神はいない、悪魔はいる
「天にまします我等の神よ、ラーメン!」
「……罰当たりにも程があるよ?」
創造主の不興を買うに違いない。吸血鬼ならなおさらだ。夜更けの教会に忍び込み、酒盛りに興じていたのだった。
「背徳感を肴にすると言ったのは君だぞ? リゼル」
「だってぇ! いつもお子様扱いじゃない」
彼女はグラスを回すと、赤ワインを一思いに飲み干した。芳醇な香りが石造りの礼拝堂に満ちていく。
「……一応、問題はないのか」
「どうしたの?」
「いいや。この世界の真実について想いを巡らせていた」
リゼルは何歳なのだろうか。地雷である。女性の年齢はすべからく秘匿される魔法の数字だ。例外はない。
すぐ横で高級酒をあおる彼女の頬に紅みが差していた。つぶらな瞳は大きく澄んだままで、力強い光を湛えていた。
それでも見た目は中学生。いや、下手したら小学生かもしれなかった。そこはかとなく犯罪の香りがする。私は決してあの手の人たちと同じ穴のムジナではない。
「ふっふーん、ボーアが何を考えてるか当ててあげようか?」
「ほっ、ほあ?」
むせた。後ろ暗いことだと半分自白したようなものである。
「ラーメンのことじゃないよね? ぼんやりしてるもの」
「お嬢さん、お互い飲みすぎなのさ」
教会は冒険の想い出を託す場所だ。吸血鬼どもが心理戦を繰り広げる舞台ではない。
「私のことでしょう?」
「……おふぅ」
「さっきから私のことばかり見てるよ」
聖餐だな。血の雨が降る未来しか見えない。実に凄惨な光景を幻視してしまう。
「マドモアゼル? 知らない方が良いこともあるのだよ?」
――誰も得をしない。みんな怪我をする。それが分かっていながら何故こんなことをするんだ。
生前の世界で発せられた勇者のような知人の咆哮が脳裏をよぎった。
「見えます。見えます。それは、数字にまつわるものですね?」
「!!」
世界がほんの一瞬だけセピア色に変わると瞬く間に色彩が消滅した。
肩を上下していた。肺が新鮮な空気を欲しがっていた。
「ズバリ言うね? 私の身長でしょう?」
リゼルは悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。立ち上がって私の顔を覗き込んでいる。
「……そうだね、そうかも」
全くもって余計な呟きだった。命拾いして緊張の糸が切れてしまったのだろう。
「ふーん?」
黒いゴシックドレスを翻し、リゼルはくるりと背を向けた。
「……私にまつわる数字ねぇ」
隠蔽すべき数字がもう一つある。頭を掠めてしまった。
――それは暗証番号よりも重大な秘密
生前の世界で、私はそう教えられて育った。こちらは可塑性がある。
昨日、屋敷で見てしまったのだ。決められた時間通りの入浴だったのだが、リゼルがいた。そこで体重計の針が動いていた。
ばっちりその数字が目に入ってしまった。健康的な体重だと私は思うのだが。
「絶対的? 相対的?」
低い声でリゼルが二択を迫った。その両方だとどうして言えようか。
「君が当てるのではなかったのかい?」
若干すねた声で彼女に返答した時のことだった。
「もう! 失礼なことを考えているのはバレバレなんだからね?」
「……それは」
「言ったでしょ。嘘をつくのが下手って。顔に書いてあるのよ」
洗いざらい白状するしかなかった。一番度数の高い安酒を一気に飲み干した。
「何歳なの、リゼルは? あとダイエットはそんな頑張らなくてもいい」
遠くで雷鳴がこだました。ステンドグラスに稲光が見えた。
「……乙女よ、永遠の。女の減量に終わりはないわ」
虚ろな目に乾いた笑いが張り付いている。ああ、だから――
「自業自得だなぁ、神様は見てたんだなぁ」
リゼルは猛獣の如き勢いで私を追い回した。祭壇の周りに転がった酒瓶を蹴散らして、鬼気迫る表情に可憐な面影は微塵もない。
「ラーメンか、ホントに罰当たりだな」
今日ばかりは神の存在を認めざるを得ない。因果応報であると言えども。
力尽きて彼女に捕まると、頸動脈に牙を立てられた。そのまま吸血される。
「ふーっ、ふーっ! いいわ! 酒が血に溶けて最高!」
――まさか?
「教えてあげる。神はいないけど、悪魔はいるの」
冷たい石畳の床から彼女の顔を見上げると、口元から覗く白い牙に真っ赤な血がたれていた。
私はただリゼルの掌で踊らされていただけだったのだ。




