち込まれたらおしまいだ。


「レッド!!」


 ミカがスラスターをバーストさせながら突っ込んでくるが、しかし蜘蛛はジョーを抱えたまま残った足で素早く動きそれを躱す。ミカは反対側の壁に突っ込んでいった。どうやらあまり繊細な動きはできないようだ。


「ふんッ!!」


 ジョーはまだあきらめたわけではない。蜘蛛の頭部に頭突きを繰り出す。あちこちがひび割れ、先ほどのゴーレムのように黒い液体が漏れてきてはいるが、まだまだ活動に問題はないようだ。


 それよりもまずいことがある。蜘蛛が胴体を振り、さらに糸が絡みつく。もう腕までもが糸で封じられてしまっている。絶体絶命のピンチだ。


「放せ!」


 アキラもタフノートを振りかぶり、殴り掛かるが、ミカの高機動チャージも躱されたのだ。並の攻撃では軽く躱される。そもそもパソコンで殴り掛かるな。


「くそ、ああッ!!」


 とうとう蜘蛛がジョーの首筋に噛みついた。おそらくは麻痺毒を流し込まれるのだ。怒りか、毒のせいか、ジョーの顔が真っ赤になる。しかしその怒りの表情とは反対に体は弛緩する。蜘蛛はジョーの体をくるくると器用に回して寝袋のように糸で包んだ。まずは一人。


「くっ、ピンク! 二人で協調して攻撃するぞ」


「うう……」


 崩れた壁のがれきを押しのけてミカが立ち上がる。しかしその足取りは幽鬼のごとく頼りない。


「め、めまいが……」


 こんなところで急に病弱設定を思い出したのか。いや、単純に頭から壁に突っ込んだので脳震盪を起こしているのだ。ただでさえ精緻な行動が出来ていないのにこの状態で攻撃に移れるのか。


:おいおい、マジでピンチじゃん。死ぬぜ


:第一階層でこのザマとかマジで弱小チームなんだな


:こないだの人間ミサイルやれよ


:まあ、所詮は一発屋か。笑わせてもらったよ


 この場に命という名の責任を負っていない視聴者は身勝手なことを言う。しかし、おおむね事実ではある。主要な戦闘メンバーを無力化され、もはやキャプテン・ケイオスは風前の灯なのだ。


:しゃーないだろ。レッドのことはあきらめて逃げろ


:まあリーダーの器じゃなかったってことや


:逃げろ。死亡シーン流れたらアカBANされんぞ


「悪いが、仲間を見捨てて逃げるなんて選択肢は存在しない」


 くい、とメガネを直す仕草をする。しかし今度のアキラは口調も平静。外見上は冷静そのものにしか見えない。これがこけおどしなのか、それとも何か策があるのか。


:かっこつけてんな!


:もうお前の言葉に一ミリも信用性がねえんだよ


「格好つけているわけではない。私の計算ではすでに勝利への道が見えているのだ」


 アキラがパソコンを片手にパチン、と指を鳴らす。


 その瞬間、蜘蛛の脚が千切れ飛んだ。

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