端数
「私は君をまだリーダーと認めたわけではない」
:このタイミングで言うことか
:あれだけの醜態さらしておいてよくそれ言えるわ
:メンタル強すぎ……
「待ってくれ」
アキラの言葉にジョーは手を前にかざして遮る。
「そもそもだ。そのリーダーがどうとかいう話、病院でも言っていたが、何の話だ? 俺が記憶を失ってるっていうのは分かってるよな?」
「これは“プロレス”よ、レッド」
「プロレス?」
もちろん本来の意味のプロフェッショナルレスリングのことではない。非常に失礼な意味を孕んでいること承知で端的に表現するならブックありきの話というわけだ。
もともとこの三人の中でケイオスレッドがイメージカラーが赤であり、メインに戦闘を行うということもあり、リーダーと暫定的に決まっていたものの、ブルーがそれに納得していない、というナラティブがあったのである。
だが当然ながらついこの間ヒーローになったばかりの武石ジョーはそんなことは知らない。さらに言うなら新規の視聴者のほとんども知らないのだ。
「この際だ、以前から登録していただいている視聴者なんて端数みたいなものだからもう一度説明させてもらおう!」
:また端数って言った
:もっと古参を大事にしろ
「リーダーとは、このチームをまとめられる“頭脳”ともいえる人物がなるべきだ」
:じゃあお前ダメじゃねーか
:どんだけ自己評価高いんだよこいつ
:記憶喪失なのかなこの人
「ジョー、君がリーダーになりたいというのなら、その“力”を今回の探索で示してもらおう」
:また本名呼んだぞこいつ
:まずお前が示せよ
コメント欄はツッコミの嵐であるが、そんなことを気にするアキラではない。
「俺はリーダーになりたいなどと思っていないし、自分のことをヒーローだとも思っていない」
アキラはもちろん面倒な性格をしていることが自明であるものの、しかし同じようにジョーもまた面倒な性格をしている。よく言えば一本芯のある考え方を持っているようだ。
「ふん、いいだろう。入院で腕がなまっていないか、見せてもらおうか」
「実力で見せろ、か。いいだろう、ついてこい」
そう言うとアキラは颯爽とダンジョンの中を歩きだす。この男の記憶力は記憶喪失者よりも不安が残る。
「ブルー、早く歩きすぎ。もっと慎重に進む」
ミカに指摘されるとアキラはむう、と小さくうめき声をあげて歩みの速度を抑えた。面と向かって言われればちゃんと言うことを聞くのだ。ただ、普段周りが見えないだけで。データキャラとしては致命的である。もちろんリーダーにも不適格だ。
「とりあえず、この先の話。前回の探索の時に見つけはしたけどたどり着けなかったチェストを目指す」
「チェスト? そんなものがあるのか?」
警戒しながらのゆっくりとした歩みの中で、ジョーがミカの言葉に聞き返す。この「ばかうけ」の中がまるでRPGのダンジョンのようである、とは感じていたし、実際ダンジョンと認識はされていたのであるが、そんなプライズまでが用意されているとは思ってもみなかった。
「実際あれが何のためにあるのかは分からないわ。ドグマ用の装備なのか、探索者をおびき寄せるための罠か、それとも全く別のものなのか」
:チュートリアル始まったな
:ホントに記憶喪失なん?
「チェストの中には兵装をパワーアップできるようなデータがあったり、特殊な武器や防具が眠っていることがあるわ。自分で使ってもいいし、金に換えてもいい」
要は、ドグマを倒した時に敵から剥いだ兵装と同じように扱えるということである。また、中に入っているプライズも深層へと行くほど貴重なものになっていることが多いというおまけつきだ。なんとも射幸心をあおるシステムである。
「いったい、ドグマの奴らは、何を考えているんだろうな」
ぼそりとジョーが呟く。
実際そこについてはずっと不明な部分なのだ。
宇宙船が着陸して以来、宇宙人……ドグマは時折ダンジョンの外に出て人間に攻撃してくることはあるものの、地球への本格的な侵攻は行ってこない。
地球人側が探索者を送り込んでハック&スラッシュに及んでいるというのに、秩序だった大部隊による防衛や攻撃もしてこない。もちろん戦闘となれば必死で抵抗し、そして探索者を殺そうとしてくるし、実際何人も命を落としているのだが、なんというか、いまいち必死さが感じられないのだ。
「ドグマは、探索者や地球人を脅威とは見ていない?」
「かもね。あるいは」
異星人の科学力が地球のものよりも数段進んでいることはよくわかっている。実際今利用している兵装も、ほとんどは原理が分からずにただ利用しているだけなのだ。
「本当は、仲良くしたいのかも」
「だとしたら相当口下手だな」
バイザーの中でミカがフッ、と笑う。ジョーは初めて彼女が笑うのを見た。
「敵の反応アリ、だ」
戦闘でパソコンを開きながら歩いていたアキラが立ち止まりそう言う。言葉を受け、ジョーが前に出て、構える。アップライトに構えたボクシングのようなスタイル。通路の途中で少し広くなっている小部屋のような場所で待ち構える。通路の向こうからゴソゴソと大きな音が聞こえてくる。
「来い」
:お、デビュー戦か
:いや、古参からすると復帰戦なんやけど……
「来たぞ。足音から察するに、おそらくはマンティスタイプのドグマの可能性が九十二パーセント。注意したまえ」
:お前の確率もう信用できねーんだよ
:ブルーがそう言ったってことはカマキリ以外だな
もはや視聴者のアキラへの不信感は頂点に達している。
「プシュウゥゥ……」
妙な呼気の音を響かせて、ゆっくりと姿を現したのはスパイダー型のドグマであった。




