明るい幽霊
ゼルを見た瞬間、ルシアがアイテムストレージから勇者の剣を取り出してゼルに対して斬りかかった。でも剣はゼルの体を貫通し、斬られた様子のないゼルは何事もなかったかのように立ったままだ。
「~~~~っ!」
パニック状態のルシアは、二度目の攻撃をゼルに仕掛けようとした所で、私はルシアの腕を後ろから掴んで攻撃をやめさせた。
「落ち着いて」
「だ、だけど……!」
ルシアの腕が、体が震えている。どうやら、怖いみたいだ。
目の前に現れたのは、確かにゼルだ。しかしその体はぼんやりと透けていて、まるで幽霊のような姿である。
「大丈夫だから」
「……」
私はルシアの手を握りながら頭を撫で、どうにか落ち着かせる事に成功。そのままゼルの方をみる。
このゼルは、私達が知っているゼルよりだいぶ若く見える。服装も兵士の鎧姿で、どこかだらしなく着こなしている。でも確かにゼルと同じ姿で、別人には見えない。
「ゼルブロイド様……!」
「さ、様?失礼だけど、オレあんたと知り合いだったかな?」
「ゼルブロイド様では、ない……?」
「いや、オレは確かにゼルブロイド・ユーキリスだぜ。でもすまん。あんたみたいな美人さん、忘れるはずがないんだけど忘れちまった!」
「……」
この幽霊のゼルは、私達が知っているゼルではない。リリエの事も知らないみたいだし、それに喋り方もゼルとは全く違う。なんか若いと言うか、チャラくてレインと似ている。
「貴方はどうしてそんな姿になっているの?」
「どうしたもこうしたも、兵士の訓練中に魔物と遭遇してよく分からない術をくらって、体から魂を離されちまったのよ。ここにある石像、みーんな同じだ」
「幽霊の姿になっているのは、貴方だけ?」
「そうだよ。他の皆は魂を吸った魔物の杖についてる、竜の頭の骨の中だ。どういうわけかオレだけ骨の外に出て来れたけど、たぶんオレの体に別の魂が入ったからかな。よく分からんけど、肉体との繋がりが絶たれて自由になれたって感じだ。といっても、この雪山から出る事は出来ないけどな。どうやら自由に行動できるようにはなったけど、あの杖の呪縛から完全に逃れられた訳ではないらしい」
「自分の体の事を知っているの?今、どうしているかも?」
「今どうしてるかは分からないけど、オレの体の中に他の人間の魂が入ったのは知っている。オレはそれを近くで見ていたし、入った瞬間に魔物の杖の中から解放されて自由に行動できるようになった。自由になって、自分の体が無事に雪山を降りて去っていくのを見つめるのは、中々絶望的な光景だったぜ」
「つまり貴方は、今のゼルブロイド様になる前の、ゼルブロイド様……」
「やっぱりそういう事か。今のオレの知り合いだったんだな。だと思ったぜ。オレがこんな美人さんを忘れるはずがねぇからな!」
肉体を奪われ、幽霊の状態でこんな所で一人きり……。
だと言うのに、このゼルは明るい。
「カミという存在を知っている?」
「カミ?あー……そういえばオレ達の魂を吸った魔物が、たまに独り言みたいにぶつぶつ喋ってるのを聞いた事がある。でもなんかよく分からない言語で、何を言ってるかはわからないんだけどたまにカミがどうのって呟いてたな」
本当に独り言を呟いていただけか、あるいは異世界からやって来た者にしか見る事のできないカミと、話していた事になる。
「今ゼルが──」
「オレ?」
「肉体を持っている方のゼルの事。ゼルが、カミと呼ばれる存在に脅されて私達の敵となり、対立しようとしている。私達はそれを防ぐためにここへ来た」
「オレを脅迫、ね。どうやって?」
「フレアノートを人質にとっている。フレアノートはゼルが愛している女性。で合ってる?」
「ああ、その通りだ。フレアノートはオレと婚約している。お腹には子供もいる。でもそれはオレとの事だ。今のゼルブロイドは関係ない。脅しなんて無意味だ」
「……魂が肉体に入ると、その肉体の記憶も断片的だけど継ぐ事が出来る。今のゼルは貴方がフレアノートを愛した記憶も継いでいて、それをカミに利用されいう事をきかされている」
「はっ。なんだよ、それ。それじゃあまるっきり、オレと同じって事じゃねぇか。オレはここにいるのに、立派にオレと同じ想いをついでるっていうのかよ。オレとフレアの思い出は、オレとフレアだけのもんだ!誰にも渡さねぇ!」
ゼルが、突然取り乱したかのように怒鳴り出した。
でも、怒鳴られるのも無理はない。私は残酷な事をゼルに言ってしまった。
自分の体に知らない人間が入って、自由に動き回っている。しかもその人間は、自分の記憶を継いでいる。恐ろしい現象だ。
明るく振る舞っていたのは、彼なりの自分の心を晴らすための方法だったのかもしれない。本当は怖くて、不安で、寂しいに決まってる。
「……と、肉体を持たないオレが言った所で、何もならないのは分かってる。フレアは今も、魔物の杖の中に封じ込められたままだ。ここにいる、オレの仲間の兵士達も同じだ。フレアが人質にされてるってなら、あの骨の魔物が持つ杖を壊せばいい。皆あの中だ。杖さえ壊せば、魂は元の体に戻るだろう」
「杖を壊せば……」
ゼルの言う通りにすれば、フレアノートを救い出す事が出来る。そうすれば、ゼルが私達と敵対する必要はなくなる。
カリドの杖さえ壊せば、ゼルは私達の仲間になってくれるはずだ。希望が見えてきた。
だけどふと思ったけど、このゼルはどうなるんだろう。皆は帰るべき肉体はここに残っているけど、ゼルの体は今のゼルが支配している。帰るべき肉体がないじゃないか。
そう思った時、空から降って来た何かが勢いよく地面に着地して、大きな衝撃と土煙を巻き上げた。
「アルテラ」
「やっほーみんなー。元気ー?」
地面に着地したのは、アルテラだった。元気そうな笑顔を浮かべ、私達に向かってピースサインをしてくる。
「なーんか不気味な所だねー。あはは。幽霊もいる。ウケル」
まずは石像を見て不気味だと言い、そして半透明なゼルを見て指さして笑いだす。落下した先に幽霊がいたら、普通は驚いて、嫌いな人は気絶するまである。
相変わらずの能天気ぶりな反応だ。
「な、なんだ?アンタらの仲間か?」
「そだよー」
「アルテラ様。先程は危ない所を助けていただき、ありがとうございました」
そんなアルテラに向かって、リリエが深々と頭を下げてお礼を言った。
「あー、いいのいいの。ちょっと道に迷ってたら遠くで戦いの気配がしてさ。見たらリリエちゃんがピンチぽかったから、慌てて剣を投げつけたんだけど無事でよかったよ。と、ヒメノちゃん。その剣返してくれる?追って来たみたい」
アルテラが頭上を指さすのでそちらを見ると、カリドが降って来ていた。
私はアルテラに言われた事を、すぐに実行に移す。手にしたアルテラの剣を、アルテラに向かって投げた。
剣は弧を描いて宙を飛んでいくと、アルテラが片手で取っ手をキャッチ。
まるで軽い物をキャッチしたかのような動きだったけど、私は剣をけっこう強く投げた。その上剣はかなり重い。全くブレずに、片手でキャッチしてしまうアルテラの怪力には驚かされる。
「これこれー。さすがに素手で相手するにはキツイ相手でね。上で苦戦しちったよ」
そう言いながら、アルテラが剣を構える。すると、凄い量の魔力がアルテラの体から溢れ出した。
「ヴォイドアポクリファ」
空から降って来るカリドに向かい、アルテラが大剣を振り抜いた。アルテラが剣を振り抜くと、巨大な黒い闇の斬撃が放たれて、それがカリドに向かっていく。放たれたのはただの斬撃ではない。まるでそれが意思を持っているかのように闇の塊が蠢き、獲物を求めて空高く舞い上がっていく。斬撃というより、意思のある何かを作り出したかのようだ。
黒い塊は、そのままカリドとぶつかった。その瞬間黒い塊はカリドを中心として周囲に広がり、カリドを中心としてその場の色を奪った。
まるで私達の周囲にある、命を奪われた者達と同じような現象に襲われている。
でも、すぐに色が戻った。アルテラが放った斬撃は霧散し、周囲に飛び散って跡形もなくなる。
「あっれー。きかなーい」
余程自信のある一撃だったのだろう。アルテラは不思議そうに、その斬撃を耐えきったカリドを見ている。
「カリドに闇属性の攻撃は効かない。カリドに効くのは、光と炎の属性」
ゲームでもそうだった。闇属性無効の特性を持っているので、魔法で攻撃するなら光と炎に限られる。
確信はなかったけど、今のアルテラの強力な攻撃を無傷で耐えたあたり、ゲームと同じらしい。
「やっぱりそう?上で何度か攻撃してみたんだけど、効かないからおかしいと思ってたんだよね。属性が効かないなら、普通に叩ききるしかない、か」
アルテラは尚も笑いながら、カリドを見つめている。
そのカリドが、地面に降り立った。アルテラとは違い、地面に当たる直前でフワリと浮かび、静かな着地だった。
片手は、私が斬り落としたままでそこに存在しない。肋骨のあたりも切れていて、回復している様子はない。
「気をつけろ!アイツは手にした杖で生きてる者の魂を吸ってくる!なんか変な死神みたいな黒い物体が飛び出して来て、魂を吸ってくるんだ!」
「ええ、知っています。先程吸われかけたので」
「あと氷の魔法も使って来るぞ!気づいたら氷漬けにされて、動けなくなって終わりだ!」
「それも知ってる。上で少し戦ったから。あの腕は私がやった」
「じゃあもうオレが言う事は何もない!」
せっかく教えてくれた情報を、ことごとく知っていると返されてゼルがいじけてしまった。
「……ここは私がやる。アルテラはリリエとルシアを守ってあげて欲しい」
「うん、いいよ。闇属性が効かないのなら、そうした方が戦略的に正しい。ここはヒメノちゃんに任せるよ」
「ルシア様。こちらに」
私の服の裾を掴んでいたルシアは、リリエに促されてリリエに抱きしめられる形のまま私から引き離された。その前にアルテラが立ちはだかり、2人の守りは完璧だ。もう先程のように2人が即死技を食らう事はない。
「……なぁ、アンタらは強いんだろう?だったらあの魔物を倒してくれ。フレアと皆を、助けてくれ」
いじけていたゼルが、私に対して頭を下げてそうお願いしてきた。
「そのつもりでここに来ている。安心して。私がカリドを倒す」
ゼルをカミの手から解放するため、フレアノート達の魂を取り戻すためにも、カリドは倒さなければいけない。
私は気合をいれて、カリドに向かって踏み出した。




