天の川ミルキーウェー
「……実に天の川ミルキーウェー」
リゼルご謹製のプリンは、禍々しい甘みで私の舌を焼いた。
「褒めてるの? 貶してるの?」
彼女が私を覗き込んでいた。眉間にシワを寄せ、頬を膨らませている。
「両方。君にしか作れないから」
「何ですってえ!」
「砂糖をどれだけ使ったの?」
呆けた顔で天井のタイルを見つめると、リゼルは片目を瞑った。
「ゴメンね? 途中で量るのを止めちゃった」
「つまり、君は調理場の甘味料を全て使ったのだな」
何ということだ。バカ舌だとは思っていたが、まさかここまでとは。
「えへへ。甘いは正義だよ、ボーア」
彼女は羅紗のような銀髪に手櫛を通し、悪びれた様子は全くなかった。
「過ぎたるは及ばざるが如しと言ってな、リゼル」
「えー? 分かーんなーい」
「ならば、私が台所の塩を舐め尽くしても構わないのか?」
「却下! 却下よ?」
秒で即答だ。誠に都合の良い耳をしていらっしゃる。リゼルは射抜くように私を見据えた。
「時間がかかるのだ。血に甘みが染み込むのは」
「もう! 我慢できないよ~」
プリンもどきにふざけた感想を漏らす間もなく、虹の橋を幻視した。恐らくこの世界の三途の川なのだろう。
「三食欠かさず渦巻きキャンディを舐めてるぞ」
「だからぁ、究極のおやつを作っているの!」
そのうち至高の間食とか言い出しかねない。私の血糖値は間違いなく振り切れているだろう。
「ならばリゼルよ、スイカはあるかな?」
「へぇ? 塩で甘みを引き立てるつもりかな?」
「な・ん・だ・と」
私の背中に冷たい物が這いずり回った。衝撃は計り知れない。
「……食傷なのよ、ソレ」
こんなことがあっていいのか。ここから私がリゼルを驚かせる展開じゃないのか。
「半端な甘みのせいで、貴方の血の塩辛さがマシマシになってるの」
「わが生命の奔流たる血潮から、塩分を絶滅させるつもりなのだな」
我が主上は冷たく笑うと、大衆食堂のお品書きを取り出した。
「プリンがダメなら、チョコレートムースは?」
「……甘草を使ってくれい。死んでしまう」
「あっ! それがあったね~」
リゼルの顔がほころんだ。手を叩くと、黒いローブを翻して駆け出した。
「そいつにも限度はあるからな……」
「任せなさい! 毒薬の調合は、私の十八番なんだから!」
「うん? 今なんか、不穏なことを言わなかったかい?」
年季の入った鍋が、既にグツグツと煮立っていた。紫色の煙が立ち昇っていた。
魔導で眼を凝らすと、凄まじい勢いで食材が放り込まれていた。
「甘草だけじゃもの足りないのよ。これもあっちも!」
「リゼル! シナモン入れすぎだ」
あの香辛料を甘味の代用とするつもりらしい。他の材料は、初めて目にするものだった。
「毒々しい色だな? そんな虫を使うのか?」
「ウフフ、とっても不思議な甘みがするの」
乾燥した虫を取り出すと、彼女は素早くすり潰して、鍋の中へと振り入れた。
「正気か? 文明への挑戦だぞ!」
「いい香りね、これが貴方の血に溶けていくならきっと……」
陶然とした声音だった。あれを食すのは規定事項らしい。哀しくて涙が溢れ出した。その時――
乾いた爆発音と共に、眩い閃光が厨房を走ったのだ。
「リゼル!」
焜炉の傍へと駆け寄った。
「大丈夫よ。問題ないわ」
強がりだ。髪の毛が縮れている。まるで実験が失敗した博士のようだった。
そして彼女の背後から、蜂蜜を煮詰めたような甘い香りが漂って来る。
「もしかして、もしかなんだが」
口の中が乾いて仕方がなかった。唾を上手く飲み込めない。
「どうしても、それを味見しろと?」
「……バカ」
命拾いしたと喜んだのもつかの間だった。
「実は完成品はこっちにあるの」
「……鍋の中のアレは?」
「失敗作。こっちは成功!」
「拒否権はないのか?」
「はい、あーん!」
その言葉がいつもの合図だった。私は全速力で逃げ出した。
彼女のスイーツは、尊い犠牲の上に生み出されている。
私も夜空のお星さまに迎え入れられるのだろう。多分。




