魂の帰還
心がズキズキと痛む。いくら頼まれたからといって、カミに騙された子供を殺してよかったのだろうか。
「今度こそ勝ちましたね」
そこへやって来たリリエに、私は抱き着いた。
「ヒメノ様?」
リリエは戸惑いながらも私を受け入れて、頭を撫でてくれる。
私はリリエに甘えるように顔を埋め、抱き着いたまま離さない。
リリエは何故私がこんな行動をとっているのか、分からない。戸惑いはあると思う。でも今は、黙ってただ私の頭を撫でて慰めてくれる。
「ああ……本当に、あの化け物を倒しちまった。これでフレアや、皆が解放される……」
「ヒメノちゃん。杖を壊すけど、イイかい?」
「……」
アルテラに尋ねられ、私はリリエに抱き着いたまま黙って頷いた。
アルテラは私の返事を聞くと、地面に落ちていた杖に向かって大剣を振り下ろす。先端についていた竜の骨が、アルテラの大剣によって砕かれた。すると、中から光の塊が数えきれないほど飛び出してきた。
飛び出してきた光の塊は、私達の周囲を飛び交って辺りを明るく照らし出す。
「わぁー……」
無数に飛び交う光の塊がキレイで、ルシアが感嘆の声をあげた。
光の塊たちはしばらくの間飛び交ったあと、急にそれぞれが帰るべき場所に向かって飛んで行った。
帰るべき場所……すなわち、自分の体だ。
この空間の壁に無数に存在する、石像の中に光が入っていく。光が入った石像は、色を取り戻して石像ではなくなった。
「な、なんだココは?」
石像だった兵士が動き出し、不思議そうに周囲を見ている。他の石像達も動き出し、同じように不思議そうにしている。
長い、長い封印が解けた。
私達だけしかいなかった空間が、大勢の人々で覆いつくされる。
「……フレア」
幽霊の状態のゼルが、呆然と立ってある一点を見つめていた。
その視線の先には、動き出した眼鏡をかけた女性。フレアノートがいる。
「行かないのかい?」
彼女もまた、自分の状況が分からず混乱している。ゼルの姿を見たら、きっと安心するはずだ。それなのにゼルは、彼女の下へ行こうとしない。
そんなゼルを見かねて行かないのかと話し掛けたのは、アルテラだ。
「行ってもどうにもならないだろ。オレが帰るべき体は、もうどこにもないんだから」
寂しそうに言うゼルの体が、足元から消え始めている事に気が付いた。ゼルもそれに気づいたけど、慌てる様子は見えない。
「オレの魂をこの世に繋いでいたのは、あの魔物の杖だ。その杖が無くなったから、オレはこの世にいられなくなっちまった。ああ……もっとフレアと一緒にいたかった。生まれて来る子供を抱きしめたかったのに……」
そう言って、ゼルが泣き出した。
かける言葉もない。一緒にカリドに襲われた者達の中で、ゼルだけが帰る場所がなく消え去ろうとしているなんて……。
カミは一体どうしてゼルの体を入れ物として選んだのだろうか。せめて身寄りのいない者を選んでいれば……と思ったけど、カミの事だからその方が操りやすいと判断したのだろう。
やり方が汚く、悪意を感じる。カミに対して怒りがこみ上げて来る事ばかりだ。
「──ゼル!ゼルどこなの!?」
フレアノートが、叫ぶようにしてゼルの名を呼んでいる。
自分の周囲に一緒にカリドに襲われたはずの人物の姿が見えず、慌てているようだ。
「ほら、呼んでるよ。行かなくちゃ」
アルテラが強制的にゼルを掴んでいかせようとしたけど、その手はゼルをすり抜けてしまう。
「オレの体に他人の魂が入り込んだあの時から、オレは死ぬ運命が確定していたんだ。今更オレの体に入ってる奴に出て行けなんて言えねぇし、追い出す方法も分かんねぇ。そもそもこの感じ、もう何も間に合わない。……なぁ。今のオレは、オレの記憶を継いでいると言ったよな?」
「うん」
私が答えると、ゼルは泣くのをやめて笑った。
「ならきっと、フレアを大切にしてくれるはずだ。オレは昔から、世界で一番フレアを愛しているからな」
「何も言わずに去るつもり?」
「別れの挨拶とか、そんな辛気臭いのは合わねぇんだよ。オレはこのまま消えとくから、あとの事は任せていいか?あーそうだ。今のオレに、フレアと子供をよろしく頼むって言っといてくれ。あと、幼馴染のレインに借りた金は今のオレに請求するよう言ってくれ。いや、もう返してあるかもしれないけどな。はは」
ゼルが乾いた笑いを浮かべるけど、やはり寂しそうだ。
ゼルの体は、どんどん消えて行っている。もう体の半分も残っていない。姿もどんどん薄くなっており、完全に消えてしまうまでもう時間がない。
「っ……!」
私は駆け出した。
「ヒメノ様!?」
向かったのはフレアノートの下だ。
魔力噴出の状態で、猛然とダッシュしてフレアノートの場所へとやってきた。
「魔族の女の子?どうした──の!?」
突然目の前にやって来た私に戸惑うフレアノートを、私は有無を言わさずにお姫様だっこして駆け出した。そして猛然と先程まで居た場所に戻って来る。すなわち、ゼルの下にだ。
戻ってきた私は、フレアノートを地面に置いて立たせる。
「ゼルは?」
そこにゼルの姿がなく、リリエやアルテラとルシアに向かって私は尋ねた。
「ゼルがいるの!?どこなの、ゼル!出て来て!」
ゼルが居ると聞いて、フレアノートが声を荒げてゼルを探し出す。
彼女がどれだけゼルを心配しているか、それだけで伝わって来る。ゼルも本当にフレアノートの事が好きだから、悲しませないために黙って消えるつもりだったんだと思う。
そんな2人を、黙ってお別れさせるなんて私には出来なかった。余計なお世話かもしれないけど、私は2人会わせたい。
ルシアとアルテラの視線が、リリエの方へ向いた。
「そこ」
リリエの後ろに、ゼルが居る。私がリリエの方を指さすと、リリエの後ろからゼルが姿を現した。
「ゼル……?」
ゼルの姿が透明で、今にも消えてしまいそうな事にフレアノートはすぐに気が付いた。
「その体……どうしてそんな、まるで幽霊みたいになってるよ」
「わりぃ……。オレの体、訳あって別の人間の魂が入ってて、オレは帰る場所がないんだわ。て訳で、もうじき消えちまう」
「消えちまうって……なに?どういう事よ。冗談でしょ?」
「……」
ゼルは引きつった笑顔で尋ねて来るフレアノートに、沈黙と暗い表情で返した。
冗談でもなんでもない。それが答えだ。
「訳が分かんないわよ!確か私達、変な魔物に襲われたのよね!?それで、なに?体の中に別人の魂が入った?どうしてアンタだけそんな事になってるのよ!」
「オレだって、どうしてオレだけがこんな目に合わなきゃいけないのか分かんねぇよ!て、こんな事を話してる時間なんかないんだよ!オレは!フレアを愛してる!お腹の子も同じだ!出来ればもっと一緒にいたかった!ずっと一緒にいたかった!でも、ダメなんだ……!」
「……私だって、好きよ。ずっと一緒にいたい!この子を抱いてあげて欲しい。撫でてあげて欲しい。私とこの子をずっと見ていてほしい!お願いだから、消えるだなんて言わないでよ……」
フレアノートが、泣きながらゼルに訴える。それを見てゼルも涙を流している。
ゼルの体は依然として薄くなっていき、もう目を凝らさなければ見えない程になっている。
「消えないのは無理だけど、ずっと傍にはいるさ。ずっと見てる。ああ、もう消えちまう。フレア。オレと一緒にいてくれて、ありがとう。愛して──」
ゼルの声が、聞こえなくなった。まだ姿はあるけど、口だけ動いて言葉が聞こえない。
「うん。うん……!私も、ありがとう……!愛してる」
聞こえなくなっても、フレアノートは涙を流して頷き続けた。そして最後に消える前に、二人で抱き合って口づけをかわす。
感触はなかったかもしれないけど、私の目には2人はしっかりと抱き合い、キスをしているように見えた。
そこでゼルの姿は消え去り、フレアノートは泣き崩れる。嗚咽の混じる、激しい涙を流し続けるフレアノートを慰める言葉が見つからない。
間接的にではあるけど、ゼルを消してしまったのはこの私だ。そもそもこんな私がフレアノートを慰めようだなんて、図々しいにもほどがある。
代わりに私はフレアノートの傍で、彼女が泣き止むのをただひたすらに待った。




