雪解け
いつの間にか、夜が明けていたようだ。太陽が地平から登り、眩い日の光が大地を照らしている。
場所は山の麓だ。アルテラの言った通り、私達はさほど長距離を転移出来た訳ではない。
そこは相変わらず雪が降り積もっていて、足が雪にめりこんで歩きにくい。
ただ、雪がやんでいる。あれほど激しく吹雪いていた雪がやみ、日の光を浴びて気温が上昇しているように感じる。ここへ来た時の格好では暑いのか、リリエとルシアは上着を脱いでいる。私も脱いだ。
どうやらカリドがいなくなった事により、山に変化をもたらしたようだ。
「ニヴレリア山は、こんなに雪が降るような山ではなかったはずよ。どうしてこんな事になっているの?」
「どうやらカリドを倒した事により、山にかかっていた魔法が解けたようですね」
雪が積もる山を見て、フレアノートが言い、その問いにリリエが返した形となる。
「カリド、か。ニヴレリア山に古くから伝わる伝承に登場する、山の守り神。命あるものの死を操り、山を凍り付かせるという伝承がある。その伝承通りのようだな。我々はそのカリドに命を奪われ、長年封印されていたのだ」
そう付け加えたのは、フレアノートと一緒にいるおじいさんだ。
彼はどうやら、学者らしい。各地の遺跡だとかの調査をしているようで、フレアノートは彼の助手をしている。この山にもこのおじいさんについてやって来た。
それにしても、お腹に赤ちゃんがいるというのに、少しアグレッシブ過ぎないだろうか。
「本当にそんな守り神がいるなんて、思いもしませんでした……。でも私、カリドはあまり悪い存在とは思えないんです」
「ほう。何故だね?」
「杖の中に魂を吸われて閉じ込められている間、なんとなくですが見えたんです。孤独に涙を流し、謝る子供の姿が。私はいいよと慰めたんですが……どうやら言葉が通じないようで、歯がゆかったです」
「ああ、それならオレも見た」
「オレもだ」
「実は私もだ。皆同じ物を見たようだな」
次々とフレアノートと同じ子供の姿を見たと言う人達。
それはきっと、カリドの本当の姿だったに違いない。カリドになる前の、元々いた世界の子供の姿だ。
思えばカリドはいつもの人語は通じなかったけど、フレアノートという言葉に反応して襲い掛かって来たな。魂を閉じ込められている間、どんな会話をしていたかは分からないけど自己紹介したりもしていたかもしれない。それで反応したのか。
「あのカリドはフレアノートの言う通り、悪い子じゃない。ある者に騙されて、仕方なくあんな事をしていた」
「ある者とは?」
「はいはい、そんな話はあとあと。さっきも言ったけど、ボク達が今置かれている状況を考えてみてくれ。ここにいる百人ほどの人数で、どうにか人里まで移動する必要がある。生憎ボク達に補給物資はない。転移魔法で移動は出来るが、この人数では消耗が激しく移動できる距離も限られる。生きたければ、今はどうやってこの状況を乗り越えられるかを優先して考えるべきだ」
「……それもそうですな。この経験を今すぐ研究結果としてまとめたい所ですが、そう悠長な事も言っていられません」
「……」
名前:ヒメノ
種族:魔族
レベル:61
HP:62214 / 62214
MP:157822 / 628912
ユニーク魔法でアルテラの転移魔法を再現できるかもしれないと思ったけど、一連の戦いでMPの総量はあがったけど、封生断滅のスキルを使用した事によって消費したMPは、未だに回復していない。転移魔法でどれだけのMPを消費するか分からないけど、アルテラの消耗が追い付かないくらいの魔法だ。これだけのMPではきっと足りないだろう。
「一番近くの村はニヴレンだけど、ニヴレンはもう存在しない。で合っているわよね?」
「残念ながら、その通りです」
「となると一番近くの村は、ここから東の方にある『サレン村』ね。徒歩で3日くらいかしら」
「アルテラはあとどれくらいで転移魔法が使えるようになる?」
「うーん……丸一日は無理そうだね。この人数を運ぶのは初めてだけど、やっぱりかなり消耗しちゃうねぇ」
「そう……」
自然が豊富な場所だ。熱帯地域という訳でもないので水はなんとかなるかもしれないけど、3日間食糧なしで移動は出来ない事はないけど少しキツそう。アルテラの転移魔法を利用すれば少しは移動時間を短縮する事も可能だろうけど、この感じじゃあまり変わらないか。
「──あ」
そこで思い出した事がある。
私はアイテムストレージを開いた。その中に大量の食糧が入っているではないか。ガ・リグレでサバイバル生活をしていた時の食料や、木の実やこれまでの生活の中で食べきれなかった物も入っている。
中には毒をもつ食べ物もあるし、あまり美味しくない物もあるけど贅沢を言わなければ3日くらいなら皆を養える。
「ふふふ」
「ど、どうしたんだヒメノさん?笑っているのか?笑っていないようだが……」
無表情で笑う私が不気味だったのか、ルシアが引きつった顔でそう指摘してきた。
「私のストレージの中に、大量の食糧がある。食糧の心配はしなくて良い。ただし、味は保証しない」
「本当ですか!?ストレージのスキルを持っている上に、食糧まで……しかしいただいてもよろしいのですか?」
「別に良い。私にはもう、必要のない物」
「……どうして私達にそこまで親切にしてくださるのですか?杖から解放していただいただけではなく、ゼルの事もだけど、それに食糧まで」
フレアノートが、申し訳ないと言うより、不安そうにそう尋ねて来た。私達の親切が、少し不気味に感じているのかもしれない。
「私達は今のゼルの友達だから。この山には、フレアノートを助けるために来た」
「今のゼルの、ね。確かゼルの記憶を継いでいるんだっけ。私から見たらただの他人なのに、ゼルの記憶を継いだゼルがいるだなんて不思議な感じ。というかちょっと、キツイ」
フレアノートは頭を抱えて、少し辛そうな様子を見せた。
本物のゼルは死んだ。だけどゼルは生きている。
果たしてフレアノートは、今のゼルを受け入れるつもりがあるのだろうか。
「これもゼルブロイド君が残してくれた、絆がもたらしてくれた結果だ。今は感謝して、お腹の中の子のためにも進もう」
「……はい。師匠」
おじいさんの事を師匠と呼び、フレアノートが歩き出す。周囲の人達も、それに続いて歩き出す。
こうして私達は、雪山を後にした。
私達は3日間、歩き続けた。山をさらに下り、森の中を歩いて進んでいくと、道に当たった。その道をひたすらに真っすぐ進んでいきながら、道中で食べられそうな獣を見つけると狩って食べたり、川で水を飲んで休憩したりして、全ては順調に進んだ。
そうして辿り着いた、目的地の森の中の小さな村。突然訪れた百人規模の集団に、村人たちは驚きを隠さない。
「こ、これは一体、なんの集まりですかな?」
村人を代表して、偉そうなおじいさんが出て来てそう尋ねられた。聞けば、この村の村長さんらしい。
こちらも代表として、フレアノートの師匠を差し出して説明してもらった。こういうのが得意そうだからという理由である。ちなみに指名したのはアルテラだ。
村の答えとしては、私達を受け入れてくれる、だった。衣食住を提供してくれると言ってくれた。とりあえずは安心。
だけど村は小さく、貧しく、あまり贅沢はさせてもらえないとの事。贅沢なんて誰も望んでいないので、感謝の念しか湧いてこない。
兵士達や、それ以外の人達も抱き合って喜んでいる。皆、疲れているのだ。
「今は先に述べた事情の通り、謝礼が出来る状況ではありません。しかし必ずやこのご恩を返したいと考えております」
「さすがに事情が事情ですからな。謝礼をいただこうとは考えておりませんよ。気にしないでください」
「そういう訳にはいきません。何か困り事はないのですか?」
村長さんに対し、師匠さんが食い下がってお礼を申し出ている。
気持ちは分かるけど、良いと言ってくれているのだからそこまで食い下がらなくても良いのに。
「……近頃少しばかり、魔力結晶が手に入らず困っているといえば困っていますが」
「魔力結晶、ですか。残念ながら今はどうにもなりませんな……。食い下がっておきながら、お役に立てず申し訳ない」
「いえいえ。最初に言った通り、お気になさらず」
村長さんが良い人すぎる。無償で私達を助けてくれようとしているその姿に、私は感動した。
そして思い出した。ストレージの中には、食糧以外にもガ・リグレで拾った魔力結晶が大量に眠っている事を。
「魔力結晶はどれくらい必要なの?」
「え?そ、そうですな……品質にもよりますが、この小さな村なら3つもあれば1年は持つので、3つもあれば安泰ですな」
私の質問に対し、3つで良いと言ってきた村長さん。
魔力結晶って、そんなもんで良いんだ。ストレージの中にカンストまでしまってあるので、この村の規模なら33年間補給に困る事がないという事になる。
とりあえず、半分の50個程を取り出す操作をしてみた。地面に、山となった青白い光を発する魔力結晶が置かれる。
「こ、これは……!魔力結晶!?こんな量を……しかもなんだこの品質は!どれも最高クラスではないか!」
魔力結晶を手にした師匠さんが、驚きの声をあげている。
魔力結晶に品質とかあるんだ。初めて知った。
「あげる」
「これを、全てですか!?」
村長さんが驚きの声をあげたので、こっちも少し驚いた。
「私には必要ない物。だからあげる」
「し、しかし……金貨3枚ほどの価値がある物を、こんなに大量にいただく訳には……!」
金貨3枚、か。この世界に来てから自分でお金を出して買い物をした事はないけど、本などからの情報でなんとなく分かっている。元居た世界のお金事情と照らし合わせると、金貨1枚が、およそ50万円。銀貨が1万円。銅貨が1000円程の価値で、更に下に青銅貨が100円で赤鉄貨という赤色の鉄が10円程の価値で存在する。
そう考えると、金貨3枚って凄い値段だ。150万円である。ぶっちゃけ一文無し状態の私なので、ここはお金が欲しい所である。でもお世話になるこの村の人から取る訳にはいかないので、欲は抑えよう。
「遠慮しないで貰って欲しい」
「……ありがとうございます。なんと感謝の言葉を述べて良いか分かりません」
そう言って、村長さんが涙を流し始めた。
これだけの事で涙まで流されると、ちょっと困る。
「太っ腹だね、ヒメノちゃん。全部で金貨150枚分の価値がある物を、どどんとタダであげちゃうなんて。ボクでも真似できないよ」
「150……?」
だって今、金貨3枚って言ったじゃないか。いや、違うか。1つにつき、金貨3枚という事なのか。つまり、全部で金貨150枚分という事だ。
物凄い値段の物を、タダであげてしまった。別に良いけどね。この世界に来て7年間、全く使い道が無かった物が人の役にたったのだから。何の文句もない。
そう自分に言い聞かせつつ、その場をやり過ごした。
今日は私達も村でお世話になる事になった。すぐにアブレストに戻ってゼルに報告したい所だけど、ずっと野宿続きだったので休憩は必要だ。お風呂にも入りたい。
その日、私達は数日ぶりに柔らかいベッドの上で眠る事が出来た。




