魂の欠落
私はリリエに向かい、駆け出している。カリドに背を向ける事になるのもお構いなしに、即死技をくらおうとしているリリエに向かって全力で走った。
だけど間に合わなかった。黒いモヤに包み込まれたリリエの体が、モヤに蝕まれて黒く染まっていく。どれだけあがいても、モヤはリリエの体にまとわりついて離れようとしない。リリエの体が色を失い、固まり、魂が抜けて行く。
「やめて……!」
駆けながら訴えた。だけどお構いなしにリリエの体から生気が抜けていく。
と、その時だった。空から降ってきた何かが、リリエのすぐ傍を通って地面に突き刺さった。突き刺さったのは大きな黒い剣だ。地面に突き刺さった剣はそのまま地面を打ち砕くと、地面が崩壊を始めた。
「──はぁ!」
空から降って来た剣が、リリエにまとわりついていたモヤを切り裂き霧散させてくれた。おかげでリリエから奪われようとしていた魂が息を返し、色を取り戻したリリエが大きく息を吸って意識を取り戻している。
だけど崩壊した地面に足場を奪われて、真っ逆さまに落ちて行ってしまう。
私はそんなリリエに向かい、魔力で足場を作って勢いをつけて飛び、リリエに追いつくとその大きな体を抱きしめた。
「ヒメノ様……」
「大丈夫。そのままでいて」
「……はい。申し訳ございません」
私はリリエを抱きしめたまま、暗闇の中を真っ逆さまに落ちて行く。崩落した遺跡の下に、こんな空間があったとは。不思議に思いながらも、かなりの距離を落下していくとやがて底が見えてきた。
「聖鐘・光翼天翔」
私が魔法を唱えると、私の背中に羽が生えた。羽は光の塊でできており、羽を羽ばたかせるとまるで空を飛んでいるかのように落下のスピードが落ちて行き、ゆっくりと地面に着地した。
「……」
見上げると、私達が落ちた穴は見えなかった。外が夜だからと言うのもあるかもしれない。
あと、小さめの瓦礫が私達の後を追うように降ってきている。
「聖鐘・護光」
私は頭上に光の壁を作り出すと、その瓦礫があたっても勝手に弾いてくれるようになった。
大き目の瓦礫は先に落ちて辺りに散らばっているので、大した衝撃はない。
「……大丈夫?リリエ」
私は地面に座らせたリリエを心配し、その顔を覗き込みながら尋ねた。
「はい。どうにか、平気です」
「良かった。本当に」
顔は青ざめて汗が出ているものの、HPや状態異常に変化はない。
でも危なかった。私はリリエが無事だと分かると、思わずその体に抱き着いてしまう。
「ご心配をかけて、申し訳ございません。でも、ありがとうございます」
「どうしてお礼を言うの?私は何もしていない」
「心配してくださった事が、嬉しいのです。ヒメノ様が私を大切に想ってくれている事が、伝わってきます」
「リリエが私を好きだと言ってくれたように、私だってリリエの事が好き。大切に想ってる。だから、心配するのは当たり前」
「ヒメノ様……」
リリエと顔を近づけ、見つめ合うような体勢となった。汗をかいているリリエの顔が、妙に色っぽく見えて心を奪われる。
これは、アレだ。完全にキスをするような感じの流れだ。雰囲気でキスに至る事って、本当にあるんだね。心臓が高鳴り、自然と互いの顔が近付いていく。
「──申し訳ないんだけど、私も中にいれてくれ!」
とそこに、頭上から降り注ぐ瓦礫から守るために作り出した光の壁……というか天井の中に、ルシアが飛び込んできた。
「はぁ、はぁ……助かった」
どうやらルシアも私達と同じように落ちてきたようだ。そりゃそうか。私達と同じ場所にいたのだから。
私の魔法の庇護下に入ると、ルシアは私とリリエに背を向けて地面に座り込んだ。
「それじゃあ、続きをどうぞ」
どうやら私とリリエのキスを邪魔したと思い、気を使っているようだ。
私としては、こうなったら続きをする気にはなれないのだけど。
と困っていたら、リリエが私の頬を両手で掴んでキスしてきた。唐突に、力強いキスをされてしまうけど受け入れる。しかない。
「ん……」
「……」
気づくとルシアがこちらを見ていた。耳まで顔を真っ赤にして、固まりつつ見つめている。
こんなに見つめられながらキスをするのは、さすがに恥ずかしい。でもリリエは気づいているのかいないのか、情熱的に私を求めてキスをやめようとはしない。
こうなればヤケだ。見せつけてやろう。
リリエが私を解放してくれたのは、降って来る瓦礫が完全になくなってからだ。それまでずーっとキスしてた。ルシアはずーっと見ていた。
「随分地中深くまで落ちてしまいましたね。まさか遺跡の下にこんな空間が広がっているとは」
私と長い間キスしていたリリエは、即死技をくらって青ざめていた事など忘れたかのように元気になり、辺りを分析し始めている。心なしか肌に艶が増しており、即死技を食らう前よりも元気で美しく見える。
リリエが元気で美しくて、嬉しい。
「……ルシア。もう終わったからこっちに来て良い」
ルシアはキスする私とリリエを、傍でじっと見ていた。なのにキスが終わると私達から距離をとり、周囲を警戒すると言って目も合わせてくれなくなっている。
「だ、大丈夫だ!私は周囲を警戒してるから、お構いなく!」
こんな感じである。
「……この剣」
離れているルシアを心配していたら、先程即死技をくらったリリエを救った、空から降って来た剣を見つけた。その剣のせいで足場が崩れて落下したのだけど、その剣がリリエを救ってくれたのは間違いない。
そしてその剣は、間違いなくアルテラの大剣だった。
私は地面に刺さったその剣を片手で掴んで抜くと、素振りしてみる。やはりちょっと重いな。
「どうやらアルテラ様がどこかで見ていて、私を救ってくれたようですね。後でお礼を言わなければ」
「うん。アルテラはどこにいるんだろう。カリドも、気になる」
カリドに傷はつけたものの、倒せてはいない。追って来てもいないようだけど……もしかして、上でアルテラと戦闘になっていたりするのだろうか。
武器を届けるためにも早く上に戻りたい所だけど、ちょっと待って欲しい。ゲームではこういう意味深げな空間には、絶対になにかあるものだ。
「聖鐘・光環」
私は円形の光る輪っかを魔法で作り出すと、その輪っかが私達の頭上に浮かび上がって周囲を明るく照らした。
軽く見渡すと、壁に異変を見つけた。
壁と同化して色味も似ていたので見落としかけたけど、そこに何かがある。近づいてよく見てみると、それは人の形をした物だった。
鎧を着こんだ人間の男だ。色を失ってまるで石のような状態で、壁に埋め込まれている。それが何体もある。一見すると、ただの石像だ。でも石像にしてはあまりにもリアルで、まるで生きているかのように見える。
「この石像たちはなんでしょうか……?」
「分からない。でも……」
私はそこで言葉を区切り、石像に手を触れてみた。やはり、石のように固い。だけど私にはどうしてもこれがただの石に見えず、そこで鑑定のスキルを使ってみた。
名前:アーバン・ケーリッヒ
種族:人間
レベル:14
HP:1170 / 1170
MP:261 / 261
状態異常:魂の欠落
鑑定すると、石像ではなく人物としてのステータス画面が出てきた。その上状態異常の、魂の欠落という物が気になる。
つまりこの石像は、カリドによって魂を吸い取られた人間……という事なのだろうか。魂を失った人間が、石像のような形となって封印されてここに存在している。
だとすれば……。
私は辺りを見渡し、各石像に鑑定のスキルを使用して回った。そしてその中に、目当ての人物の石像を発見した。
名前:フレアノート・ゼレントス
種族:人間
レベル:19
HP:380 / 380
MP:6628 / 6628
状態異常:魂の欠落
石像の姿となった、女性。メガネをかけた、知的な女性だ。胸は大きく、お尻も大きく色っぽい。レインの言う通り、確かに良い女だ。
お腹は僅かに膨らんでいるようにみえる。
「……フレアノート」
私はその女性の石像に触れながら、名を呟いた。
「フレアノート様!?この方が、ですか?それじゃあこの石像はもしや……」
「全て、カリドに魂を吸われた者達」
周囲には数十……下手をすれば、百体ほどの石像がある。この全てがカリドによって魂を吸い取られ、こんな暗い地下に封じられていた。
その事実に、背筋がゾッとするものがある。
「ほ、本当にこの石像全部が、人なのか……?」
周囲の不気味な環境に恐怖心を感じたのか、ルシアが傍に寄って来た。そして私の傍に立ち、また服の裾を握って来る。
「──その通り。皆生きた人間さ!」
ルシアの問いかけに答えたのは私ではない。声は男の物で、私達の中の誰かの物でもない。
声の方に振り返ると、そこにいたのはツンツンとした髪型の茶髪の男──ゼルだった。




