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シーン5:生存戦略

その夜、レンは自室で一人、窓辺に立っていた。


父に「実験」を見られてから三日が経ち、それからなんとなく屋敷の空気が微かに変わったのを感じていた。


公爵は何も言わなかったが、時折レンを見る目つきが変わった――評価するような、値踏みするような、まるで新しく手に入れた財産を眺めるような視線。


レンは星空を見上げた。無数の星が瞬き、冷たい光を放っている。地球とは違う星座。この世界の空だ。


父は、レンが『森閑の魔術』を使えると思っている。その誤解がレンを生かしてくれた。


魔力ゼロの失敗作から、特別な才能を持つ息子へ。


でも、その誤解を維持するには、もっと精巧な偽装が必要だった。


レンはこの三日間、侍女たちを観察し続けた。魔術を使う時だけでなく、使っていない時も。そして気づく――彼女たちの周囲には常に、微かなマナの揺らぎがあることに。


目には見えないが、空気が微かに歪むような、温度がわずかに変わるような、そんな感覚的な変化。


それは呼吸のようなものだった。生きている限り止められない、自然な放出だ。優秀な魔術師ほどその放出量を抑えられるが、それでも完全にゼロにはできない。生物として不可能なのだ。


レンは、呼吸をしていない「亡霊」のようだった。


このままでは、いずれバレる。


レンは立ち上がり、小さな木箱を開けた。中には様々な鉱物の粉末が入っている。ようやく見つけた――マナと反応する物質を。


淡い青色の鉱物。この世界では「星光石」と呼ばれる、ありふれた石だ。魔術の触媒としては性能が低く、ほとんど使われない。でも、レンの目的には最適だった。星光石は環境中のマナを吸収する性質を持ち、レンが化学処理を施すと、吸収したマナを徐々に放出するようになる。まるで呼吸のように。


レンは星光石の粉末を乳鉢に入れ、丁寧にすり潰した。粒子を細かくし、別の薬剤を混ぜて化学反応を起こさせる。粉末の色が変わる。淡い青から、わずかに白みを帯びた色へ。これを小さな布袋に詰め、上着の裏地に縫い付ける。胸元、心臓の近く。


針を手に取り、慎重に縫い付けていく。一針、一針。窓から差し込む星明かりだけが、レンの手元を照らしていた。


これで、レンも「呼吸」できる。


布袋を縫い終え、レンは上着を羽織った。胸元にわずかな重みを感じた。環境中のマナが布袋に吸収され、少しずつ放出される。まるでレンが自然にマナを放出しているかのように。


レンは窓辺に戻り、星空を見上げた。冷たい風が頬を撫でる。


これは人間らしさではない。これもまた嘘だ。レンは本当の意味で「呼吸」していない。ただ環境中のマナを借りて、呼吸しているふりをしているだけの、偽物だ。


レンは胸元の布袋に手を当てた。温かい。マナが微かに熱を持っている。これが、レンの命綱だった。


これでレンはこの世界の「人間」になれた。


いや、「人間のふり」ができるようになった。



第一章:最期と始まり ――完――

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