宇宙の彼方へ
蒼穹の彼方に紫煙がたなびいていく。儚い来し方を振り返り、行く末を案じながら主君の手さばきを見届けた。
「ここにたこ焼きがあるんだけどぉ」
実に甘ったるい声で、私に媚びを売る少女。重ねた両手を頬に寄せ、顔を傾けている。
「君の厨房に招待されるのは、初めてなんじゃないか?」
そこはツツジの花が咲き誇る秘密の花園だった。むせかえるような甘い匂いの中に、魔導の痕跡が窺えた。
「吉凶を占わない?」
「君が何を言ってるのか分からない」
リゼルの黒いローブは凶兆そのものだ。具材に何を使っているかなど聞きたくもない。
「もう、私の命令は絶対なんだからね?」
これみよがしに両耳の銀のイヤリングを見せびらかしてくる。ああ――
「済まない。気づかなかったんだ」
女性の変化に鈍感な者は、いらぬ災厄を招くものなのだ。
「打首を切腹にしてあげるんだよ?」
「私の死は確定してるじゃないか!」
滑らかなソースとマヨネーズの艶は上品そのもので、振りかけられた青のりと見事な調和を見せていた。失礼だが、彼女の料理とは思えなかった。
「……十秒~」
リゼルの右手には、瑠璃色の懐中時計が握られていた。秒針が残酷に時を刻んでいく。
将棋かよなどとツッコミを入れている場合ではなかった。
皿に盛り付けられたたこ焼きは、全部で六個だった。整然と並んでいる。
真ん中のものを選び、フォークで突き刺して一口に呑み込んだ。その時――
「甘い! 何を入れた? リゼル!」
吐き出すことだけはできなかった。料理人としての矜持が辛うじて私の意識を保った。
「……練乳を蜂蜜で煮詰めたものだけど、それほど?」
血の気が引いていく。彼女の本命はこの無自覚な悪意の塊ではないからだ。
荒い息を整え、この世界と一体となった自分を思い描く。マナの流れで自身の舌を包んでいく。
「南無三!」
最も悪意が薄そうなたこ焼きを箸でつまみ、胃袋へと流し込んだのだった。
「……勝った! 私の勝利だ、リゼル」
快哉を叫んだのは一瞬のことだった。食道に焼け付くような痛みが走った。
「それ、唐辛子をハバネロソースで和えたものよ? あなた辛党じゃない」
「ゲホッゲホッ、やっていいことと悪いことがあるだろ!」
彼女は時計を止めると、難しい表情を浮かべて背を向けた。
「……そのタコはボーナスなのに」
「イヤリングのことは、ごめん」
このままお流れになれば良かったのに。神は私を見放したのだ。
我が主君は、般若の表情を浮かべていた。
「今、食べる? 後で食べる?」
彼女にモッタイナイの精神を教えたのは他ならぬ私であった。自業自得である。
「……星の瞬きが聞こえない?」
あどけない少女は悪戯っぽい笑みを浮かべ私の耳元で囁いた。
「この子はぁ~残りの四つの中で最弱だと思うよ?」
リゼルが指さしたそれからは誠に有害なカスタード臭がした。腐りかけたプリンだ。
「鼻をつまめば、大体のことは乗り切れるものだ!」
最早手掴みである。丸呑みだ。絶対に噛んでなるものか。
「……グフッ!」
腹部に拳を叩き込まれたような痛みが走った。これはもしや。
「ゴメンね? ちょっと卵傷んでたかも?」
舌よりも胃を魔導で防御するべきだった。後悔は遅すぎる。
「もう駄目だ……、おしまいだぁ……」
「十秒~、二十秒~、一、二、三……」
「待って? 時間は進んでるの?」
「もう! 早く選んで?」
さながら三闘神であった。並のたこ焼きではない。誠に禍々しい瘴気に溢れている。
小賢しい。腹の底に全魔導を集中した。残りの三つを平らげた。
すると、屋敷の片隅から穹へと閃光が走ったのが見えた。そして――
「ここは、宇宙?」
私は真っ暗な宇宙空間へと放り出されていた。眼下には月と地球が見える。手足は透けているではないか。
どこまでも果てしなく青い我が故郷の星! 懐かしい即席麺があそこにはあるのだ。
そうして、望郷の念に胸が詰まった時、誰かが呼ぶ声がした。
「……ボーア! ボーア!」
傍らにリゼルがいた。涙で顔をくしゃくしゃにしている。私の意識は遷移していたようだ。
「済まない。無理をした」
「食い意地が張りすぎなのよ」
私の安否を確認すると、彼女は心の底から嬉しそうに笑った。
「次のタコパはもっと腕によりをかけるからね?」
「え?」




