第3話 いじめの証拠は、日付が合いません
第3話 いじめの証拠は、日付が合いません
婚約破棄から三日後、王都の掲示板に王家からの告示が貼り出された。紙には、セシリアがミレーヌを階段から突き落とし、夜会用のドレスを破り、毒入りの焼き菓子を贈ったと記されている。罪状が確定したとは書かれていなかったが、「被害を受けたミレーヌ嬢を王家が保護している」という一文は、セシリアを犯人と思わせるには十分だった。
侯爵邸へ届く招待状は途絶え、代わりに差出人のない手紙が増えた。封筒には「嫉妬に狂った令嬢」「未来の王妃を殺そうとした女」と書かれ、中には腐った花びらを入れたものまであった。玄関係の老人は、毎朝それらを火ばさみでつまんで処分しながら、「薔薇は腐らせず、庭で咲いているうちに見るのが一番です」と腹立たしそうに鼻を鳴らした。
セシリアは薄い水色の普段着を着て、居間の長椅子で刺繍をしていた。窓の外では秋明菊が咲き始めていたが、彼女は同じ場所へ何度も針を刺し、白い布に小さな糸の塊を作っている。卓に置かれた紅茶にも手をつけず、廊下で使用人が声を潜めるたび、指を止めて扉を見た。
「リディア、皆は私を信じていないのね。私が王太子妃になるのを妬んでいると、以前から思われていたのかしら」
「噂を広めている方々の半分は、昨年までお姉様のお茶会へ招いてほしいと手紙を送ってきた方です。信じる相手を変えたのではなく、その日に一番面白い話へ乗り換えただけでしょう。ですから、追いかけて説明する必要はございません」
リディアは焼きたての胡桃入りビスケットを一枚取り、中央から二つに割った。姉へ大きいほうを渡すつもりだったが、見比べるうちにどちらが大きいか分からなくなった。結局両方を皿へ戻し、鞄から王家が公表した証言書の写しを取り出した。
「でも、何もしなければ、このまま私が犯人にされるわ」
「何もしないとは申し上げておりません。噂に言い返す暇があるなら、証拠を調べます。人の口は勝手に動きますが、日付と場所は勝手に動きませんから」
最初の証言には、八月十二日の午後二時に、セシリアが王宮西棟の階段からミレーヌを突き落としたと書かれていた。リディアはその日の姉の予定表を取り出す。セシリアは正午から午後四時まで、隣国使節団との会談に出席しており、議事録には六人の署名が残っていた。
二つ目の証言では、八月十五日の夜、王宮の庭でセシリアがミレーヌの桃色のドレスを破いたことになっていた。ところが、そのドレスは八月十二日から王都の修繕店へ預けられている。リディアが店を訪ねると、針仕事をしていた女主人は眼鏡を額へ押し上げ、奥から大きな包みを持ってきた。
「このドレスなら、まだうちにありますよ。裾を踏んで自分で破いたから、急いで直してほしいと頼まれたんです。それなのに代金を払わないから、こちらも渡せずに困っていましてね」
「預かった日付を証明できますか。できれば、ミレーヌ様御本人の署名も拝見したいのですが」
「ありますとも。貴族のお嬢様は、つけ払いをすると急に物忘れがひどくなりますからね。うちは署名をいただくことにしております」
女主人は帳面を取り出したあと、ついでに夫の昼食を包んだ布まで広げてしまった。中から焼いた腸詰めと玉葱が転がり、店内に香ばしい匂いが広がる。夫は奥で靴下を繕いながら、「それは証拠じゃなくて俺の昼飯だ」と声を上げ、女主人は笑いながら別の布で包み直した。
三つ目は、八月十八日にセシリアから届いた焼き菓子を食べ、ミレーヌが毒に苦しんだという証言だった。菓子箱には王都で人気の店の名札がついていたとされている。だが、その店は毎月十八日を定休日にしており、店主一家は森へ木苺を摘みに行っていた。
さらにリディアは、階段から突き落とされたとされる時刻のミレーヌの行動も調べた。宝石店の購入記録には、八月十二日の午後二時十二分、ミレーヌが真珠の首飾りを購入したと残っている。代金は王太子の名義で支払われ、店員二人が彼女の来店を証言した。
五日後、王宮で貴族会議が開かれた。セシリアは襟元まで詰まった深緑色のドレスを着て、父オズワルドと兄エドガーの間に座っている。長卓には白い百合が飾られていたが、香りが強すぎたため、老伯爵の一人が会議の開始前から何度もくしゃみをしていた。
ミレーヌは淡い桃色のドレスをまとい、ジェラルドの隣に座っていた。以前より大きな真珠の首飾りをつけ、目元には泣いたように見せる薄紅色の化粧をしている。リディアが書類を抱えて中央へ進むと、ジェラルドは椅子の背へ身体を預けた。
「また金の話か。卑しい娘だな」
「本日は時間と場所の話でございます。どちらも殿下のお気持ちだけでは動かせませんので、最後までお聞きください」
リディアは八月十二日の議事録を長卓へ置いた。セシリアが隣国使節団との会談に出席していた記録と、六人分の署名を一人ずつ確認させる。その横へ、ミレーヌが宝石店で真珠の首飾りを購入した領収書を並べた。
「八月十二日の午後二時、姉は王宮東棟の会議室におりました。ミレーヌ様は、そこから馬車で二十分かかる宝石店にいらっしゃいました。西棟の階段には、お二人ともいなかったことになります」
「時間を少し間違えただけよ。階段から突き落とされたことは本当ですわ」
「それでは、正しい時刻をお答えください。午前中でしたら、姉は慈善院におりました。夕方でしたら、隣国の大使夫妻と晩餐を取っています。夜でしたら、帰宅して私と豆の皮をむいておりました」
リディアが最後まで言うと、エドガーが咳払いをした。あの晩は兄も豆の皮をむかされたが、半分ほど床へ落として料理人に叱られている。リディアはその記録も持っていたが、今回は必要がないため黙っておいた。
次に、修繕店から借りてきた桃色のドレスが運び込まれた。裾には修繕途中の糸が垂れ、預かり札もついたままである。ミレーヌの首から下がる真珠が、呼吸に合わせて細かく揺れ始めた。
「八月十五日に姉が破ったとされるドレスです。しかしこの品は、事件の三日前から修繕店にありました。御自分で裾を踏んで破いたと、こちらの預かり証へミレーヌ様が署名なさっています」
「そんな古いドレスのことなんて、よく覚えていないわ。別の桃色のドレスだったかもしれないでしょう」
「では、破られた別のドレスを御提示ください。被害を証明できれば、その点についてはあらためて調査いたします」
ミレーヌは答えず、ジェラルドの袖をつかんだ。ジェラルドが何か言おうとしたが、リディアは三枚目の書類を置く。毒入り菓子を購入したとされる店の休業記録と、店主一家が王都を出た際の通行証だった。
「菓子店は八月十八日、一日中閉まっておりました。店主一家は森へ木苺を摘みに出かけ、帰宅したのは翌朝です。姉は閉まっている店で、どのように菓子を購入したのでしょう」
「怖い目に遭ったのよ。混乱して、日付を間違えただけだわ」
ミレーヌの目から涙がこぼれ、頬の薄紅色が濡れてまだらになった。ジェラルドは彼女の肩を抱き、「可哀想に」と囁く。リディアは鞄を探り、洗ったばかりの白い布を取り出した。
「つまり姉は、王宮で会談をしながら宝石店へ移動し、お休みの菓子店を開けさせ、修繕店にあるドレスを破ったのですね。怖くて日付を間違えたのでしたら、正しい日付をお答えください。一つだけでも結構です」
「そんな言い方をしなくてもいいでしょう!」
「涙はお拭きください。帳簿の数字は消えませんので」
ミレーヌは差し出された布を払い落とした。白い布は床の上を滑り、百合の花瓶の近くで止まる。すると、ミレーヌの後ろに立っていた若い侍女が肩を震わせ、その場に膝をついた。
「申し訳ございません。私は、ミレーヌ様が階段から落とされたと嘘の証言をいたしました。弟の薬代として、金貨五枚を渡されたのです」
侍女は前掛けの隠しから、小さな革袋を取り出した。中から金貨が五枚こぼれ、床の上を乾いた音を立てて転がる。そのうち一枚がジェラルドの靴へ当たり、表を向いて止まった。
ミレーヌは侍女を睨み、ジェラルドは椅子から立ち上がった。しかし、会議に集まった貴族たちはもう二人を見ていなかった。長卓へ並べられた領収書、入館記録、預かり証、金貨を、一つずつ見比べていた。
セシリアは膝の上で両手を握り、声を出さずに息を吐いた。リディアは床へ落ちた白い布を拾い、百合の花粉を丁寧に払う。洗濯係へ余計な染み抜きを頼まずに済むことを確かめてから、次の証言書を鞄から取り出した。
「それでは、四つ目の証言について確認いたしましょう。会議のお時間は、まだ十分に残っております」




