真名
フレアノートの傍に、白いひげを生やしたお爺さんがやって来た。彼もまたフレアノートに声をかける事無く、私と同じく彼女が泣き止むのを待ち続けている。
そのお爺さんと、目が合った。彼はニコやかにこちらに笑いかけて来てくれるも、私は無表情で見返す事しか出来ない。
「──……まさか私より先にゼルが死ぬなんて、思いもしなかったわね」
やがて、目を赤くはらしたフレアノートが顔をあげた。
ひとしきり泣いてスッキリしたのか、顔は悲し気ながらも吹っ切れたようだ。
「状況が分からないな。私達は確か、恐ろしい魔物に襲われたはずだ。ニヴランに向かう途中の、山道だった。その時と場所が違うようだし、誰か説明してくれる人が必要だね」
フレアノートの傍にいるお爺さんが、フレアノートの肩に手を乗せながらそう呟いた。
誰かにと言いつつ、その視線は私達へと向けられている。
「ここは私にお任せください」
そう名乗り出たのは、リリエだ。
「皆さん状況が分からず不安だとは思いますが、まずは落ち着いて話を聞いてください。皆さんはカリドと呼ばれる骸骨の魔物に魂を吸われ、肉体の時を止められていたのです。その魔物を私の主、ここにおられるヒメノ様が倒した事で皆さんは解放されました」
「あんな子供が……?」
「オレ達全員でかかっても、全く歯がたたなかった化け物だぞ。信じられない」
私がカリドを倒したと聞いて、皆がざわめいている。
信じられないかもしれないけど、事実だ。
その後もリリエは丁寧に、今の状況を説明した。外は激しい雪が降り積もり、魔物がはびこる魔窟となっていること。この山にあったニヴランという町は雪に埋もれて廃村となっている事。そして、人によるかもしれないけど相当の時間が経過している事。
多少のざわめきは起きたものの、皆冷静に受け止めてくれている。
冷静に見えるのは、ただ実感が湧いていないだけなのかもしれない。でも家に帰れば嫌でも湧いて来るだろう。
一通り現在の状況説明が終わると、次はどうやって帰るかという問題が出てきた。私達はともかく、皆そこまでの雪山仕様の格好をしていない。というのもこの山に雪が降り始めたのは、カリドが復活してからだからだ。カリドが復活してからは雪が降り続け、ヤバイ事になっている。普通の格好じゃまず生きて帰る事は出来ない。
「──そこはボクにお任せさ!人数が多いから時間はかかるけど、山の麓までくらいはパパっと運んであげられるよ。魔力的にそれ以降はさすがにキツイけどね」
そう名乗り出てくれたのは、アルテラだ。助かる。
でも麓まで行けたとしても、そこから人のいる場所まではまだ遠い。だけど迷っている場合ではない。私達にはここにいる全員を養えるほどの補給物資がないのだから。急いで行動に移す必要がある。
という訳でアルテラは即座に行動に移した。皆を転移魔法で出現させた黒いもやもやの中に通し、山の麓まで移動させていく。
アルテラ曰く、転移魔法は魔力の消費が激しい。運ぶ人数が増えればその分だけ消費は増え、移動距離も短くなってしまう。私達を転移魔法で移動させる時は、休憩を繰り返しながらだった。
こんなに大勢の人を……たぶん100人くらいだろうか。一気に転移魔法で移動させて、大丈夫なのだろうか。
「はい、最後はリリエちゃんと、ルシアちゃんね」
「アルテラ様と、ヒメノ様は?」
「すぐに行くから、ちょっと待ってて。2人で皆を守ってあげてね」
「……分かりました。では、お先に失礼します」
「よし!こっちは任せてくれ!」
「……」
アルテラが最後に2人をモヤの中に通して見送ると、この空間には私とアルテラだけとなる。
アルテラがこの空間に、私と2人切りにさせた理由はなんとなく分かっている。
──私も、その気配を感じ取っているから。
『ぷっ。くくくっ。あははははは!いひ、ひぃーひっひっひっひ!ぎゃはははははは!』
空間に響く、アルテラの声。否、カミの声。
カミは笑いながら、空からゆっくりと降って来る。
「何がそんなにおかしいの?」
『いや、だってヒメノちゃん。君、カリドを殺したろ?これが笑わずにいられるかって!あんな幼い子供を……元の世界に帰るため、頑張って人の魂を集めていた子供を殺しちゃうだなんて、なんて残酷な子なんだよぉおおぉぉぉ!あっはっはっはっは!』
「黙って。元の世界に帰れるなんて言って騙して、魂を集めさせて何がしたかったの?」
『一つは、お察しの通りゼルブロイド君を操るため。カリドに彼の妻の魂を持たせて管理させる事で、ゼルブロイド君はボクの言いなりになっていた。昔、妻を取り戻すために行動をおこしたけど、神獣と戦う事になって失敗したけどね。ぷっ。あの時のゼルブロイド君は傑作だったなー!』
「ゼルが、カリドを倒そうとした……?」
『うん。大勢を従えて、この山に来ようとしたんだ。結果は大失敗の、大損害!神獣を倒すのには成功して、英雄になれたけどね。愛する者を救うという目的は果たせなかった。むしろあの戦いで神獣に襲われる事により、親しい者も死なせた。それ以降はボクの言う事をちゃんときくイイ子になってくれたけどね』
ゼルが神獣を倒したという話は、私も聞いている。だけどそれは神獣ではなく、カリドを倒すための行動だった。
それを、カミが邪魔したのか……。
「二つ目は?」
『必死に魂を集める姿を、見たかったから。自分が元の世界に戻るため……飢えと苦しみに苛まれる骨の体から解放されるため、他人の命を吸って集める姿を見て、楽しませてもらった。子供は容赦がない。命乞いされても、自分の目的を果たすためだから仕方ないと、命を奪う。残酷だ。そんな子供を平気で殺しちゃうヒメノちゃんは、もっと残酷ダネ!』
私を両手で指さし、おちょくるようなポーズを決めるカミ。
自覚はある。私は残酷だ。カミに騙されたカリドを殺した。
「何が残酷だ。ヒメノちゃんはカリドを、救ったんだ。カリドを騙して操っていたお前に、ヒメノちゃんの名誉を汚す資格はない」
アルテラが私の前に立ち、額に血管を浮かび上がらせて怒りの表情を見せて言い放ってくれた。
『あはは!でもどうやってカリドを倒したの?カリドは古い時代にボクが作り出した兵器だ。魂ある限り復活するはずなんだけどな。それが復活を打ち消されて完全に消滅してしまっている。どゆこと?』
「カミに教えるつもりはない」
『相変わらず冷たいんだからぁ。でもヒメノちゃんのそういうツンツンした所、嫌いじゃないぜ!』
「余裕ぶってるみたいだけど、これからどうするつもりだい?」
『何が?』
「これでゼルブロイド君はお前の味方でいる必要がなくなった。お前の味方はどんどん減っていっている。内心慌てているんじゃないか?」
『うぅーん……確かに正直に言えば、もっとたくさんの玩具が手に入るとは思ってたんだけどね。アルテラちゃんに一匹殺されちゃったし、ヒメノちゃんはこんな感じで、ゼルブロイド君もダメ。カリドは殺されて、残りはトワちゃん含めて3匹くらいか』
「……トワを返して」
トワの名を出され、鳥肌がたった。思わず怒気を強めてカミに訴えかけてしまう。
『返すって言ったら、ボクの玩具になってくれる?』
「ならない」
『我儘だなぁ。でもまぁ、悪いようにするつもりはないよ。そんなつまらない事をしても、つまらないだけだからね。ボクはヒメノちゃんと、もっともっと遊びたいんだ。ボクはヒメノちゃんを、それだけ気に入ってしまった。勿論アルテラちゃんも引き続き気に入ってるから心配しないでねっ』
「吐き気がするね」
『勘違いしているようだけど、この世界は元々ボクの物だったんだからね?後から来たのは人間や魔族達だ。住むだけではあきたらず、ボクがまいた種……魔力結晶を使って便利に暮らすなんて、許されない事だよ。この世界に住む者達は、存在するだけでボクの私有地に侵入した罪人だ。罪人を殺す代わりに、生かして玩具にしてあげるのが何がいけない?』
「何を言っているの……?」
『だからー。後からやってきたのは人間や魔族。先にいたのはボク。ま、種をまいてすぐにこの世界を後にしたけどね』
「それが本当だとしても、お前がいない間に繁栄したんだ。文句を言われる筋合いはどこにもない」
『ま、そうなんだけどね。ボクとしても玩具がいっぱいで嬉しいし、文句を言うつもりはないよ』
「で、お前は何をしに来たんだ?」
『前は話も聞かずに攻撃して来たくせに、今回はちゃんと聞いてくれるんだね。ボクは嬉しいよ。えっとね、実は提案があって来たんだ。君達は……特にアルテラちゃんは、ボクを深く恨んでいる。殺したいと思っている。そうだろう?』
「その通り。よく分かったね」
『君の事は、何十年も傍で見て来たから理解しているよ。ボクは君の、一番の理解者だ。君が一番嫌がる事、悲しむ事を知っている。ボクの可愛い奴隷。愛しき存在』
「黙れ」
『ふふ。もうじき大きな戦がおこる。この国アストライア王国を巻き込んだ、大きな戦だ。大勢が死に、血を流し、怨嗟の声と恐怖で包まれる。戦場には神獣も参加する。倒してみせろ。倒せなければ、何の罪もない者達が死ぬ事になる』
「やっぱりカミは、神獣を操っている?」
『ボクの魂を持つ者達だ。操れるに決まってるだろう?』
カミがしたい事が、私にはよく分からない。
神獣を操れるというなら、自害でもさせて散らばった魂を集め、さっさと復活すれば良い。そうすればカミは復活し、絶対なる力を持つ者として世界に君臨する事が出来る。
そうしないと言う事は、そう出来ない理由がある……?
「神獣だけじゃない。眷属を使ってどこかの国の連中を焚きつけたな?」
『そのとーり!』
「トワ……」
眷属と言えば、トワが頭に浮かんで再びその名を呟いた。
『トワちゃんが戦場に来るかどうかは、お楽しみ。とりあえずは戦場を生き残ってみせろ。神獣を倒してみせろ。ボクを楽しませてみせろ』
「無意味な殺し合いをさせるつもりか?そんな事せずに、ボク達と直接対峙しろよ」
『嫌だよ。それじゃあつまらない。醜き者達が殺し合う姿こそが、至極の演目。焚きつけた炎は、今も広がり続けて爆発する時を待っている。もう火は誰にも消せないよ』
「クズめ……」
『なんとでも言うがイイ。最後に、このボクと対峙するんだ。敬意をこめてボクの真名を名乗っておこう──』
「っ……!」
カミはそこで一旦区切ると、息を吸った。
空気が変わった。重苦しい圧を、カミから感じる。
すぐに反応したのは、アルテラだ。剣を構えて臨戦態勢をとるも、どこか怯えているようにも見える。
『我が名は『アドロア』。この世を支配する、絶対なる支配者である』
カミの声が変わった。変わったと言うより、複数の声が重なって聞こえる。アルテラの中性的な声に、低い男の声、高い女性の声や、子供のような声も聞こえた気がする。
これがカミ──アドロアの真の声なのだろうか。
アドロアはそれだけ言うと、その姿を消した。闇に溶け込むような、自然な消滅だった。
「はああぁぁぁ……」
アドロア──カミが消えると、アルテラが大きく息を吐いてへたり込んでしまう。
「大丈夫?」
「うん。ごめんねぇ。ちょっとだけ、昔を思い出しちゃったんだ。すぐに立てるようになるから、平気だよ」
気丈に振る舞っているけど、改変される前の世界でアルテラはカミに酷い目に合わされた。それがトラウマになっているのだろう。
カミが突然自分の声で喋り出し、過去を思い出してしまったのだ。
「大丈夫。私もついているから。必ずアドロアを倒そう」
私はそう声を掛けながら、アルテラを胸に抱きしめた。
「……うん。ありがとう、ヒメノちゃん」
アルテラは自分から抱き着こうとはしなかった。だけど少しだけ、甘えるように頬ずりをし、私の抱擁を受け入れた。
それからすぐに立ち直ったアルテラが、転移魔法を使って私を皆の下へと連れて行ってくれた。
そこで目にした光景は、ここへ訪れた時とは全く違っていた。




