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第7話 消えた救済金と、王太子の白い離宮

第7話 消えた救済金と、王太子の白い離宮


王家への監査が始まって十日目の朝、王国会計院の会議室には七年分の予算書が積まれていた。窓の外では黄色い小菊が風に揺れ、夜明けから降っていた雨が硝子を細く伝っている。長卓の端には職員用の黒パンと山羊乳が置かれていたが、誰も手を伸ばさず、山羊乳の表面には白い膜が張っていた。


アーネストは三日間ほとんど眠らず、王家から押収した帳簿を調べていた。灰色の制服には新しいインクの染みが増え、整えていた黒髪も額へ落ちている。向かいに座ったリディアは干し杏の包みを差し出したが、彼は一つ口へ入れたまま、長いあいだ噛むことを忘れていた。


「監査官様、干し杏を嫌いになったのでなければ、そろそろ噛んでください。喉につかえても、会計院の予算から治療費は出ないと思います」


「失礼しました。こちらの数字を見ていたもので」


「何が見つかったのですか」


アーネストは二冊の帳簿を並べた。一冊は王国財務部が作成した予算書で、もう一冊は王太子執務室から押収した支出記録だった。予算書には、北部の飢饉に備える救済金として金貨一万五千枚、戦争孤児を保護する基金として金貨九千枚が計上されていた。


しかし、救済金を受け取ったはずの村には、金貨三千枚しか届いていなかった。孤児院へ送られたのも、予定額の三分の一に満たない。二つの予算から消えた金は、合わせて金貨一万八千枚に達していた。


「支出先は、白百合迎賓館となっています。公的な外交施設を修繕したように記載されていますが、この名に覚えはありますか」


「王太子殿下が昨年建てた白い離宮です。ミレーヌ様が白いお城に住みたいとおっしゃったため、途中で壁の色まで塗り替えました」


「王家の資産台帳には、離宮として登録されていません。家具、馬車、宝石についても、救済物資の運搬費や医療器具の購入費として処理されています」


リディアは帳簿へ顔を近づけた。外国産の長椅子が「冬用毛布二千枚」、天蓋つきの寝台が「共同井戸の掘削費」、真珠の首飾りが「孤児院用食器」として記載されている。文字は整っていたが、数字の末尾だけが何度も書き直され、紙の表面が毛羽立っていた。


「決裁した責任者は、セシリア・アルヴェインとなっています。署名もあります」


「これはお姉様の字ではありません。お姉様は名前の最後を右上へ払いますが、この署名は下へ曲がっています」


「私も筆跡の違いは確認しました。ただし、偽造を立証するには比較できる原本が必要です。王太子執務室に残っていた決裁文書は、すべて同じ筆跡で書かれています」


リディアは爪を噛みかけ、指を唇から離した。子供のころ、その癖を直してくれたのはセシリアだった。姉は苦い薬草をリディアの爪へ塗りながら、自分も書類を読んでいると髪を指へ巻きつける癖があると笑っていた。


その日の午後、王宮の大会議場で臨時審理が開かれた。国王とジェラルドが正面の高い席に座り、左右には貴族院と会計院の代表が並んでいる。セシリアは飾りのない黒緑色のドレスを着て、リディアとエドガーの間に座った。


アーネストが消えた金額と使途を報告すると、会議場に低いざわめきが広がった。白い離宮に運び込まれた家具の一覧には、銀糸を使った絨毯、外国製の鏡、金具つきの衣装棚まで載っている。ミレーヌは新しい真珠の耳飾りに触れながら、ジェラルドの陰へ身体を寄せた。


「王太子殿下、こちらの支出について御説明ください」


「私は細かな会計には関わっていない。財務の管理は、王太子妃候補だったセシリアに任せていた」


「帳簿には、セシリア嬢が決裁したとする署名があります。しかし、本人の筆跡とは一致しません」


「長く働いていれば、字が乱れることもあるだろう。金を勝手に動かした罪を、私へ押しつけるつもりではないか」


ジェラルドが片手を上げると、会議場の扉から四人の王宮騎士が入ってきた。先頭の騎士は逮捕命令書を持ち、セシリアの前で足を止める。オズワルドが立ち上がろうとしたが、セシリアは父を手で制した。


「セシリア・アルヴェイン。王国救済金および戦争孤児基金を横領した疑いにより、身柄を拘束する」


「お待ちください。筆跡鑑定も終わっていない段階での逮捕は認められません」


「国王陛下の御命令だ。会計院に拒む権限はない」


アーネストは逮捕命令書を受け取り、署名と印章を確認した。リディアも立ち上がり、姉を守るように騎士との間へ入る。胸の奥で鼓動が速くなったが、震える指をスカートの脇へ押しつけた。


「お姉様の署名が偽物だと証明できれば、逮捕する理由はなくなります。原本さえあれば、決裁した者が分かるのですね」


「だから、その原本は存在しないと言っている。セシリアが横領の証拠を残すはずがないだろう」


「いいえ。残っています」


それまで座っていたセシリアが立ち上がった。黒緑色のドレスの裾が椅子の脚に挟まり、一度だけ足を止める。彼女は慌てずに布を引き抜き、皺を手で伸ばしてから会議場の中央へ進んだ。


「ジェラルド殿下は、決裁した書類を何度もなくされました。暖炉へ落としたことも、葡萄酒をこぼして読めなくしたこともございます。そのため私は七年前から、決裁文書の控えを作り、王宮西棟の旧記録庫へ保管しておりました」


「そのような話は聞いていないぞ」


「申し上げたことはございます。殿下は、古い紙の話を聞くと眠くなるとおっしゃいました」


会議場の後方から、小さな笑い声が漏れた。ジェラルドが睨むと、笑った若い男爵は急いで口元を押さえる。セシリアは首から細い鎖を外し、その先についた黒い鍵をアーネストへ渡した。


「旧記録庫の三番棚、その一番下にある木箱です。封蝋には、七年前に廃止された王太子執務室の印を使っています。今の印章では同じ封を作れません」


アーネストは補助監査官二人と王宮騎士を旧記録庫へ向かわせた。待っている間、誰も席を立つことを許されず、時計の針が動く音だけが続く。長卓に用意されていた焼き菓子は手つかずのままで、蜂蜜の匂いに誘われた小さな羽虫が皿の周りを飛んだ。


一時間後、補助監査官たちが埃まみれの木箱を運んできた。箱には古い封蝋が残り、誰かが開けた跡はない。アーネストが立会人の前で封を切ると、中には年度ごとに束ねられた決裁文書が並んでいた。


救済金の用途変更を命じる文書には、ジェラルド自身の署名と王太子の印章があった。孤児基金から白い離宮の家具代を支払う承認書にも、同じ署名が残っている。さらに余白には、「セシリアには予算内で処理するよう伝えよ」と、ジェラルドの筆跡で書き加えられていた。


「偽物だ。セシリアが私の署名を真似たのだろう」


「紙は王太子執務室専用の透かし入りです。封蝋も当時の物で、箱は七年間開けられていません。偽造するには、セシリア嬢が七年前から今回の横領を予測していたことになります」


「仮に私が署名したとしても、王太子のために使ったのだ。王太子の住居や馬車へ金を使うことは、国のために使うことと同じだろう!」


ジェラルドの声が天井へ響いた。国王は止めようと片手を上げたが、息子の言葉はすでに会議場の全員へ届いている。セシリアは木箱から別の書類の束を取り出した。


それは救済金の交付を申請した村の名簿だった。紙には村長の署名だけでなく、必要な小麦、薪、薬の量が細かく記されている。セシリアは最初の頁を開き、ゆっくりと村の名前を読み上げた。


「北部のラウル村。申請した金貨六百枚に対し、支給は百枚。冬を越せなかった者は二十三人です。ミゼル村は支給なし。四十一人が土地を離れ、十二人が道中で亡くなりました」


「もうよい。今は数字の確認をしているのだ」


「数字には、一人ずつ名前があります。孤児院では毛布を買えず、子供たちが二人で一枚を使いました。肺を患った七人のうち、春を迎えられたのは三人です」


セシリアは名簿の最後まで読み続けた。声は一度も震えなかったが、頁を押さえる親指の爪が白くなっている。リディアは姉の横へ並び、次の書類を読みやすい向きにそろえた。


「殿下の特注馬車は、金貨二千枚でした。銀の車輪には、滑りにくくするための彫刻を入れたと記録されています」


セシリアはジェラルドの顔を見た。夜会で婚約破棄を言い渡されたときのようにドレスを握ることも、目を伏せることもしない。救済金を待っていた人々の名簿を、両手で胸の前へ掲げた。


「あなたの馬車の車輪一本に、この百人分の薪と食料が消えました」


誰もジェラルドを擁護しなかった。国王の隣に座っていた公爵は目を伏せ、王太子派だった伯爵は胸につけていた白百合の徽章を外した。ミレーヌは真珠の耳飾りを両手で隠し、ジェラルドから椅子一つ分だけ離れた。


アーネストは逮捕命令書を中央から二つに折った。騎士たちもセシリアを捕らえようとはせず、隊長は剣の柄から手を離す。会議場の時計が正午を告げると、長卓の山羊乳は冷え、表面の膜が朝より厚くなっていた。


「セシリア・アルヴェイン嬢への逮捕命令は、根拠を失いました。これより監査対象を王太子個人の財産、白い離宮、王家の特別会計へ拡大します」


アーネストはそう告げ、新しい命令書へ羽根ペンを走らせた。リディアは姉の手から名簿を半分受け取り、順番を崩さないよう木箱へ戻す。箱の底には、まだ誰にも確認されていない決裁文書が何十通も残っていた。


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