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吸血鬼と納豆味噌汁

「追放されたのさ」


「何で?」


「パーティーの金を持ち逃げしたから」


「全部ギャンブルに溶かしたのよね?」


「その通りだ!」


「同情の余地が全くない。芸術点が高すぎよ」


まな板で大根を切りながら、他愛のない話をしていた。リゼルはなぜかご機嫌そうだった。


背後のテーブルでクッキーでも頬張っているのだろう。サクサクと歯切れのよい音がした。


「いいじゃないか。こうして君に出会えたわけだし」


「……バカ」


出汁を煮立て、大根を放り込む。透き通りはじめたところで、キノコ類を追加した。


「ふーん? いい香りね」


全部実食済みなのだ。大丈夫、問題はないだろう。恐らくは。


小鍋に確信の具材を入れて、火を通す。


「それが、貴方のお母様の味なのね」


「ああ。家によって微妙に味が違うんだよ」


「……そうなんだ」


今の生活に特段の不満は何もない。気を遣わせてしまったのは不本意だった。


ここで秘蔵の豆を使った味噌を溶かしていく。決して沸騰させてはいけない。


頃合いを見計らって火を止めた。


「できたよ、リゼル」


「ちょっとだけだからね?」


陶器の椀になみなみと注がれた味噌汁から、ごく僅かにケミカルな湯気が立っていた。


どこかで、決定的な誤りを犯してしまった気がした。


「リゼル、待て! それは……」


呼びかけたが、後の祭りだった。硬質な音を立ててスプーンが転がり落ちた。


不気味な忍び笑いが、狭い調理場のタイルに響き渡った。


「……フフフ! ボーア! 貴方も飲むよね?」


リゼルは壁に掛けられた絵に、話しかけていた。視線は彷徨い、瞳の色が失われているように思えた。


「ああ! ボーア! 世界のメシア!」


正気を失っていた。敬われても困るが、今はそれどころではない。


「リゼル、私の血を吸え! 早く!」


本能が彼女の意識を呼び覚ましたのだろう。私に飛びかかり首筋に牙を立てた。


毎度のことながら意識が遠のく。


「はぁ、はぁ、なんてもの飲ますのよ? 貴方」


「やはりキノコは難しい」


「さっきのスープを粉末にすれば……」


「ダメ、絶対」


仲間を裏切った元人間の台詞では、まるで説得力がない。ただここは引けなかった。


「うーん、どうしても?」


「もちろん」


彼女は横を向くと、床に腰を下ろして指先で埃をなぞった。


「本当に意識がトリップしたのよ?」


「懲りないね」


「売れる……。売れるわ」


「君は吸血鬼としての誇りを捨てるのか?」


リゼルが私の顔を見据えた。ほんの少しだけ身を引いていた。


「貴方がそれを言うの?」


「命を金に変えるのは、私よりずっと悪どい」


彼女は窓の方へ目を向けてそっと呟いた。


「ふふーん。私にいい考えがあるの」


振り返ったリゼルは口角を上げていた。


「……まさか」


「貴方の血を吸ったら、すぐに治ったのよ」


実に猫なで声で囁く。リゼルは、天女の微笑みを浮かべていた。


「薬でも作るのか?」


「食あたりに効いたじゃない」


食中毒を治療する血液製剤か。料理人にとって実に皮肉なものだ。


「主従の関係だからこそ、私の血が君を助けた」


「あら? 分かってた?」


「本当に懲りないね。私をからかって何が楽しい?」


「質問に質問で返す人って、好きじゃないな」


リゼルが頬を膨らませると、銀色の髪が揺れて肩を撫でた。


「ところでボーア、本当にキノコだけが犯人かな?」


とことん神に見放される運命らしい。なぜなら――


「さて、御代官様が何をお尋ねになられているのか分かりかねます」


「もう一度訊くわ。あの独特の臭みは何かしら?」


「ご納(・)得(・)していただけませんか? 納(・)豆(・)だけに」


「……へぇ? いい根性してるのね」


抑揚のない静かな声だった。部屋の空気が震えている。


「ヒィィィ!」


「食えるかあ! あんな靴下が蒸れた臭いがする食べ物!」


「ソウルフードだぞ。我が故郷の」


「貴方だって鼻をつまんでいるじゃない」


発(・)酵(・)しすぎたのである。ああ我が薄(・)幸(・)人生。この日、私は一日中屋敷の中をリゼルに追い回されたのだった。


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